成立しないのは男女の友情だけじゃない

 クラス会に伶市が参加できなくなった——そう聞いた。
 ただ、伶市から直接ではなく、集合時間の11時丁度に集合場所の駅前に現れた幹事の高森を通してだけど。
「——『ごめん。風邪引いた。みんなによろしく』だってさ。てなわけで、今日鳥島欠席なー。残念だったな、女子たち」
 高森が言えば、女子たちから残念がる声が上がった。その中には「高森一言多い!」「モテないのそういうとこだからね!」なんて、高森に対する非難も混ざっている。
 その非難さえも女子から構ってもらったと嬉しそうにする高森の横で、俺は何の通知も来ていないメッセージアプリのトーク画面を凝視していた。
 伶市とのやり取りは『朝、家の用事入ったから、明日はそれぞれで集合場所に行こう』という、昨夜俺が送ったメッセージに対する伶市の『了解』スタンプで終わっている。
「欠席ってなんだよ……」
 いつもなら、伶市は必ず俺にも連絡を寄越すのに。
 なんなら、誰よりも先に俺に言ってくれるのに。
 なんで俺に連絡しないんだよ、伶市。
『風邪引いたって聞いた。大丈夫か?』
 手早くメッセージを打ち込んで伶市宛に送信する。
 本当は、「俺に連絡しろよ」って言いたかった。
 本当は、電話で様子を確認したかった。
 でも今話せば、子供じみた不満を弱っている伶市にぶつけてしまうから。
 俺は言葉を飲み込んで、代わりにダウンジャケットの左ポケットに入れていたカイロを強く握りしめた。
 このカイロだって、今日はこの冬一番の冷え込みだとニュースでやっていたから、寒がりな伶市に渡そうと思って少し前に封を切って温めていたのだ。小学生の頃、温かいカイロを渡したらすごく喜んでいたから。それからは、自分では使わないカイロを俺は毎冬せっせと買い込んでいる。いつでも伶市が寒い思いをしなくていいようにって。
「……あっつ」
 無駄になってしまったカイロの温もりを感じるほど、俺だけが伶市のことを考えていて、誰よりも優先しているように思えて落ち込んだ。
 無意識に、拗ねたような声が俺の口から小さく漏れた。
「伶市の、あほ……」
 俺を好きなら俺を一番に考——……
「——砂川くん、伶市の風邪って大丈夫?」
「えっ」
 急にかけられた声に思考が遮断され、俺は驚いて顔を上げた。
 目の前には、袖口と首元にふわふわのファーが付いた真っ白なコートを着た笹田さんが立っていた。寒さのせいか頬と鼻先に赤味が差していて、まるで雪兎のようだ。高森だったら、きっと悶絶してる。
「えっと……?」
 俺が戸惑って目を瞬かせると、笹田さんは俺の手の中のスマホを指差した。
「伶市と砂川くんって幼馴染なんだよね?伶市から具合聞いてたりしないのかなって」
「あ……ああ、伶市の」
「うん。大丈夫そうなの?」
「あー……いや、それが俺のとこに連絡来てなくて……さっきの高森からの話で俺も風邪引いたって知ったから……」
 説明している内に、心の奥の芯のようなものがみるみる冷え込んでいくような感じがした。ポケットの中はどんどん暖かくなっていくのに。
 俺はつい、顔を少しだけ俯けた。たぶん今俺はすごく変な顔をしていると思うから。自分でもよくわからない感情を笹田さんに悟られたくなかった。
 笹田さんは小さく唸った後、ぽつりと言った。
「それは……ちょっと心配だね」
「……え?」
 俺は顔を上げ、首を傾げた。
 俺に連絡が来なかったってだけで、何で笹田さんが心配するんだ?
「その……、もしかしたら最低限の連絡しかできないくらい具合悪いのかなって」
 笹田さんの言葉に俺はハッとした。
 そうだ……、元気な俺からしたら何の苦でもないが、風邪を引いている状態でメッセージを送るって結構しんどいものだ。きっと高森に連絡を入れただけでも、相当疲れたはずだ。
 なのに俺は自分が優先されないからって不満に思って苛立ったりして……。
 ガキかよ……。本当に、情けない。
 俺はゆっくり深呼吸をすると、心配顔をする笹田さんに精一杯の笑顔を向けた。俺の曇った目を覚ませてくれたという感謝も込めて。
「今日土曜日で伶市の母さんも家にいるだろうし、きっと大丈夫だと思う。あと、さっきメッセージ送ったから、もし返事来て伶市の状態分かったら笹田さんにも教えるよ」
「……うん、ありがとう」
 そう言って頷いた笹田さんの頬の赤みが少し増し、心なしか目もうるうるしているような……?
 あ……もしかして、笹田さんも伶市と同じで寒がりなのか?
 よく見れば両手で自身の頬を押さえている笹田さんの指先も赤い。
 丁度よく、俺のポケットには温まったカイロが入っている。
「あの……笹田さん」
「ん?なあに?」
「えっと……」
 こちらを見上げた笹田さんに、持て余してしまっているカイロを渡そうと、ポケットから取り出しかけて……やめた。
「……えっと、今日、今年一番の冷え込みなんだってね」
「そうなんだ。雪降ったりするかなあ?」
「どうだろう、降るといいよね、クリスマスだし」
 咄嗟に振った当たり障りない話題に、笹田さんは不思議そうにする素振りもなく、会話を続けてくれる。
 未だポケットの中に留まるカイロのおかげで、俺の左のポケットは相変わらず熱いくらいに暖かい。
 ……どうして俺はさっきカイロを渡すのをやめたんだろう。
 自分でも自分の思考回路がよくわからなかった。渡そうと思ったのに、次の瞬間にはやめようと思うなんて。でも、その瞬間はなんとなく渡しちゃいけないような気がしたんだ。ただ、それだけだった。
 俺は右ポケットからスマホを出してトーク画面を開いた。伶市からの返信を期待して。
 でもそこには、伶市からの返事はもちろん、既読を知らせるマークすらついていなかった。