「とある病院で◯日に亡くなった人の葬儀は引き受けない、業界では対象の方を◯◯さんって呼ぶんだけど。
なんで引き受けないか知ってる?」
1 バーにて(蟹沢奈美)
今から考えてみれば、あの夜の彼女はひどく疲れていた。待ち合わせのバーにくるなり、遅刻の理由をジントニックと一緒に飲み干す。
「◯◯て◯◯?」
「そ、かにちゃんの車の鍵についてる◯◯と同じ、◯◯さん」
待たせた謝罪など必要なく、本題をさっと切り出してくれる方が助かる。取材をおえたら編集部へとんぼ返り、記事をまとめなければ。
蟹沢奈美、職業はしがないライター。『業界の裏話』というありきたりのテーマへのアプローチ先は葬儀屋で働く幼馴染である。
「そもそも葬儀を引き受けないって可能なの?業界全体で引き受けないって意味でしょ?」
「厳密には引き受けないでいいようになってる感じ」
「なんで?」
「だからなんでって、私が最初に聞いたよね?」
質問を質問で返されムッとするより、葬儀を引き受けない理由をパッと思い付かない自分に腹が立つ。
「かにちゃん、業界の裏話を聞きたいって言ったじゃん? 本気?」
「もちろん! それを聞きたいから来て貰ったの。さっきの“とある病院で◯日に亡くなった人の葬儀は引き受けない”件はーー」
ここで言葉を止めたのは“聞いてはいけない言葉”の気配を察知したから。
これはしがないライターの業界裏話だが、取材の中で“聞いてはいけない言葉”と“言わせてはいけない言葉”が存在する。それらが口にされると、どうなるか?
沈黙が生まれ、彼女はノンアルコールで湿りきらない喉元をみていた。
「△△セレモニーホール知ってる?」
わたしがグラスを置かないからか、含みを残したトーンで会話は再開される。
「あぁ、うん」
「そこで◯◯さんの葬儀をやるの」
「へぇ、どこかの葬儀社が引き受けたんだ?」
「うちだよ」
彼女は言うと空のグラスをため息で溢れさせ、おかわりをオーダーしようとした腕を掴む。
「……取材してみない?」
「取材って、お葬式を?いやいや、さすがに不謹慎でしょ!」
潔く手が離される。
「はは、かにちゃんは警戒心がちゃんとあっていいね。
それじゃ明日も仕事があるから失礼するよ」
ごちそうさまと付け加え椅子を蹴った彼女の裾を引っ張っるも、くすぶる疑問を解決する糸口は掴めなかった。
そしてーー幼馴染の話を脚色した都市伝説が雑誌へ掲載される頃。彼女がとある病院で亡くなったと報せを受けるのだった。
なんで引き受けないか知ってる?」
1 バーにて(蟹沢奈美)
今から考えてみれば、あの夜の彼女はひどく疲れていた。待ち合わせのバーにくるなり、遅刻の理由をジントニックと一緒に飲み干す。
「◯◯て◯◯?」
「そ、かにちゃんの車の鍵についてる◯◯と同じ、◯◯さん」
待たせた謝罪など必要なく、本題をさっと切り出してくれる方が助かる。取材をおえたら編集部へとんぼ返り、記事をまとめなければ。
蟹沢奈美、職業はしがないライター。『業界の裏話』というありきたりのテーマへのアプローチ先は葬儀屋で働く幼馴染である。
「そもそも葬儀を引き受けないって可能なの?業界全体で引き受けないって意味でしょ?」
「厳密には引き受けないでいいようになってる感じ」
「なんで?」
「だからなんでって、私が最初に聞いたよね?」
質問を質問で返されムッとするより、葬儀を引き受けない理由をパッと思い付かない自分に腹が立つ。
「かにちゃん、業界の裏話を聞きたいって言ったじゃん? 本気?」
「もちろん! それを聞きたいから来て貰ったの。さっきの“とある病院で◯日に亡くなった人の葬儀は引き受けない”件はーー」
ここで言葉を止めたのは“聞いてはいけない言葉”の気配を察知したから。
これはしがないライターの業界裏話だが、取材の中で“聞いてはいけない言葉”と“言わせてはいけない言葉”が存在する。それらが口にされると、どうなるか?
沈黙が生まれ、彼女はノンアルコールで湿りきらない喉元をみていた。
「△△セレモニーホール知ってる?」
わたしがグラスを置かないからか、含みを残したトーンで会話は再開される。
「あぁ、うん」
「そこで◯◯さんの葬儀をやるの」
「へぇ、どこかの葬儀社が引き受けたんだ?」
「うちだよ」
彼女は言うと空のグラスをため息で溢れさせ、おかわりをオーダーしようとした腕を掴む。
「……取材してみない?」
「取材って、お葬式を?いやいや、さすがに不謹慎でしょ!」
潔く手が離される。
「はは、かにちゃんは警戒心がちゃんとあっていいね。
それじゃ明日も仕事があるから失礼するよ」
ごちそうさまと付け加え椅子を蹴った彼女の裾を引っ張っるも、くすぶる疑問を解決する糸口は掴めなかった。
そしてーー幼馴染の話を脚色した都市伝説が雑誌へ掲載される頃。彼女がとある病院で亡くなったと報せを受けるのだった。


