あなただけが教えてくれた

 矢島との関係は、間宮たちとは違う種類の感覚をもたらした。
 基本的に、矢島は自分のことを語らない。
 俺より年上というのもあるだろうが、ほとんど聞き役に徹しつつ、時折少しだけ自分の話を挟む。
 それでも、その中で見えてきたものがある。
 矢島は、不器用なだけで本当は優しいということ。
 傷ついている人がいたら、下手に慰めたりせずにそっと寄り添う方がいいと分かっていてやっているのかもしれない。
 それに気がついた時、宇宙が矢島について述べた憶測の言葉を思い出した。
「矢島さん」
 窓の外で長く雨が降り続いているのを、矢島がぼんやりと眺めている。
 その横顔は造形のせいもあるけれど、すごく絵になるなと思った。
「俺の話、聞いてくれますか」
 矢島は返事をしない。
 それが矢島の聞き方だともう分かっている俺は、続きを話すことにした。
「俺、恋愛をしたことがないんです。でも、ただ一人、自分でもよく分からないんですが、すごく特別な人がいました。俺はその人から、最初、可愛いと言われた時、初めての感覚がしました。恥ずかしくて、でも嬉しくて。顔が熱くなるのが分かりました。その後、いろいろあって、連絡を取ることができなくなって、思わず学校なのに泣いてしまいました」
 これは、恋だと思いますか。
 その質問を、口にすることができなかった。
 山笠に、それは恋だねと言われた時は笑い飛ばした。そんなはずはない、と今でも思う。
 でも、それは恋じゃないと否定したかったからというよりも、恋という一言で言い表すには、あまりに自分の中にある宇宙の存在が大きすぎたからかもしれない。
 だから、俺は別の質問をすることにした。
「矢島さん、俺はやっぱり、その人のことを忘れた方がいいと思いますか」
 矢島は長い間黙り込んでいた。
 あの時と同じように、雨音が室内を満たしていく。
 何も答えは返ってこないか。それはそうだ。こんなことを言われても、矢島は困るだけだ。
 そう諦めかけた時、矢島はすっと俺を見た。
「鷺澤さん、俺はその質問に答えることはできません。そうすれば、鷺澤さんの気持ちを否定することになるか、あるいは、鷺澤さん自身の気持ちを、俺が発した言葉で嘘にしてしまうかもしれない」
「……そう、ですか」
 落胆する俺が、よほど路頭に迷う迷子のように見えたのかもしれない。
 矢島は急いで言葉を付け足した。
「自分で答えを見つけ出す必要はありますが、俺が手助けをすることはできます」
「手助け?」
 矢島は立ち上がり、そのまま立ち去ろうとする。
 慌てて追いかければ、玄関先に立った矢島が、振り返りもせずに言った。
「勉強も、時には休憩が必要です。ついて来て下さい」