……秀明が学校に来なくなってから、二週間が経過した。
最初の週こそ秀明がいないことに、クラスメイトは不安の渦を巻いていたが、次の週になればもう別の話で持ちきりだ。
俺はというと、あの日の光景が未だ頭から離れずにいた。
獰猛な獣のように、俺の身ぐるみを剥ぐ秀明。その姿がいつかの景色と重なって、チカチカと目が眩む。
怖かったし、苦しかった。
それなのに、どうして今も秀明のことをこんなにも想ってしまうのだろうか。
俺の肌に触れる手が、あまりにも繊細で情愛に満ちたそれだったから? それとも、これも恋心から来る妄想?
昨日も秀明にメッセージは送ったが、既読にすらならない。直接自宅を訪ねようにも場所もわからない。
もしかしたら、秀明はこういう時のために自宅を教えなかったのかもしれない。
何かあった時、すぐにでも自分の存在を消せるように。
「道希、大丈夫?」
「東雲……」
東雲は自身の涙袋を指させば、次にこう答える。
「隈が出来始めてるよ。最近うまく寝れてないんじゃない?」
「そうかも……」
「やっぱ狐崎くんのこと?」
「うん……」
「そっか」
そう言って、東雲は俺の隣の席へと腰を下ろす。
ここで何があったか聞かないあたり、俺のことをよく理解しているなと実感する。
東雲はまた口を開く。
「あのさ、二週間も居なかったらプリントとかも溜まりっぱなしでめちゃくちゃ困るよね」
「……? まあそうだね」
「中には成績に大きく関係するものだってある。ここは級長としてクラスメイトの一大事には駆けつけなきゃね。……その為だったらちょっとした個人情報くらい大目に見てもらえるよ」
「……っ! そっか!」
教卓で資料を整えている担任の姿を見て、俺はすぐに走り出す。
◇
日常的に着ていたはずの呪いを脱ぎ捨て、二週間が経過した。
床に散乱したままのカップラーメンの空箱と冷凍食品の空袋。電池切れのスマホ、黒い靴下、シャツ、エトセトラ。
ベッドの上で団子虫のように固まりながら、狐崎は重い瞼を開く。
眠気と怠気にやられた思考を覚醒させるのは、害なる音──インターホン。
一度鳴るだけなら、そのまま狸寝入りをかます狐崎だったが、それは数秒の間隔すら空けず、連続的に鳴り響いてきた。
「ったく、何やねん……!」
着ぐるみを身にまとい、床にある雑多品を蹴飛ばし玄関へと進む。その間もインターホンは変則的に音を奏でていた。
狐崎は玄関の戸を開き、思わず唖然としてしまう。
目の前にいたのは金髪ボブの女性だった。服装はダッフルコートを羽織り、中には縞模様の白色ロングシャツと黒のタイトスカートを身に付け、両肘にレジ袋をぶら下げていた。
「よう! 邪魔するで!」
「……邪魔するなら帰ってー」
扉を閉めようとする狐崎に対し、女性は扉の隙間に足を滑り込ませる。
「こら、入れな!」
「嫌や!! 帰れ!!」
攻防戦の末、女性側に軍配が上がる。
リビングへと侵入した女性は顔を引きつけながら狐崎に問う。
「な〜によこれ。アンタ、こんな汚部屋でよく生きてたわね」
「うっさいわ。姉ちゃん何しに来たねん。仕事やないんか?」
「今日は午後休みなの。感謝しなさいよね、アンタの様子見るためだけにそれ消費してんだから」
「フンッ、誰もそないこと頼んでないわ。もう用は済んだわけやろ、ならとっとと帰れや」
「はあ〜〜?? アンタ、それが実の姉にする態度か〜〜?」
「姉やからこういう態度になるんやろが〜〜。あ"〜、こんな事なら着ぐるみなんか着んかったら良かったわ〜〜」
ベッドルームに引き返し始める狐崎に、姉は──"茜"はため息を一つこぼす。そして、わざとらしくレジ袋を鳴らすと、言葉を並べ始めた。
「あーあ、残念だな〜。せっかく『姉ちゃんスペシャル』作ってあげよう思って来たのにな〜」
そこまで言って狐崎の歩みが止まる。
腹を手で抑えた。最後に食事をしたのは一体いつだっただろうか。自覚すると更に空腹感が増してくる。
茜は背を向けたまま続ける。
「まあでも、ヒデがそこまで言うなら帰るしかないか〜。本当残念だな〜」
「作ってから帰れや!!」
◇
曇天の景色が空を覆う。鼻を引くつかせると、微かに雨の匂いがした。
「ここに狐崎が……」
「そうらしいね」
担任から二週間分のプリントを受け取り、俺と東雲がやってきたのは、あるアパートの前。
「じゃあ俺一人で行ってくるから東雲はここで待ってて」
「わかった、何かあったら連絡してね」
「うん」
東雲と別れた俺はアパートの鉄製の階段を登ってゆく。
(秀明のことだから、もっと高級なところに住んでいると思ってたな)
エントランスもなければ、エレベーターもない。ごく普通の二階建てアパート。近くには駐車場があり、白のワゴン車が一台だけ置いてあった。
秀明のいる部屋は二階の奥の角部屋だ。
一段一段、踏みしめながら進む。気が遠くなりそうなくらい、先の長い道のりに思えた。
◇
「うわ、何よこれ! まだ中入ったままじゃないの!」
「あーそれな。後で食べよう思って残してたんよ」
「はいこれも捨てる!!」
狐崎と茜は絶賛大掃除の真っ最中である。
せっかく美味い食事を用意してもこの惨状の前では、その効果も半減してしまうというもの──。
そんな決まり文句を茜が口にした。
茜はこうだと一度決めたら、いくらこちらが諭しても聞く耳を持たない女だ。逆らった所で事態は悪化していくばかり、狐崎は渋々と最善策を受け入れたのだ。
四次元ポケットもとい巨大ゴミ袋に手当たり次第にぶちこむ。
このまま捨てる事が出来たらどれだけ楽だろうか。この後立ち塞がる"分別"に狐崎の気持ちは憂鬱になるしかない。
『ピンポーン』
不意に鳴るインターホンの音。
茜の時とは違い、音は一度しか鳴らない。
「ヒデ、お客さんだよー」
「ええ〜〜?! また着ぐるみ着ろいうんか?! 姉ちゃん出てや〜」
「しゃあないな、じゃあその間に掃除進めといてよ?」
よこらっせと腰をあげ、マスクとゴム手袋を外しながら茜は玄関へと向かう。
「はーい、どなたー?」
玄関の扉を開く。茜の目の前にいたのは黒髪をしたブレザー姿の少年。
少年は一瞬、顔を大きくしかめさせたが、次の瞬間には元の顔つきに戻っていった。
「あら、学生さん?」
「あ、えっと……狐崎秀明さんの家で合ってますか?」
「ええ、合ってるけど……え、嘘、もしかしてアイツの友達?」
「……はい、そうですけど……」
「きゃー! 何よ、アイツにもちゃんと友達いるじゃん! 心配して損した〜〜」
少年は目の前の女性の反応に目を丸くするばかりで、状況が飲み込めないといった様子だ。
茜もその様子を察して、一呼吸置く。
「ごめんごめん! こっちばっか何か盛り上がっちゃってた。君名前は何ていうの?」
「その、道希って言います」
「道希くん。これから私たちご飯食べようってとこなんだけど、良かったら一緒にどう?」
道希はその言葉にまた目を丸くする。そして、弱々しく微笑めば開口一番に謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい、今日はプリントを届けに来ただけなので。遠慮しておきます」
「そう? じゃあまた暇なときに来てよ。きっとヒデも喜ぶから」
「はい」
道希はペコリと頭を下げれば、一度も振り返ることなくその場から立ち去って行った。
◇
「おかえり、道希」
アパートを出てすぐの所で東雲が待っていた。
「狐崎くんとは会えた?」
「会えたよ。元気そうだった」
「……へえ、それはよかったね」
抑揚のない声。嘘は聞くに価しないということだろう。
(東雲の前髪が長くて良かった)
俺は視線も合わせずに、東雲の横を通り過ぎれば、道路へと出る。
そして、帰り道とは真逆へと少し進んで一言。
「俺、ちょっと用事があるから。今日はここまででいい?」
「一人で大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「道希。どうして──」と、諭すような声色が近づいてくる。
『どうして、嘘をつくの』
『どうして、狐崎くんに会わなかったの』
『どうして、逃げるの』
次に続くであろう東雲の言葉が、頭の中にいくつも浮かぶ。
…………。
……今更になって、馬鹿な事をしたなと思った。
ここで言い訳一つ言えれば、東雲だって、納得はせずとも、追及はしなかったはずなのに。
俺は、気づいた時には駆け出していた。
目的もなく、後先も考えず、ただひたすらに。曇天に染まる街を駆けた。
先程の女性が脳裏によぎっては、歯を噛みしめる。
もう何も、考えたくない。
◇
「おーい、友達からプリントが来て……って大分綺麗になったじゃん」
感嘆の声色で茜は答える。
先程まで一面ゴミだらけだった汚部屋は、今や長机とゴミ袋だけの空間へと様変わりを化していた。
「これはこれで生活感がないね」
「余計なお世話や。それよりさっさと飯にしようや」
「はいはい」
机の上に丼ぶりが二つ並べられる。
立ち上がる湯気に漂う、甘さや香ばしさを混ぜた匂い。
狐崎は徐に中身を見る。
豚テキに、豚カツ、生姜焼きが、土台の米を埋め尽くすほどに敷き詰められ、中央には卵黄が一つ乗っかっていた。
二人は席に着き、揃って手を合わせる。
「「いただきます」」
卵黄を箸で割り、黄身に染まった肉を口に入れる。
卵の濃厚な味わいと、脂身のある肉の味が、空腹の身体に効いていく。
一口、また一口と食べ進める。
狐崎はチラリと、茜の後ろに置いてあったゴミ袋を見る。ゴミ袋には新たに、卵の殻とプラスチック製の容器がいくつか詰め込まれていた。
「お父さん心配してたよ? 可愛い可愛い息子が一週間も学校休んでるって聞いて」
「つまらん嘘つくなや」
「ハハッ、バレたか。でも、こっちに行ってやれって、私に言ったのは本当だからね」
「へえ」
ふと、茜の箸が止まる。
「あのさ。ヒデはまだ、お父さんの事怒ってる?」
「当たり前やろ。人の事こんなボロ屋に追いやったあげく、着ぐるみで生活しろとか頭おかしい──」
「そうじゃなくて」
茜は狐崎の言葉を制止し、続けて言う。
「お母さんのことで」
「…………」
思い当たる節は、一つしかなかった。
中学二年の夏の日。それは、昼休みを終えてすぐのことだった。
担任の教師は言った。
『君のおかんの体調が悪化した! 今日はもう帰りな!』
今年の春からずっと入院していた母。見舞いに行く度に、頬はコケていき、頭を撫でる指は骨張ったものになっていった。
狐崎はそれが嫌で、ついに先週、母のお見舞いを初めてサボってしまったのだ。それが裏目に出た。
狐崎は息を切らして、病院の扉を開く。
そこには初めて見る、茜の弱った顔。
茜は狐崎の顔を一瞥すれば、またベッドの方へ視線を戻す。
母の手は動かない。話もしない。
とても、静かな空間だった。
『おとんは……?』
『……仕事やから、まだ来れないって』
聞き慣れた言葉が、狐崎の耳に残る。
運動会の日、文化祭の日、授業参観の日、誕生日。
父はいつもその定型文を使い、狐崎たちの晴れ舞台を棒に振ってきた。
そして、それは母の死でも変わらない。
結局、父が来たのは、母が死んでから3時間も経った後のことだった。
「関係あらへんわ、そんな事」
嘘だ。本当はずっと怒っている。
でも、だとしても、それを真正面に言うことは憚られた。
社会人になり、すっかり標準語に染まった姉。トラウマを克服しつつある道希。
その二人を前にして、自分は変わらず子供のままだと、恥を晒したくはなかったのだ。
そんな狐崎の気持ちに反して、茜の口からは思わぬ言葉が続く。
「正直さ、お父さんが来れないこと、仕方ないなって割り切ってた節があったんだ。お父さんだって好きで遅れたわけじゃない。社長だからすぐ仕事を抜けるなんて出来ないってね。
──でもあの日、アンタはちゃんと怒ってくれた。私の言いたい事も全部言ってくれた。自分の誕生日や運動会に来なくても、全く怒んなかったアンタがね」
見透かしたような茜の瞳が、狐崎の瞳を捉える。
「あの時も、今も。変わらず怒ったままでいてくれてありがとう」
目の前で笑う茜の姿が、一瞬だけ道希とリンクした。
『だから──お前は十分に親孝行できてるって、俺はそう思うよ』
今の自分を認めてくれる。許してくれる。何とも言えぬ感情が狐崎を包み込んで行く。
僅かに狐崎の瞳が揺れる。自身の異変を飲み込むかのように、狐崎は丼ぶりの残りを一気にかっ込んだ。
「さてと、そろそろ本題にでも移りますかー。何で学校休むことにしたわけ?」
「……友達を、泣かしたから」
「それはまたどうして?」
「自分のこと大事にしてないみたいなこと言うた。やから危機感ちゅうもんを思い出させようとして」
また、嘘をついた。
茜もそれが分かっているようで、狐崎から続きの言葉を待っている。
狐崎は息を整え、再び話す。
「……他の奴に触られても平気なんがムカついた。俺以外触れんようになってまえ思って……"あない事"した」
当然、矛盾の自覚はある。
元は自身が提案し、そして協力したものを、その手で壊しに掛かったのだから。
「最低やろ」
「最低だね」
茜は躊躇いなく答える。
「アンタさ、その子についてどう思ってるの」
途端に狐崎の言葉が詰まる。
友人の一人。でも、昔作った友人たちと同じとは到底思えない。なら親友? いや、あんな酷いことをしたのだから、もしかしたら心の底では嫌いだと思っているのかも。
ぐるぐると思考を巡らしては狐崎は唸りを上げる。
そして、絞り出すように一言呟く。
「──ずっと一緒におりたい」
「あ、アンタ、それが分かってるのに何で……」
頭を抱えながら、首を振る茜。狐崎は何故そんな顔をされるのか理解できなかった。
「で? その子とは今どうなってるの? メッセージとか来てたりしてないの?」
「何件か来とるけど、全部無視しとる」
「はあ?? なんでやねん」
「そんなん……見なくてもわかるやろ。もう俺に学校来るなとか、そんな奴や思わんかったとか、色々書かれとるに決まっとる」
自分の作った言葉でさえ、こうも俯いてしまうのだ。道希のメッセージなんて見れるわけがない。
茜は軽くため息をつき、「ヒデ」とその頭に呼びかける。
狐崎が顔を上げた瞬間、その額を強烈なデコピンが襲った。
「痛っ?! 何すんねん!!」
「何すんねんじゃない。この馬鹿」
「ああん?!」
状況が理解できない狐崎に、茜は続けて話す。
「アンタみたいなのと仲良くしてくれる子が、そんな事するわけないでしょ。絶対にアンタのこと気遣ってのメッセージだって」
「せやけど」
「うだうだ言うとらんで、はよ見ろ!!」
母譲りの気迫に圧倒され、狐崎は渋々とメッセージアプリを起動させる。
道希のメッセージを古い順から確認していく。
電話が1件、メッセージが3件。
茜の言うとおり、メッセージはこちらの体調を気遣うものばかりで、想像していたような最悪は微塵もなかった。
狐崎が安堵したのも束の間。最新のメッセージを見て、息が止まる。
『今からお前の家行くから』
すぐさま時刻を確認する。
このメッセージが来てから、丁度一時間が経過していた。
学校からここまでは掛かっても30分とそこら。既に道希が到着してもおかしくない時間だ。
ふと、机の端に放ったプリントが目につく。
「そのプリント誰が持ってきたんや!」
「何よ急に。アンタの友達からだって」
「名前は!」
「道希くん」
「それ先に言えや!! ごちそうさん!!」
狐崎は椅子を乱暴に引き、立ち上がれば、玄関めがけて駆け出す。
「着ぐるみ忘れてるよー」
「あ"ーそやった……! ったく! ホンマめんどくさいのお!!」
着ぐるみを纏った狐崎は、今度こそと駆け、玄関を飛び出すのだった。
床に散った埃が宙を舞う。
「親子揃って、ホント素直じゃないんだから。ねえ、お母さん」
乾いた風を肌で感じながら、茜はそう呟いた。
◇
鉄階段を駆け下り、アパートの敷地外を抜ける。
キョロキョロと道路の先を見やるも、道希の気配は既に消えていた。
「さっきの今やったら、そう遠くは行ってへんやろ……どっちや!」
「その様子だとやっぱ道希には会えなかったんだな」
「お前っ」
電柱の影から、東雲が姿を顕にする。
無表情のまま、無精髪の隙間をぬって、狐崎の姿を視界に収める。暗い青を放った瞳だった。
「今お前に関わっとる場合ちゃうねん。ほなな!」
「道希がどこに行ったか教えてあげてもいいよ」
「っ! ホンマか! どこに」
「ただ。俺の話を聞いてからだけどな」
「はあ〜?? あんなぁ、今はそない事しとる場合や──」
「いいや、聞いてもらう。お前にはその義務がある」
東雲の有無を言わせぬ圧に、狐崎ですら言葉が詰まる。
暫くの沈黙の後、狐崎は深くため息をこぼしつつ、口を開いた。
「わーったわーった。ほんならなるべく手短に頼むわ。んで、何の話聞いてほしいねん」
「──道希の、"叔父"について」
途端に狐崎の身体が固まる。その"二文字"には覚えがあったのだ。
背中を伝う温もりが、あの日彼が紡いだ言葉が、脳内を埋め尽くしていく。
『──何で、人に触れんようになったん?』
…………。
"叔 父 に お そ わ れ た か ら"
◇
道希には叔父がいた。
叔父と言っても、年齢は20代前半で若かったから、道希にとっては兄みたいな人だったらしい。
時にはゲームをして、買い物に行って、勉強を教えて貰ったりと、二人はずっと一緒にいた。
そんな叔父を、道希はすごく好いていたし、尊敬もしていた。……あの日までは。
道希の叔父がおかしくなったのは、大学に入ってからの事だ。医大に進学してからの叔父は、勉強漬けの毎日で、だんだんと表情にも陰りが出来ていった。
道希もそれが心配だとよく嘆いていたよ。
勉強以外だと、周りからの格差なんかも、叔父の精神を蝕んでいく要因の一つだったと、今なら分かる。
『あれ〜道希じゃ〜ん』
ある日の塾の帰り道。道希と俺の前に男が立ち塞がった。
品行方正とは無縁の、粗暴な見た目。それが道希の叔父──"竜二"だと気づくのに少し時間が掛かった。
引き連れてる連中も、医大の生徒とは思えない荒々しい容貌ばかり。
『これから俺たちカラオケ行くから付いてきてよ』
アルコールの混じった口臭が、顔にかかる。
絶対に行きたくない。
そんな俺の意志が通じたのか、道希は竜二に語る。
『竜兄、付いてくのは俺だけで良い? 友達はこの後用事があるからさ』
道希の目配せに俺はただ頷くしかなかった。
そのまま二人は、ネオン街の中に溶けて消えていった。
……あの時ついて行かなかったのを、今でも後悔してる。
次の週から道希は学校に来なくなった。
塾にも顔を出さず、メッセージは既読にすらならない。
痺れを切らして道希の自宅に押しかけてはみたけど。
『今はそっとしておいてほしい』
道希の母からそう言われ、俺はなくなく帰ることになった。
『そっとしておいて』
その言葉が今も耳の奥に酷くこびりついて離れない。
結局、道希が学校に来るようなったのは、夏休みを明けた後のことだった。
その日は天気予報で、今年最大級の暑さになると注意喚起があった日だ。教師も学生も、皆ラフな格好で登校するものだと思っていた。
……でも。
『なにあれ』
生徒たちの視線の先には道希がいた。学ランを上のボタンまで留め、手には手袋まで着けるなど、到底夏に着るような格好じゃなかった。
それも、その日だけじゃない。次の日も、そのまた次の日もずっと同じ格好をしていたんだ。
『親からの虐待の傷を隠してる』
『変な感染症になった』
そんな、音も葉もない噂が学校中に広まっていく。
(違う。あの日だ。あの日に"何か"されたんだ)
確信を胸に俺は、校舎裏に道希のことを呼び出した。
『あの日に何かあったんだろ? なあ、どうして話してくれないんだ』
『別に、何もなかったよ』
『そんな格好して、何もないわけ無いだろ。頼むから話してくれよ。誰にも話さないって誓うから』
道希の表情がさらに暗くなる。未だに視線は合わない。
暫くの沈黙の後、道希の口が重々しく動く。そして、あの日の詳細について語ってくれた。
