野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?


 雲一つない快晴に、破裂音と共に一筋の白線が立ち上がる。
 今日は体育祭だ。

 赤組用のハチマキを身に着けながら、周囲の様子をうかがう。
 教室は、今や今やと沸き立つ空気感で満たされており、その熱気が肌に刺さる感覚を覚えた。

 クラスメイトたち同様に、狐崎も今日はブレザーではなく、体操着を着ぐるみの上に着ている。結局、俺は長袖姿での参加だが、腕まくりが出来るようになった分、去年より大分マシだ。

「思えばあっという間だったな」
「やな。級長くんも色々準備頑張ってたんやろ?」
「まあそれなりに」

 俺がやった事と言えば、練習の場所取り、選手の選抜、一部司会進行といった具合で、他諸々は体育実行委員がやってくれた。三年生になれば更に忙しくなるんだろうなと思うと、少し身震いをしてしまう。

(来年の級長は別の人にやってもらおう、うん)
 
 そんな事を考えている内に担任が到着し、クラスメイトに廊下へ出るよう、号令をかける。俺たちもその指示に従い、教室を後にした。



 体育祭の種目は大きく分けて三つになる。団体種目、個人種目、役職種目。生徒は役職種目以外は必ず一回は出場しないといけない。
 
 役職種目は委員長や級長といった役職を持つ人は、必ず出場しなければいけない種目のことを指す。
 勿論、俺にもそのお触れは掛かった。
 
 一つ目の競技は騎馬戦。
 体育祭の種目の中でも、過度に人に接触しないといけない競技だ。特訓を積んだ俺でも、真っ先に出場候補からは消していたが、例の役職種目に該当していたため、級長の俺は強制的に出場となった。

「じゃあ作戦通りに行くで」
「う、うん」

 騎馬は狐崎を含めた高身長グループで構成されている。
 作戦はシンプルに、ひたすら逃げること。俺の事情も然り、そもそも争い事が苦手なのを加味してこの作戦となった。
 事情を知る狐崎がいた分、作戦の方針がスムーズに進んだのはありがたかった。

 ホイッスルと共に騎馬が一斉に駆け出す。
 団長同士のぶつかり合いを皮切りに、赤白乱れ合う混戦が勃発。
 正面衝突するもの、漁夫の利を狙うもの、ただ逃げるものと三者三様だ。

 俺たちも始めこそは人の多さに紛れる事が出来たが、次第に騎馬が減り、標的にされる事が増えてきた。
 
 囲まれないよう、中央へと移動を始め時だ。正面から相手チームの騎馬が猛スピードで突っ込んできた! 
 回避しようと急カーブをした事により、相手チームと俺を支える後方騎馬が衝突してしまう。 

 その衝撃で互いの騎馬が崩壊する。重心は一気にずれ、俺は狐崎の方へ寄りかかることに。

 その瞬間にホイッスルが鳴り、審判から開始位置に戻るよう指示が下る。
 喧騒から一変、静寂が続く。敗者となった騎馬は地面に腰を付けている。そんな中、俺たちはというと……。

「お前一人だけで重くない?」
「大丈夫大丈夫。伊達に鍛えてないっちゅうこっちゃ」

 俺を"肩車"しながら狐崎はそう答える。
 そう、最終的に騎馬が騎手を背負っていれば何でもありのため、肩車であろうと加点対象なのだ。
 俺たちが決め手となったのか、相手チームとは一点差で勝利という結末に。

「俺たちの勝ちやー! わーい!」
「ちょ、観客席向かなくていいから!」
 
 観客席からシャッターを切られる前に、俺は狐崎から飛び降りた。


 団体種目と昼食を挟み、次の種目への準備が始まる。既に種目を終えた生徒、昼食でお腹が膨れた生徒は応援席にてうたた寝をしだす。
 俺も若干の眠気を覚えつつも、次の種目を応援へと向かう。次の種目のクラス対抗リレーに、狐崎が出場するからだ。

「よっ、応援に来たよ」
「お〜来たか級長くん。アンカーとしての俺の勇姿、たんと味わっていくんやで」

 アンカーへは立候補を取った上で狐崎に決まった。不安な要素は色々あったが、「着ぐるみがアンカーなのは面白い」ということでクラスも納得した。

 各走者は指定位置にて体勢を整え──『バンッ』
 ピストルの音ともに赤白含む、六色が一斉に走り出す。沸き立つ歓声は俺の応援など瞬く間に飲み込んでいった。

 走者を何度か経て、アンカーの狐崎へとバトンが渡る。二番手だった赤組は狐崎の走行により一気に一番手へと上り詰める。

(速っ! ……でも、あのままカーブして大丈夫なのか?)
 
 練習の時ですら出していなかった速度に一抹の不安を覚える。そして、その不安は的中した。
 カーブに差し掛かっての事だ。カーブの勢いを殺すことができず、着ぐるみの頭が半回転してしまった。
 
 その光景に思わず息を呑む。もはやリレーどころではない、今すぐにでも頭の位置を調整しなければ。
 ところが狐崎は以前体勢をキープしたまま、ゴールめがけ走り続ける。視界が塞がれた状態だというのに、白線からは一切はみ出さずに、ただ直線に。

 そして狐崎のゴールと共に、今日一番の歓声が上がった。


「全く、無茶しすぎだって」
「アハハ。でもその分格好良かったやろ」
「ハイハイ、カッコイイカッコイイ」

 思わず、気の抜けた笑いが出る。
 何で俺の方がハラハラしなきゃいけないんだ。人前に顔を晒して困るのはそっちの癖に。

「次は級長くんの番やで。俺も応援したるから頑張ってな〜」
「うん。俺だってやる時はやるって所ちゃんと見とけよー」

 狐崎に手を振りつつ、アナウンスにて指定された位置へと向かう。

 俺個人としての最後の競技は、借り物競争。まさか高校生になってまでやる事になるとは思ってもみなかった。

 借り物競争を選んだのは、特訓のキッカケになると踏んだから。お題に従って、観客や生徒に合理的に接触して、更に耐性を付けるといった魂胆だ。

 ホイッスルが鳴り、選手たちは思い思いにくじを引く。そして、分かりやすいくらいに頭を抱える。そんな難しいお題、練習の時にあっただろうか。 
 他の生徒をよそ目に、自身のくじを開く。
 そこには──。

「えっ」
 


「狐崎!!」
「お〜そない慌ててどないしたん? お題の内容見つからんのか?」

 応援席にて、クラスメイトに肩を揉まれながら狐崎は答える。

「何も言わずに俺についてきて」
「なんやそれ」
「いいから! ほら!」
「なんやねんも〜」
 
 狐崎の手を引き、強引に引き立たせる。そして、そのままお題の開示位置へと二人駆け出した。

「お題持ってきました!」

 狐崎には見せないよう、審査員の生徒にお題を見せる。

「……ふむふむ、なるほど。それではお題の内容をここでやってみてください〜」
「えっ! 連れてくるだけじゃ駄目なの?!」

 後方からは別の組がもうそこまで迫ってきている。ここに来て、一番を逃し、赤組の失点になるのだけは避けたい。
 
(ええい、もう何とでもなれだ……!)

 深呼吸をし、覚悟を決めて狐崎と向き合う。
 ──そして。

「いつも特訓に付き合ってくれてありがとう!! お前のおかげで色々変わることが出来た!! 本当に感謝してる、これからもよろしく!!」

 自分の鼓膜が振動するほどのボリュームに、この場にいた全員の動きが固まる。

 熱が一気に顔へと集中していく。一刻も早くこの場から立ち去りたい。
 どうだと言わんばかりに審査員を見れば、ハッとした様子でゴールに案内される。何はともあれ、一位でゴールすることには成功した。

 互いに喜びの声は上げず、ただ沈黙を貫く。狐崎の手はゴール後も繋いだまま、離せずにいた。

「……お題何書いてあったか見せて」
「………」
「はよ」

 有無を言わせない態度に諦め、お題の紙を手渡す。



──"感謝を伝えたい大事な人(家族以外)"



「なるほど、級長くんにとって"感謝を伝えたい大事な人"が俺っちゅうわけか」
「皆まで言わなくていいから! あー、恥ずかしい!」

「何も恥ずかしがることないんやで〜。いや〜大事な人かぁ! ホンマええ響きや! なあ審査員さんもそう思うやろ?」

 審査員問わず、ゴールした生徒、近くにいた教師にも同じように語る狐崎。

(こうなると思ってたから、見せたくなかったのに……!)

 結局これ以降、狐崎の顔をまともに見れないまま、体育祭が幕を閉じた。