親友と同じ顔の騎士団長に、猛烈に口説かれています

 結論からいうとリオとホテルでそういうことはしていない。
 それもそうだろう。抱くだの優しくしてねだのはその場のノリに過ぎないからだ。
 しかしあの日の夜はかなり充実したものになった。
 それは悠一《しんゆう》と同じ顔を持つ者と話せたからなのか、それとも冷酷騎士と呼ばれる第三騎士団団長とお近づきになれたからなのかはまだ俺には判断がつかなかった。

 あの日のラウンジでの食事を機に俺とリオの距離感に変化があった。とはいっても恋仲になったとかそういうわけではない。距離感というのは心理的距離ではなく、肉体的距離のことだ。しかしそれは肉体的な関係を持ったとかそういうわけではなく、物理的距離の話である。

 「トーラスはサポート部の割には筋肉がついているがそれでも腰回りが細い。もう少しタンパク質多めの食事に変えて、筋トレも増やしたほうがいいんじゃないか?」
 「えっとですねリオさん、ここ第一騎士団の食堂ですよ?」
 「そんなことはわかっている。それがどうしたんだ?」
 「……第三騎士団であるリオさんがどうしてここにいるんですか?」

 どうしてこんなことになったのか俺にもわからないが、リオはなぜか俺の管理?をやりたいのか第三騎士団でありながら、俺の所属する第一騎士団によく顔を出すようになっていた。
 その光景は第一騎士団だけではなく、第三騎士団、そして関わりのないはずの第二騎士団でも話題に上がっているらしく、あの”冷酷騎士”が惚れ込んだ相手がいるともっぱら噂になっているようだ。

 「どうしてここにいるかだと? お前を第三騎士団に引き抜くためだが?」

 リオのその発言の瞬間、食堂にある長テーブルが食堂では聞いたこともない音を立てて真っ二つに叩き割られた。その衝撃に食堂中の人間の視線が一気にそちらに向く。

 「リオ・クライシス第三騎士団団長、貴殿は自分が何を言っているのかわかっているのか?」

 叩き割られた長テーブルの中央にいたのは、第一騎士団団長であるエリース・ロドリウスであった。状況からしてテーブルを叩き割ったのはエリースで間違いないだろう。
 それならなぜエリースがテーブルを叩き割るほど怒りを露にしているのか。それがわからない。

 「どうされましたかエリース・ロドリウス第一騎士団団長。俺はエリース第一騎士団長に食堂に入っても良いと許可を頂いていたかと思いますが?」
 「リオ第三騎士団長に許可したのは、第一騎士団の食堂に入る許可であり、俺の息子を口説く許可ではないぞ」
 「息子? 御冗談を。息子のように可愛がっていただけであり、本当の息子ではないでしょう。それであれば俺がトーラスに何を言おうとエリース第一騎士団長には関係のないことですよね?」

 今俺の目の前で何が行われているのだろうか。
 俺の恩師でもあり、実の息子のように俺を可愛がってくれここまで育ててくれたエリース第一騎士団長と数日前に初めて直接会い、つい先日食事を共にしたリオ第三騎士団長が何やら良くない雰囲気を醸し出している。
 これは口喧嘩に近いだろう。
 いや、そもそも大の大人が二人してどうして俺を取り合うような喧嘩をしているのだろうか。

 「関係なくはない。トーラスは俺がずっと面倒を見てきた俺の息子も同然だ。それをぽっと出の輩が自分の騎士団に引き抜きたいなどの戯言を抜かすようなら何か言うのが親としての務めだろ」
 「ならエリース第一騎士団長ではなく、”お義父さん”と呼びましょうか? そしてお義父さん息子さんを俺にください」
 「お義父さん……だと……!? リオ第三騎士団団長はトーラスと結婚でもするつもりか?」

 エリースは冗談かつ皮肉のようにリオに”結婚”というワードを使った。
 ちなみにこの世界というかこの国では同性婚は認められている。
 認められているとはいっても異性婚のように夫婦という関係値で、互いが互いの保証をしたり、資産の相続が出来るようなモノではなく、あくまでパートナーとしての関係値で同性婚が認められている。
 そのため同居や同棲を行うことはできても、互いが互いの保証をすることができないため、例えば何かの怪我を負った際に連絡が行くのはパートナーではなく両親や兄弟であったり、夫婦であれば受けることの出来る様々な制度を受けることができなかったりと、この国での同性婚はほとんど意味を持たない。
 それでも同性婚という制度があるのは、一生を共にする相手がいることを国や周囲に唯一知らせることの出来る方法だからだ。

 「結婚か。トーラスと今後を一緒にいれるのであればそれもいいな」
 「は?」

 リオの発言に思わず声が漏れたのは俺だった。
 それは俺だけではなく、周りに居た騎士たちも同じ用で、同性だけではなく異性からも人気もあり、そのルックスと第三騎士団の団長という地位についている言わばいくらでも選びたい放題な人間がつい先日知り合ったばかりの他の騎士団の人間。それも同性相手に結婚してもいいと言い始めたのだ。
 正直今この現状に驚かない者はこの場には居ないだろう。

 「……リオ第三騎士団団長は本当にトーラスと結婚したいのか?」

 エリースもリオの唐突な発言に動揺しているのか、俺と本当に結婚したいのかと謎の確認をし始める。これは動揺というより混乱に近いだろう。
 しかしこの状況をさらに混乱に貶める発言をリオは何も考えずに述べる。

 「トーラスとはホテルで一夜を共にした仲だ。それに俺はトーラスに気がある。」

 リオはとんでもない爆弾を投下したことに本人は気づいていないが、リオの発言を聞いた食堂にいる騎士たちは手に持っていた食器やカトラリーを落とす者や、飲んでいた飲み物を飲み込めず口の端から流れ出る者で溢れかえっていた。
 しかしそんな状況を一切気にすることなく、リオは続ける。

 「あの夜はトーラスのことをよく知ることのできた良い日だったよ」
 「り、リオ第三騎士団団長……。一夜を共にしたって、そういうことでいいんですよね?」
 「そういうこと? 俺はホテルでトーラスと熱い夜を過ごしただけだ」

 むしろこの人はわざと誤解させる言い方をしているのではないかと思えてきた。
 おそらく少しは関わりがあるのであろう第一騎士団の人間が審議を確かめるようなことを聞いても、更に誤解を生むような発言を繰り返す。
 しかしこのままでは俺の色々を疑われかねない。そのためには俺の口から弁明をするしかないだろう。

 「リオさん! 誤解を生むようなこと言わないでもらっていいですか? ホテルには行きましたけど、ホテルのラウンジで一緒に食事しただけですよね?」
 「俺はお前のことを抱けるとも言ったし、ホテルで一緒に寝たのには違いはないだろ」
 「一緒に寝たのは睡眠ですよね? そういうのが誤解を生むって言ってるんですけど?」
 「優しくしてほしいって言ったのはお前だろ?」
 「いや、それはその場のノリですよ! あの皆さん! 俺別にリオさんに奪われてたりしてませんからね!」

 俺の必死の抵抗も虚しくエリースはあまりのショックにその場に倒れ込み、リオ第三騎士団団長を”リオさん”呼びしていることに対し第一騎士団の面々はすでに俺はリオにいただかれており、親密な関係になっているからそんな呼び方が出来るのではないかと話している声が既に聞こえてくる。
 俺への誤解を解くのは時間が掛かりそうだ。


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 あの日のリオの公開告白は予想以上の広まりを見せ、第一騎士団の人間だけではなく、第三騎士団、第二騎士団、そして騎士団が贔屓にしている商人。そしてその商人が言いふらしたのかお得意先である街の商店だけではなく、国に仕えるメイドや執事もがリオ第三騎士団団長が第一騎士団のサポート部の人間に告白をしたと話をしている。
 つまるところ、この国のほぼ全員がリオと俺が一夜を共にしたと思っているということだ。

 正直この状況は俺にとっては良くない。何度も言うが俺は同性愛に否定的な意見は持ち合わせていない。むしろ肯定的だ。異性同士の恋愛も難しいとされる中、同性であるがためにそれを形にすることもできないが、それでもお互いの想いを確かめるように愛し合う同性愛にはむしろ好意を持てる。
 しかしこの状況が良くないというのは、事実ではないコトが国中に広まってしまっているということだ。
 人から人に話が伝染する噂というのは、雪だるま式に話が膨れ上がっていく。

 ——リオ第三騎士団団長は第一騎士団サポート部の人間に告白し振られた
 ——トーラスというサポート部の人間が第三騎士団団長を誑かした
 ——二人は付き合っており、結婚も秒読みらしい
 ——リオ第三騎士団団長はトーラスを何度も抱いており、独占欲が激しいらしい
 ——トーラスの身体を気遣ってか、毎日送り迎えを第三騎士団団長自ら行っているらしい

 転生先の世界でも噂というのは全人類が好きなモノらしく、征く先々でそんな話をしているのを耳にする。
 しかしそんな噂の中にも真実が紛れ込んでいるもので、完全ではないものの「俺の送り迎えを第三騎士団団長自らが行っている」というのは事実だ。なにが嬉しくて行動範囲を制限されるようなコトをされなければならないのか理解できないが、正直な話リオが俺の送り迎えを行ってくれているおかげで直接俺に真相を確かめようとする輩からの接触はない。

 そんな噂は悪いものだけではないらしく、第三騎士団、特にリオからしたら良い状況を作り出したのかもしれない。
 と、いうのもリオ・クライシスは俺が思っている以上にモテていたようで、第三騎士団が訓練所で訓練をしようものなら騎士の身の回りの世話をする給仕係であったり、メイドであったり、お貴族様だちがこぞって見学に来ていたこともあるらしく、そんなリオ第三騎士団団長が女性ではなく、男性に告白をしたことを耳にした女性たちからしたら自分では相手にされないと感じ見学者が一気に減ったと聞いた。
 またこの国の王の娘が、自分の婚約相手にとリオ・クライシスの名を常々挙げていたらしいのだが、リオが同性が好きだという噂を耳にした王女は割とあっさり諦めたのも聞いた。
 つまるところ、俺はリオの女避けに上手く利用されたらしい。


 俺は大きなため息を吐きながら、今のこの状況をどうしたものかと考えていた。
 俺の住んでいる場所は騎士団の寮である。
 騎士団に所属している人間は基本的には騎士団寮で生活をすることになる。しかし例外はあるもので、結婚をしている騎士や特定に爵位を持つ騎士は自身で保有している家に住むことが許されている。
 例に漏れず俺も第一騎士団が保有している寮で生活を送っているのだが、そんな寮にある俺の部屋の扉は今にも壊れそうな勢いで叩かれている。

 「トーラス! いるのだろ! トーラス!」

 声からしてリオだろう。
 なぜ第三騎士団である彼が第一騎士団の寮にいるのだろうか。
 騎士団寮の場所は各騎士団でこの国を囲むような形で位置している。それは何か緊急事態が発生した際に、何処かの騎士団寮が落とされたとしても、他の騎士団寮にいる騎士がカバーにいけるようにするためだ。
 つまり第一騎士団の寮と第三騎士団の寮は言わば国の端から端をまたぐ距離にあるのだ。そんな長距離であり、かつ第三騎士団の団長でもあるリオがなぜ俺の部屋を訪れているのか。
 俺は扉が壊される前に恐る恐る扉を開ける。

 「……あの、どうしてココにいるんですか?」
 「いるならさっさと開けろ」
 「俺の質問に先に答えてくださいよ……」
 「襲いに来た」
 「馬鹿言わないでください。リオさんは第三騎士団寮にお戻りください」
 「俺は寮住みではない」
 「……そうですか。ではご自宅にお帰りください」

 知らなかったが、騎士団の団長というのは爵位持ちと同じ扱いになるのだろうか。エリースが騎士団寮住まいだったため、そういった特例があるとは知らなかった。
 それにしても騎士団長というのはこうも自由が効くのだろうか。
 自身が率いる騎士団を放置し、別の騎士団の寮にまで足を運ぶほど自由があるとは到底思えない。それはエリースの仕事ぶりを見ていればそういう考えには至らないだろう。
 騎士団は先日の魔物討伐遠征に出向くような魔物討伐部隊だけでなく、俺が配属されているサポート部や病気や怪我の治療を行う医療班、掃除や洗濯など騎士たちの身の回りの世話をする給仕係だけでなく、経理や広報、総務に採用部門など元いた世界で言うところの会社のような働きをしており、様々な人間が働いている。
 国という大きな会社の子会社として騎士団があるようなものだ。そのためエリースやリオといった騎士団を率いている団長と呼ばれるモノは会社で言うところの代表取締役なのだ。そんな団長が忙しくないわけがなく、エリースは討伐時以外にも訓練や各部門への連携や報告などでかなり忙しそうにしている。
 そう考えるとそんな忙しい合間を縫ってまで、俺を騎士に育て上げようと幼い頃から何度も個人訓練を行ってくれていたエリースには頭が上がらないし、足を向けて寝ることなんてできない。
 そんなコトを考えていたが、今はそんなことより目の前にいる不機嫌な第三騎士団団長様をどうにかしなければならない。

 「あの、ほんとに帰ってください。俺今から寝るんですけど……」
 「そうか俺も寝るところだ。ちょうど良かったな」
 「そうですね。ご自宅で寝てください」

 俺はそう言いながら部屋の扉を閉めようとするが、リオは足を部屋にねじ込み、素直に扉を閉めさせてはくれない。俺は必死に抵抗をするが、現役の騎士であり、団長でもあるリオに力で勝てるわけもなく、ついには部屋への侵入を許してしまった。
 そんな不法侵入者は部屋に上がり込むなり、ベッドに横になり俺を誘うようにポンポンとベッドを軽く叩く。俺はその強引さに若干の苛つきを覚えながらも目上の人にこれ以上言うことはできないため、すべてを諦めたような声で不法侵入者に告げる。

 「あーもう、そこで寝ていいんで邪魔しないでください。」
 「……おい、何処に行く気だ?」
 「俺は談笑室で寝るんで、この部屋は好きに使ってください」
 「は? お前もここで寝ればいいだろ」
 「狭いです」
 「くっつけばいい」
 「そういう問題ではありません」
 「なら俺も談笑室に行く」
 「邪魔しないでくださいと言ったばかりですが?」
 「……お前はなぜ俺と寝るだけなのをそんなにも拒む?」
 「俺を女避けに利用するのはいいですが、風呂と寝るときくらいゆっくりさせてください」
 「俺がいつトーラスを女避けのために利用したと言った?」

 声色がかなり低い。
 先ほどまでも不機嫌だったが、この声の低さはキレているに近いだろう。
 騎士団長たるものある程度の一定の精神が保証されていると思っていたが、どうもこの不法侵入者は違うようだ。自身の感情に流されるがまま声色が変化する。
 そんなコトを思っていると、強い力で腕を引っ張られ、強制的に不法侵入者に包まれるような形で添い寝をすることになった。

 「ちょ!」
 「うるさい。寝ろ」
 「…………はい」

 鍛え抜かれた不法侵入者の筋肉は温かく、そして程よい弾力があり、その心地よさに抗うことができず俺はすぐに夢の中に入ることとなった。