『王子よりも野獣のままの方が良かった』
昔見た童話にそういった感想があったのを思い出した。きっとそれは野獣の優しさに深く触れてしまったのが大きい。
もっと醜悪で暴虐で、人間に戻れて心から良かったと──そう思える呪いならばこんな"感情"も出てこなかった。
……………。
十月二週。木の葉は紅く色づき始め、ブレザーを着込む生徒も大半数となってきた。
文化祭までは残り一週間もない。教師や生徒含め、皆慌ただしく支度を進めていた。
「ちょっとー! そっちの色は赤じゃなくて青だってば!」
「ねーねー、これどっちに持っていけばいいんだっけ?」
「絵の具が足りなくなったから誰か持ってきてくれる?」
様々なやり取りが教室内外を行き来する。こうクラスが一丸となって動くのは、体育祭ぶりだ。
俺自身、前より気持ちが昂ぶっているのは、心境にまた変化があったという事だと思う。
教室の隅をチラリと見る。
そこにはハンガーラックにかけられた多種多様なキャラクターの衣装。そして、床にはその衣装に合ったキャラクターの頭部が置いてある。
うちのクラスでの出し物は、『着ぐるみカフェ』となった。他のクラスとは一風変わったものを出したいよねと話し合った結果、秀明の姿から着想を得て、この形に収まった。
俺は今、教室前に飾る看板の色付け作業に着手していた。
「あ、緑がもうない。誰か緑の絵の具持ってる人いない?」
「アタシ持ってるよー。良かったら使──」
「俺の貸してやるで、ほれ」
「え。あ、うん。ありがとう」
秀明は絵の具を手渡すと、また別の作業へと戻っていく。
最近、秀明がやたらと俺に絡んでくる気がする。
誰かと話してる時や、東雲と特訓してる時。今回みたいに、誰かが俺に触るだろうという時は確実割り込んでくる。
本人からしたらただのじゃれ合いのつもりなのだろうが、こう何度も来られると心臓に悪い。
(次こそは注意しないと……)
そんな考えに反して、俺の口元は自然と綻んでいた。
放課後になるとホームルームが開かれ、担任から来週の文化祭についての注意点の説明や、時間割のプリントなどが配られる。
「文化祭間近で気分が浮かれるのも分かりますが、下校には十分注意してください。最近、若い子に付きまとう不審者が目撃されたという話もありますため、決して一人にならず、夕方の内に自宅へ帰るように」
担任からの有難い注意喚起は、興奮した生徒の耳に届くことはなく、むしろ話の起爆剤となって更なる盛り上がりへと展開する。
(不審者、ね……)
前にも似たような話を警官の人から聞いた。確か、五ヶ月程前に。
『小さい子が行方不明になっているから気をつけなさい』
……まさか、な。
担任の号令とともにクラスメイトは足早に出口へと出ていく。支度を進め、俺も秀明と共に帰路へと向かった。
◇
校門を抜け出た俺たちは、近所の公園にてブランコに座りながら談笑にふけっていた。
「看板見たで。あの犬の似顔絵って道希くんが描いてくれたんやろ。なかなか上手やったで」
「伊達に長いこと一緒にいないからな。そっちは受付とかそこら辺どうなの?」
「着ぐるみが思った以上に息苦しいとか周りは嘆いとるけどまあ順調やで」
「歴があるんだからちゃんとコツ教えてあげてよ、せんせい?」
「そやなー。級長くんからのせっかくの頼みやし、いっちょ頑張ってみるかー」
秀明はそう言って、ブランコに緩急をつけ始める。動きと共に聞こえる、鉄とサビが軋むような音。
「道希くんも、級長の仕事があるのによう頑張るわ」
「もう慣れましたよ。月村さんや東雲とかにもいろいろ手伝ってもらったし」
「へえ……そうか……」
「? どうかした?」
「んー、別に何でもないで」
「それより」と言って、秀明はブランコから飛び降りる。
「もうすぐ日も暮れる。さっきの話のこともあるし、はよ帰ろ」
「うん」
秀明に手を引かれ、俺もブランコを後にする。
『好きだ』
修学旅行の晩。自覚してしまったこの恋心は未だに熱を持ち、腹の底で唸りを上げ続けていた。
恋心というものは思いのほか厄介で、相手の行動一つ一つを養分にして、着実に成長する。
いずれは我が物顔で感情を吐露し、全てを台無しにしてしまうのだろう。
それは俺の望む結末じゃない。
だから──。
『変わらず秀明の友達として生きていく』
それが、俺の導き出した答え。
秀明にこの気持ちを伝えようなんて真似、決してしない。この恋心もいつか捨てる。
だから、今だけ。今だけはこの気持ちを抱くことを許してほしい。
昔見た童話にそういった感想があったのを思い出した。きっとそれは野獣の優しさに深く触れてしまったのが大きい。
もっと醜悪で暴虐で、人間に戻れて心から良かったと──そう思える呪いならばこんな"感情"も出てこなかった。
……………。
十月二週。木の葉は紅く色づき始め、ブレザーを着込む生徒も大半数となってきた。
文化祭までは残り一週間もない。教師や生徒含め、皆慌ただしく支度を進めていた。
「ちょっとー! そっちの色は赤じゃなくて青だってば!」
「ねーねー、これどっちに持っていけばいいんだっけ?」
「絵の具が足りなくなったから誰か持ってきてくれる?」
様々なやり取りが教室内外を行き来する。こうクラスが一丸となって動くのは、体育祭ぶりだ。
俺自身、前より気持ちが昂ぶっているのは、心境にまた変化があったという事だと思う。
教室の隅をチラリと見る。
そこにはハンガーラックにかけられた多種多様なキャラクターの衣装。そして、床にはその衣装に合ったキャラクターの頭部が置いてある。
うちのクラスでの出し物は、『着ぐるみカフェ』となった。他のクラスとは一風変わったものを出したいよねと話し合った結果、秀明の姿から着想を得て、この形に収まった。
俺は今、教室前に飾る看板の色付け作業に着手していた。
「あ、緑がもうない。誰か緑の絵の具持ってる人いない?」
「アタシ持ってるよー。良かったら使──」
「俺の貸してやるで、ほれ」
「え。あ、うん。ありがとう」
秀明は絵の具を手渡すと、また別の作業へと戻っていく。
最近、秀明がやたらと俺に絡んでくる気がする。
誰かと話してる時や、東雲と特訓してる時。今回みたいに、誰かが俺に触るだろうという時は確実割り込んでくる。
本人からしたらただのじゃれ合いのつもりなのだろうが、こう何度も来られると心臓に悪い。
(次こそは注意しないと……)
そんな考えに反して、俺の口元は自然と綻んでいた。
放課後になるとホームルームが開かれ、担任から来週の文化祭についての注意点の説明や、時間割のプリントなどが配られる。
「文化祭間近で気分が浮かれるのも分かりますが、下校には十分注意してください。最近、若い子に付きまとう不審者が目撃されたという話もありますため、決して一人にならず、夕方の内に自宅へ帰るように」
担任からの有難い注意喚起は、興奮した生徒の耳に届くことはなく、むしろ話の起爆剤となって更なる盛り上がりへと展開する。
(不審者、ね……)
前にも似たような話を警官の人から聞いた。確か、五ヶ月程前に。
『小さい子が行方不明になっているから気をつけなさい』
……まさか、な。
担任の号令とともにクラスメイトは足早に出口へと出ていく。支度を進め、俺も秀明と共に帰路へと向かった。
◇
校門を抜け出た俺たちは、近所の公園にてブランコに座りながら談笑にふけっていた。
「看板見たで。あの犬の似顔絵って道希くんが描いてくれたんやろ。なかなか上手やったで」
「伊達に長いこと一緒にいないからな。そっちは受付とかそこら辺どうなの?」
「着ぐるみが思った以上に息苦しいとか周りは嘆いとるけどまあ順調やで」
「歴があるんだからちゃんとコツ教えてあげてよ、せんせい?」
「そやなー。級長くんからのせっかくの頼みやし、いっちょ頑張ってみるかー」
秀明はそう言って、ブランコに緩急をつけ始める。動きと共に聞こえる、鉄とサビが軋むような音。
「道希くんも、級長の仕事があるのによう頑張るわ」
「もう慣れましたよ。月村さんや東雲とかにもいろいろ手伝ってもらったし」
「へえ……そうか……」
「? どうかした?」
「んー、別に何でもないで」
「それより」と言って、秀明はブランコから飛び降りる。
「もうすぐ日も暮れる。さっきの話のこともあるし、はよ帰ろ」
「うん」
秀明に手を引かれ、俺もブランコを後にする。
『好きだ』
修学旅行の晩。自覚してしまったこの恋心は未だに熱を持ち、腹の底で唸りを上げ続けていた。
恋心というものは思いのほか厄介で、相手の行動一つ一つを養分にして、着実に成長する。
いずれは我が物顔で感情を吐露し、全てを台無しにしてしまうのだろう。
それは俺の望む結末じゃない。
だから──。
『変わらず秀明の友達として生きていく』
それが、俺の導き出した答え。
秀明にこの気持ちを伝えようなんて真似、決してしない。この恋心もいつか捨てる。
だから、今だけ。今だけはこの気持ちを抱くことを許してほしい。
