矢島の歩くペースが速いというよりも、足の長さのせいかもしれない。
ゆったり歩いているように見えて、俺は早足で歩かないと矢島に追いつけなかった。
「矢島さん、どこに、行くんですか」
「カフェです。ちょうどそこにありますね」
それは、俺が行きつけのカフェだった。
矢島が選んだのは偶然で、単に近くだったからなのだろうが、俺は嬉しかった。
「ここのカフェ、軽食も美味しいんですよ」
「そうですか」
「矢島さんは、甘いものは好きですか?おすすめはガトーショコラです」
「嫌いではないです」
そう素っ気なく答えたわりに、メニュー表に載っているガトーショコラの写真を食い入るように見ていた。
「注文するんですか?」
矢島は俺の質問には答えず、さっと手を挙げてコーヒーだけを頼んだ。
「じゃあ、俺はカフェラテと……」
矢島の方をちらりと見て笑みを浮かべた。
怪訝な顔をする矢島を横目に見ながら、ガトーショコラも注文した。
「……鷺澤さんって、意外と人のことを見ているんですね」
運ばれてきたガトーショコラを、取り皿に切り分けて矢島に差し出せば、矢島は嬉しさを必死で誤魔化すように妙にしかめた顔をしていた。
「矢島さんこそ、人のことを見ているというか、実はよく相手を思いやれる人ですよね」
「俺が、ですか」
問うような目線を向けられた時、初めて会った日のことを思い出す。
「俺が人と接することに慣れていなくて、がちがちに緊張していた時、最初はやりづらい、なんて突き放すように言ってましたけど。その後、今のは俺も悪かったのでってちゃんと弁解を口にしていました。本当に冷たい人なら、わざわざそんなことをしないなって、後になって気がつきました」
「……本当に、よく見てますね」
「いいえ、俺はもともと、正直に言うと、矢島さんは苦手でした。なんでこの人、こんなにつっけんどんで取っつきにくいんだろうなって」
「はっきり言いますね」
矢島は否定をせず、自虐的に笑う。きっと今までもよく言われてきたのだろう。
「でも、そのことを宇宙さん……ネット上の人なんですけど、その人に話したら、すごく納得がいく言葉をくれて。俺の中で、矢島さんに対する見方が変わりました」
矢島が、俺をじっと見る。
目は口ほどに物を言う、というけれど、矢島の目は口以上に語っている気がした。
「矢島さんは、いつも人のことをそんなふうに見るんですか」
「そんなふう、と言いますと?」
「なんだか、あんまり真っ直ぐに見られるので」
「俺のこと、意識しましたか」
冗談を口にしているような口調ではなかった。
そもそも、矢島は軽々しくその手の冗談を口にするような人ではない。
そう思った途端、体温が少しずつ上昇してきたところへ、矢島は追い打ちをかけた。
「俺が鷺澤さんのこと、好きだと言ったらどうしますか」
「す、き……?えっと、え……」
暴力のように、その言葉は襲い掛かってきて、俺の頭は何も考えられなくなった。
「ごめんなさい、混乱してしまって。矢島さんが、俺を……?」
矢島は黙ったまま、俺を見る。
やっぱり、冗談を言っているようには見えない。
「でも、俺は」
宇宙を。宇宙のことを、どう、思っているんだろう。
それが分からないまま、矢島の気持ちに応えることはできない。
言葉を失う俺を見て、矢島はまた、自嘲気味に笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。こう言えば、その、宇宙さん……?への気持ちを、鷺澤さんが自覚できると思ったんです」
「え?あの、意味が」
「他の人間から恋心を向けられた時、自覚することだってあります。頭の中に、その人は浮かびませんでしたか」
「浮かびました、けど」
「分かりました、ではこうしましょう。俺が鷺澤さんに、恋愛がどういうものか教えます。これから勉強のついでに、一緒に出かける機会を作りましょう」
「それは……構いませんけど」
「では決まりですね」
強引に話を決められ、矢島は会計をするべく席を立った。
俺は何が何だか分からないまま、矢島の背中を見送った。
ゆったり歩いているように見えて、俺は早足で歩かないと矢島に追いつけなかった。
「矢島さん、どこに、行くんですか」
「カフェです。ちょうどそこにありますね」
それは、俺が行きつけのカフェだった。
矢島が選んだのは偶然で、単に近くだったからなのだろうが、俺は嬉しかった。
「ここのカフェ、軽食も美味しいんですよ」
「そうですか」
「矢島さんは、甘いものは好きですか?おすすめはガトーショコラです」
「嫌いではないです」
そう素っ気なく答えたわりに、メニュー表に載っているガトーショコラの写真を食い入るように見ていた。
「注文するんですか?」
矢島は俺の質問には答えず、さっと手を挙げてコーヒーだけを頼んだ。
「じゃあ、俺はカフェラテと……」
矢島の方をちらりと見て笑みを浮かべた。
怪訝な顔をする矢島を横目に見ながら、ガトーショコラも注文した。
「……鷺澤さんって、意外と人のことを見ているんですね」
運ばれてきたガトーショコラを、取り皿に切り分けて矢島に差し出せば、矢島は嬉しさを必死で誤魔化すように妙にしかめた顔をしていた。
「矢島さんこそ、人のことを見ているというか、実はよく相手を思いやれる人ですよね」
「俺が、ですか」
問うような目線を向けられた時、初めて会った日のことを思い出す。
「俺が人と接することに慣れていなくて、がちがちに緊張していた時、最初はやりづらい、なんて突き放すように言ってましたけど。その後、今のは俺も悪かったのでってちゃんと弁解を口にしていました。本当に冷たい人なら、わざわざそんなことをしないなって、後になって気がつきました」
「……本当に、よく見てますね」
「いいえ、俺はもともと、正直に言うと、矢島さんは苦手でした。なんでこの人、こんなにつっけんどんで取っつきにくいんだろうなって」
「はっきり言いますね」
矢島は否定をせず、自虐的に笑う。きっと今までもよく言われてきたのだろう。
「でも、そのことを宇宙さん……ネット上の人なんですけど、その人に話したら、すごく納得がいく言葉をくれて。俺の中で、矢島さんに対する見方が変わりました」
矢島が、俺をじっと見る。
目は口ほどに物を言う、というけれど、矢島の目は口以上に語っている気がした。
「矢島さんは、いつも人のことをそんなふうに見るんですか」
「そんなふう、と言いますと?」
「なんだか、あんまり真っ直ぐに見られるので」
「俺のこと、意識しましたか」
冗談を口にしているような口調ではなかった。
そもそも、矢島は軽々しくその手の冗談を口にするような人ではない。
そう思った途端、体温が少しずつ上昇してきたところへ、矢島は追い打ちをかけた。
「俺が鷺澤さんのこと、好きだと言ったらどうしますか」
「す、き……?えっと、え……」
暴力のように、その言葉は襲い掛かってきて、俺の頭は何も考えられなくなった。
「ごめんなさい、混乱してしまって。矢島さんが、俺を……?」
矢島は黙ったまま、俺を見る。
やっぱり、冗談を言っているようには見えない。
「でも、俺は」
宇宙を。宇宙のことを、どう、思っているんだろう。
それが分からないまま、矢島の気持ちに応えることはできない。
言葉を失う俺を見て、矢島はまた、自嘲気味に笑みを浮かべた。
「冗談ですよ。こう言えば、その、宇宙さん……?への気持ちを、鷺澤さんが自覚できると思ったんです」
「え?あの、意味が」
「他の人間から恋心を向けられた時、自覚することだってあります。頭の中に、その人は浮かびませんでしたか」
「浮かびました、けど」
「分かりました、ではこうしましょう。俺が鷺澤さんに、恋愛がどういうものか教えます。これから勉強のついでに、一緒に出かける機会を作りましょう」
「それは……構いませんけど」
「では決まりですね」
強引に話を決められ、矢島は会計をするべく席を立った。
俺は何が何だか分からないまま、矢島の背中を見送った。

