「はぇ?」
俺はこの日、この世界で一番間抜けな声を出したに違いない。
それはあの不法侵入者もとい第三騎士団団長であるリオ・クライシスが何度も第一騎士団の事務所や寮に出向くことに対し、第一騎士団側の人間が誰も何も言わないことへ疑問を抱き始めていた頃であった。
「トーラスこれも! 今日は追加があるんだけど大丈夫かな?」
そう言いながら俺の作業部屋に第一騎士団副団長であるサジ・ヴァルクが入ってきた。そんな彼の両手は木箱が二段に積み重なっており、その木箱の中には大量の剣と壊れた備品が入っていた。
「今日はいつもより多いですね。何かあったんですか?」
「えっと……トーラスは今有名人だろ?」
「あぁ、まぁ、あの不法侵入者のせいでですけどね……」
「不法侵入者って……。まぁ否定はできないけど。それでそのリオ第三騎士団団長のお相手はどんな人なのかって言うのがこの国では話題に上がっててな。その話を聞きつけた王宮側の人間がトーラスに備品の修理を依頼したいって」
「あー、そういうことでしたか。これ納期っていつまでですか?」
話を簡単にまとめると俺の噂を聞きつけた王宮側の人間がこれまで修理したくてもできていなかった備品や剣などの修理や修復を俺に依頼をしたいらしい。この国で唯一修理系の魔法が使える俺は騎士団以外でも重宝される人材のようだ。
それにしても王宮側にも俺のことが認知されていることに全くといっていいほど嬉しさを感じない。元いた世界でエンジニアとして働いていた俺の経験上、仕事が出来ることをアピールして良い事は何一つとしてない。
仕事が出来ると言うことはより多くの仕事を割り振ってもこいつなら終わらせてくれるだろうという、会社側からしたら単純に都合のいい労働力が見つかったのと同義だ。
今この状況もそうだ。国からしたら依頼さえすれば修理などをやってくれる人材が見つかっただけ。国営である騎士団は国からの依頼には逆らえないし、その依頼をこなしたところで給料が増えたりするわけではない。
つまり仕事は来るが報酬は無し。働き損というものだ。
そんな国からの依頼を断るわけにもいかず、俺は渋々納期を確認する。
「一応納期は長めにあって一ヶ月後らしいんだが、頼めるか?」
国からしても修理できずに放置していたものだから、本来は納期なんてないはずだ。しかし依頼される方からしたら納期がないことには作業ができないため、王宮側も適当に回答した納期だろう。
「わかりました! 大丈夫です。やっておきますね」
「助かるよ。それから例の不要侵入者についてだけど、トーラスから来る頻度を減らすように伝えてくれないかな? 流石にほぼ毎日来るのは第一騎士団としても第三騎士団としても良くはないと思うんだ」
「……それってどうして俺からなんですか? まぁ百歩譲って俺に会いに来てる? のかもしれないですけど、注意なら上の人間からやってもらったほうがいいと思うんですが」
「もしかして……知らない?」
「知らない? 何をですか?」
それを聞いたサジはその場にしゃがみこみ頭を抱え始めた。頭を掻き髪型が崩れるほど乱れることはなかったが、何度も深呼吸をするかのようにため息を吐いていた。
その状況に驚いた俺は恐る恐るサジに確認するように問いかける。
「え、本当に何ですか?」
「……リオ・クライシス第三騎士団団長は爵位持ちだよ。それも伯爵だ」
「爵位持ち? 伯爵?」
「本当に知らなかったの? リオ第三騎士団団長は伯爵家の出でもある。そのため住まいも騎士団寮ではなくご自宅があるし、あのルックスと団長という地位についているからと言うのもあるが、爵位持ちを女性が放っておくわけもなく、人気がすごいんだよ。最近はトーラスのお陰かわからんが、あまり女性も近寄らなくなったね」
俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
それも取り返しのつかないことだ。
一つ目は討伐遠征中とは言え、爵位持ちを怒鳴ってしまったことだ。爵位持ちの下に騎士がおり、その下に一般階級と言ったような位置づけだ。せめて騎士であれば良かったのかもしれないが、俺は騎士団に所属しているとは言え騎士になることができなかった一般階級の人間だ。
そんな人間が爵位持ち。それも伯爵の位を持つ者に対し、怪我を負わせただけではなく、その怪我を勝手に治療し、挙句の果てには「怪我人は治療を受けてろ!」と吐き捨てたのだ。
本来であれば爵位持ち相手に何かをしたとあれば投獄されてもおかしくないだろう。
二つ目は何度も床を共にしているということだ。それは身体を重ねると言ったような意味ではなく、本当に睡眠を取るという行為を何度か一緒に行っているのだ。
一番最初のホテルを除くと、俺の同意を得てから同じベッドで過ごしたことはないのだが、それが問題になってくるだろう。
なるほど。やけに噂になっていると思っていたが、リオは爵位持ちだったのか……。
「えっと、リオさん……リオ第三騎士団団寮が爵位持ちだとは知りませんでした。それで第一騎士団の寮に何度も簡単に入ってこれるんですね。それであれば来る頻度を減らしてほしいというのは俺からじゃなくてもっと上の位の人間から言ってもらったほうがいいんじゃないですか?」
「第一騎士団には爵位持ちはいないんだよ」
「はぁ……そうですか……」
「どういうことかわかってないだろ……。今騎士団全体でリオ第三騎士団団長と何も気にせずに会話しているのはトーラス、お前だけだぞ」
「はぇ?」
「だってそうだろ……爵位持ち相手にタメ口で喋ることなんて普通できないし、わざわざ第一騎士団寮まで来ているのに、帰れとか言えないだろ」
俺は顎に手を当てて深く考える。
「俺って、何かの罪に問われたりしますかね?」
「本来であれば何かしらの罪に問われていてもおかしくはないが、リオ第三騎士団団長はトーラスに対して好意があるように思える。実際に告白もされていたじゃないか。だから何かの刑に処すようなことはないと思うぞ」
「……あの告白って本気だと思いますか?」
それを聞いたサジは俺にきれいなまでのデコピンを食らわせながら微笑む。
「それは自分で考えろ! 相手の気持ちを考えて返事をしてあげることが誠意ある行動だと俺は思うぞ」
そう言ってサジ第一騎士団服団寮は「それじゃあ国からの依頼分頼んだぞ」と言い残しおれの作業部屋を後にした。その背中を見送る俺は、これまでのリオからの言葉を思い出しながら、部屋の隅に置かれた木箱の中から壊れた備品を何個か取り出し眺める。
俺は自分の気持ちに向き合う時間が必要なのかもしれない。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
俺は今——王宮に来ている。
これは先日依頼を受けた備品の修理が完了したため、エリースとサジに報告をしたところ、どうも忙しいらしくそのまま納品しに行ってくれないかとのことだったため、俺が自ら王宮に出向くこととなった。
本来王宮は特別な許可や特別な式典がなければ入ることすら許されない。それこそリオのような爵位持ちの貴族であったとしても許可なしに入ることは許されないだろう。
例に漏れず俺も王宮には入ったことはない。何度かエリースの招待で式典にお呼ばれしたことはあるのだが、仕事があるからと断り続けた結果、王宮へ足を踏み入れる機会はなかったのだが、今日始めて王宮へと足を踏み入れることとなった。
王宮は事前に申請していたこともあり、案外すんなり入ることができたのだが、どういうわけか案内人兼監視役が付くことはなかった。本来であれば国からも信頼されていると思えばかなり心に余裕ができたと思うのだが、現実問題そうはいかない。
それはなぜか。
俺が今王宮内で迷子になっているからである。
「王宮広すぎんだろ……」
そう呟いても声が響くだけで、何も解決しない。
王宮内は俺が元いた世界で見たことがあるアニメや漫画に登場するような内観にそっくりで、黄色やオレンジといった暖色が使われた壁紙に、俺の三倍はありそうな高さの窓。それを覆い隠すようなデカさの赤いカーテン。そして数えるほうが億劫になるほどの部屋の数。
俺が思い描いていた王宮そのものといった感じだ。
俺はそんな王宮に感動しながらも、誰か道を尋ねても答えてくれそうな人を探し回っていた。
王宮はその大きさもあるため、多くの給仕係のようなメイドや執事がいると聞いていたが、この時間は皆何処かに出かけてしまっているのだろうか。人っ子一人見当たらない。
流石に勝手に扉を開けて部屋に入るなんて行為をするわけにもいかず、いっそのこと人のいるエントランスまで戻り、道案内をしてもらおうかとそう思い立ったときだった。
「誰だ?」
俺の背後から低く、人を言葉だけで刺せてしまうのではないかと思うほど冷たい声が聞こえた。
一気に空気が重くなる。
それを肌で感じる。
俺はその感覚に即座に反応することはできなかったが、今置かれている立場ではリオのように皆が彼のコトを知って上での不法侵入者ではなく、いくら許可を得ているとは言え王宮内で挙動不審な動きをしている俺は誰がどう見ても完全なる不法侵入者だろう。
この空気感に押される前に、それは弁明をする必要がある。
俺は両手に木箱を抱えた状態で、綺麗に百八十度回転し、敬礼ができない分大声で自身の所属をアピールする。
「ハッ! 自分は第一騎士団サポート部魔法付与課のトーラス・オルシルクと言います。本日は先日王宮より依頼をいただいた備品修理が完了したため、納品に参った次第です!」
それを聞いた冷酷なまでに声の低いその男の顔は振り向いた直後に見えた俺を蔑んだような表情とはうって変わり、くしゃっとしたような笑顔に変わりながら俺に近づいてきた。
「君がトーラスか! いつも息子がお世話になっているね」
「え?」
「備品修理の納期は一ヶ月あったと思うんだが、もう終わったのかい? 噂以上に腕が立つんだね」
「え、あ、はい、ありがとうございます?」
俺は必死になって記憶にある人物の顔を脳内に巡らせる。
今俺の目の前にいる人物は俺のコトを知っていたし、かつ息子がいつもお世話になっているとも言っていた。つまり俺が現在も関わりがある人物の父親だと言うことだ。
しかし俺の知り合いは騎士団の面々であり、王宮に使えるような人物を親に持つ者がいるとは聞いたことがない。
そんな俺に察しがついていないのか、男は俺の肩に手を回しながら「案内するよ」と耳元で囁き、俺を目的地へと案内してくれた。
(ほんとに誰の父親なんだ……。それに距離感が近い……何なんだ?)
俺は道案内されている最中も必死になって思い出そうとするが、やはり該当する人物を思い出すことができない。変な顔して唸り続ける俺に、流石に違和感を覚えたのか男は優しく声を掛けてきた。
「……大丈夫かい? 持つのを手伝おうか?」
「いえ! そんなコトは……」
「そう? あ、ココだよ。」
俺が案内された場所は総務省のような場所で、二十人近い人が忙しそうに働いていた。先ほどまで人っ子一人いないと思っていた王宮であったが、やはり人はいたのだと安心した。
俺たちに気がついた王宮に仕える職員らしき人物が駆け寄り、俺は納品である旨を伝えると総務省一同一気に立ち上がり、驚きの表情を浮かべながら、俺にお礼を伝えてきた。
「本来であればこちらが取りに伺わなければならないところを、直していただくだけではなくここまで運んでくださり本当にありがとうございます」
「とんでもないです。皆さんお忙しそうですね……。備品の修理以外でも騎士団や俺が役に立てるようなことがあればおっしゃってください!」
俺のその発言に総務省一同はパァッと表情を明るくしたかと思えば「これもいいですか?」「これも修理できたりしますか?」と雪崩のように俺のもとに職員が集まってきた。
そんな状況をどうすればいいかわからないでいると、俺をココまで案内してきた男が一言。
「止めないか。トーラスが困っているだろう」
それを聞いた職員たちは渋々自分の席に戻っていきながら「クライシスさんだってめちゃくちゃこれも頼もうかなって言ってたじゃないですか!」と呟く職員がちらほらおり、それを聞いていた男は「本人を前にバラすら」と茶目っ気を感じさせるような発言をしながら俺に微笑みかけていた。
(……ん? クライシスさん? クライシスさんって言ったか?)
俺が知っている中でラストネームにクライシスの姓を持つ人物は一人しかいない。いや、まさかそんな事があるわけはない。先日のサジの話ではあの不法侵入者は伯爵の爵位持ちだと聞いている。
話しぶりからして、この男はこの王宮に仕えている人物なのだろう。俺はそこまで爵位に詳しい訳では無いが公爵は王族に次ぐ最高位であり、国の政策であったり、軍を率いている認識だ。その次の侯爵は防衛であったり、統治を担当していると聞いたことがある。そしてその次の位が伯爵だ。伯爵は地方領主であると認識している。そのため王宮に仕えるような爵位ではないと思っているのだが……。
「トーラスはこれから騎士団に戻るのかい?」
「え、あ、はい。その予定です」
「そうかそうか。ならご飯行こうか」
「え?」
「ご飯だよ。いこうか」
「え?」
間違いない。このデジャヴを感じるご飯の誘い方。
俺の目の前にいるこの男はリオ・クライシスの父親だ……!
俺はこの日、この世界で一番間抜けな声を出したに違いない。
それはあの不法侵入者もとい第三騎士団団長であるリオ・クライシスが何度も第一騎士団の事務所や寮に出向くことに対し、第一騎士団側の人間が誰も何も言わないことへ疑問を抱き始めていた頃であった。
「トーラスこれも! 今日は追加があるんだけど大丈夫かな?」
そう言いながら俺の作業部屋に第一騎士団副団長であるサジ・ヴァルクが入ってきた。そんな彼の両手は木箱が二段に積み重なっており、その木箱の中には大量の剣と壊れた備品が入っていた。
「今日はいつもより多いですね。何かあったんですか?」
「えっと……トーラスは今有名人だろ?」
「あぁ、まぁ、あの不法侵入者のせいでですけどね……」
「不法侵入者って……。まぁ否定はできないけど。それでそのリオ第三騎士団団長のお相手はどんな人なのかって言うのがこの国では話題に上がっててな。その話を聞きつけた王宮側の人間がトーラスに備品の修理を依頼したいって」
「あー、そういうことでしたか。これ納期っていつまでですか?」
話を簡単にまとめると俺の噂を聞きつけた王宮側の人間がこれまで修理したくてもできていなかった備品や剣などの修理や修復を俺に依頼をしたいらしい。この国で唯一修理系の魔法が使える俺は騎士団以外でも重宝される人材のようだ。
それにしても王宮側にも俺のことが認知されていることに全くといっていいほど嬉しさを感じない。元いた世界でエンジニアとして働いていた俺の経験上、仕事が出来ることをアピールして良い事は何一つとしてない。
仕事が出来ると言うことはより多くの仕事を割り振ってもこいつなら終わらせてくれるだろうという、会社側からしたら単純に都合のいい労働力が見つかったのと同義だ。
今この状況もそうだ。国からしたら依頼さえすれば修理などをやってくれる人材が見つかっただけ。国営である騎士団は国からの依頼には逆らえないし、その依頼をこなしたところで給料が増えたりするわけではない。
つまり仕事は来るが報酬は無し。働き損というものだ。
そんな国からの依頼を断るわけにもいかず、俺は渋々納期を確認する。
「一応納期は長めにあって一ヶ月後らしいんだが、頼めるか?」
国からしても修理できずに放置していたものだから、本来は納期なんてないはずだ。しかし依頼される方からしたら納期がないことには作業ができないため、王宮側も適当に回答した納期だろう。
「わかりました! 大丈夫です。やっておきますね」
「助かるよ。それから例の不要侵入者についてだけど、トーラスから来る頻度を減らすように伝えてくれないかな? 流石にほぼ毎日来るのは第一騎士団としても第三騎士団としても良くはないと思うんだ」
「……それってどうして俺からなんですか? まぁ百歩譲って俺に会いに来てる? のかもしれないですけど、注意なら上の人間からやってもらったほうがいいと思うんですが」
「もしかして……知らない?」
「知らない? 何をですか?」
それを聞いたサジはその場にしゃがみこみ頭を抱え始めた。頭を掻き髪型が崩れるほど乱れることはなかったが、何度も深呼吸をするかのようにため息を吐いていた。
その状況に驚いた俺は恐る恐るサジに確認するように問いかける。
「え、本当に何ですか?」
「……リオ・クライシス第三騎士団団長は爵位持ちだよ。それも伯爵だ」
「爵位持ち? 伯爵?」
「本当に知らなかったの? リオ第三騎士団団長は伯爵家の出でもある。そのため住まいも騎士団寮ではなくご自宅があるし、あのルックスと団長という地位についているからと言うのもあるが、爵位持ちを女性が放っておくわけもなく、人気がすごいんだよ。最近はトーラスのお陰かわからんが、あまり女性も近寄らなくなったね」
俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
それも取り返しのつかないことだ。
一つ目は討伐遠征中とは言え、爵位持ちを怒鳴ってしまったことだ。爵位持ちの下に騎士がおり、その下に一般階級と言ったような位置づけだ。せめて騎士であれば良かったのかもしれないが、俺は騎士団に所属しているとは言え騎士になることができなかった一般階級の人間だ。
そんな人間が爵位持ち。それも伯爵の位を持つ者に対し、怪我を負わせただけではなく、その怪我を勝手に治療し、挙句の果てには「怪我人は治療を受けてろ!」と吐き捨てたのだ。
本来であれば爵位持ち相手に何かをしたとあれば投獄されてもおかしくないだろう。
二つ目は何度も床を共にしているということだ。それは身体を重ねると言ったような意味ではなく、本当に睡眠を取るという行為を何度か一緒に行っているのだ。
一番最初のホテルを除くと、俺の同意を得てから同じベッドで過ごしたことはないのだが、それが問題になってくるだろう。
なるほど。やけに噂になっていると思っていたが、リオは爵位持ちだったのか……。
「えっと、リオさん……リオ第三騎士団団寮が爵位持ちだとは知りませんでした。それで第一騎士団の寮に何度も簡単に入ってこれるんですね。それであれば来る頻度を減らしてほしいというのは俺からじゃなくてもっと上の位の人間から言ってもらったほうがいいんじゃないですか?」
「第一騎士団には爵位持ちはいないんだよ」
「はぁ……そうですか……」
「どういうことかわかってないだろ……。今騎士団全体でリオ第三騎士団団長と何も気にせずに会話しているのはトーラス、お前だけだぞ」
「はぇ?」
「だってそうだろ……爵位持ち相手にタメ口で喋ることなんて普通できないし、わざわざ第一騎士団寮まで来ているのに、帰れとか言えないだろ」
俺は顎に手を当てて深く考える。
「俺って、何かの罪に問われたりしますかね?」
「本来であれば何かしらの罪に問われていてもおかしくはないが、リオ第三騎士団団長はトーラスに対して好意があるように思える。実際に告白もされていたじゃないか。だから何かの刑に処すようなことはないと思うぞ」
「……あの告白って本気だと思いますか?」
それを聞いたサジは俺にきれいなまでのデコピンを食らわせながら微笑む。
「それは自分で考えろ! 相手の気持ちを考えて返事をしてあげることが誠意ある行動だと俺は思うぞ」
そう言ってサジ第一騎士団服団寮は「それじゃあ国からの依頼分頼んだぞ」と言い残しおれの作業部屋を後にした。その背中を見送る俺は、これまでのリオからの言葉を思い出しながら、部屋の隅に置かれた木箱の中から壊れた備品を何個か取り出し眺める。
俺は自分の気持ちに向き合う時間が必要なのかもしれない。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
俺は今——王宮に来ている。
これは先日依頼を受けた備品の修理が完了したため、エリースとサジに報告をしたところ、どうも忙しいらしくそのまま納品しに行ってくれないかとのことだったため、俺が自ら王宮に出向くこととなった。
本来王宮は特別な許可や特別な式典がなければ入ることすら許されない。それこそリオのような爵位持ちの貴族であったとしても許可なしに入ることは許されないだろう。
例に漏れず俺も王宮には入ったことはない。何度かエリースの招待で式典にお呼ばれしたことはあるのだが、仕事があるからと断り続けた結果、王宮へ足を踏み入れる機会はなかったのだが、今日始めて王宮へと足を踏み入れることとなった。
王宮は事前に申請していたこともあり、案外すんなり入ることができたのだが、どういうわけか案内人兼監視役が付くことはなかった。本来であれば国からも信頼されていると思えばかなり心に余裕ができたと思うのだが、現実問題そうはいかない。
それはなぜか。
俺が今王宮内で迷子になっているからである。
「王宮広すぎんだろ……」
そう呟いても声が響くだけで、何も解決しない。
王宮内は俺が元いた世界で見たことがあるアニメや漫画に登場するような内観にそっくりで、黄色やオレンジといった暖色が使われた壁紙に、俺の三倍はありそうな高さの窓。それを覆い隠すようなデカさの赤いカーテン。そして数えるほうが億劫になるほどの部屋の数。
俺が思い描いていた王宮そのものといった感じだ。
俺はそんな王宮に感動しながらも、誰か道を尋ねても答えてくれそうな人を探し回っていた。
王宮はその大きさもあるため、多くの給仕係のようなメイドや執事がいると聞いていたが、この時間は皆何処かに出かけてしまっているのだろうか。人っ子一人見当たらない。
流石に勝手に扉を開けて部屋に入るなんて行為をするわけにもいかず、いっそのこと人のいるエントランスまで戻り、道案内をしてもらおうかとそう思い立ったときだった。
「誰だ?」
俺の背後から低く、人を言葉だけで刺せてしまうのではないかと思うほど冷たい声が聞こえた。
一気に空気が重くなる。
それを肌で感じる。
俺はその感覚に即座に反応することはできなかったが、今置かれている立場ではリオのように皆が彼のコトを知って上での不法侵入者ではなく、いくら許可を得ているとは言え王宮内で挙動不審な動きをしている俺は誰がどう見ても完全なる不法侵入者だろう。
この空気感に押される前に、それは弁明をする必要がある。
俺は両手に木箱を抱えた状態で、綺麗に百八十度回転し、敬礼ができない分大声で自身の所属をアピールする。
「ハッ! 自分は第一騎士団サポート部魔法付与課のトーラス・オルシルクと言います。本日は先日王宮より依頼をいただいた備品修理が完了したため、納品に参った次第です!」
それを聞いた冷酷なまでに声の低いその男の顔は振り向いた直後に見えた俺を蔑んだような表情とはうって変わり、くしゃっとしたような笑顔に変わりながら俺に近づいてきた。
「君がトーラスか! いつも息子がお世話になっているね」
「え?」
「備品修理の納期は一ヶ月あったと思うんだが、もう終わったのかい? 噂以上に腕が立つんだね」
「え、あ、はい、ありがとうございます?」
俺は必死になって記憶にある人物の顔を脳内に巡らせる。
今俺の目の前にいる人物は俺のコトを知っていたし、かつ息子がいつもお世話になっているとも言っていた。つまり俺が現在も関わりがある人物の父親だと言うことだ。
しかし俺の知り合いは騎士団の面々であり、王宮に使えるような人物を親に持つ者がいるとは聞いたことがない。
そんな俺に察しがついていないのか、男は俺の肩に手を回しながら「案内するよ」と耳元で囁き、俺を目的地へと案内してくれた。
(ほんとに誰の父親なんだ……。それに距離感が近い……何なんだ?)
俺は道案内されている最中も必死になって思い出そうとするが、やはり該当する人物を思い出すことができない。変な顔して唸り続ける俺に、流石に違和感を覚えたのか男は優しく声を掛けてきた。
「……大丈夫かい? 持つのを手伝おうか?」
「いえ! そんなコトは……」
「そう? あ、ココだよ。」
俺が案内された場所は総務省のような場所で、二十人近い人が忙しそうに働いていた。先ほどまで人っ子一人いないと思っていた王宮であったが、やはり人はいたのだと安心した。
俺たちに気がついた王宮に仕える職員らしき人物が駆け寄り、俺は納品である旨を伝えると総務省一同一気に立ち上がり、驚きの表情を浮かべながら、俺にお礼を伝えてきた。
「本来であればこちらが取りに伺わなければならないところを、直していただくだけではなくここまで運んでくださり本当にありがとうございます」
「とんでもないです。皆さんお忙しそうですね……。備品の修理以外でも騎士団や俺が役に立てるようなことがあればおっしゃってください!」
俺のその発言に総務省一同はパァッと表情を明るくしたかと思えば「これもいいですか?」「これも修理できたりしますか?」と雪崩のように俺のもとに職員が集まってきた。
そんな状況をどうすればいいかわからないでいると、俺をココまで案内してきた男が一言。
「止めないか。トーラスが困っているだろう」
それを聞いた職員たちは渋々自分の席に戻っていきながら「クライシスさんだってめちゃくちゃこれも頼もうかなって言ってたじゃないですか!」と呟く職員がちらほらおり、それを聞いていた男は「本人を前にバラすら」と茶目っ気を感じさせるような発言をしながら俺に微笑みかけていた。
(……ん? クライシスさん? クライシスさんって言ったか?)
俺が知っている中でラストネームにクライシスの姓を持つ人物は一人しかいない。いや、まさかそんな事があるわけはない。先日のサジの話ではあの不法侵入者は伯爵の爵位持ちだと聞いている。
話しぶりからして、この男はこの王宮に仕えている人物なのだろう。俺はそこまで爵位に詳しい訳では無いが公爵は王族に次ぐ最高位であり、国の政策であったり、軍を率いている認識だ。その次の侯爵は防衛であったり、統治を担当していると聞いたことがある。そしてその次の位が伯爵だ。伯爵は地方領主であると認識している。そのため王宮に仕えるような爵位ではないと思っているのだが……。
「トーラスはこれから騎士団に戻るのかい?」
「え、あ、はい。その予定です」
「そうかそうか。ならご飯行こうか」
「え?」
「ご飯だよ。いこうか」
「え?」
間違いない。このデジャヴを感じるご飯の誘い方。
俺の目の前にいるこの男はリオ・クライシスの父親だ……!



