「……と、その二人は言ったんです。でも俺はそう思わなかったので、笑い飛ばしました。だって、俺にとってその人は、憧れとか、尊敬とか、そんな存在で……いいえ、でも本当は、分からないんです。実は俺は、今まで一度も誰かを好きになったことがないので。皆さんは、今好きな人はいますか?もしいたら、何かコメントをいただけたら嬉しいです」
いつも通り、日々の出来事をボイスレコーダーで撮る。
friendsに投稿した途端に、インターホンが鳴った。
時刻を見ると、矢島が来る時間だった。
俺はパソコンを閉じ、矢島を出迎えるために玄関へ向かう。
実は、学校に行くようになっても、矢島には引き続き勉強を教えてもらっていた。
母の希望で、というよりも、意外なことに、矢島の方からお願いされたのだ。
「料金は半分でも、なくしてもいいので、楓さんに勉強を教え続けてもいいですか?俺は、今進路を考えているんですが、学校の先生になろうとしていて、楓さんに教えることで、俺にとっても勉強になるので」
そう告げて母に頭を下げていた矢島からは、どこか必死な様子がうかがえた。
矢島は俺と同じように、望んだ未来を手にするために頑張っているのかもしれない。
「鷺澤さん?」
思い返しながら、無意識のうちに矢島を見つめてしまっていたらしい。
「あの、矢島さんは……」
態度が軟化したとはいえ、踏み入ったことを聞いてもいいだろうか。
悩む俺を見て、矢島は深く息をついた。
なかなか続きを切り出せない俺に、呆れたのかもしれない。
「すみません」
「いえ、誤解しないでもらいたいんですが、今の溜息は、鷺澤さんに対してではなく、自分に対してついたものです」
「え……そう、なんですか」
「俺は昔から、人に誤解されやすいんです。自分に原因があると分かっていても、そう簡単に治せるものじゃない。その結果行き着いたのが、自分を偽って生きることでした」
「偽って?」
「鷺澤さんにはそういう経験はありませんか」
「俺は……」
SNSで生きる自分を思い浮かべたが、自分を偽るどころか、いつも心の内を曝け出してきた。
現実でも、偽る、というよりも、ただじっと耐えてきた気がする。
「そういう経験は、たぶんありません。矢島さんはそんなふうに生きて、辛くないんですか?」
「辛くは……」
矢島は言葉を切り、目を閉じた後、俺をじっと見た。
その瞳に何かを訴えかけるような光があった気がして、無意識のうちに息を飲む。
だが、矢島は目を逸らした。
「ない、とは言い切れなくなりました。この話は終わりです。勉強を始めましょう」
俺はなぜか、食い下がって本音を聞き出したい衝動に駆られた。
「矢島さんは、どうして辛くなったんですか?何かきっかけでもあったんですか」
矢島を怒らせるかもしれない。分かっていても、答えが聞きたかった。
「俺は……」
矢島が言葉を詰まらせる。俺の勢いに気圧され、動揺していた。
「俺は、その……」
矢島が何か告げようとした時、スマートフォンの通知音が遮った。
気勢が削がれ、自分のスマートフォンを見ると、先ほど上げた動画にリアクションがついていた。
「紫悠さんと同じように、私にも、今、気になっているけれど、好きかどうか分からない人がいます」
という言葉から始まるメッセージが目に留まった。
「私は、その人から、たぶん好意を向けられていました。だけど、その人は引っ越すことになって、もう会えなくなってしまいました。今さら遅いけれど、いなくなって初めて、その人の存在が大きいことに気がつきました。上手く言えないけれど、紫悠さんも頑張ってください」
その言葉に、俺は力を得た。
「矢島さん」
「何ですか」
眼鏡を押し上げ、矢島は困惑を滲ませた顔と声で応える。
「俺、気付いたんです。矢島さんとは、もっと仲良くなれそうだって」
「……どうしてですか」
「何となくです。学校で、友達……と言っていいかは分からないけれど、そうなれそうな相手ができて、彼らと一緒にいると心が楽になりました。でも、矢島さんはちょっと、何というか、違うんです。彼らよりもっと、仲良くなれそうな気がするんです」
「もっと、というのは」
「分かりません」
答えると、矢島は珍しく笑った。
笑うと、一気に近寄りがたい空気が解けて、惹きこまれそうになった。
「矢島さん、俺、矢島さんと友達になりたいです。いや、なります」
断言すると、矢島はもっと笑った。
いつも通り、日々の出来事をボイスレコーダーで撮る。
friendsに投稿した途端に、インターホンが鳴った。
時刻を見ると、矢島が来る時間だった。
俺はパソコンを閉じ、矢島を出迎えるために玄関へ向かう。
実は、学校に行くようになっても、矢島には引き続き勉強を教えてもらっていた。
母の希望で、というよりも、意外なことに、矢島の方からお願いされたのだ。
「料金は半分でも、なくしてもいいので、楓さんに勉強を教え続けてもいいですか?俺は、今進路を考えているんですが、学校の先生になろうとしていて、楓さんに教えることで、俺にとっても勉強になるので」
そう告げて母に頭を下げていた矢島からは、どこか必死な様子がうかがえた。
矢島は俺と同じように、望んだ未来を手にするために頑張っているのかもしれない。
「鷺澤さん?」
思い返しながら、無意識のうちに矢島を見つめてしまっていたらしい。
「あの、矢島さんは……」
態度が軟化したとはいえ、踏み入ったことを聞いてもいいだろうか。
悩む俺を見て、矢島は深く息をついた。
なかなか続きを切り出せない俺に、呆れたのかもしれない。
「すみません」
「いえ、誤解しないでもらいたいんですが、今の溜息は、鷺澤さんに対してではなく、自分に対してついたものです」
「え……そう、なんですか」
「俺は昔から、人に誤解されやすいんです。自分に原因があると分かっていても、そう簡単に治せるものじゃない。その結果行き着いたのが、自分を偽って生きることでした」
「偽って?」
「鷺澤さんにはそういう経験はありませんか」
「俺は……」
SNSで生きる自分を思い浮かべたが、自分を偽るどころか、いつも心の内を曝け出してきた。
現実でも、偽る、というよりも、ただじっと耐えてきた気がする。
「そういう経験は、たぶんありません。矢島さんはそんなふうに生きて、辛くないんですか?」
「辛くは……」
矢島は言葉を切り、目を閉じた後、俺をじっと見た。
その瞳に何かを訴えかけるような光があった気がして、無意識のうちに息を飲む。
だが、矢島は目を逸らした。
「ない、とは言い切れなくなりました。この話は終わりです。勉強を始めましょう」
俺はなぜか、食い下がって本音を聞き出したい衝動に駆られた。
「矢島さんは、どうして辛くなったんですか?何かきっかけでもあったんですか」
矢島を怒らせるかもしれない。分かっていても、答えが聞きたかった。
「俺は……」
矢島が言葉を詰まらせる。俺の勢いに気圧され、動揺していた。
「俺は、その……」
矢島が何か告げようとした時、スマートフォンの通知音が遮った。
気勢が削がれ、自分のスマートフォンを見ると、先ほど上げた動画にリアクションがついていた。
「紫悠さんと同じように、私にも、今、気になっているけれど、好きかどうか分からない人がいます」
という言葉から始まるメッセージが目に留まった。
「私は、その人から、たぶん好意を向けられていました。だけど、その人は引っ越すことになって、もう会えなくなってしまいました。今さら遅いけれど、いなくなって初めて、その人の存在が大きいことに気がつきました。上手く言えないけれど、紫悠さんも頑張ってください」
その言葉に、俺は力を得た。
「矢島さん」
「何ですか」
眼鏡を押し上げ、矢島は困惑を滲ませた顔と声で応える。
「俺、気付いたんです。矢島さんとは、もっと仲良くなれそうだって」
「……どうしてですか」
「何となくです。学校で、友達……と言っていいかは分からないけれど、そうなれそうな相手ができて、彼らと一緒にいると心が楽になりました。でも、矢島さんはちょっと、何というか、違うんです。彼らよりもっと、仲良くなれそうな気がするんです」
「もっと、というのは」
「分かりません」
答えると、矢島は珍しく笑った。
笑うと、一気に近寄りがたい空気が解けて、惹きこまれそうになった。
「矢島さん、俺、矢島さんと友達になりたいです。いや、なります」
断言すると、矢島はもっと笑った。

