成立しないのは男女の友情だけじゃない

 カラオケに移動してから発表された成績で、俺たちのチームは4チーム中の2位、さらに笹田さんは6連続ストライクをきめた結果個人成績1位となった。
 笹田さんのボウリングの腕前を知ってか知らずか、なぜか今回に限って高森は優勝賞品なるものを準備していた。
「やったー、お菓子セットだあ!あ、このグミ相田ちゃん好きだよね?一緒に食べよー」
 サンタが描かれたラッピング袋から笹田さんはお菓子を取り出し、仲良しの相田さんたちと盛り上がっている。
 そして俺の隣に座る高森はその様子を見てにやけている。
 いつものカラオケ店でなく、飲食物の持ち込みOKの店にしたのはこういう訳か。
「あっ!私このお菓子すごい好きなんだよねー!嬉しいー!」
 高森がテーブルの下で小さくガッツポーズをしたのを俺は見逃さなかった。
 ……残念だが、隣の俺には丸見えだぞ。
 やっぱり、笹田さんがボウリング得意なの知ってただろ、コイツ。
「んじゃぁ、次は罰ゲームの発表なー!今回の罰ゲームは——ドリンクバー全混ぜジュース一気飲みだぁ!最下位のチームは犠牲者を選んでくださぁい」
 にやける顔を抑えきれてない高森がマイクを手に高らかに宣言すると、俄かに場が盛り上がる。
 負けたチームは早速犠牲者の選出に取り掛かっているようで、男子側の「一番成績が悪かった人にしよう」と女子側の「こういう時は男子でしょ」が交互に聞こえてくる。
 俺は盛り上がりを横目に、テーブルに無造作に置かれた高森のスマホをそっと覗き見た。画面にはルーレットアプリが表示されている。
 針が止まっているのは確かに「ドリンクバー全混ぜ」だ。ただ他の選択肢も「買い出し」だの「激かわアイドルソング全力披露」など、どれも罰ゲームなのか?と問いたくなるものばかり。予想以上の対笹田さん仕様で、前回までの敗者が可哀想になる。
 極めつけは「全力で(幹事に向けて)愛の告白」だ。こればかりは流石に職権濫用がすぎる。
 ……けどまあ、ルーレット通りに最終決定したわけだし、これは見なかったことにしておいてやるか。
「えー、犠牲者選びに時間がかかっているようなので、とりあえず歌っちゃいまーす」
 そう言って機械を操作した高森は、十八番の前奏が流れ始めると小さなステージに躍り出た。
 俺はそのタイミングでそっと部屋から抜け出した。
 廊下は店内BGMや各部屋から漏れ出る歌声で騒がしい。静かな場所を求めて辿り着いたのは非常階段だ。
 空気圧で重くなっている扉を押し開けて出ると、寒風が勢いよく吹き付けてきて、ぶるりと身体が震えた。
 俺は早くも悴み始めた手でデニムのポケットからスマホを取り出し、伶市に電話をかけた。
 呼び出し音が鳴る。
 1回……2回……3回……。
 いくら待っても伶市が電話に出ることはなく、通話は切れてしまった。
 トーク画面には、またも俺からの一方的な連絡の履歴だけが追加された。数時間前に送信したメッセージについた既読マークが妙に寂しく見える。
「……見てんなら、なんか反応寄越せよな。既読スルーが一番きついんだぞ、ばか伶市」
 スマホの画面に悪態をついてみても、返信が来るわけでもない。
 俺はやるせない気持ちをぶつけるように、癖のある黒髪をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜた。
「こうなったら、最終手段だ……」
 俺は大した数が登録されていない電話帳をスクロールして、目的の番号に発信する。
 今度は3回目の呼び出し音で、相手が出る気配がした。
『はい、鳥島です』
 出たのは伶市のお母さんだった。
「あ、こんにちは。由都です」
『あら、こんにちは。どうかしたの?』
「あの……伶市大丈夫ですか?」
『伶市?』
 受話器の向こうから怪訝そうな声が返ってきて、俺は首を傾げた。
「はい。今日クラス会なんですけど、伶市が風邪引いたから休むって幹事の子から聞いて……。伶市から返事もないので、相当具合悪いのかなって心配になって……伶市、大丈夫なんですか?」
『大丈夫もなにも、あの子風邪なんて引いてないわよ?』
「え……っ⁉︎」
 予想していなかった答えに、つい大きな声が出てしまった。慌てて「すみません……っ」と謝るが、「大丈夫よー」とだけ返ってきて、伶市のお母さんはさして気にした様子もなく話を続けた。
『たしかに少し落ち込んでる様子だったけど、具合悪いなんて一言も……。あ、気になるなら、伶市呼んでこようか?代わる?』
「いや!大丈夫です!」
 俺は即座に提案を辞退させてもらった。
 伶市の性格を考えると、今電話で話をするのは得策じゃない。「母さんには具合悪いって言ってないだけだから」とかなんとか言って、絶対逃げてはぐらかすに決まってる。
『そう?』
「はい!体調悪いわけじゃないなら、それでいいんで。ありがとうございました」
 通話を終え、俺は脱力してその場にしゃがみ込んだ。
「伶市のやつ、何考えてんだ……」
 元気ならそれでいい。それは本心だ。
 でも、仮病ってなんだよ。
 そんなこと今まで一度も——いや、あったな。
 1回だけ。
 あれはたしか……小4の時だった。みんなで遊ぶ約束だったのに伶市はお腹痛いって帰って。で、結局俺も心配で追いかけて……でも仮病ってわかって喧嘩して——
「——砂川くん?」
 不意に降ってきた声に引っ張られるようにして、俺は顔を上げた。見れば、非常階段の扉を開けた笹田さんがこちらを見下ろしていた。
「笹田さん、なんで……」
「お手洗い、この階にないみたいで。階段のほうが早いから」
「そ、そっか……」
「砂川くんは?こんなところでどうしたの?具合でも悪い?」
 心配そうな表情を浮かべ、しゃがもうとする笹田さんに、俺はスマホを掲げて見せつつ立ち上がった。
「あ、いや、ちょっと電話を……」
「伶市に?」
「うん、まあ……」
 つい、曖昧な返事になってしまった。
 いつもなら適当に誤魔化せるのに、伶市の仮病による動揺が頭の中を占めてしまっていて、上手い言葉が見つからない。
「なにか、あったの?」
 その違和感を笹田さんは見逃してはくれなかった。
 俺はなんて答えればいいか思いあぐね、言葉に詰まる。実は仮病でしたなんて馬鹿正直なこと言えるわけがない。だだ、元気だったと言うのも風邪を引いている事実に反してしまうし……。
「あー……いや」
「もしかして伶市、そんなに具合悪いの?」
「や、そういうわけでは……」
「もしかして……——風邪は引いてなかった?」
 曖昧な返答を続けた結果、ついに核心を突かれた。思わず口を噤んでしまったせいで、それが返事となってしまった。
「砂川くん、全部顔に出ててわかりやすいね」
「ごめんっ、このことはみんなには……!」
「話したりしないよ。大丈夫」
 にこりと微笑んだ笹田さんだったが、すぐに「でも……」とその表情を曇らせた。視線を下方に落とし、今度は笹田さんが口を噤んでしまった。
「でも……?」
 そっと続きを促すように問うと、笹田さんはゆっくりと視線を上げて俺を見た。
 その瞳は今にも泣き出しそうに暗く潤んでいた。
「……伶市が嘘ついて休んだの、私のせいかもしれない」
 言うとすぐにまた笹田さんは顔を伏せてしまった。
 俺は笹田さんの発言の意図が読み切れず、重ねて訊いた。
「え……?どういうこと?喧嘩かなんか?」
 俺の疑問に対し、笹田さんは顔を俯けたまま左右に頭を振った。
「違うの。……頼んだの。協力してほしいって」
「協力……?え、なんの?」
 ますます意味が分からなかった。
 笹田さんの説明と伶市の仮病が、どうにも結びつかない。
 黙ってしまった笹田さんの答えを、俺はただじっと待ち続けた。
 時折、笹田さんの口元から白い息が溢れるのが見てとれ、話そうとしてくれているのだとわかる。でもすぐに息が消え、口を閉ざしてしまう。それを何度か繰り返した。
 笹田さんが逡巡している間、横殴りに吹き付けてくる風は容赦がなく、俺たちの間をすり抜けていく。
 一際大きく白い息を吐き出し、漸く顔を上げた笹田さんの頬と鼻は濃い桃色に染まっていた。
「砂川くん、あのね————」