野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?


「はーい皆さん、お時間ある方はビンゴ大会に参加してみませんかー! 今日は何と可愛い着ぐるみさんもいまーす!」

 俺達がやってきたのはデパート内にある精密機械コーナーだ。
 目の前ではビンゴ大会と称した、商品の売り込み劇が繰り広げられていた。ビンゴになった子供に景品が渡り、その間に親の方へ商品を売り込む。簡単に言えばそういう仕組みだ。
 狐崎の仕事はいわば客寄せパンダ。ターゲットとなる家族層を引きつけ、ビンゴ大会に参加をさせるだけで良い……そう聞いてた。
 抱っこをねだられ、写真撮影をねだられ、泣きじゃくる子供をやんわり引き剥がして。ちょっと見てただけでもこれだけの苦労が狐崎を襲う。

(仕事とはいえ、よくやるな) 

 父との喧嘩。それは家族と暮らしていれば誰しも通る道だ。狐崎はたまたまそれが長引いて、過激化しているだけ。
 全部狐崎の自業自得だし、同情もあまり出来ない。
 ただ、この努力が誰にも気付かれず、罪滅ぼしの言葉一つで片付けられるのはやるせない。現に俺も、狐崎のおかげで随分変われた。何か返せるとしたら俺は……。

 そんな事を考えてる時だった。

(あれは……)

 いかにもガラの悪そうな学生が二人、狐崎の方を見て笑っていた。
 最初はただの冷やかしみたいなものだと考えていたが、次第に不審な動きが目につくようになった。
 わざわざ狐崎の後方へ移動した上で、狐崎の動きを伺っているかのような様子。そして、狐崎の身動きが取れないと分かると、早足で狐崎の背後へと近づいてきたのだ。

 ──俺は、気づいた時には駆け出していた。

「はあ? 何だよお前、そこ邪魔だからどけ」

 狐崎の背後を取らせないよう間に入ったのは良いが、ここからどうすれば良いのか分からない。

 横から追い越されそうになる度に、その道を遮るよう横に移動をする。頑なにその姿勢を崩さない俺に、しびれを切らした不良が俺の腕に掴みかかってきた。
 
 特訓とは違う乱暴な接触。途端に身体が強張り、その場から動けなくなる。
 不良たちは、その硬直状態を更なる反抗と捉えたらしく、表情を更に顰めさせる。
 そして、もう一つの手を俺へと伸ばしてきた時だった。

「何しとんねん」

 その声と共に不良の拘束が解かれる。後ろによろける俺を狐崎が支えた。その温もりに安心してか目が少し滲んだ。
 狐崎と視線が合い、やっと呂律が回るようになる。

「こ、コイツらがお前の後ろに……」
「はは〜ん、そういうことかい」

 狐崎が前に出る。その背中に俺が隠れるように。

「俺の頭引っこ抜いて、素顔を晒してやろうって魂胆やろ? ホンマ、モテへん奴が考えそうなこっちゃ」 
「ああ?! 今なんて言いやがった!」
「うっさ、何キレとんねん。モテへん奴にモテへん言うただけやろ。文句があるっちゅうならさっさと掛かってこいや」
「な、舐めやがって、着ぐるみ風情が勝てると……」

 割愛☆

「痛っだだだだだだだ!!! まいった、まいったてえ!!」
「うわぁ……」

 狐崎の関節技に悲鳴をあげる不良。
 不良は関節技から解放されると、既に"対処済み"の一人と共にその場から逃げ出していく。

 一部始終を見ていたお客さんから一喜一憂が飛んできた。

「着ぐるみさんカッケー!」
「すごーいヒーローさんみたい!」
「こら、危ないから近づかないの……!」

 盛り上がる子供たちに反して、親たちは分かりやすくドン引きしていた。外野ではスマホを構えてる奴らもいる。

「ふふん、俺にかかればこんなもんや。さあビンゴ大会の続きを」
「君ぃ、ちょっと裏まで来てもらえるかなぁ」

 恰幅の良い男性が狐崎の肩に手を置く。そのこめかみには青筋が浮き立っていた。
 そのまま裏に連れて行かれた狐崎がどうなったかは言うまでもない。


 
 夕方、帰路。人気のない裏路地を俺と狐崎は進む。

「あーあ、店長にはこっぴどく叱られるわ、親父には連絡行くわで、ホンマツイてない日やったな〜」

「ごめん。俺がもっと上手くやれば……」
「道希くんは何も悪ないわ。むしろ俺のこと助けてくれてありがとうな。道希くんおらんかったら、今頃皆の前で俺のイケメンフェイス見られるとこやったわ」

「ハハッ、イケメンなんだ」
「おう、見せれんのがホンマ残念やで」

 最近自然に笑えることが増えた気がするな。
 前までの俺だったら不良に立ち向かうことも、人の温もりに安心するといった事もなかった。 
 前までは、夜空がひたすらに広がっていたこの時間。今では青空混じりの夕日が差し込み、俺たちを未だに照らし続けている。
 本当に、時間の流れとは恐ろしい。

「ここまででええわ。それじゃまた学校で、道希くん」
「うん、また学校で」

 遠ざかる狐崎の背中。
 その背中に一言だけ伝えたい言葉があった。

「またな、"秀明"」

 それを聞くやいなや、狐崎が踵を返す。

「今のもう一回言ってくれや!」
「いいから帰れよ!」

 結局、その日は家に着くまで狐崎と一緒だった。