成立しないのは男女の友情だけじゃない

 彼女がいたこともなければ、告白されたことも告白したこともない俺。
 よくよく考えてみれば、好きな人がいたかどうかも怪しいくらいだ。
 そんな恋愛経験値皆無の非モテ街道爆走中の俺がいくら頭を捻っても、同性の幼馴染を恋愛対象として見ることが出来るのか判断するのは至難の業で……。
 なぜ俺はあの時、クリスマスまでに返事をすると言ってしまったんだろう……。いや、でも、期限を設けずにずるずるといるのはやっぱり不誠実だし、時間が経てば必ず答えが出るというわけでもないしな……。
 でも、じゃあ、どうやって——
「砂川ぁ、それそんなマズいんか?」
 かけられた声に意識が現実に引き戻される。
 視線を上げれば、先に弁当を食べ終え、購買に行くと教室を出て行ったはずの高森(たかもり)が目の前にいた。高森の手には紙パックのヨーグルトドリンク。いつの間にか購買での買い物を済ましてきたらしい。
 高森は紙パックのジュースを俺の机に置くと前の席の椅子を引き、椅子の背が正面になるようにしてまたいで座った。そして椅子の背に腕を乗せ、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
 俺は手の中にある食べかけのクリームパンと高森を交互に見つつ、眠りから覚めたばかりのようにぼんやりとした口調で答えた。
「あ?……ああ、いや、美味いよ」
「顔と台詞があってねーぞ?どしたよ?」
 高森が俺の眉間を指先で突いてきた。
 なんで?と思いながら自分でも触れてみると、俺の眉間には深い縦皺が刻まれていた。たしかに、これは美味しくない時にする表情だ。俺は眉間の皺を指で強制的に広げた。
「んー……ちょっと……答えの出ない問いの答えを探してる」
「うわ、哲学っぽ。なに、インテリキャラ目指してんの?」
「別に目指してねーし」
「まぁ、目指しても砂川じゃ無理あるか。いつも赤点ギリだもんな〜?」
「うっせ」
 俺は唇を尖らせ、けらけらと笑う高森の足先を蹴ろうとしたが、高森は俺の足を躱すように立ち上がった。
 くそっ、行動が読まれている……。
 俺が睨むようにして高森を見上げると、高森はいたずらっ子の笑みを浮かべた。そして、ヨーグルトドリンクを一気に飲み干し、そのまま教室の後方にあるゴミ箱に紙パックを捨てに行った。
 被っている真っ黄色のニット帽の位置を調整しながら戻ってきた高森は、また同じように俺の前に座り直した。ただ、俺からの蹴りを警戒しているのか、足は後ろに引いている。
 ……今度こそ蹴ってやろうと思ったのに。人の行動を読むなんて卑怯だぞ。
 咎めるように目を眇めた俺に、高森は妙な優しさを纏った眼差しを向けてくる。
「で、その答えの出ない問いって?砂川より現代文の成績がいい俺が特別に考えてやろう」
 訂正。こいつの瞳にあったのは優しさではなく、俺に対するふざけた哀れみだった。
 この発言が伶市だったら、「全教科90点台だもんな」と素直に頷けるのだけど。……というか、そもそも伶市はこんな発言をするわけがないが。寧ろ、「俺じゃ力にならないかもしれないけど……」なんて謙虚な一言を添えたうえで、俺以上に頭を悩ませてくれるだろう。
 ああ……なんで相談に乗ろうとしてくれて且つ相談できる友人が100%揶揄ってくることが明らかな高森しかいないのだ。
 未だ得意顔をする高森に、俺は文句を垂れた。
「高森だって俺と大して成績変わんねーだろ。この間返ってきた現代文のテストだって1点差だっただけじゃん」
「1点だって、上は上だろ?それに、40点台と50点台じゃあ、全然違う」
 高森は自慢げにふふんと鼻を鳴らした。
 ……49点だって、四捨五入をすれば50点台だろ!と噛みつきたい気持ちを抑え、俺はわざと呆れたように大きくため息を吐いてみせた。
 ここで挑発にのらず大人の対応をすることで、俺の49点には目に見えない2点が加点され、実質51点になるはずだ。ふふん。1点差で俺の勝ちだ。残念だったな、高森。
「どう頑張ったって、49点は49点だろ」
 脳内を見透かしたような冷静なツッコミが正面から入れられて、俺は思わず両手で口許を抑えた。
 まずい……。全部口に出ていたっぽい。
 高森はさっき俺がしたように、わざとらしくため息を吐いて肩を竦めた。その口許は笑っている。
 くそう、と自分の失態を内心嘆きながら、俺は誤魔化すようにひとつ咳払いをして、声を潜めた。
「……なら訊くけど、恋愛の好きかどうかって、どうしたらわかる?」
 訊いた途端、高森は細い片眉を鋭く吊り上げ、黒いカーディガンの両袖を雑にずり上げた。まるで戦闘態勢に入ったみたいに、謎のファイティングポーズまでとっている。
「あ?なんだよその質問。クリスマスを目前にして彼女のいない俺への当てつけか?」
 明らかに不機嫌になった高森に、今度はわざとではなく、自然と大きなため息が俺の口から漏れた。
 言えと言われたから言っただけなのに……。そもそもこの質問にそんな意図はない。高森は拡大解釈をしすぎだ。これだからクリスマス前は困る……。
 それに、高森はある事実を忘れている。
「いや俺も彼女いないっての」
 すかさず言えば、高森の眉は元の位置にすんなり戻った。
「そういやそうだ。……え、なら余計なにその質問」
 今度は怪訝そうに眉を顰めながら、高森がニット帽を少し浮かせて位置を調整する。隙間から、冬なのに地肌が見えるくらい短く刈られた生え際がちらりと見えた。
 そうだ、俺もある事実を忘れていた。高森が冬なのに丸坊主になった理由を——。
 先週の初め、高森はモテたい一心で伶市のようなストレートになるため地毛の天パに縮毛矯正をかけたものの、あまりにも周囲——主に女子から大不評で翌日には丸坊主にしてきたのだ。さらに、その坊主も不評且つあまりの寒さにニット帽を被る羽目になったと……。なんとも不憫なやつ。
 そりゃあ、恋愛系の質問には過剰反応してしまうのも仕方ないか。すまん、高森。地雷を踏んだ俺が悪かった。
「砂川ぁ、まぁた口に出てんぞ」
 そう言って笑顔を貼り付けた高森の目は笑ってない。
 すまん、マジですまん。
 俺はまた誤魔化すように咳払いをして、話題を本題に戻した。
「……あーいや、うん、……そのさ、あれだ、この間小学生のいとこに訊かれてさ。うまく答えらんなくて……」
 流石に「俺のことです」とは言えないし、定番の「友達が〜」はすぐに嘘だと見破られてしまいそうだから、少し外してみたつもりだ。我ながら、なかなかいい塩梅のところをつけたんじゃないか?
 高森は腕を組み、天井を見上げながら左右に身体を揺らした。うーんと唸る高森は、案外真面目に考えてくれているらしい。
 俺は少しだけ期待して、高森の回答を待った。
 少しして、高森は何かを思いついたような短い言葉を漏らすと、俺を見た。
「——最悪、キスしたらわかるかも?」
「はあ⁉︎」
「どうせ、いとこじゃなくてお前の話だろ?」
 にやりと笑った高森は、確信していると言わんばかりだ。
 なぜだ。なぜバレたんだ……⁉︎俺の外しは完璧だったはずなのに……!
「ほら、試しに俺がキスしてやるよ〜〜っ」
 高森が身を乗り出し、俺の両腕を捕まえると、唇をタコのように窄ませて顔を近づけてきた。あったかインナーの上にワイシャツだけ着ている俺の腕には、高森の指が見事に食い込む。普通に痛い。
 さらに、距離が縮まるにつれ、ヨーグルトの甘さに謎の刺激臭が混ざった匂いが近づいてくる。なんだこれ臭いぞ高森……!
「ぉ、おい⁉︎こっちくんな——」
 俺は出来るだけ身体を後ろにそらし、顔を思い切り背けてなんとかキス攻撃と謎の匂いを回避しようとする。
 だが、あと数センチで攻撃を受けてしまうそんな距離まで高森が近づき、異臭に心が折れそうになったその時だった。