思うように体を動かすことが出来ないし、声を出しても泣き声に変換されてしまう。
こんな感覚を味わうことになるなんて思いもしなかった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「結婚……?マジで?おめでとう!」
表面上では喜んでいるように見せているが、正直俺は一ミリたりとも嬉しくない。
俺、相沢透《あいざわとおる》は来月二十八歳になる男で、日本の中小企業でエンジニアとして勤務をしている。
そんな俺には中学からの付き合いのある沢田悠一《さわだゆういち》という親友がいるのだが、そんな悠一との月一の近況報告と称した飲み会の場で結婚することを告げられた。
元々悠一に彼女がいることは知っていたし、悠一が彼女第一であることも知っていた。しかしこの月一で行われる近況報告と称した飲み会は結婚しても開催出来るのだろうか。
親友とはいうものの、家族が出来たらそっちを優先するのが普通だ。
そうなってくると、ずっと独り身である俺はこれから先、一人で生きていくことになる。そんなのはさみしい。
それなら彼女を作ればいいじゃないかと言われそうであるが、俺だって試さなかったわけじゃない。一応これまでも数人とは付き合ったことはあるが、どれも長続きしないのだ。
原因は明白で、俺が女性と付き合うことに向いていないからである。
これは付き合う女性にもよるとは思うのだが、所謂構ってほしいとせがむような女性とは本当に相性が良くない。個人的には同性のような距離感で、気軽に冗談を言い合えたり、お互いのタイミングが合うときに集まったりするような関係性が向いているのだと思う。
それなら同性である男性と付き合えばいいじゃないかと言われそうであるが、そういう問題ではないのだ。別に同性愛に対して不快感を感じることもないし、何なら何度か男性から告白されたこともある。しかしその度に”悠一の方がかっこいいな”と思ってしまい、結局付き合ったことはないのだ。
と、なると俺は悠一のことが好きなのかと自問したこともあったのだが、これは恋愛感情などではなく、あくまで付き合うならどっちがいいかという話であり、それなら悠一を選ぶといっただけの話だ。
「ありがとう。そこで相談なんだけどさ……」
俺は親友の結婚を祝いながらそんなことを考えていると、悠一は少し申し訳なさそうに。そして照れくさそうにしながら俺に相談をしてきた。
「おいおい、なんだよ相談って……。まさか結婚の保証人か?それなら全然サインするぜ!」
「あ、それもお願いしたい!でも相談事は別のことでさ。俺たちさ結婚式挙げるんだよ。実はもう式場抑えてあるんだ。」
「そうなの?イマドキ結婚式挙げるの珍しいっていうのにすごいな。結構かかったんじゃないか?」
「ほんと結構高いぞ。祝儀は期待しておくな。」
「あまりの少額に推し抜かすなよ。」
「そこは高額であってくれよ……」
そんな冗談交じりで会話が出来ることに、やはり俺の求めている人付き合いはこういうことなのだと感じながら、俺は少し真剣な表情を見せながら悠一に問う。
「それで?相談事っていうのは何?」
「透にさ。結婚式の祝辞をお願いできないかな?」
「え、祝辞?」
それは俺にとって予想外の相談事であった。
別に結婚式の祝辞は必ずしも親族がしなければならないなんてルールはないが、それでも一般的には親族か、新郎新婦の両方と接点を持つ人物になるだろう。
しかし俺は悠一のことは知っていても、お相手さんのことはほとんど知らないのだ。
悠一の彼女と会ったことがないわけではないし、なんなら悠一とは同じ職場であり、彼女さんの方からアプローチをしてきたことも知っているくらいには接点はある。
しかし逆に言えばそれだけなのだ。
彼女さんの交友関係も知らなければ、出身地や出身校。ましてや名前までもがうろ覚えの状態。二文字だったことは覚えているのだが、ユカさんだったか、リカさんだったかまでは定かではない。
そんな俺に結婚式の祝辞を頼んでも良いのだろうか。
「……俺でいいの?」
「あぁ、むしろこっちがお願いしてるんだ。ユイも透にならお願いしたいって言ってたぞ。」
名前はユイさんだったようだ。記憶の二択は両方とも外れてしまっていたらしい。しかしそんなことは今はどうでもいい。
悠一の彼女さんであるユイさんまでもが俺に祝辞をお願いしたいとはどういうことだろうか。
いや、それほどまでに俺を信頼してくれているのだろう。
これは本来なら嬉しいことだ。いや実際に嬉しいのだが……いやこんな素敵な提案を前にネガティブになることが失礼だろ。
「わかった。祝辞期待してろよ。絶対に泣かしてやるからな。」
「ありがとう。これ結婚式の招待状。透だけには直接渡したかったから。」
「たしかに受け取った。式はいつなの?」
「二か月後の土曜日だよ。空いてるか?」
「その日は近況報告会のはずだっただろ。空いてるよ。」
そう言うと悠一は目尻にシワを作るほど本当に嬉しそうに微笑んだ。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
結婚式当日は朝からバタついていた。
前日までに銀行に行ってピン札を用意してはいたものの、肝心の祝儀袋を買っていないことを当日に思い出し、コンビニにダッシュする。しかしコンビニの祝儀袋に入れるような額ではなかったため、朝から開いているホームセンターに駆け込み、上等な祝儀袋を購入し、そこに七万円を入れる。
本来であれば友人は三万円から五万円が相場だとは思うのだが、親友ということと、俺を祝辞スピーチ者に選んでくれたことへの感謝をこめて七万円と少し高めの金額を入れることにした。
ホームセンターに来たはいいものの、本日の目的地である結婚式場とは真逆の方向に来てしまっていたことを思い出し、ボーナス前プラス祝儀代でかなりカツカツになっているにもかかわらず、親友の結婚式に遅れるわけにはいかないと、タクシーを捕まえることにした。
そのために俺は少し歩道ギリギリのところに立ち、タクシーを捕まえるために大きく手をあげる。
この時のこの行為が間違いだったのかもしれないし、そもそも事前に祝儀袋を用意していなかった自分の落ち度かもしれないが、大きく手を挙げたその瞬間、俺の体は大きく宙を舞った。
強い衝撃を感じはしたものの、痛みはなかなか襲ってこなかったが、宙を舞った体が地面に叩きつけられたその瞬間、二回目の大きな衝撃と共に徐々に痛みを感じ始めた。
今日のために新しく卸した少し高めのスーツの黒が、赤黒いく変色してくのが見てわかる。
(あぁ……俺は轢かれたんだ。そっか……。いやダメだ悠一の結婚式に行かなきゃ。祝辞を言うんだ……。事故ったからなんだ。悠一を感動で泣かせるんだ……。祝辞を依頼されてから毎日祝辞の内容を考えてきたんだ。俺は。俺は。おれは、おれは……。)
「…………ゆう……いちぃ、おめでとうぉ……ごめん。」
車に轢かれた衝撃とその後地面に叩きつけられた衝撃で俺はそのまま意識を手放した。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
思うように体を動かすことが出来ないし、声を出しても泣き声に変換されてしまう。
こんな感覚を味わうことになるなんて思いもしなかった。
きっと交通事故に巻き込まれて気を失った後に、病院へ搬送されたのだろう。体を上手く動かすことができないのがその証拠だ。声は……よくわからないが、何か管でも通ってるんじゃないだろうか。実際には見たことはないが、医療モノのドラマでそういったシーンを見たことがある。
しかし今はそんなことはどうでもいい。
今日は一体何月何日なのだろうか。
悠一とユイさんの結婚式はどうなったのだろうか。
俺は祝辞を述べることは出来なかったが、ちゃんと式は成功したのだろうか。
気になることが多すぎる。
俺はそれを確かめるために病院のベッドの脇に置いてあるであろうナースコールを体が上手く動かせないながらも必死に探し出す。
それにしても静かな気がする。
病院の割には、コンクリートではなく木材を使った部屋であることも気になってきた。
と、いうか何かこの部屋のモノ全てが大きい気がする。
ナースコールが思った以上に見つからず、俺は寝返りを打つようにして体を動かし、ナースコールが置いてあるであろう場所に手を伸ばす。
(……え?)
ナースコールを取ろうとして動かしている俺のその手は、あまりにも小さかった。
こんな感覚を味わうことになるなんて思いもしなかった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「結婚……?マジで?おめでとう!」
表面上では喜んでいるように見せているが、正直俺は一ミリたりとも嬉しくない。
俺、相沢透《あいざわとおる》は来月二十八歳になる男で、日本の中小企業でエンジニアとして勤務をしている。
そんな俺には中学からの付き合いのある沢田悠一《さわだゆういち》という親友がいるのだが、そんな悠一との月一の近況報告と称した飲み会の場で結婚することを告げられた。
元々悠一に彼女がいることは知っていたし、悠一が彼女第一であることも知っていた。しかしこの月一で行われる近況報告と称した飲み会は結婚しても開催出来るのだろうか。
親友とはいうものの、家族が出来たらそっちを優先するのが普通だ。
そうなってくると、ずっと独り身である俺はこれから先、一人で生きていくことになる。そんなのはさみしい。
それなら彼女を作ればいいじゃないかと言われそうであるが、俺だって試さなかったわけじゃない。一応これまでも数人とは付き合ったことはあるが、どれも長続きしないのだ。
原因は明白で、俺が女性と付き合うことに向いていないからである。
これは付き合う女性にもよるとは思うのだが、所謂構ってほしいとせがむような女性とは本当に相性が良くない。個人的には同性のような距離感で、気軽に冗談を言い合えたり、お互いのタイミングが合うときに集まったりするような関係性が向いているのだと思う。
それなら同性である男性と付き合えばいいじゃないかと言われそうであるが、そういう問題ではないのだ。別に同性愛に対して不快感を感じることもないし、何なら何度か男性から告白されたこともある。しかしその度に”悠一の方がかっこいいな”と思ってしまい、結局付き合ったことはないのだ。
と、なると俺は悠一のことが好きなのかと自問したこともあったのだが、これは恋愛感情などではなく、あくまで付き合うならどっちがいいかという話であり、それなら悠一を選ぶといっただけの話だ。
「ありがとう。そこで相談なんだけどさ……」
俺は親友の結婚を祝いながらそんなことを考えていると、悠一は少し申し訳なさそうに。そして照れくさそうにしながら俺に相談をしてきた。
「おいおい、なんだよ相談って……。まさか結婚の保証人か?それなら全然サインするぜ!」
「あ、それもお願いしたい!でも相談事は別のことでさ。俺たちさ結婚式挙げるんだよ。実はもう式場抑えてあるんだ。」
「そうなの?イマドキ結婚式挙げるの珍しいっていうのにすごいな。結構かかったんじゃないか?」
「ほんと結構高いぞ。祝儀は期待しておくな。」
「あまりの少額に推し抜かすなよ。」
「そこは高額であってくれよ……」
そんな冗談交じりで会話が出来ることに、やはり俺の求めている人付き合いはこういうことなのだと感じながら、俺は少し真剣な表情を見せながら悠一に問う。
「それで?相談事っていうのは何?」
「透にさ。結婚式の祝辞をお願いできないかな?」
「え、祝辞?」
それは俺にとって予想外の相談事であった。
別に結婚式の祝辞は必ずしも親族がしなければならないなんてルールはないが、それでも一般的には親族か、新郎新婦の両方と接点を持つ人物になるだろう。
しかし俺は悠一のことは知っていても、お相手さんのことはほとんど知らないのだ。
悠一の彼女と会ったことがないわけではないし、なんなら悠一とは同じ職場であり、彼女さんの方からアプローチをしてきたことも知っているくらいには接点はある。
しかし逆に言えばそれだけなのだ。
彼女さんの交友関係も知らなければ、出身地や出身校。ましてや名前までもがうろ覚えの状態。二文字だったことは覚えているのだが、ユカさんだったか、リカさんだったかまでは定かではない。
そんな俺に結婚式の祝辞を頼んでも良いのだろうか。
「……俺でいいの?」
「あぁ、むしろこっちがお願いしてるんだ。ユイも透にならお願いしたいって言ってたぞ。」
名前はユイさんだったようだ。記憶の二択は両方とも外れてしまっていたらしい。しかしそんなことは今はどうでもいい。
悠一の彼女さんであるユイさんまでもが俺に祝辞をお願いしたいとはどういうことだろうか。
いや、それほどまでに俺を信頼してくれているのだろう。
これは本来なら嬉しいことだ。いや実際に嬉しいのだが……いやこんな素敵な提案を前にネガティブになることが失礼だろ。
「わかった。祝辞期待してろよ。絶対に泣かしてやるからな。」
「ありがとう。これ結婚式の招待状。透だけには直接渡したかったから。」
「たしかに受け取った。式はいつなの?」
「二か月後の土曜日だよ。空いてるか?」
「その日は近況報告会のはずだっただろ。空いてるよ。」
そう言うと悠一は目尻にシワを作るほど本当に嬉しそうに微笑んだ。
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結婚式当日は朝からバタついていた。
前日までに銀行に行ってピン札を用意してはいたものの、肝心の祝儀袋を買っていないことを当日に思い出し、コンビニにダッシュする。しかしコンビニの祝儀袋に入れるような額ではなかったため、朝から開いているホームセンターに駆け込み、上等な祝儀袋を購入し、そこに七万円を入れる。
本来であれば友人は三万円から五万円が相場だとは思うのだが、親友ということと、俺を祝辞スピーチ者に選んでくれたことへの感謝をこめて七万円と少し高めの金額を入れることにした。
ホームセンターに来たはいいものの、本日の目的地である結婚式場とは真逆の方向に来てしまっていたことを思い出し、ボーナス前プラス祝儀代でかなりカツカツになっているにもかかわらず、親友の結婚式に遅れるわけにはいかないと、タクシーを捕まえることにした。
そのために俺は少し歩道ギリギリのところに立ち、タクシーを捕まえるために大きく手をあげる。
この時のこの行為が間違いだったのかもしれないし、そもそも事前に祝儀袋を用意していなかった自分の落ち度かもしれないが、大きく手を挙げたその瞬間、俺の体は大きく宙を舞った。
強い衝撃を感じはしたものの、痛みはなかなか襲ってこなかったが、宙を舞った体が地面に叩きつけられたその瞬間、二回目の大きな衝撃と共に徐々に痛みを感じ始めた。
今日のために新しく卸した少し高めのスーツの黒が、赤黒いく変色してくのが見てわかる。
(あぁ……俺は轢かれたんだ。そっか……。いやダメだ悠一の結婚式に行かなきゃ。祝辞を言うんだ……。事故ったからなんだ。悠一を感動で泣かせるんだ……。祝辞を依頼されてから毎日祝辞の内容を考えてきたんだ。俺は。俺は。おれは、おれは……。)
「…………ゆう……いちぃ、おめでとうぉ……ごめん。」
車に轢かれた衝撃とその後地面に叩きつけられた衝撃で俺はそのまま意識を手放した。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
思うように体を動かすことが出来ないし、声を出しても泣き声に変換されてしまう。
こんな感覚を味わうことになるなんて思いもしなかった。
きっと交通事故に巻き込まれて気を失った後に、病院へ搬送されたのだろう。体を上手く動かすことができないのがその証拠だ。声は……よくわからないが、何か管でも通ってるんじゃないだろうか。実際には見たことはないが、医療モノのドラマでそういったシーンを見たことがある。
しかし今はそんなことはどうでもいい。
今日は一体何月何日なのだろうか。
悠一とユイさんの結婚式はどうなったのだろうか。
俺は祝辞を述べることは出来なかったが、ちゃんと式は成功したのだろうか。
気になることが多すぎる。
俺はそれを確かめるために病院のベッドの脇に置いてあるであろうナースコールを体が上手く動かせないながらも必死に探し出す。
それにしても静かな気がする。
病院の割には、コンクリートではなく木材を使った部屋であることも気になってきた。
と、いうか何かこの部屋のモノ全てが大きい気がする。
ナースコールが思った以上に見つからず、俺は寝返りを打つようにして体を動かし、ナースコールが置いてあるであろう場所に手を伸ばす。
(……え?)
ナースコールを取ろうとして動かしている俺のその手は、あまりにも小さかった。



