◯◯家の葬儀

2編集部にて(蟹沢奈美)
 幼馴染が亡くなる7日前

「蟹沢さんー、編集長が呼んでますよ」
 伝言を預かった同僚の声は『ご愁傷様』と歌っているようだった。
 金田編集長が部下を呼び付けて叱るのは言い訳を考える猶予を与える為と聞くが、残念ながら蟹沢奈美には適用されない。編集長がわたしの口から聞きたいのは退職の意向なのだ。

 同期、後輩までもが人々の心を掴む記事を書いている中、蟹を冠する名であるわたしは何ひとつ掴めず、ハサミ(ペン)は飾り。
 先日、幼馴染の自立した姿を見たこともあって自己肯定感は春霞の遥か彼方へ行方をくらます。

「言っておくけど蟹沢は使い物にならないよ? それでもいいんだね?」
 目的地に到着すると先客が居た。編集長の念押しは男性の年期が入ったトレンチコートを貫通し、一字一句違わず届く。

「うーん、部下を使えるようにするのが君の仕事じゃないのかい?」
(わぁ、なんて良い人!)
 などと思ったのも一瞬で。
「ほら、馬鹿とハサミは使いようって言うでしょうに?」
 男性は振り向き、同意を求めてきた。

「この男は元旦那で元小説家で探偵だ」
 編集長は椅子にふんぞり返った姿勢で男性を紹介する。
「すっ、すいません、情報量が多いのですが、えっと……」
「相変わらず状況が飲み込めないグズだな、この男は元旦那で元小説家で探偵。お前と一緒に都市伝説の真相を暴きたいと言っている」
「あの、情報追加されてません?」
「つまり君をバディにしたいんだ、蟹沢奈美さん」
 これ以上のやりとりは不毛と言わんばかり、鼻先へ契約書をかざす。

「蟹沢よ、ベストセラーの担当できるなんて滅多にある話じゃない、光栄じゃないか。文章を書く勉強にもなるだろうーーあぁ、もちろん職業選択の権利は尊重するが」
 金田編集長はペンを置く仕草をしてみせ、いつの間にか握っていた拳に気付く。
 わたしの手はまだペンを握りたがっている。

「……なんとお呼びしたらいいですか? 先生?」
「猿楽でいい。僕の名前は猿楽学、よろしくね」
 それこそ猿楽学は筆を置いて久しいミステリー作家だ。彼の作品の多くがドラマや映画となっている。

「新作、書くんですか?」
「元旦那で元小説家で探偵と紹介があったはずだよ?」
「あ、すいません、その、すいません!」
「別に謝る事じゃない」
 謝る事ではないが触れてくれるな、言外に込められ頷く。
「詳しい話は僕の事務所でしょうか。飼い猫にご飯をあげなきゃいけないし。あ、猫は好き?」