野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?

 靴のかかとが内側に食い込むのを直し、横に置いたままのリュックを背負う。

「あら、またデパートに買い物に行くの?昨日も行ってなかったっけ」
「昨日は図書館に行っただけだから。帰りは昨日と同じ時間になると思う、それじゃ」

 母親の見送りを背に玄関の戸を開ける。外は眩しいくらいの快晴に包まれていた。
 学校に向かう道とは真逆の方向を数分進み、大通りへとたどり着く。大通りを越えれば、お目当てのデパートが俺を出迎えた。

 休日の正午は相変わらず、多種多様な人であふれていた。赤の他人から、同級生に当たる人たちなど。皆考えることは同じなのだと実感する。

 ここら一帯は都会ほど遊び場が豊富というわけでもなく、遠出をする以外は基本ここで時間を潰す。俺も休日は大体ここか、図書館の方で過ごしている。

(今日は最新の漫画と小説を買って、後は喫茶店で時間を潰すか)

 そんな事を考えながら、決まったルートを進む。
 通り道には洋服店やアパレルがいくつか並び立ち、ふと横目で捉えていたが、自分の姿を思い出し我に返る。
 冬ならまだしも、夏に長袖長ズボンを買っていたら明らかに浮く。ただでさえ自分以外、半袖姿なのにこれ以上の悪目立ちはしたくない。

 本屋に到着してしばらく経過。
 滞りなく、お目当ての品は手に入れる事には成功。後は喫茶店に向かうだけと来た道を振り返るが……。

(引き返すだけなのも、何か味気ないな)

 時間に余裕はある。少し遠回りにはなるが、噴水広場の方から向かうとしよう。
 来た道とは反対にしばらく進み、エスカレーターを下る。
 下りた先には噴水と、噴水を軸にベンチと柱がアーチ状に並んでいた。改修工事されたエリアとは違い、創業以来変化のないここは、レトロな佇まいが趣深いと好評だ。

 自分も新鮮な雰囲気に心が少し躍った。

「犬さん! 風船ちょうだーい」
「僕も僕も!」
 
 丁度噴水を挟んだ向こう側で、子供たちがはしゃいでいるのに気づいた。何かを見上げているように見えるが……。

(風船と、犬?)
 
 まさかと思い、子供たちの視線の先を確認してみる。
 ギョッとした。見覚えのある着ぐるみが、バブルくんが風船を配っていた。

「何してんだ、アイツ……」
 
 『アイツ』、そこまで口にしてハッとする。
 直接声を聞いたわけではないのに、あれが『狐崎』だとわかっている自分がいた。動きや体幹、人と接している時の雰囲気など。想像以上に狐崎の特徴を記憶している自分に、少し気恥ずかしい気持ちになる。

 狐崎が風船配りを終えるのを見計らい、ゆっくりと近づく。

「あ"ぁ~、何で俺がこないことを……」
「お疲れさま」
「ん? お~級長くん、ありがとう……って何でここにおるんや?!」
「それはこっちのセリフだよ」

 お互いベンチへ腰掛ける。ここなら柱が死角となるため、他に会話を聞かれる事もない。
 自販機で買っておいたペットボトルを手渡すと、狐崎はそれを着ぐるみの口越しに直飲みする。何度見てもすごい絵面だ。
 
「それにしても驚いたな。まさかこんな所でバイトしてるとは」
「バイトやない、全部親父の差し金や。ここで慈善活動しろゆうて、出来なきゃその時点で約束は失敗だとかぬかしてきおった」
「まあ……筋は通ってるかな」
「なんやねん! 級長くんも親父の肩持つんか?!」
「お前に同情できないだけだって……。学校以外でも着ぐるみ着てなきゃいけないの?」
「そうや。脱いで良いんは家ん中に一人でいる時だけ。まあ、荷物が来たらその度着直す必要はあるけど」
「その時くらい着なくていいだろ。監視されてるわけでもあるまいし」
「俺にも男の意地っちゅうもんがあんねん。完璧にこなしてあの親父の鼻っ面を折らんともう気が済まん!」
「何だそれ」

 喉に渇きを覚えたため、缶の蓋に力を込める。プシュと溢れ出す液体を零さぬよう、口元へ一気に流し込む。
 先程の子供たちを思い出す。あの子たちにとって、狐崎は『着ぐるみ』なんだな。この姿に見慣れすぎて感覚が麻痺していた。本当に慣れとは凄い。

「それで級長くんは……」

 そこまで言って狐崎が固まる。

「んー……学校やないのに級長くんって呼ぶのも何か変やな。ここはお互い本名で呼び合おうやないか」
「そう? まあ好きなように呼んでくれたら良いけど」
「じゃあ、"道希"くん」

 本名を呼ばれ、胸がドキリとする。馴染みのある響きが、今日に限って耳に違和感のように残り続けた。

「何かムズムズする」
「せやな。俺も言っててちょお恥ずかしい気持ちなってきたわ……そんで道希くんはどうなん?」
「え?」
「俺の事、名前で呼んでくれへんのかなって」
 
 名前と聞いてふと思考を巡らす。
 俺が狐崎を呼ぶときは基本名字だ。それがわかってて、名前呼びにしたのか? この流れを作るために。
 
「ヤダ、これ以上ムズムズしたくない」
「え~それは残念やな~、"道希"くん」
「あーもう、やっぱわかっててやってるだろ!」

 両耳を手でふさぐ。これは慣れるのに時間がかかりそうだ。