俺たちの家の最寄駅から地下鉄で5駅目——クラス会の開催場所とは真逆の駅で降りる。
駅の構内から出ると、もうすっかり日は暮れていて、吐き出す息も昼間の倍くらい濃い。
あまり縁のないこの駅の周辺は昔ながらの住宅が立ち並び、高層マンションやビルの類がない地域だ。
つまり、目的地までの目印になるものがない。
「……道合ってる?」
駅前の大通りから住宅街へ続く道に折れた時、一歩後ろを歩く伶市が不安そうに尋ねてきた。
「合ってる、と思う」
事前に確認していた地図によれば、経路はさほど複雑ではなかった。住宅街を抜ければ、また大通りにぶつかる。その通りを左に折れて、まっすぐ歩けば右手に目的の場所はあるらしい。
大きく聞こえていた車の走行音は徐々に遠くなった。街灯と家々から漏れる灯りだけが頼りの薄暗い道を、俺は黙々と歩き続ける。
俺の足取りに迷いがないからか、伶市はそれ以上不安を口にすることなく、大人しくついてきた。
そうして歩くこと15分ほど。
道路を挟んで向かいに見えた一角を指差して、俺は後ろを振り返った。
「伶市、ついたぞ」
俺が指し示した場所を見た伶市は顔を曇らせ、ぎこちなく首を傾げた。
「えっと……?」
まあ、この反応になるのも無理はない。
だって、目指していた場所は何の変哲もない、ただの公園だったのだから。
「ほら、道路渡るぞ」
困惑する伶市の手を引いて、車の流れが途切れた道路を駆け足で渡る。
その勢いのまま公園内に足を踏み入れた——瞬間。
暗闇に覆われていた公園が眩い黄金色の光で溢れかえった。中央の巨大なツリーをはじめ、植え込みや遊具にも施されたイルミネーションがきらきらと光を放つ。
周囲から、わあっ……、という歓声が漣のように上がって、見渡せば結構な人数が公園内に集っていたのだと気づく。
「すごいきれー……」
右隣から聞こえた感嘆の声に、俺は顔を向けた。
イルミネーションの光を正面から受けた伶市の瞳は輝き、口許は嬉しそうに綻んでいる。
その表情を見て、俺の口角も自然と上がった。
「見たかったんだ、伶市と」
ここのことは、先月末に女子会という名のママ友会に参加してきた母親から聞いた。
母親の情報によると、今年から就任した自治会長がイルミネーションやイベントの設営なんかを請け負っている会社の会長とのことで、完全な有志で公園にイルミネーションを施したらしい。だから、特に大々的な宣伝を打ったりはしていないようで、今ここに集まっている人たちは近隣住民か俺のように口コミで情報を得た人たちだ。
今年が初開催で、情報源は口コミだけとなれば、きっと穴場だろうと目星をつけていたのだ。伶市を連行するような形になってしまったけど、元々クラス会終わりに誘おうと思っていた。
ある意味サプライズ的な感じになったし、伶市も喜んでいるみたいだし、これはこれでよかったか。
だが、上機嫌な俺に「あのさ……」と伶市の暗い声がぶつかった。
見れば、さっきまでの表情と打って変わり、眉間に皺を刻んだ伶市が俺をじっと見ていた。
「……なんだ?」
伶市の表情の意図が掴めず、俺は首を傾げた。
「……ここ、カップルだらけだよ?自惚れるから、やめてよ。そういうこと言うの」
「そういうこと?」
「俺と見たかったとか……、そういうの」
手に圧がかかった感覚で、今も伶市と手を繋いだままだったと気づいた。
どうりで、右手だけ温かいわけだ。
「……さゆりと、来れば良かったんじゃないの……?」
顔を正面に戻した伶市の横顔も、絞り出した声も酷く苦しそうだった。
まったく……。そんなことちっとも思っていないって顔しておいてよく言うよ。
どうやら、まだこの幼馴染は俺の未来の分岐点の抹消とやらをしようとしているらしい。
「なあに言ってんだよ。来るわけないだろ。笹田さんの告白断ってんだから」
はっきりと告げれば、伶市は勢いよくこちらを向いた。
驚きと疑いが混じった眼差しで俺を探るように見た後、掠れた声で訊いてきた。
「ほんとに……、断ったの?」
「受け入れると思ってたのかよ」
「だって……、さゆりだし……」
「あのな、世の中の全員が同じ人を好きになってたら地球はすでに終わってる」
「それは、そう、だけど……」
「なら、伶市は笹田さんが好きなのか?」
妙に腹が立って、つい、そんなことを訊いた。
すると、伶市は間髪入れずに答えてきた。
「違う。俺が好きなのは由都だけだよ」
見つめてくる伶市の黒い瞳に捕らえられ、俺の心臓は小さく跳ねた。
なんでこの幼馴染は、凡庸でなんの取り柄もない俺をこんなに真っ直ぐな気持ちで好きでいてくれるのだろう。
本当に不思議でならない。
今なら、訊いてもいいだろうか。
そう思ったら、ぽろっと口から溢れていた。
「なあ……なんで俺のこと好きなのか、訊いてもいいか?」
また、さっきと同様に即答してくれるだろうか。
そう期待したのに、伶市は俺の予想に反して深く考え込んでしまった。
しばらくして、やっと口を開いた伶市は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。
「えっと…………ごめん……、答えられない」
その返事に、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
正直、ショックだった。
“答えたくない”
じゃなくて、
“答えられない”
つまり、伶市は思いつかなかったんだ。
俺の好きなところが。
凡庸な俺にとりわけ好きになってもらえるよなポイントがないことくらいわかっていたのに。
うっかり、傷ついてしまった。
「……おう。ま、そうか、そうだよな」
落ち込んだことを勘付かれたくなくて、はははーと笑って誤魔化した。
だが、聡い幼馴染には一瞬でバレてしまった。
伶市が大袈裟に首を振りながら、慌てたように「違う、そうじゃなくて……っ」と否定してきた。
でも、
「俺自身にもよくわからないだけなんだ……」
続けて言われた言葉に、今度はカチンときた。
おい。それ、なんのフォローにもなってないぞ。
「わかんなくて、俺に好きだって言ったのかよ」
矛盾した伶市の言葉にトゲトゲした口調で反論し、繋いだままだった手を振り解いた。
今日一日、伶市は矛盾しっぱなしだ。
……ほんとに、俺のこと好きなのかよ。
口にはしないけど、目に不満をいっぱい湛えて伶市を睨んだ。
伶市は俺に振り解かれた自分の手を見て一瞬傷ついたような顔をしたが、すぐに困ったように眉を下げて俺を見た。
「そう怒んないでよ……。“なんで”はわからないけど……、“由都が好きなんだ”って自覚したきっかけだけはちゃんとわかってるから。だから、俺が由都を好きなことは間違いないんだ」
「……なんだよ、それ」
「覚えてない?小4の時、俺今日みたいに仮病使ったんだよ」
「覚えてるよ。その後めっちゃ喧嘩したし」
伶市のお母さんから仮病と聞いて、丁度昼間思い出したところだ。
「じゃあ、なんで仮病使ったかは?」
そう問われると、ぱっと出てこない。
聞いたような気もするし、聞いていないような気もする。
頑張って記憶を掘り返しても、それっぽいものは出てこなかった。
「それは……覚えてない」
正直に答えると、伶市はひとつ頷いた。
「由都はあの日、みんなで遊ぶ前提で俺を誘ってくれてたよね?」
「……ああ、たぶん、そうだと思う。あの頃ドッジボールにハマってたし」
「……だよね。でも俺は由都に『放課後遊ぼう』って誘われて、ふたりきりで遊ぶんだと思ってたんだよ。でも、俺を誘ったすぐ後に由都は男女関係なくいろんな子を誘い始めて……。由都は俺だけいればいいとは思っていないんだ、そう思ってるのは俺だけなんだって……悲しくなっちゃって……」
「もしかして……それで帰った?」
「うん。集合場所までは行けたけど、先に到着してた由都が女の子と手を繋いでるの見ちゃって……。それが決定打かな。やっぱり無理ってなって、帰っちゃった。それに、由都の気を引きたい気持ちも正直あったよ。具合悪いって言ったら、由都が追いかけてきてくれるんじゃないかって期待した。……酷い独占欲だよね、ほんと。でもそれで、俺は由都が好きなんだって気づけたからよかったけど」
そう言って苦笑した伶市は、視線を光り輝くツリーに移した。
黙ってツリーを見上げている伶市の横顔は悲しそうでも、困ったようでもなく、ただ穏やかな表情だった。
それでいて、少し晴れやかな顔にも見えた。
伝えたいことは全部言えた。
そう言っているように見えた。
俺も、伶市につられるようにして黙ってツリーの光を眺めた。
——俺は、どうなんだろう。
次は俺が話す番だと、伶市の部屋を出る時に決意したものの。
伶市の話を聞いた今も俺の気持ちはふわふわと曖昧なままで、どの形も成していない。
伶市の俺への恋愛感情の自覚のきっかけは、強い独占欲だった。
だけど、俺の場合はどうだ?
今まで過ごした16年を振り返っても、伶市に強い独占欲のようなものを抱いたことはないはずだ。
告白されてからは伶市の矛盾した行動に腹を立てたり、笹田さんが伶市と付き合ってるかもとか、ふたりはお似合いだとか考えて、胃のあたりがムカムカしたりはあったけれど……。
それが恋愛感情としての“好き”によるものなのか、はっきり言い切れる自信がない。
でも、俺が自分に課した返事の期日は、明日だ。
まだ分類もできていない不確定なこの気持ちを確定させるにはどうしたらいいのだろうか……。
あーあ、もしサンタが本当に居るなら、今すぐこの気持ちの判別方法をプレゼントしてくれないだろうか。
……なんて思っても、サンタがいるわけ………………、サンタ……?
——あ、そうだ。あれがあったか。
俺は右に向き直り、いまだツリーを見上げている伶市のコートを摘んで引っ張った。
不思議そうな顔でこちらを見た伶市に、俺は思い切って話を切り出した。
「俺さ……伶市のこと、好きだよ」
真冬の夜にも関わらず、俺の掌には緊張による汗がじわりと滲んだ。
伶市は一瞬驚いたように目を見開いたが、何かを察したようにすぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……うん」
「ただ俺、正直まだわからない。この好きがどんな好きなのか。伶市みたいな偶然のきっかけもないし。だからさ……」
一旦言葉を止めて息を吸うと、鼻の奥が空気の冷たさでツンとした。ほんとに、今日は寒い日だ。
でも、俺の頬は徐々に熱を帯びてくる。
「うん」
先を促すように、伶市が優しい声音で同意してくれた。
俺はその声に背中を押されたような気がして、言葉を続けた。
「だから……そのきっかけ、自分で作ったらいいんじゃないかって」
「……うん?」
俺の発言に、伶市が混乱した様子で首を傾げた。
「伶市」
また、鼻の奥がツンとして唇が悴むように震えた。
反対に頬はぐっと熱を上げる。
掴んでいたコートを強く引っ張り、伶市を俺の方へ一歩引き寄せる。
戸惑う黒い瞳を見つめ返し、思い切り息を吸って一思いに吐き出した。
「——俺にキスしてくれ……っ」
伶市が目を大きく見開いたまま、固まった。
緊張を和らげるように深呼吸を繰り返す俺とは反対に、伶市の空いた口からは白い息が一切見えなかった。
——最悪、キスしたらわかるかも?
さっき思い出したのは、高森ふざけて言ったこの言葉だった。
“サンタ”から、笹田さんが手にした“サンタ柄のラッピング袋”が浮かび、次いで高森の顔とこの言葉が浮かんだのだ。
あまりにもふざけていると思って、すっかり記憶の彼方に飛ばしてしまっていたが、今思えば案外悪くない。考えるより、実際に経験すれば一番手っ取り早いことは間違いないだろうし。
頼むのは勇気もいったし、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、言ったことに後悔はない。
ただ、伶市が協力してくれるかが問題だけど……。
微動だにしない伶市だったが、少しして、ゆっくりとその形のいい眉を顰めた。
「……それ、本気?クリスマスに酔った?」
本気で心配している顔だ。
俺は否定するように首を振った。
「酔ってない。寧ろ、素面だから言ってる」
伶市が狼狽え、黙って俺から一歩分距離を空けた。
俺はその距離をまた縮め、もう一度。
「俺にキスして、伶市」
「……っ」
伶市は何かを堪えるようにして下唇を噛んだ。
黒い瞳がゆらゆらと迷うように揺れている。
俺は本気だ。
それが伝わればいいと思って、俺はコートを掴んでいた手を滑らせ、伶市の手にそっと触れた。
次の瞬間、その手に伶市の指先が絡み、力強く捕らえられた。
駅の構内から出ると、もうすっかり日は暮れていて、吐き出す息も昼間の倍くらい濃い。
あまり縁のないこの駅の周辺は昔ながらの住宅が立ち並び、高層マンションやビルの類がない地域だ。
つまり、目的地までの目印になるものがない。
「……道合ってる?」
駅前の大通りから住宅街へ続く道に折れた時、一歩後ろを歩く伶市が不安そうに尋ねてきた。
「合ってる、と思う」
事前に確認していた地図によれば、経路はさほど複雑ではなかった。住宅街を抜ければ、また大通りにぶつかる。その通りを左に折れて、まっすぐ歩けば右手に目的の場所はあるらしい。
大きく聞こえていた車の走行音は徐々に遠くなった。街灯と家々から漏れる灯りだけが頼りの薄暗い道を、俺は黙々と歩き続ける。
俺の足取りに迷いがないからか、伶市はそれ以上不安を口にすることなく、大人しくついてきた。
そうして歩くこと15分ほど。
道路を挟んで向かいに見えた一角を指差して、俺は後ろを振り返った。
「伶市、ついたぞ」
俺が指し示した場所を見た伶市は顔を曇らせ、ぎこちなく首を傾げた。
「えっと……?」
まあ、この反応になるのも無理はない。
だって、目指していた場所は何の変哲もない、ただの公園だったのだから。
「ほら、道路渡るぞ」
困惑する伶市の手を引いて、車の流れが途切れた道路を駆け足で渡る。
その勢いのまま公園内に足を踏み入れた——瞬間。
暗闇に覆われていた公園が眩い黄金色の光で溢れかえった。中央の巨大なツリーをはじめ、植え込みや遊具にも施されたイルミネーションがきらきらと光を放つ。
周囲から、わあっ……、という歓声が漣のように上がって、見渡せば結構な人数が公園内に集っていたのだと気づく。
「すごいきれー……」
右隣から聞こえた感嘆の声に、俺は顔を向けた。
イルミネーションの光を正面から受けた伶市の瞳は輝き、口許は嬉しそうに綻んでいる。
その表情を見て、俺の口角も自然と上がった。
「見たかったんだ、伶市と」
ここのことは、先月末に女子会という名のママ友会に参加してきた母親から聞いた。
母親の情報によると、今年から就任した自治会長がイルミネーションやイベントの設営なんかを請け負っている会社の会長とのことで、完全な有志で公園にイルミネーションを施したらしい。だから、特に大々的な宣伝を打ったりはしていないようで、今ここに集まっている人たちは近隣住民か俺のように口コミで情報を得た人たちだ。
今年が初開催で、情報源は口コミだけとなれば、きっと穴場だろうと目星をつけていたのだ。伶市を連行するような形になってしまったけど、元々クラス会終わりに誘おうと思っていた。
ある意味サプライズ的な感じになったし、伶市も喜んでいるみたいだし、これはこれでよかったか。
だが、上機嫌な俺に「あのさ……」と伶市の暗い声がぶつかった。
見れば、さっきまでの表情と打って変わり、眉間に皺を刻んだ伶市が俺をじっと見ていた。
「……なんだ?」
伶市の表情の意図が掴めず、俺は首を傾げた。
「……ここ、カップルだらけだよ?自惚れるから、やめてよ。そういうこと言うの」
「そういうこと?」
「俺と見たかったとか……、そういうの」
手に圧がかかった感覚で、今も伶市と手を繋いだままだったと気づいた。
どうりで、右手だけ温かいわけだ。
「……さゆりと、来れば良かったんじゃないの……?」
顔を正面に戻した伶市の横顔も、絞り出した声も酷く苦しそうだった。
まったく……。そんなことちっとも思っていないって顔しておいてよく言うよ。
どうやら、まだこの幼馴染は俺の未来の分岐点の抹消とやらをしようとしているらしい。
「なあに言ってんだよ。来るわけないだろ。笹田さんの告白断ってんだから」
はっきりと告げれば、伶市は勢いよくこちらを向いた。
驚きと疑いが混じった眼差しで俺を探るように見た後、掠れた声で訊いてきた。
「ほんとに……、断ったの?」
「受け入れると思ってたのかよ」
「だって……、さゆりだし……」
「あのな、世の中の全員が同じ人を好きになってたら地球はすでに終わってる」
「それは、そう、だけど……」
「なら、伶市は笹田さんが好きなのか?」
妙に腹が立って、つい、そんなことを訊いた。
すると、伶市は間髪入れずに答えてきた。
「違う。俺が好きなのは由都だけだよ」
見つめてくる伶市の黒い瞳に捕らえられ、俺の心臓は小さく跳ねた。
なんでこの幼馴染は、凡庸でなんの取り柄もない俺をこんなに真っ直ぐな気持ちで好きでいてくれるのだろう。
本当に不思議でならない。
今なら、訊いてもいいだろうか。
そう思ったら、ぽろっと口から溢れていた。
「なあ……なんで俺のこと好きなのか、訊いてもいいか?」
また、さっきと同様に即答してくれるだろうか。
そう期待したのに、伶市は俺の予想に反して深く考え込んでしまった。
しばらくして、やっと口を開いた伶市は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。
「えっと…………ごめん……、答えられない」
その返事に、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
正直、ショックだった。
“答えたくない”
じゃなくて、
“答えられない”
つまり、伶市は思いつかなかったんだ。
俺の好きなところが。
凡庸な俺にとりわけ好きになってもらえるよなポイントがないことくらいわかっていたのに。
うっかり、傷ついてしまった。
「……おう。ま、そうか、そうだよな」
落ち込んだことを勘付かれたくなくて、はははーと笑って誤魔化した。
だが、聡い幼馴染には一瞬でバレてしまった。
伶市が大袈裟に首を振りながら、慌てたように「違う、そうじゃなくて……っ」と否定してきた。
でも、
「俺自身にもよくわからないだけなんだ……」
続けて言われた言葉に、今度はカチンときた。
おい。それ、なんのフォローにもなってないぞ。
「わかんなくて、俺に好きだって言ったのかよ」
矛盾した伶市の言葉にトゲトゲした口調で反論し、繋いだままだった手を振り解いた。
今日一日、伶市は矛盾しっぱなしだ。
……ほんとに、俺のこと好きなのかよ。
口にはしないけど、目に不満をいっぱい湛えて伶市を睨んだ。
伶市は俺に振り解かれた自分の手を見て一瞬傷ついたような顔をしたが、すぐに困ったように眉を下げて俺を見た。
「そう怒んないでよ……。“なんで”はわからないけど……、“由都が好きなんだ”って自覚したきっかけだけはちゃんとわかってるから。だから、俺が由都を好きなことは間違いないんだ」
「……なんだよ、それ」
「覚えてない?小4の時、俺今日みたいに仮病使ったんだよ」
「覚えてるよ。その後めっちゃ喧嘩したし」
伶市のお母さんから仮病と聞いて、丁度昼間思い出したところだ。
「じゃあ、なんで仮病使ったかは?」
そう問われると、ぱっと出てこない。
聞いたような気もするし、聞いていないような気もする。
頑張って記憶を掘り返しても、それっぽいものは出てこなかった。
「それは……覚えてない」
正直に答えると、伶市はひとつ頷いた。
「由都はあの日、みんなで遊ぶ前提で俺を誘ってくれてたよね?」
「……ああ、たぶん、そうだと思う。あの頃ドッジボールにハマってたし」
「……だよね。でも俺は由都に『放課後遊ぼう』って誘われて、ふたりきりで遊ぶんだと思ってたんだよ。でも、俺を誘ったすぐ後に由都は男女関係なくいろんな子を誘い始めて……。由都は俺だけいればいいとは思っていないんだ、そう思ってるのは俺だけなんだって……悲しくなっちゃって……」
「もしかして……それで帰った?」
「うん。集合場所までは行けたけど、先に到着してた由都が女の子と手を繋いでるの見ちゃって……。それが決定打かな。やっぱり無理ってなって、帰っちゃった。それに、由都の気を引きたい気持ちも正直あったよ。具合悪いって言ったら、由都が追いかけてきてくれるんじゃないかって期待した。……酷い独占欲だよね、ほんと。でもそれで、俺は由都が好きなんだって気づけたからよかったけど」
そう言って苦笑した伶市は、視線を光り輝くツリーに移した。
黙ってツリーを見上げている伶市の横顔は悲しそうでも、困ったようでもなく、ただ穏やかな表情だった。
それでいて、少し晴れやかな顔にも見えた。
伝えたいことは全部言えた。
そう言っているように見えた。
俺も、伶市につられるようにして黙ってツリーの光を眺めた。
——俺は、どうなんだろう。
次は俺が話す番だと、伶市の部屋を出る時に決意したものの。
伶市の話を聞いた今も俺の気持ちはふわふわと曖昧なままで、どの形も成していない。
伶市の俺への恋愛感情の自覚のきっかけは、強い独占欲だった。
だけど、俺の場合はどうだ?
今まで過ごした16年を振り返っても、伶市に強い独占欲のようなものを抱いたことはないはずだ。
告白されてからは伶市の矛盾した行動に腹を立てたり、笹田さんが伶市と付き合ってるかもとか、ふたりはお似合いだとか考えて、胃のあたりがムカムカしたりはあったけれど……。
それが恋愛感情としての“好き”によるものなのか、はっきり言い切れる自信がない。
でも、俺が自分に課した返事の期日は、明日だ。
まだ分類もできていない不確定なこの気持ちを確定させるにはどうしたらいいのだろうか……。
あーあ、もしサンタが本当に居るなら、今すぐこの気持ちの判別方法をプレゼントしてくれないだろうか。
……なんて思っても、サンタがいるわけ………………、サンタ……?
——あ、そうだ。あれがあったか。
俺は右に向き直り、いまだツリーを見上げている伶市のコートを摘んで引っ張った。
不思議そうな顔でこちらを見た伶市に、俺は思い切って話を切り出した。
「俺さ……伶市のこと、好きだよ」
真冬の夜にも関わらず、俺の掌には緊張による汗がじわりと滲んだ。
伶市は一瞬驚いたように目を見開いたが、何かを察したようにすぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「……うん」
「ただ俺、正直まだわからない。この好きがどんな好きなのか。伶市みたいな偶然のきっかけもないし。だからさ……」
一旦言葉を止めて息を吸うと、鼻の奥が空気の冷たさでツンとした。ほんとに、今日は寒い日だ。
でも、俺の頬は徐々に熱を帯びてくる。
「うん」
先を促すように、伶市が優しい声音で同意してくれた。
俺はその声に背中を押されたような気がして、言葉を続けた。
「だから……そのきっかけ、自分で作ったらいいんじゃないかって」
「……うん?」
俺の発言に、伶市が混乱した様子で首を傾げた。
「伶市」
また、鼻の奥がツンとして唇が悴むように震えた。
反対に頬はぐっと熱を上げる。
掴んでいたコートを強く引っ張り、伶市を俺の方へ一歩引き寄せる。
戸惑う黒い瞳を見つめ返し、思い切り息を吸って一思いに吐き出した。
「——俺にキスしてくれ……っ」
伶市が目を大きく見開いたまま、固まった。
緊張を和らげるように深呼吸を繰り返す俺とは反対に、伶市の空いた口からは白い息が一切見えなかった。
——最悪、キスしたらわかるかも?
さっき思い出したのは、高森ふざけて言ったこの言葉だった。
“サンタ”から、笹田さんが手にした“サンタ柄のラッピング袋”が浮かび、次いで高森の顔とこの言葉が浮かんだのだ。
あまりにもふざけていると思って、すっかり記憶の彼方に飛ばしてしまっていたが、今思えば案外悪くない。考えるより、実際に経験すれば一番手っ取り早いことは間違いないだろうし。
頼むのは勇気もいったし、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、言ったことに後悔はない。
ただ、伶市が協力してくれるかが問題だけど……。
微動だにしない伶市だったが、少しして、ゆっくりとその形のいい眉を顰めた。
「……それ、本気?クリスマスに酔った?」
本気で心配している顔だ。
俺は否定するように首を振った。
「酔ってない。寧ろ、素面だから言ってる」
伶市が狼狽え、黙って俺から一歩分距離を空けた。
俺はその距離をまた縮め、もう一度。
「俺にキスして、伶市」
「……っ」
伶市は何かを堪えるようにして下唇を噛んだ。
黒い瞳がゆらゆらと迷うように揺れている。
俺は本気だ。
それが伝わればいいと思って、俺はコートを掴んでいた手を滑らせ、伶市の手にそっと触れた。
次の瞬間、その手に伶市の指先が絡み、力強く捕らえられた。

