野獣の呪いが解けても、──愛してくれますか?


 最近分かったことがある。級長とは言わば、教師がやらないような雑用を担当する係なのだと。
 何回かになるプリント回収と提出を終えた俺を、担任の朝倉が呼び止めてきた。

「月初めになるから、教室の掲示物を張り替えて貰っていいかな。それと次の授業なんだが、私の受け持ちだったが急な用事で出れなくなってしまってね。自習という形で取りまとめて貰っていいかな?」

(一度で全部言うな)

 当然、声には出さない。
 軽く生返事を一つすれば、ドサッと掲示物が腕にのしかかった。

 (いや、こんなにあるのか……)

 次の授業の始まりまでは5分を切っているため、自習中にするしかない。

 教室に戻り、黒板に『自習』の二文字を書き記すと背後から歓声が起きる。手っ取り早くて助かるな。
 説明もそこらにし、俺は古くなった掲示物を剥がしていく。
 ふと、背後から人の気配を感じた。

「私も手伝います」
「あ、ありがとう、月村さん」
 
 彼女の名前は、月村望結さん──このクラスの副級長だ。
 『副級長はまたこちらで決めておく』と言われた次の週に、彼女が抜擢されたと連絡が来た。

 正直、彼女の事はよく分からない。級長同士の連携した作業が少ないのもそうだし、彼女自身そう活発に行動しないのも大きい。
 茶髪の長髪と端正な顔立ち、彼女に惹かれる男子も少なくない。一見陽キャグループに属してそうな彼女だが、実際はその真逆で一人行動を基本としてる。それがクールでカッコイイという声もあるが……って今はどうでもいいか。

「新島くんって狐崎くんと仲良いよね」
「えっ!? あ、まあ、そ、こそこかな」

 あまりに急なことに言葉が詰まる。
 こうやって話しかけられるのも初めての経験だ。

「狐崎くんってどんな人?」
「どんな人と言われても……。見た通り明るくて変な格好のやつ? だと思う……」

 ちらりと狐崎の席へ視線をやる。話題の本人はこちらなど気にもせず、周囲のクラスメイトたちと何かして遊んでいる。
 求めていた答えと違ったのか「ふーん」と無表情のまま月村さんは返事をする。

「じゃあ他は? ほら、特にあの着ぐるみのこととか」
「着ぐるみのこと、か……」

 ここまで聞かれて気づいた。俺は狐崎の事をほとんど知らない。
 一方的に特訓に付き合わせてるだけで、知識としては多分月村さんと同じくらいだと思う。
 何故転校してきたのか、何故着ぐるみを着ているのか、そして何故俺に関わってきたのか。たくさんの何故が頭に膨張していき、変な立ちくらみすらしてきた。

 俺が無言を貫いていると、月村さんは掲示物を貼り付ける作業を再開する。それ以降彼女の方から質問が来ることはなかった。



「え? 副級長となんかあったかって?」
「そう、さっきの自習中に話聞かれて」

 昼休み、俺たちはいつかの体育館裏に来ていた。ここは人通りも少なく、特訓や秘密の会話をするのに都合が良い。

「んーそやなー……」

 狐崎の格好は職質以降、着ぐるみの上に特注のブレザーを羽織るようになった。考え事をしてる時はよく、ネクタイを指先に絡ませている。

「副級長って月村ちゃんやろ。挨拶はしたことある思うけど直接関わった事はまだないなあ。それこそ級長くんの方が関わり多いんちゃうの?」
「俺だってほとんど話した事ないよ。お前がどんな奴なのかとか、あの着ぐるみは何なのかとか聞かれてマジで焦ったし」
「なんやいつもの質問やないか。ここに来てしばらく経つけどまだ聞かれるんやな〜」

 確かに、内容は初日ですら触れてたありきたりなものだ。問題は何故今になって、しかも月村さんみたいな人がそれを聞きに来たのかだ。
 こういってはあれだが、月村さんはあまり人に興味を持たないタイプな気がする。しかも狐崎みたいなトンチキな格好の奴は、より関わりたくないと思いそうな所だ。

「まあ、わからん事とやかく考えてもしゃあないし、何かあれば向こうから行動があるやろ。それよりも今日も特訓を始めよか」

 そう言うと狐崎が俺と向き合うような体勢になる。そして、人さし指を二つ俺の前に並べると「さあ勝負や」と口にする。

「えーっと、確か指センとかいう遊びだっけ?」
「自習中に教えてもろたんや、他にも色々と仕入れたから暫くは手遊びで特訓するで」

 なるほど、あの騒ぎはそういうことか。
 自習中にも俺の特訓のことを考えてくれてる。その事実に対して俺は……。

「あっそぅ」

 照れくささのあまり雑に返事をしてしまう。ここは素直に感謝を言うべきなのにホント俺って奴は……。
 人に触れるとか云々よりまず性格の方を何とかした方が良いかもしれない。

「じゃあ俺先攻な、ほれ」
「っ。えっと俺が攻撃されたから中指を立てれば良いのか」

 指せんは交互に攻撃し、先に相手の両手指を五本立たせれば勝ちというシンプルなゲームだ。
 始めこそ特訓を意識しがちだったが、ゲームを遊ぶにつれ、純粋に楽しさに意識が逸れることの方が多くなった。

「この分だったら来週には"実践"の方に移れそう」
「ほう、それはええ調子や。せやったら特訓ももっと頑張らな」

 あの占い以降、特訓の他に"実践"を取り入れるようになった。
 実践とは狐崎以外の第三者に、"触れる"と"見せる"をすること。勿論、ただ触って、見ては、不自然だし気持ち悪がられるので、何かキッカケを入れようという事にした。
 今回でいえば手遊びがキッカケの一つというわけだ。

「来週には大会開くから級長くんも参加するんやで」
「そんな大規模にやるのか?!」