「っしゃー!ストラァーイク!」
クリスマス仕様に装飾されたボウリング場内に、ストライクを祝う音楽と高森のチームメンバーから沸き起こった歓声、そして高森自身の歓喜の雄叫びが響く。
お店から借りたボウリングピンの着ぐるみを着た高森は、びょんびょんと飛び跳ねながら、チームメンバーとハイタッチをしている。
「俺も負けてられないな……っと」
お祭り状態の隣のレーンを横目に、俺はボウリング玉をレーンに放った。ゴロゴロと転がった玉は整列したピンを完全に無視して、ひとり別の道へ。……つまり、ガターだ。
気を取り直して、もう一投。お気に入りの濃い緑色のパーカーの袖を捲り上げ、気合を入れる。スペア狙いで放った二投目は、ピン1本だけ器用に倒して最奥に消えていった。
……そういえば、俺ボウリング下手なんだったな。
隣の盛り上がりに当てられて、なんとなく出来そうな気がしたけれど、出来ないものはやっぱり出来ないのだ。
俺は短く落胆の息を吐くと、捲った袖を戻しつつ、いそいそとチームの元に戻り、次に投げるメンバーと入れ替わりで待機椅子に座った。恥ずかしさやら情けなさで、背中が猫のように勝手に丸まる。
「砂川くん、お疲れさま。惜しかったね」
左隣の椅子に座っていた笹田さんが労いと慰めの言葉をかけてくれる。全く惜しくもない結果でも、惜しいと言ってくれる笹田さんの優しさが弱った心に沁みると同時に、申し訳なさが募る。
ふわふわもこもこの白いセーターを着ている笹田さんを見た高森が「天使じゃん……」って呟いてたけれど、この優しさはまさに天使級だ。
「ぁあ……、いやぁ……俺完全に足引っ張っちゃってるわ。負けたらごめん……」
このボウリングで負けたチームは、次に行くカラオケで恒例の罰ゲームをさせられることになっている。内容はまだ未定と高森は言っていたが、俺の惨憺たる結果のせいで罰ゲームをすることになったら、どんな内容でも俺ひとりで引き受けるつもりだ。
「大丈夫だよ。さっき計算してみたんだけど、今のところ私たちのチームが1位みたい……ほら」
笹田さんが俺の方に身体を寄せ、計算結果が載っているスマホの画面を見せてくれた。花のような甘さがふわふわと香り、呼吸に合わせて俺の鼻腔をくすぐった。
笹田さんと……というか、女子とこんな至近距離になることってそうそうないから、すごく緊張する……。
「ほ、ほんとだ……」
「ね?このまま罰ゲーム回避しよっ」
俺との距離が近いままの体勢で、笹田さんは俺の方に顔を向けてきた。
くりくりと丸い瞳がただの黒ではなく、少し茶色がかっているのだと知れるその近さに、俺は反射的に上体を後ろに引き、斜め下方に視線を落とした。
び、びっくりした……。あまりにも近すぎる……。
笹田さんって誰にでもこんな感じなのか……?
驚きと緊張で跳ね続ける心臓を右手で押さえ、俺は笹田さんに悟られないように静かに深呼吸をする。
高森は『控えめっていうか、ちょっとクラスのやつらと一定の距離保ってる』みたいなことを言ってたけど、案外その逆なのかも……?
一クラスメイトの俺にこれなんだから、仲がいい伶市とはもっと…………——ん?
……あれ、なんか今一瞬心臓が痛んだ、よう、な……?
いや、ただの緊張のしすぎで心臓に負荷がかかりすぎただけ、か……?
「そういえば、罰ゲームっていっつもどんなのなの?結構恥ずかしい系だったりするの?一発ギャグとか、変顔とか」
唐突に問われ、俺は視線を笹田さんに戻した。
もう、笹田さんの丸い瞳は黒色にしか見えない距離にあった。
おかげで、俺の心臓も正常な動きに戻りつつある。俺は安心から溢れた息に乗せ、問いに答えた。
「あー……うん、そういうのも過去あったけど……。今回は笹田さんいるし、そういう系は高森が許さなそう」
「ええ?なあに、それ?」
笹田さんの声には驚きと戸惑いが混ざっていた。
何ひとつ、ピンと来ていないようだ。
何も知らず隣のレーンで盛り上がっている高森を眺めながら、俺は肩を竦めた。
高森、お前のあのあからさまな想いは案外本人には伝わってないみたいだぞ。
「笹田さんに恥ずかしい思いはさせたくないし、そういう自分の姿を高森は笹田さんに見せたくないと思うから」
「そう、なんだ?」
俺が高森の気持ちを代弁しても、やっぱり笹田さんはわからないといったふうに首を傾げた。
モテる人生を送ってきたはずの笹田さんがここまで鈍いとは、逆に俺が驚かされて、思わず苦笑した。
頑張れ、高森。先は長いぞ。
「……あ、砂川くんは罰ゲームになったことあるの?」
「いやあ、今のところないかな。伶市がボウリングとか体動かす系のゲーム得意で。おかげでいつも1位だったから。俺は見ての通りそういう系からっきしで……だから、ほんと助かってる」
「じゃあ今日は不安でいっぱいだね?伶市お休みだから」
「そうかも、なんて」
笹田さんが茶目っけたっぷりに笑い、俺もそれに乗る形で答えた。でないと、奥に押し込んでいる不安が一気に溢れ出てしまいそうだったから。
クラス会の集合場所で伶市にメッセージを送ってから、すでに3時間は経っている。ファミレスでの食事中、一応既読のマークはついたから無事ではあるのだろうけど……、スタンプも含め返事は一切ない。
本当に大丈夫なのか、伶市……。
俺は思わず吐きそうになったため息をぐっと飲み込んだ。
すると、俺が飲み込んだものの代わりかのように、笹田さんが長く息を吐き出した。
「いいなあ、仲良しで」
少し唇を突き出した笹田さんは、羨ましがるような、でもちょっと拗ねたような顔だった。
その子供っぽい表情が可愛らしくて、俺の強張りかけた頬の筋肉が自然と解れる。
「まあ、幼馴染だし」
「私もふたりの幼馴染だったらなあ、なんて……言ってみたりして」
「笹田さんが幼馴染かぁ……、楽しそうだけど……」
伶市と笹田さんと、俺。
お似合いの美形幼馴染コンビと、平々凡々代表の地味な俺……って、どう考えても俺が余計だよな。
もし笹田さんも幼馴染だったなら、きっと、伶市だって俺じゃなくて笹田さんを好きになってたんだろうな。
でも、なんか、それは……——
「——やだ……?」
ハッとして、笹田さんを見た。
一瞬、口に出してしまったのかと焦る。
だが、こちらを窺うように見つめる笹田さんが傷ついているようには見えなかった。
俺は慌てて否定するように首を横に振った。
「いや、高森にどつかれそうだなと思って。あいつ、笹田さん絡むとめんどくさいんだよな」
俺は肩を竦めて、あはははっと空笑いをした。
すまん、高森。お前の恋心を使わせてもらうからな。今度ヨーグルトジュースでも何でも好きなの奢るから許してくれ。
「ふふふっ、その時は私が守ってあげるね」
笹田さんも俺の答えに安堵したように、表情を崩した。よかった、なんとか誤魔化せたかも。
球を投げ終えたチームメンバーが「笹田ちゃん次だよ」と声をかけてきた。
「あ、はーい。よし……っ、まずはストライク決めて、罰ゲーム回避して、砂川くんの不安を消さないとだねっ」
笹田さんは立ち上がり、両手で拳を作って気合を入れるポーズをしてみせた。
「3度目のストライク、期待してます」
「おまかせあれっ」
俺が深々と頭を下げると、頭上から弾んだ声が落ちてきた。
顔を上げると、楽しそうに笑う笹田さんと目が合う。
「砂川くん」
「どうかした?」
「私投げ終わったら、一緒に飲み物買いに行かない?」
突然の提案に、俺は首を傾げた。
なぜ、俺……?
「いいけど……、相田さんたちとじゃなくていいの?」
「うん、いいの」
はっきり大きく頷く笹田さんに、俺の疑問はさらに膨れる。だが、本人がいいと言っているのだから、俺が断る理由もない。
「……わかった」
俺が首肯すると、笹田さんはにっこりと笑った。
「じゃあ、頑張ってくるね」
「うん、頑張って」
手を振ってレーンに向かう笹田さんに、俺も手を振り返した。
なんかよく分からないけど、笹田さんは俺と仲良くなろうとしてくれているのか?
ありがたいけど、やっぱり「なんで俺?」という思いが強い。伶市のことといい、最近この疑問ばっかり考えている気がする。
ポケットからスマホを取り出し、通知を確認するが、その中に伶市の返事を知らせるものはなかった。
スマホが震える代わりに、けたたましい音楽が場内に鳴り響き、笹田さんの投球が見事ストライクになったことを教えてくれた。
クリスマス仕様に装飾されたボウリング場内に、ストライクを祝う音楽と高森のチームメンバーから沸き起こった歓声、そして高森自身の歓喜の雄叫びが響く。
お店から借りたボウリングピンの着ぐるみを着た高森は、びょんびょんと飛び跳ねながら、チームメンバーとハイタッチをしている。
「俺も負けてられないな……っと」
お祭り状態の隣のレーンを横目に、俺はボウリング玉をレーンに放った。ゴロゴロと転がった玉は整列したピンを完全に無視して、ひとり別の道へ。……つまり、ガターだ。
気を取り直して、もう一投。お気に入りの濃い緑色のパーカーの袖を捲り上げ、気合を入れる。スペア狙いで放った二投目は、ピン1本だけ器用に倒して最奥に消えていった。
……そういえば、俺ボウリング下手なんだったな。
隣の盛り上がりに当てられて、なんとなく出来そうな気がしたけれど、出来ないものはやっぱり出来ないのだ。
俺は短く落胆の息を吐くと、捲った袖を戻しつつ、いそいそとチームの元に戻り、次に投げるメンバーと入れ替わりで待機椅子に座った。恥ずかしさやら情けなさで、背中が猫のように勝手に丸まる。
「砂川くん、お疲れさま。惜しかったね」
左隣の椅子に座っていた笹田さんが労いと慰めの言葉をかけてくれる。全く惜しくもない結果でも、惜しいと言ってくれる笹田さんの優しさが弱った心に沁みると同時に、申し訳なさが募る。
ふわふわもこもこの白いセーターを着ている笹田さんを見た高森が「天使じゃん……」って呟いてたけれど、この優しさはまさに天使級だ。
「ぁあ……、いやぁ……俺完全に足引っ張っちゃってるわ。負けたらごめん……」
このボウリングで負けたチームは、次に行くカラオケで恒例の罰ゲームをさせられることになっている。内容はまだ未定と高森は言っていたが、俺の惨憺たる結果のせいで罰ゲームをすることになったら、どんな内容でも俺ひとりで引き受けるつもりだ。
「大丈夫だよ。さっき計算してみたんだけど、今のところ私たちのチームが1位みたい……ほら」
笹田さんが俺の方に身体を寄せ、計算結果が載っているスマホの画面を見せてくれた。花のような甘さがふわふわと香り、呼吸に合わせて俺の鼻腔をくすぐった。
笹田さんと……というか、女子とこんな至近距離になることってそうそうないから、すごく緊張する……。
「ほ、ほんとだ……」
「ね?このまま罰ゲーム回避しよっ」
俺との距離が近いままの体勢で、笹田さんは俺の方に顔を向けてきた。
くりくりと丸い瞳がただの黒ではなく、少し茶色がかっているのだと知れるその近さに、俺は反射的に上体を後ろに引き、斜め下方に視線を落とした。
び、びっくりした……。あまりにも近すぎる……。
笹田さんって誰にでもこんな感じなのか……?
驚きと緊張で跳ね続ける心臓を右手で押さえ、俺は笹田さんに悟られないように静かに深呼吸をする。
高森は『控えめっていうか、ちょっとクラスのやつらと一定の距離保ってる』みたいなことを言ってたけど、案外その逆なのかも……?
一クラスメイトの俺にこれなんだから、仲がいい伶市とはもっと…………——ん?
……あれ、なんか今一瞬心臓が痛んだ、よう、な……?
いや、ただの緊張のしすぎで心臓に負荷がかかりすぎただけ、か……?
「そういえば、罰ゲームっていっつもどんなのなの?結構恥ずかしい系だったりするの?一発ギャグとか、変顔とか」
唐突に問われ、俺は視線を笹田さんに戻した。
もう、笹田さんの丸い瞳は黒色にしか見えない距離にあった。
おかげで、俺の心臓も正常な動きに戻りつつある。俺は安心から溢れた息に乗せ、問いに答えた。
「あー……うん、そういうのも過去あったけど……。今回は笹田さんいるし、そういう系は高森が許さなそう」
「ええ?なあに、それ?」
笹田さんの声には驚きと戸惑いが混ざっていた。
何ひとつ、ピンと来ていないようだ。
何も知らず隣のレーンで盛り上がっている高森を眺めながら、俺は肩を竦めた。
高森、お前のあのあからさまな想いは案外本人には伝わってないみたいだぞ。
「笹田さんに恥ずかしい思いはさせたくないし、そういう自分の姿を高森は笹田さんに見せたくないと思うから」
「そう、なんだ?」
俺が高森の気持ちを代弁しても、やっぱり笹田さんはわからないといったふうに首を傾げた。
モテる人生を送ってきたはずの笹田さんがここまで鈍いとは、逆に俺が驚かされて、思わず苦笑した。
頑張れ、高森。先は長いぞ。
「……あ、砂川くんは罰ゲームになったことあるの?」
「いやあ、今のところないかな。伶市がボウリングとか体動かす系のゲーム得意で。おかげでいつも1位だったから。俺は見ての通りそういう系からっきしで……だから、ほんと助かってる」
「じゃあ今日は不安でいっぱいだね?伶市お休みだから」
「そうかも、なんて」
笹田さんが茶目っけたっぷりに笑い、俺もそれに乗る形で答えた。でないと、奥に押し込んでいる不安が一気に溢れ出てしまいそうだったから。
クラス会の集合場所で伶市にメッセージを送ってから、すでに3時間は経っている。ファミレスでの食事中、一応既読のマークはついたから無事ではあるのだろうけど……、スタンプも含め返事は一切ない。
本当に大丈夫なのか、伶市……。
俺は思わず吐きそうになったため息をぐっと飲み込んだ。
すると、俺が飲み込んだものの代わりかのように、笹田さんが長く息を吐き出した。
「いいなあ、仲良しで」
少し唇を突き出した笹田さんは、羨ましがるような、でもちょっと拗ねたような顔だった。
その子供っぽい表情が可愛らしくて、俺の強張りかけた頬の筋肉が自然と解れる。
「まあ、幼馴染だし」
「私もふたりの幼馴染だったらなあ、なんて……言ってみたりして」
「笹田さんが幼馴染かぁ……、楽しそうだけど……」
伶市と笹田さんと、俺。
お似合いの美形幼馴染コンビと、平々凡々代表の地味な俺……って、どう考えても俺が余計だよな。
もし笹田さんも幼馴染だったなら、きっと、伶市だって俺じゃなくて笹田さんを好きになってたんだろうな。
でも、なんか、それは……——
「——やだ……?」
ハッとして、笹田さんを見た。
一瞬、口に出してしまったのかと焦る。
だが、こちらを窺うように見つめる笹田さんが傷ついているようには見えなかった。
俺は慌てて否定するように首を横に振った。
「いや、高森にどつかれそうだなと思って。あいつ、笹田さん絡むとめんどくさいんだよな」
俺は肩を竦めて、あはははっと空笑いをした。
すまん、高森。お前の恋心を使わせてもらうからな。今度ヨーグルトジュースでも何でも好きなの奢るから許してくれ。
「ふふふっ、その時は私が守ってあげるね」
笹田さんも俺の答えに安堵したように、表情を崩した。よかった、なんとか誤魔化せたかも。
球を投げ終えたチームメンバーが「笹田ちゃん次だよ」と声をかけてきた。
「あ、はーい。よし……っ、まずはストライク決めて、罰ゲーム回避して、砂川くんの不安を消さないとだねっ」
笹田さんは立ち上がり、両手で拳を作って気合を入れるポーズをしてみせた。
「3度目のストライク、期待してます」
「おまかせあれっ」
俺が深々と頭を下げると、頭上から弾んだ声が落ちてきた。
顔を上げると、楽しそうに笑う笹田さんと目が合う。
「砂川くん」
「どうかした?」
「私投げ終わったら、一緒に飲み物買いに行かない?」
突然の提案に、俺は首を傾げた。
なぜ、俺……?
「いいけど……、相田さんたちとじゃなくていいの?」
「うん、いいの」
はっきり大きく頷く笹田さんに、俺の疑問はさらに膨れる。だが、本人がいいと言っているのだから、俺が断る理由もない。
「……わかった」
俺が首肯すると、笹田さんはにっこりと笑った。
「じゃあ、頑張ってくるね」
「うん、頑張って」
手を振ってレーンに向かう笹田さんに、俺も手を振り返した。
なんかよく分からないけど、笹田さんは俺と仲良くなろうとしてくれているのか?
ありがたいけど、やっぱり「なんで俺?」という思いが強い。伶市のことといい、最近この疑問ばっかり考えている気がする。
ポケットからスマホを取り出し、通知を確認するが、その中に伶市の返事を知らせるものはなかった。
スマホが震える代わりに、けたたましい音楽が場内に鳴り響き、笹田さんの投球が見事ストライクになったことを教えてくれた。

