【悲報】俺の靴箱に、学校一のイケメンがチョコを入れてる


 ふと、廊下で檜山を見かけた時。
 檜山は、友人らしき人間と話していた。
 そして、冗談でも言われたのだろう。笑顔を浮かべる。
——俺は、あんな笑顔見たことないな。
 男子高校生らしい、幼さの残った笑み。
 ……義務笑い。
 そう思うと、俺はふと見た笑顔が忘れられなくなって、また教室の席に座ってスマホをいじった。

 町田:百パーセント滑らない話教えて
 角:百パーセント滑落しないエベレストとかと同じくらい存在しないと思う
 犬山:それな
 田亭:もう滑っても良いから理科室燃えた話したら?
 角:田亭が男気見せてんじゃん、よし、町田これで行こう
 町田:お前らに相談した俺が馬鹿だったよ
 田亭:事実でわろた

 俺はため息をつくと、スマホを伏せて、机に突っ伏す。
 良いな。
 羨ましい。
 なんて、期間限定の恋人がそんなこと言ったって重いだけだ。
 良いじゃないか。他に友人が居たって、俺にだって他の友達がいる。
 俺はチャイムが鳴ると、ノートと教科書を出した。
 あの笑顔が、俺に向けられる日は来るのだろうかと思いながら。

 放課後、俺は美術室に向かって、鍵を開ける。
 すると、背後から声が響いた。
「町田」
「檜山、お疲れ」
「お疲れ」
 ……檜山は穏やか雰囲気を保ったまま。
 その余裕が崩れる時はあるのだろうか。
 俺は美術室に入ると、荷物を置いた。
 檜山も同じように荷物を置いて、自習道具を出す。
 そして、椅子に座ってシャーペンから芯を出している。
「檜山」
「うん?」
「笑って」
「え?」
 首を傾げる檜山に、俺は今日思ったことを全て話した。
 結局俺は、檜山の友達に嫉妬したのだ。きっと、檜山のことを俺より詳しく知ってる。
 それは良い。
 でも俺にも、あの笑顔を見せて欲しかった。
「友達と話してる時みたいに、笑って」
「友達と話してる時みたいに?」
「うん、子供みたいに、無邪気に笑って見せてほしい」
「ええ、そうだなあ。どうやったら笑えるだろう。町田の前でも俺は心から笑ってるよ?」
 そう言われて、胸の奥が少し緩んだ。
 でも、見たいものは見たい。
 理科室の話でもした方がいいのだろうか。
 すると、檜山は何か、思いついたような顔をする。
「楽しそうかはわからないけど、嬉しい顔ならできるかも」
「え、そうなの?」
「うん、町田と、手、繋いでみたい」
 檜山は真剣な顔でこちらをみていた、冗談ではないらしい。
「えっと、俺と、手繋いで嬉しいの?」
「当たり前でしょ。好きな人と手、繋いでみたいって誰でも思うことじゃない?」
 普通のことだと、そんな口調で言われるから、俺は納得する他なかった。
「わかった」
 俺は、右手を差し出す。
 すると檜山は瞬いて、俺の顔を見る。
 そして、心底嬉しそうに微笑むと、俺の手を握った。
 その笑顔に、俺の胸は高鳴る。手汗、かいてないと良いけど。
 俺は緊張に何も言えなかった。
 すると、檜山が俺の手を宝物に触れるように、一本ずつ指を撫でていく。柔らかく触れていく。
「この手が、あの絵を生み出したんだね」
 そして、檜山は俺の手を掴んで頬に押し当てる。ふんわりと、頬の感触が伝わってくる。
 俺は顔が真っ赤になるのがわかった。
 すると、俺より下にある視線が上目遣いになって、悪戯に微笑んだ。
「可愛い」
「っ、可愛くはない」
「照れてて可愛い」
「照れてない!」
 俺は視線を逸らした。でも、手は未だに檜山に握られたままで、今度は手のひらの線をなぞられる。
 俺は恥ずかしくて仕方がなくて、「もうおしまい!」と、手のひらを引いた。
「あ、残念」
「ほら、勉強しな。俺は下書きするから」
 俺は椅子に座ると、カバンからスケッチブックを取り出して、鉛筆を取り出す。
「高校美、応募するの?」
「うん、応募する」
「そっか。俺は、ずっと町田の味方だよ」
「……うん」
 ねえ。その言葉がどれだけ嬉しいことなのか、檜山は知らないんでしょ。
 俺は胸の内から湧き上がってくる気持ちに、手が震える。
 応援する。そう言われても嬉しい。
 でも、檜山は俺の味方になってくれた。
 俺がきっと、迷って、苦しんで、筆を取りたくないと、そう思っても、ずっとそんな俺の味方でいてくれるんだろう。
 もう俺が描きたくないと、才能がない、そう言って自分を蔑み始めたら、寄り添ってくれる。
「檜山、ありがとう」
「うん、俺は町田の一番のファンだからね」
 檜山の笑顔に、俺は心が暖かくなるのとを感じた。
 そして、檜山は課題を、俺はスケッチブックに鉛筆の先を滑らせる。
 描くなら、何を描こう。
 ……俺のこの、今の気持ちを形にしてみたい。
 俺は鉛筆で線を描く。
 頭の中、脳みそがどんどん冴えていく。
 きっと、この絵を完成させられるはず。
 俺はいつの間にか周りの音が聞こえなくなっていた。
 すると、誰かが何度も肩を叩いてくる。
 邪魔するなよ。
 俺は不機嫌に顔を上げると、檜山が俺の肩を叩いている。
 俺はハッとして、すぐに機嫌が戻る。
「檜山か……」
「邪魔しちゃった? でももう良い時間だよ、あと五分で最終下校時刻になる」
「えっ、マジ? 片付ける」
 俺は消しカスをまとめて、ゴミ箱に入れると、鉛筆に汚れた手を洗った。
「集中して描いてたね」
「うん、今回はいい線言ってると思う」
「そっか、見てもいい?」
「あ、うん。どうぞ」
 俺は少し恥ずかしくなった。
 俺の絵の今回の題は「恋」だ。
 まだ、完全に確信することなんてできないけど、きっと俺は、檜山のことが好きだ。
 だって、こんな気持ちになるのは初めてだったから。
 でも、わからない。確信を持てない。
 結局、付き合ってみて、やっぱり違う、なんてできない。
 俺は、檜山との関係が壊れるのが嫌だった。
 檜山が俺のスケッチブックを手に取って、見ている。
 その横顔は、瞳は、やっぱり恋色をしていた。
 見ることしか出来ない、どんな絵の具を使っても表せない瞳。
「さて、帰ろっか。ありがとう、これ」
「うん」
 俺は檜山からスケッチブックを受け取ると、教室を閉めて、二人で帰路についた。

 そして夜、俺はグループを開く。

 町田:真面目に落とされそうで怖い

 そう送れば、すぐに返事が来た。
 
 角:いんじゃね?
 田亭:恋かあ。もう覚えてねえわ、人の好きになり方とか
 犬山:男子校で恋はほぼねえもんな
 町田:正直将来性とか考えると刹那的だなとしか思わない
 犬山:確かに。檜山のお母さん絶対同性愛とかに理解なさそうだもん
 角:お前は檜山の母さんの何を知ってんだ?

 理解がない。
 俺はベッドの中、スマホを転がす。
「理解がない、か……」
 いつか、この子の将来のために別れてほしいと、そう言われるのだろうか。
「いやいや」
 俺と檜山は期間限定の関係だ。
 大学になったら、俺の他にもいろんな人がいる。
 きっと、俺のことなんて忘れていくだろう。

 町田:本気にならないようにする
 田亭:おいおい、あんま重く感じるなよ
 犬山:俺たちの意見なんか正直聞かない方がいい

 慌てたようにレスがたくさん届くけど、俺は、スマホの画面を閉じて、部屋を暗くすると、眠りについた。