【悲報】俺の靴箱に、学校一のイケメンがチョコを入れてる

 町田:助けて
 犬山:何、理科の授業で教室燃やした?
 町田:それは田亭がやったことだろ
 田亭:なんか通知うるせえなと思ったらなんで俺急に黒歴史掘かえされてんの?

 描きたい絵があって、俺は朝早くから学校に向かっていた。
 美術部に朝練なんてものはないが、やる事があるのなら教室の鍵を使っても良いと言われている。
 だから俺は、ガラガラの駐輪場に自転車を置いて、下足室に向かったのだ。
 そこで、見てしまった。
 檜山彰人が、学校一のイケメンが、俺の靴箱にチョコレートを入れている姿を。
 俺は一瞬、自分は幻覚を見たのかも知れないと、下足室の入り口で呆然とした。
 そして、檜山が教室の方に戻っていく。
 俺はその背中を見送ると、ゆっくりと下足室に入った。ノロノロと。
 小さな扉をゆっくりと開ける。
 そこには、綺麗にラッピングされたチョコレートらしきものが入っていた。
 俺はすぐにグループに悲鳴を送った。

 角:んで、どないした?
 町田:檜山が俺の靴箱の中にチョコレート入れてた
 犬山:草 あまりにもモテすぎだろ、良かったな
 町田:本当にどうしたらいい?
 俺はチョコレートに触れることもできなくて、ずっとローファーのままで下足室に突っ立ては、指を動かす。

 町田:男にチョコレートもらったらどうお返しすんの? 告白されるの? てかチョコレートって食わないといけない?
 田亭:何事もなかったように振る舞う
 角:まあそれが一番妥当な態度よな
 犬山:なかったことにすりゃ良いじゃん
 町田:それって傷つかない?

 俺は檜山を傷つけたいわけじゃない。
 俺はそっと、チョコレートに手を伸ばす。
 綺麗にラッピングされた箱は、多分、市販品だろう。でも決して、安っぽくなんてない。
 リボンの隙間に、メッセージカードが挟まっている。
 バレンタインデー。
 俺には関係のないものだと思っていた。だってここは、男子校だし。
 その上、まさか、学校一のイケメンにチョコレートを入れられるなんて誰が考えるだろう。こんな三軍男子に。

 町田:とりあえず受け取ることにする
 犬山:ひ〜。こええわ、俺の靴箱にチョコ入ってたらどうしよ
 角:絶対ない
 犬山:安心したわ
 田亭:世の中不思議なこともあるもんだな
 町田:なんで俺なんだ?
 犬山:んなの本人しかわからんよ

 確かにそうだ。
 俺はポケットにスマホを入れて、上履きに履き替えるとチョコレートをカバンの中にそっと入れた。

 俺は美術室で、何度も鉛筆を取っては、スケッチブックに丸い円ばかり書いていた。
 マジか。
 それ以外の感想が浮かばない。
 でも、相手はきっと真剣だ。じゃないと、わざわざこんな早い時間に来たりしないだろう。
 見つかったら、俺がきっと面白おかしく扱われるようになるから、気遣って誰もいない時間に入れてくれたのだろうか。
 男同士だからとか、偏見は捨てて、檜山の恋心を考えないといけない。
 俺はカバンの中から、チョコレートの箱をそっと出した。
 俺は青いリボンを解く。人生で初めてもらった、目に見える恋心の塊。
 そこには、小さな手紙が入っていた。
【 突然ことで驚かせたと思います。檜山彰人です。町田汐音くん、ホワイトデーまで、俺にチャンスをくれませんか 】
「……チャンス?」
 なんのチャンスだろう。
 俺は本当にわからなくて、首を傾げる。
 腕を組んで、唸る。
 よくわからないけど、返事をしないといけないだろう。
 いやでも、ホワイトデーまで待って欲しいと言っているし。いつ断ればいいんだ。
 俺は結局答えが出なくて、チョコレートを一口食べる。
「うま」

 町田:チョコレート美味すぎる
 角:追放な
 犬山:男からチョコレートもらっても……(汗)
 田亭:いや、学校一のイケメンからだぞ。めっちゃレアじゃねえか
 町田:でもメッセージカードに“ホワイトデーまでチャンスをください”って書いてあった。どういう意味?
 犬山:期間限定で付き合って欲しいとか?

 犬山の返信にむせて、持ってきた水を飲む。

 町田:犬山に殺されそうになった、訴訟起こすわ
 犬山:かかってこいよ
 角:じゃあ俺裁判所するわ
 田亭:バカの会話すぎる

 俺はスマホを置くと、ため息をついた。
 ホワイトデーまで、付き合ってくださいって意味。
 いや、俺と付き合ってどうするんだ。檜山の恋人になんてなったら、他校の女子に暗殺されても文句は言えない。なんでお前なんだ。みんな思うだろう。
 でも、檜山の気持ちを無碍にしたいとも思わない。
 俺は鉛筆を置くと、スマホでクラスのチャットを開く。そして、檜山に友達申請を送った。
 そして俺は真っ黒になった手のひらを洗いに行くために、備え付けの水道で手を洗う。
 そして手を綺麗にすると、スマホを手に取ってポケットに入れた。
 瞬間、バイブ音がする。
 俺はまたあいつらが何か話しているのだろうと思って、メッセージを開く。
 すると、それは、檜山からのメッセージだった。

 檜山:友達申請ありがとう。チョコレートに手紙入れたんだけど、読んでくれたから申請してくれた、って事で良いのかな

 手汗が吹き出してくる。
 何を打とうか迷って、迷って。
 するとチャイムが鳴る。俺は慌てて手を動かした。

 町田:そうです。チャンスってどういう意味ですか

 俺はそう返信すると、急いで教室に向かった。

 授業中、俺はずっと檜山のことを考えて、碌にノートが取れなかった。
 昼休みになると、四人で集まるのだ。そして昼食を食べる。
 俺はそこで一番頭のいい犬山に頼んで、ノートを貸してもらった。
「いやあ、まさか町田に告白ねえ。世の中わかんねえもんだな」
「悪かったな、俺みたいななんの取り柄もない男が告白なんてされて」
「いや、自虐はすぎるだろ。お前、高校美で賞取ってたじゃん。そんな奴がなんの取り柄もないって、殴られるぞ」
「う、それはそう」
 田亭の言葉に、俺は項垂れた。
 でも、相手が眩すぎる。
 これが、他校の女子とか、平凡で、可愛らしい、いや別に容姿で判別はしないけど、そういう相手だったら。
 俺だって混乱はするけど、素直に喜べる。
 でも、現実の相手は檜山だ。レベルが違いすぎる。
「でも告白される相手が……、相手じゃん……?」
「まあなあ。まさかではあるよな。雷自分に落ちるくらいの確率じゃねえの?」
「ほんとに」
 俺は焼きそばパンを食べ終えると、机に突っ伏した。
「は〜……」
 俺が萎んでいく。
 すると、スマホがバイブする。
 俺は肩を跳ねさせて、ゆっくりとスマホを取り出した。
「お、噂のお方からか?」
「うん」
「おー」
 俺は恐る恐るメッセージを開けた。
 
 檜山:ホワイトデーまで、俺を恋人にしてくださいってことです

 俺は叫び出しそうになった。
 びっくりして、机にスマホを落としてしまう。
 すると、角がそれを覗き込んで、口を手で覆った。
「み、見るなよ!」
「いやごめん、これは俺が悪い」
「どうした?」
「俺らにも見せるのが筋だろ〜?」
 だる絡みしてくる奴らに俺は眉を顰めると、本当に仕方なく画面を見せる。
「……まじ?」
「うお、ガチじゃん」
「お前ら他人事だからって面白がってんじゃねえ」
 俺が怒ったような口調で言うと、三者三様に謝罪してくる。
 ホワイトデーまで、恋人の檜山。
 というか。
 俺にはずっと、疑問があった。
 あんなイケメンが、俺の一体何を好きになったんだ?
 俺は勇気を出して、聞いてみる事にした。

 町田:あの、俺たち話したこともないと思うんだけど、俺の何が好きなの?

 すると、既読がすぐに付く。
 俺は一度アプリを閉じた。
 どんな答えが返ってくるのだろう。不安と、少しの期待。
 俺はパックジュースを飲みながら、三人と話して、チャイムと共に教室に戻った。
 そして、放課後。
 俺はいつも通り、美術室に向かう。
 扉を開けて、俺はふと、スマホを見た。
 そこには返事が一時間前に来ていて、慌てて俺はメッセージを開く。

 檜山:高校生国際美術展に提出した作品「ミュシャに捧げる」の作品が大好きで、俺、美術室の外から町田のこと見てたんだ。キモくてごめん。でも通りかかる時、いつも絵に真剣に向き合ってる町田のこと見てると、好きだな、って思うようになって。男から、それも話したことない人間からこんなこと言われて怖いと思う。ごめん

 二度の謝罪には、罪悪感が滲んでいる。俺は長文に驚きながら、ゆっくりと咀嚼した。
 そして、座り込む。
 その時、間違いなく俺は嬉しいと思っていた。
 顔が赤いのが、自分でもわかる。
 俺の絵をこんなにも真剣に観てくれた人がいたんだ。誰もが俺の絵を一度見て、そして忘れていく。わかっている、俺は天才なんかじゃないし、みんながみんな、絵画に興味があるわけじゃない。
 でも寂しいものは寂しくて。
 俺は、頬を手のひらで包んで、喜びに浸る。
 俺と言う存在をこんなにも真剣に考えてくれているとは思わなかった。
 しかし、それで、恋人同士になって、幻滅されたらどうしようかと思う。
 結局は、中身のない、ただの一男子高校生だとバレてしまったら?
 俺は、何度も文章を打って、何度も何度も考え直して。
 もしかしたら、ホワイトデーになるまでに別れてしまうかもしれない。
 でもこの気持ちに応えたいと思った。震える手でフリックする。

 町田:気持ち悪くないです、俺のこと、真剣に好きになってくれてありがとうございます。色々と考えてみて、良ければ、ホワイトデーまで、恋人同士? になってみたいです

 俺は返信して、じっと、既読が付くのを待った。心臓がうるさくて仕方がない。
 やっぱり恥ずかしくて画面を閉じると、ブレザーを脱いで、カーディガンとシャツの袖を捲った。
 そしてスケッチブックを出すと、エプロンをつけて、鉛筆を手に取る。
 返事が気になる。頭の中は、そればかりだ。
 でも、俺は頭の中から檜山を放り出すと、作品に集中する事にした。
 二年生、冬。
 と言うことは、俺はもうすぐ三年生になる。
 受験勉強が始まる。俺は美大に進学する事に決めていたから、作品を描いて、筆記試験の問題を解くため勉強もしないといけない。
 最後の作品をどうするか、俺はずっと悩んでいた。でもどんどん締め切りは近づいてくる。作成には最低でも二ヶ月は使いたかった。
 もう一度、挑戦してみようか。俺の大好きな、ミュシャの線で、色で、描いてみようか。
 俺は、鉛筆を動かす。
 そうしているうちに、俺は他のことを忘れていた。
 ただ、線を引いて、重ねて。
 すると、チャイムが鳴る。下校時刻だ。
 俺は消しカスを捨てて、エプロンを脱いだ。
 そして捲っていた袖を直すと、ブレザーを着て、教室を出た。
 ようやく、スマホを取り出す。
 新規メッセージ。
 俺は画面を開いた。

 檜山:ほんと? 嬉しい、よろしくお願いします

 俺は恥ずかしさのあまり叫び出しそうになった。
 恋人が出来てしまったのだ。期間限定だけど。
 俺の絵と、俺のことが好きな人。
 そんな存在に出会えて、嬉しくて仕方がなかった。
 でも俺は、どうしたらいいかわからないと言うところも本音だった。
 恋人同士になって、何が変わるんだろう。檜山は別のクラスだし、俺は文系コースだけど、檜山は理系コースだ。
 関わる場がない。
 いや、関わる場を作ればいいのか?
 俺は勇気を出して、戸惑いながら、メッセージを送る。

 町田:暇だったら、放課後、美術室に来てください。良かったら、お話ししたいです
 
 俺は、それだけ打つと、帰路についた。