野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?


「ソれでは英語での自己紹介と、最近ハマってる事の説明頑張ってくださいネ」

 英語の担当がそう言うと、各列座席を時計回りにして移動を始める。

「(私の名前は新島道希です。最近ハマっているものは本を読むことです。そちらは何が好きですか?)」

 互いに典型文を投げ、答えを聞き、終われば次の相手の元へ向かう。それが三度目に差し掛かった時、俺は思わず目を見開いてしまった。

「よろしくね」
「はい……よろしくお願いします」

 月村さんだ。狐崎との会話を聞かれた訳じゃないのにちょっと気まずい。

「じゃあ私から始めるね。(私は月村望結です。元々は東海地方の出身だったけれど、入学をきっかけにこちらの方へ引っ越してきました。最近の……趣味はラックィーズのグッズを集めることです。そちらはどうですか?)」

 すげえペラペラ話す。授業の例で出た典型文も使っていなかったし英語が得意なんだろうな。もしかして東雲みたいに留学の経験があったりとか……。

「ちょっと早かった?」
「あ、大丈夫!じゃなくて……(ノープロブレム!)」

 何がノープロブレムだ。明らか英語が出来ない奴の返答じゃないか。
 顔が一気に熱くなる。月村さんは表情を崩さないまま、至って平常という素振りだ。

(狐崎のことは、もう良いのかな……?)

 掘り返しても答えられる事はないのだけれど、なあなあにするのも気が引けた。
 月村さんがまた自己紹介をする。先程よりもペースが落ちたため俺でも聞き取れた。

「えっと……(俺の名前は新島道希です。出身についてはこの近くで暮らしていて、それで最近の趣味は……)」

 『利用されるならこっちだって利用したればええ』

 ふと狐崎の言葉が脳裏をよぎる。
 狐崎の事を教えるのは構わない。ただ、教えておしまいというのは勿体ないような気がした。

 狐崎の用意したレールを進むだけの状況に引け目を感じてたのもそう。
 だから月村さんには悪いが、これをキッカケの一つとさせて貰おう。

「(最近の趣味は、手遊びをすることです。これは狐崎から教えてもらいました。えー、こんな風に休み時間にも遊んでいました)」

 昼休みの出来事を思い出しつつ、手遊びをシミュレーションする。自分から狐崎以外に肌を見せるなんて初めてで、いつも以上に緊張してしまう。
 月村さんとしてもこんな事聞きたいわけじゃないんだろうなぁ。これは怒られても文句は言えない。

 だが、返ってきたのは予想外の反応だった。

「狐崎くんが手遊びを……それ本当?」
「え、はい。本当です」

 日本語で質問されたため、釣られてこちらも日本語で返してしまう。
 月村さんは口元を指で触り、考え込む体勢をとりだす。ブツブツと何か言ってるが周りの音によってかき消されてしまう。

「ハーい、自己紹介の時間はこれでおしまイ。皆さん元の席に戻ってくださーイ」

 月村さんはまだ聞きたいことがあるといった表情だったが指示に従い自席の方へと帰っていく。その後ろ姿は少し不安定なものに見えた。

(一体何に驚いてたんだろう……)

 月村さんの真意、そして狐崎の正体が分かったのはすぐ後の事だった。



「何やこれ、手紙?」

 下駄箱前で狐崎がそう口にする。
 狐崎は俺の返答も待たずに封を切って中身を取り出す。横から覗いてみたが書いてあった文章はたったの一文だけだった。

「『放課後、体育館裏に来てください。月村望結より』やって」 
「え」

 思ってもいない名前が飛び出し、呆けた返事をしてしまう。

「これってラブレターって奴か!」
「いや果たし状かも」
「なんでやねん!」


 
 砂利を踏みしめ、目的の体育館裏へ到着する。

「来たで〜。副級長ちゃんどこや〜」
「本当に俺も来て良かったのだろうか……」
「別に一人で来いとは言われてへん」
「屁理屈言うな」

 体育館裏は昼間に来たときとは別の空間に見えた。石階段は夕色に染まり、木陰は黒が濃くなり、スズメの鳴き声はカラスの鳴き声に変わっていた。
 その不気味さに少しだけ身震いをしてしまう。
 不意に聞こえた砂利の音に身体が飛び跳ねる。音の先には月村さんが立っていた。

「来たわね……って新島くんも来たの」
「邪魔してすみません」
「告白なら間に合ってるで」
「こ、告白……?! そんな事書いてなかったでしょ!」
(やっぱ果たし状か……)

 月村さんは咳払いをすると、再び落ち着いた表情へと戻っていく。

「単刀直入に聞かせてもらうね。その『着ぐるみ』何処で手に入れたの?」
「渡されただけやから知らん。どうせドンキとかで買ったもんやろ」
「そんなわけない! 『バブルくん』は特別なんだよ!」
「ばぶ? 何やそれ」
 
 『バブルくん』。話の繋がりからしてこの着ぐるみの名前なんだろう。でも、何故それを月村さんが知っているんだ?
 俺たちの反応にしびれを切らした月村さんは、自身の鞄からぶ厚めの冊子を一つ取り出す。

「ラックィーズ……設定資料集?」

 ラックィーズとは国民的キャラクター『ラッキー』を中心に展開されたコンテンツだったはず。その人気ぶりにアミューズメントパークさえ作られている。
 
「バブルくん、またの名を『バブルヒア二世』。貴方が着てるそれはラックィーズのキャラクターなの」

 月村さんは冊子をペラペラとめくると、指定のページを指さす。そこには確かに、狐崎と同じ姿をしたキャラクターのイラストがあった。ただ他のキャラに比べて、やけに描き込みに粗があるのが気になる。
 イラスト下に説明文があり、それを読み進めていると。

「ボツキャラクター案?」
「そう。バブルくんは世には披露されていないキャラクターなの。だからグッズが売られることも、二次創作で作られることもない」
「なるほど……。でも、公式が出してないキャラクターなら何処かの熱狂的なファンが作ることくらいありそうだけど」
「バブルくんが登場したのは今回の設定資料集が初めてで、発売日も狐崎くんがここに来てから二週間も後なの。だからファンがそんな着ぐるみを作るなんてあり得ないってこと」

 月村さんの視線が狐崎に戻る。再び指差したところはバブルくんの趣味についてだった。

「バブルくんの趣味は手遊び。それを狐崎くんから教えて貰った? これだけの証拠揃っておいて知らないは通らないよ!」
「それについてはガチの偶然や! やって今日隣のヤツに教えてもろたもん」
「だとしても、普通に生きてたらバブルくんの着ぐるみなんか手に入るわけないの! どうなってるの! 羨ましい!」
「本音出ちゃってるよこの人」
「どうなっとる言われても……。あー、多分それあれや。"親父"のせいや」
「狐崎の、お父さん?」

 狐崎が足に付着した砂利を払う。
 ──そして。

「うちの親父、そのラックィーズとかの『社長』やねん」