野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?

 絶賛夏休み中。俺と狐崎は勉強会以降もしばしば会っては遊んでいた。
 場所は俺の家、学校、デパート、他近所諸々──。

「ねえ、なにあれ? 何かのマスコット?」
「さあ……知らなーい」

 目の前に座る女子学生がこそこそと話す。
 俺達は今電車に揺られ、ある場所を目指していた。

「お、道希くん。あれやないか?」

 隣に立つ狐崎は窓を指さす。その先には現代には似つかわしくない洋風な建築物が──"ラックィーランド"の一角が見えた。



「来たで! ラックィーランド!」

 入り口を抜け、目の前に広がるのは非現実的な夢景色。多種多様なキャラクターに建築物、アトラクション。狐崎の姿がいつもより溶け込んで見えた。

 パーク内に入れるかどうかが一番の関門だったが、そこはまあどうにかなった。
 受付係は始めこそギョッとした表情をしていたが、すぐに平常心を取り戻し、パーク内の説明をしだした。列を待機していた時から思っていたが、この手の格好はキャストに限らず、客側にも一定数いたため、そこまで違和感に映らないのかもしれない。

「すみません、写真いいですか?」

 そんな事を考えていたら、"また"来た。予想はしてたが、やはり狐崎は写真をよく撮られる。アトラクション一つにつき、二から三回のペースで人が来る。

「これじゃ、慈善活動しとるときと大差ないわ」
「ネームプレートに『キャストじゃないです。』って書けば良かったな」
「嫌やそんなん!」

 しばらく思案し出す狐崎。そして、何か思いついたかのように人さし指を立てれば、今度は手を差し出してくる。

「道希くんと手ぇ繋いで歩けば、キャストやないってなるんやないか?」
「ええ? そんなの上手くいくかー?」
「ものは試しや。ほれほれ〜」

 狐崎がグーパーグーパーと手を動かす。その掌に自身のものを重ねれば、罠が作動したかのように、手がホールドされる。
 狐崎に手を引かれながら前に進む。分かりやすく腕をブンブンと振れば、確かにキャストには見えない。
 
 ただ、なんか…………。
 …………。

 「もしかしてあれに向かってる?」

 前方を指さす。そこには縦横無尽にレールを移動する鉄の塊の姿が。あまりの速さに悲鳴が後に聞こえてくるような気さえした。
 
「ジェットコースターなんてお前乗れないじゃん」

 受付でも言われたが、アトラクションによっては事前に衣装を脱がなければいけない。怪我の恐れだったり、重大な事故に繋がるから。

「全然かまへんて。乗らんでも楽しみはあるから」
「?」
 
 狐崎に背を押され、待機列の最後尾へ着く。待機列はファストパスを持っていたため、サクサクと進めた。

 悲鳴のレパートリーを二度ほど聞けぱ、俺の順番がやって来た。キャストの人に案内されるがまま、荷物を預け、安全ベルトを装備する。
 左隣にはカップルが並んでいて、これから起きる事に対して不安と興奮を吐露し合っていた。少しだけ、それが羨ましく思えた。

 そんな事を考えていれば途端に車両が揺れ、前方へと進み出す。まだ、心の準備が出来ていないのに……!
 緩やかな平坦路をしばらく進み、次に坂道を登り始める。その最中、狐崎の姿がないかと景色を眺めていたが、とうとう見つからず、ついに頂点へ……。

 この先の事は正直あまり覚えていない。すぐ終わったようにも思えたし、十数分以上かかったような気もした。車両を降りる頃には、重力の感覚が馬鹿になってまともに歩けもしない。
 フラフラと、足取り重いまま、出口付近のレストルームへと到着する。

「吐くかと思った……」
「お〜い、道希くーん」

 狐崎が手を振りながら俺を出迎える。なるほど、どおりで見つからなかったわけだ。ずっとここで俺を待っていたのか。

「いや〜ええリアクションやったで〜、ほれあれ見てみー」

 そう言いながら狐崎が指差したのは壁上部に設置されたモニターだった。そこには先程の急降下を一部抜粋した画像……恐怖に慄く俺の姿があった。

 歯は食いしばり、目は若干の白目。強風により頬にシワが寄る姿は、変顔でも再現できる気がしない。
 狐崎のこの落ち着いた様子からして、既に散々笑い切った後なのだろう。

「あそこで写真現像してもらえるらしいから行こうや」
「えー!? イヤだよあんな白目写真!」
「そないケチな事言わんで。俺が奢ったるから、な?」

 結局押しに負けて、俺と狐崎の分を買うことに(自分の分は奢らせてない)


 ジェットコースターの箸休めに、観覧車を選択。今度は狐崎が乗っても大丈夫なため、観覧車に一人きりという地獄は回避できた。

 ゴンドラに乗り込めば、狐崎と対面の形になる。外に比べて大分落ち着いた環境になったため、アトラクションの感想やこれからの予定を確認する。

 それが終われば、景色を元にお互いクイズを出し合う。あのマスコットは何処にいるのか、パンフレットにあった隠しマークをどっちが先に見つけるかといった具合だ。

 いつの間にかゴンドラは最高点まで到着し、豆粒じみた景色は、時間と共にどんどんと元の大きさへと戻ってゆく。

「男二人で観覧車乗るやなんて、前の俺やったら信じてないなあ〜。普通は女の子とかおるもんな」
「それを言ったら、着ぐるみと一緒に乗る方が現実的じゃないよ」
「お、道希くんの初めて奪っちゃったか〜?」
「ハハ、言い方が気持ち悪いって」

 まあ、否定は出来ないけれど。
 ゴンドラの扉が開く。俺は狐崎の手を取れば、その場を後にする。


 
 夜の帳が下り始めて、早数十分。辺りの電灯が灯り出せば、いよいよと動き出す"パレード"に、周囲の人達も沸き立つ。

「それにしてもええ場所が取れたな〜。最前列やで最前列」
「二時間も待ったかいがあるね」

 正面の大通りは両端に柵が引かれ、それに沿って人がずっと先まで並び続けている。
 ここは昼は普通の道だが、夜になるとパレードの通り道になるのだ。

 場所取りは夕方の内に済ませており、待機中に買い物やトイレに行きたくなったら交代しながら時間を過ごしていた。有料席ならもっと楽できたらしいが……まあ、これはこれで楽しかったから良かった。

 愉快な音楽と共に、煌びやかな人々とフロートが目の前を通り過ぎてゆく。極彩色の点滅は、目蓋を閉じていても完全に防ぐ事が出来ない。それでいて不思議と疲れを感じないのは、きっと色使いが巧みなのだろうなと体感する。

 喧騒と沈黙。周りが騒がしくなったのに反比例して、狐崎との会話はパタリと止んでしまった。
 頬を伝う汗。喉の渇きを潤そうと、手に意識を寄せた時だ。

(そういえば、繋いだままだったな……)

 自身の右手は、未だ狐崎の左手に繋がれていた。

『滑らかな表面と、微かに感じる角張った触覚と、人肌の温もり』 

 当初は数分かけて出してた感想文は、今じゃ考える間もなくこの一文が頭に浮かび上がった。
 俺も成長したということだろう、アッハハ。


 ……何でまだ繋いでいるんだろう。もう誰も見ていないのだからカモフラージュなんて意味ない。
 じゃあ特訓? 特訓のためか? 今になるまで特訓の"と"の字すら浮かばなかったくせしてこんな時だけ真面目ぶるなよ。

 答えが出ない自問自答を繰り返す。そうだ、分かりきっていた事だ。どうすれば良いのかなんて。

 上空に一筋と流線が伸びてゆく。誰もが上空へ注目するのを他所に、俺は狐崎の方へゆっくりと顔を向けた。

『ドンッ』

 爆発音と、光の拡散。そして──。

「──ん、どうした?」
 
 喧騒の中、確かに狐崎の声だけが耳に入ってきた。

「ちょ、ちょっと飲み物買ってくる」
「ええ!? 今買いに行くんか?! じゃあ俺も一緒に」
「俺一人で大丈夫だから! それじゃ!」


 狐崎の温もりを手放し、後方人混みの群れを掻き分け進む。
 人混みを抜け出て数分。やっと戻ってきた現実感。あれだけの人に触れてなお、意識は掌の火照りに集中していた。

(何なんだよ、これ……)

 両の掌をこすり合わせたり、近くのオブジェに触れたりするも火照りは消えず、時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。
 とりあえず今は、名目の達成に集中しよう。

 近くにある自販機へと向かい、無造作に二つボタンを押す。ペットボトルを拾い上げれば、近くのベンチへと腰掛けた。
 飲み物の冷たさのおかげで、掌の火照りは無くなったが、今度は名残り惜しさのようなものが生まれ始めた。変な胸焼けまで出てくる始末。 

 全てが初めてで、何かの病気かと調べてもオカルトじみた回答ばかりで当てにならない。いや、いっその事縋ってしまうのもありか。きっと、一時凌ぎにはなってくれる。

 そんな馬鹿げた事を考えていると、パレードが一層の盛り上がりを見せる。
 その光景を見て、狐崎を一人きりにしたままだという事を今更に思い出した。
 飲み物買うだけに時間をかけ過ぎた。流石に何かあったと心配されていてもおかしくない。

 ペットボトルのキャップを開け一口。温くなってあまり美味しくはない。

「でも、どんな顔して狐崎に会えば良いんだろ」

 そんな事を考えていた時だ──。

「──あれ? もしかして道希?」

 不意な呼びかけに、周囲の音が更にクリアになる。
 正面には、銀髪の無精髪をした男性が立ち塞がっていた。
 水色のポロシャツに、白の短パンとシンプルな格好。
 パレードを背にしていたため、顔はよく見えない。両の手にはチュロスとジュースを持ち、左肘にはレジ袋が吊り下がっている。

 男性の問いかけに対し、俺は反射的に頷く。

「うわ、やっぱ道希だ! えっ何でここに?!」

 男性は興奮気味にそう言う。どうやら俺の知り合いである事は間違いないらしいが……誰だ?
 頭を回転させるもこんな派手な髪色をした知り合いはいない。声については周りの喧騒が入り混じって、どうも判断に至らない。

 俺は首を傾け、ジェスチャーをする。すると男性はハッとした様子で、自身の前髪をかき上げた。


「あー髪色変わったからわかんないか。俺だよ、東雲──"東雲修斗"だよ」