「——……由都、こっち」
勢いよく手を引かれ、引っ張られるようにして公園の端へと連れて行かれた。
電飾が巻かれたジャングルジムの裏手に回る。
みんなは巨大ツリーに夢中で、この辺りには誰もいなかった。
伶市がジャングルジムを背にして立つと、俺の肩を両手で掴み、顔を窺うように覗き込んできた。
「……俺として、後悔しない?」
「しない」
俺はこくんと即座に頷いた。
後悔するくらいなら、最初から提案なんてしない。
「……本当に、いいの?」
それでも、心配性な伶市はさらに質問を重ねる。
「いいんだってば。ほら、早く」
でないと人が来てしまうかもしれない。
俺はそわそわして、伶市の肩越しに様子を見ようとした。だが、肩を押さえられているため背伸びもできず、伶市を背後から照らすツリーをただ眺めただけで終わってしまった。
伶市の意思確認はまだ続く。
「……キス、人生で初めて、だよね?」
「俺はな。伶市は違うかもだけど」
つい、拗ねたような口調になった。
伶市は幼稚園の頃からモテる人生だった。取り合う女子たちの仲裁に何度入ったかわからない。
「俺だってしたことないよ。……由都以外無理なんだもん」
「じゃあ、相手は俺だし。できるよな?」
さ、ほら、と手招きをするも、逆に伶市の勢いは萎んでいった。
「それは……そうだけど……」
顔の全部のパーツが垂れ下がり、きゅっと中心に寄った、いつもの情けない顔をした伶市は俺の肩から手を離してしまう。
ついさっき、ここまで俺を引っ張ってきた勢いはどうした?それに、このタイミングでヘタレを発動されては困る。
「……早くしろよ」
俺がいつも通り催促すると、伶市もいつも通りどもり始めた。
「して、嫌われたらどうしようって思ったら、ちょっと……。そんなことになったら、耐えられないし……」
今度は俺が逃げようとする伶市の両肩をがっしりと押さえ、宣言した。
「嫌わない。もし嫌だと思っても、幼馴染のまま、変わらないだけ。恋人にならないだけだから。伶市が嫌じゃないなら、頼む」
見つめて数十秒。
またいつも通り、伶市が折れた。
「……わかった」
伶市は頷くと、両手を俺の頬に慎重に添えてきた。
指先が氷のように冷たくて、身体がぴくりと反応する。
伶市が即座に動きを止めるが、俺が逃げないことがわかるとそのまま顔をゆっくりと近づけてきた。
ついにするんだと思うと途端に緊張が最高潮になり、俺はきつく目を瞑った。
と同時に、唇に触れる感触がして。
でもその感触はあまりにも一瞬で……。
「……由都?」
声をかけられ、薄目を開けると、すぐに焦点が合う距離に伶市の綺麗な顔があった。
「やっぱり、嫌だった……?」
「………………………………は、初めて、フランス料理のコース食べた時みたいだった……っ!」
「……え、なにそれ?」
伶市がきょとんとして俺を見る。
発言した俺ですら、初めてのキスの感想がそれかよ!と思っているのだから、言われた伶市は尚更だろう。
だけど、こんな時まで上手い例えなんて見つからないだろ……!
混乱した俺は、誰に向けたわけでもない怒りを必死に押さえつけ、勢いで言葉を口にする。
「……き、緊張で死ぬかと思って、伶市が好きかどうかとか考える余裕なかったってこと!い、一瞬だったし……!」
「う、うん」
「だ、だから……」
「だから?」
伶市が俺の勢いに気圧されながらも、俺の意図を汲み取ろうとしてくれる。
たぶん、俺の顔は今真っ赤だし、なんならただでさえ平凡な顔がついに変な顔になってしまっているかもしれない。
俺は顔を隠すように伶市の胸に額を押し付け、俯いたままぼそぼそと言葉を落とした。
「伶市の家で…………、明日もう一回試す……。へ、返事は一応クリスマスまでだし……」
伶市に聞こえていなかったら、今の発言はなしにしようと思った。
だけど、伶市は俺を強く抱きしめてきた。
「うん……うん。そうしよう。返事も、明日聞かせて」
耳許で、伶市の震える声がそう俺に告げた。
聞こえていて、よかった……。
俺も伶市をぎゅっと抱きしめ返して肩口から顔を出した時、鼻先に冷たいものが触れた。
「あ」
「……ん?」
俺の声に反応した伶市が俺を抱きしめる力を緩めた。
「雪だ」
ふわり、ふわり。
見上げた空から真っ白な雪が降ってくる。
「ほんとだ……」
ジャングルジムが隔てた向こう側から、雪に気づいた子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
俺たちは向かい合わせで立ったまま、しばらく雪を眺めていた。
顔に落ちて、すぐ跡形もなく消えて……。
雪ってまるで、さっきの伶市とのキスみた…………いやいやいやいやいーや!俺ってば何考えてんだよ……っ!
思春期男子の自我よ、頼むから鎮ってくれ!
俺は途端に熱をぶり返した頬を冷やすように悴む手を両頬に当てた。
「由都、メリークリスマス」
不意に伶市が俺に視線を戻し、微笑んできた。
なんで今のタイミングでこっち見るんだよ。まだ熱引いてないっての。
俺は顔を見られたくなくて、ぷいっとそっぽを向いた。
「まだイブだっての……。今日クリスマスじゃ困る」
伶市は何も悪くないのに、照れ隠しで半ば八つ当たりみたいな言い方をしてしまった。
だが、伶市は小さく笑い声を溢し「うん、そうだね」と同意してくれる。
なんとなく俺たちの間に流れる気みたいなものが、甘くなったような気がして恥ずかしい。
俺はいたたまれなくなって、無造作にダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだ。指先に乾いたものが当たる。
「……そうだ、これ。もうぬるいけど、やるよ」
俺はポケットからカイロを取り出すと、伶市の冷え切った手に半ば強引に押し付けた。
伶市のためにと思っていたものが、やっとその手に渡った。カイロもきっと喜んでいるだろう。
「……ありがとう、由都。あったかいよ」
そう言って微笑んだ伶市は、カイロを大事そうに握りしめた。
「……なら、いいけど」
ぶっきらぼうになった返事に伶市が楽しそうに笑った。
こんなこと、いつものやり取りで。でも、それだけのことで俺の気持ちの温度が上がった。
もうカイロは持っていないのに。
また空を見上げた伶市に倣って、俺も上を向いた。
「……きれいだな」
「積もるかな?」
「……きっと、な」
「明日、楽しみだなあ……」
気づけば、電飾がされていない木々が薄っすら白くなりつつあった。
——だからきっと、積もるはずだ。
俺のこの気持ちだって、夜空を舞う雪のように少しずつ降り積もって、きっと恋を形作る。
その日は、明日、だろうか……。
——頼むから、早く積もってくれよ……。
眩いイルミネーションの光を受けて輝きながら流れる雪の星に、俺はそっと願いを込めた。
勢いよく手を引かれ、引っ張られるようにして公園の端へと連れて行かれた。
電飾が巻かれたジャングルジムの裏手に回る。
みんなは巨大ツリーに夢中で、この辺りには誰もいなかった。
伶市がジャングルジムを背にして立つと、俺の肩を両手で掴み、顔を窺うように覗き込んできた。
「……俺として、後悔しない?」
「しない」
俺はこくんと即座に頷いた。
後悔するくらいなら、最初から提案なんてしない。
「……本当に、いいの?」
それでも、心配性な伶市はさらに質問を重ねる。
「いいんだってば。ほら、早く」
でないと人が来てしまうかもしれない。
俺はそわそわして、伶市の肩越しに様子を見ようとした。だが、肩を押さえられているため背伸びもできず、伶市を背後から照らすツリーをただ眺めただけで終わってしまった。
伶市の意思確認はまだ続く。
「……キス、人生で初めて、だよね?」
「俺はな。伶市は違うかもだけど」
つい、拗ねたような口調になった。
伶市は幼稚園の頃からモテる人生だった。取り合う女子たちの仲裁に何度入ったかわからない。
「俺だってしたことないよ。……由都以外無理なんだもん」
「じゃあ、相手は俺だし。できるよな?」
さ、ほら、と手招きをするも、逆に伶市の勢いは萎んでいった。
「それは……そうだけど……」
顔の全部のパーツが垂れ下がり、きゅっと中心に寄った、いつもの情けない顔をした伶市は俺の肩から手を離してしまう。
ついさっき、ここまで俺を引っ張ってきた勢いはどうした?それに、このタイミングでヘタレを発動されては困る。
「……早くしろよ」
俺がいつも通り催促すると、伶市もいつも通りどもり始めた。
「して、嫌われたらどうしようって思ったら、ちょっと……。そんなことになったら、耐えられないし……」
今度は俺が逃げようとする伶市の両肩をがっしりと押さえ、宣言した。
「嫌わない。もし嫌だと思っても、幼馴染のまま、変わらないだけ。恋人にならないだけだから。伶市が嫌じゃないなら、頼む」
見つめて数十秒。
またいつも通り、伶市が折れた。
「……わかった」
伶市は頷くと、両手を俺の頬に慎重に添えてきた。
指先が氷のように冷たくて、身体がぴくりと反応する。
伶市が即座に動きを止めるが、俺が逃げないことがわかるとそのまま顔をゆっくりと近づけてきた。
ついにするんだと思うと途端に緊張が最高潮になり、俺はきつく目を瞑った。
と同時に、唇に触れる感触がして。
でもその感触はあまりにも一瞬で……。
「……由都?」
声をかけられ、薄目を開けると、すぐに焦点が合う距離に伶市の綺麗な顔があった。
「やっぱり、嫌だった……?」
「………………………………は、初めて、フランス料理のコース食べた時みたいだった……っ!」
「……え、なにそれ?」
伶市がきょとんとして俺を見る。
発言した俺ですら、初めてのキスの感想がそれかよ!と思っているのだから、言われた伶市は尚更だろう。
だけど、こんな時まで上手い例えなんて見つからないだろ……!
混乱した俺は、誰に向けたわけでもない怒りを必死に押さえつけ、勢いで言葉を口にする。
「……き、緊張で死ぬかと思って、伶市が好きかどうかとか考える余裕なかったってこと!い、一瞬だったし……!」
「う、うん」
「だ、だから……」
「だから?」
伶市が俺の勢いに気圧されながらも、俺の意図を汲み取ろうとしてくれる。
たぶん、俺の顔は今真っ赤だし、なんならただでさえ平凡な顔がついに変な顔になってしまっているかもしれない。
俺は顔を隠すように伶市の胸に額を押し付け、俯いたままぼそぼそと言葉を落とした。
「伶市の家で…………、明日もう一回試す……。へ、返事は一応クリスマスまでだし……」
伶市に聞こえていなかったら、今の発言はなしにしようと思った。
だけど、伶市は俺を強く抱きしめてきた。
「うん……うん。そうしよう。返事も、明日聞かせて」
耳許で、伶市の震える声がそう俺に告げた。
聞こえていて、よかった……。
俺も伶市をぎゅっと抱きしめ返して肩口から顔を出した時、鼻先に冷たいものが触れた。
「あ」
「……ん?」
俺の声に反応した伶市が俺を抱きしめる力を緩めた。
「雪だ」
ふわり、ふわり。
見上げた空から真っ白な雪が降ってくる。
「ほんとだ……」
ジャングルジムが隔てた向こう側から、雪に気づいた子供達のはしゃぐ声が聞こえてくる。
俺たちは向かい合わせで立ったまま、しばらく雪を眺めていた。
顔に落ちて、すぐ跡形もなく消えて……。
雪ってまるで、さっきの伶市とのキスみた…………いやいやいやいやいーや!俺ってば何考えてんだよ……っ!
思春期男子の自我よ、頼むから鎮ってくれ!
俺は途端に熱をぶり返した頬を冷やすように悴む手を両頬に当てた。
「由都、メリークリスマス」
不意に伶市が俺に視線を戻し、微笑んできた。
なんで今のタイミングでこっち見るんだよ。まだ熱引いてないっての。
俺は顔を見られたくなくて、ぷいっとそっぽを向いた。
「まだイブだっての……。今日クリスマスじゃ困る」
伶市は何も悪くないのに、照れ隠しで半ば八つ当たりみたいな言い方をしてしまった。
だが、伶市は小さく笑い声を溢し「うん、そうだね」と同意してくれる。
なんとなく俺たちの間に流れる気みたいなものが、甘くなったような気がして恥ずかしい。
俺はいたたまれなくなって、無造作にダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだ。指先に乾いたものが当たる。
「……そうだ、これ。もうぬるいけど、やるよ」
俺はポケットからカイロを取り出すと、伶市の冷え切った手に半ば強引に押し付けた。
伶市のためにと思っていたものが、やっとその手に渡った。カイロもきっと喜んでいるだろう。
「……ありがとう、由都。あったかいよ」
そう言って微笑んだ伶市は、カイロを大事そうに握りしめた。
「……なら、いいけど」
ぶっきらぼうになった返事に伶市が楽しそうに笑った。
こんなこと、いつものやり取りで。でも、それだけのことで俺の気持ちの温度が上がった。
もうカイロは持っていないのに。
また空を見上げた伶市に倣って、俺も上を向いた。
「……きれいだな」
「積もるかな?」
「……きっと、な」
「明日、楽しみだなあ……」
気づけば、電飾がされていない木々が薄っすら白くなりつつあった。
——だからきっと、積もるはずだ。
俺のこの気持ちだって、夜空を舞う雪のように少しずつ降り積もって、きっと恋を形作る。
その日は、明日、だろうか……。
——頼むから、早く積もってくれよ……。
眩いイルミネーションの光を受けて輝きながら流れる雪の星に、俺はそっと願いを込めた。

