「奏斗、まだいる?!」
被服室のドアを、勢いよく開けて叫んだ。
上がった息を深呼吸で整えながら、被服室の中をぐるっと見回す。
すると、目に入ってきた光景に、僕の心臓は大きく跳ね、言葉をなくす。
「リハーサル見てたけど、なんであんなところで転びそうになるの?」
そこには、いつか真人さんの古着屋で会った、奏斗の幼馴染の麻耶さんが、奏斗の作品を持って立っていた。
「麻耶……さん? どうしてここに?」
「奏斗から、今日の放課後にリハーサルがあるって聞いてたから、見に来たの。奏斗の作品がどうなったか気になったから」
そう説明する彼女の顔が、怒りを含んでいるものだと一目でわかる。
僕が、リハーサルでうまくやれなかったことに、憤りを感じているのだろう。
そこに反論は出来ない。
「この作品の良いところ、全部潰してたのわからない? そんなんで、大賞取らせてあげられると思ってるの? 奏斗が、どれだけ頑張ってきたのか、あんたにわかる?! 私ならもっとちゃんと着こなせる!」
捲し立てられるように詰められて、僕は言い返したくても声がでない。
すると、麻耶さんが苛つきを隠さず口を開く。
「……あんたにこれを着る資格なんてないじゃない」
「えっ……?」
鋭く見つめられたその視線が、ひどく冷たく見えた。
「美咲から、中学の時の話し聞いたよ。そんな人に奏斗と一緒に創作して欲しくないんだけど」
僕は頭を殴られたような衝撃に、動けなくなる。
井上さんが、どういう風に麻耶さんに伝えているかは分からないけれど、麻耶さんの口ぶりから、きっと僕が全面的に悪い事にされているのだろうと予想はついた。
「そ……、それは……」
昔の黒い感情が再び溢れてくる。
麻耶さんの視線が痛くて俯くと、自分が施したレース編みの部分が視界に映った。
これは、奏斗と一緒に作った、僕のレース。
僕が一から作った柄なんだ──。
「僕の過去の罪に言い訳はしません。でも、だからこそ、この服のレースは誰のものでもない、僕がゼロから編み出したオリジナルなんです。奏斗の夢を絶対に汚したりしない!」
燻っていた僕の背中を押す為に、奏斗がチャンスをくれた。
今までの僕から変わらなければ、僕が全部を背負ってランウェイを歩かなきゃ、きっと意味はない。
「それは、奏斗が僕の為にデザインしてくれた、僕と奏斗で作り上げた服なんだっ!」
感情と共に、思わず声が大きくなる。
まさか僕が反論するなんて思っていなかったのか、麻耶さんが驚いて怯んだように見えた。
その隙に、持っていた奏斗の作品を取り返そうと思って手を伸ばす。
「ちょっと……!」
はっと我に返った麻耶さんが、奪われないように布を掴む。
お互いに引かないまま、膠着状態が続いた。
「あんたに、奏斗の将来を背負わせられないっ! 奏斗の進路がかかってるんだから!」
その言葉に、思考が一瞬止まってしまう。
「え……? 進路がかかってるって……、なに?」
「あんた、何も聞いてないの? 大賞取って特待生にならないと、進学できない。今までだって創作費用の為に空いた時間はバイト詰め込んで、寝る間も惜しんで今回のコンテストに賭けてたんだよ!」
「なんだよ……、それ……」
「奏斗のお父さんが反対してる。男が洋服なんてって。だから、被服の道に進むなら、学費は出さないって言われてるのよ」
何も知らない。
奏斗とは対等とまではいかなくても、同じ目標に向かって進んでいるのだと思っていた。
また僕は、僕の技術だけを利用されていた──?
その瞬間、手に握られた僕の編んだレースが目に飛び込んできて、思わず力いっぱい腕を引いてしまった。
ビリッ……!!
嫌な音が被服室に響く。
その音に、僕も麻耶さんも動きが止まった。
僕の手には縫い目が裂けた袖の部分が、麻耶さんは引っ張られて背中が裂けている身頃部分が握られていた。
床には、僕が編んだレースも落ちている。
「……えっ?」
頭が真っ白になって、何も考えられない。
息をするのも忘れて、身体はピクリとも動かなかった。
「お前たち、なにしてんの……?」
すると入り口の方から、今一番聞きたくない人の声が聞こえて、僕達は思い切り息を吸った。
麻耶さんの顔色が、みるみる青くなっていく。僕も、手が震えてきたのが分かった。
「……何、持ってんの……?」
その言葉に空気が凍る。
二人して、今この状況を説明することができない。
いや、むしろ何が起こったのか、教えて欲しい。
僕は声を出すことができない。
麻耶さんは小刻みに震え出し、涙を堪えている。
作品に傷をつけてしまった。
それと、奏斗が大賞を目指す大きな理由に、心が付いていかない。
「ごめんなさい……」
麻耶さんが、震える声でそう言っているのが聞こえて、僕も何か言わなきゃと思うのに声がでない。
奏斗は怒った様子もなく、黙り込んでいる。
自分がやってしまった事が、大変なことに変わりはないけど、僕の中で奏斗に対する怒りに似た感情がふつふつと湧き上がってきた。
まだ握っていた破れた衣装の感触が、指先に冷たく残っていた。
「……奏斗、なんで僕には言ってくれなかったの?
「え……?」
「麻耶さんから聞いたよ……。大賞取らなきゃ、進学できないって……」
震える声を絞り出す。
奏斗は一瞬、弾かれたように目を見開いた。
それから視線を泳がせ、苦しげに眉を寄せた。
「なんで、そんな大事なこと隠してたんだよ!」
「尚っ!」
僕は堪らず、奏斗の呼びかけを振り切るように教室から飛び出していた。
敗れた衣装も直さないといけない。
それはわかっているのに、奏斗の事を何も知らなかった自分が悔しくて悲しくて、一人になりたかった。
「尚っ! 待てって!」
追いかけてきた奏斗に腕を掴まれ、逃げ場を失う。
溢れてきた涙を見られないよう、僕は振り返らなかった。
「進路の事話さなかったのは、尚を蔑ろにしてたわけじゃないから」
息を切らしながら、必死に弁明してくれる奏斗の声だけが聞こえる。
確かに、僕も深く内情を聞くことはしなかった。
聞かれなければ、話すこともないだろう。
それは分かっている。
それでも、麻耶さんや直人さんは長い付き合いの中で、奏斗のその状況を知っている。
それがどうしようもなく悔しい。
こんな感情、知らなかった。
「……僕のこと、ただのモデルとか制作助手ぐらいにしか思ってなかったんでしょ」
「そんな風に思った事は一度もないっ!」
そう言わせている自覚はある。
けれど、自分の中のドロドロとした感情を、抑えることができなかった。
「じゃあなんで、そんな大事なこと話してくれなかったの」
「……それは、尚に余計なプレッシャーをかけたくなかったからだよ」
「プレッシャー?」
「そうだよ。尚はただでさえ過去のことで悩んで、やっと前を向いてくれたんだ。そこに僕の人生まで背負わせて、もしダメだったら……。尚はまた壊れちゃうと思ったんだよ!」
奏斗の叫びのような言葉が、放課後の静寂を切り裂く。
親切。配慮。優しさ。
でも、今の僕にはそれが、僕という人間を「対等なパートナー」として信じていない証拠のように感じられてしまった。
「……奏斗は僕を、守らなきゃいけない弱い存在だとしか思ってなかったんだ」
「そんなこと思ってない!」
僕は、手に持っていた裂けた袖の布を見つめる。
自分が施した繊細なレース。奏斗が何度も引き直した型紙の跡。
二人の想いが重なっていたはずの作品に、今は無惨な亀裂が入っている。
「僕は……、僕だって奏斗の夢を応援してる。こんなことしてる場合じゃないってわかってる。でも……」
抑えきれない思いが、全身を駆け巡る。
「奏斗にとって、一番じゃなきゃ嫌だ! なんでこんな大事なことを、奏斗じゃなくて麻耶さんから聞かなきゃいけないの?! こんなこと考える僕にも嫌になる!」
僕の腕を掴む奏斗の手の力が、ぎゅっと強くなった。
けれど、何も答えてくれない。
廊下はしんと静まり返り、僕の心臓の音しか聞こえなかった。
すると、奏斗が僕の手から破れた布を取り上げた。
「確かに俺は、尚を信じきれていなかったのかもしれないな……」
そう言うと、奏斗は僕を引き寄せ、抱きしめた。
密着した身体から、奏斗の早くなった鼓動が伝わってくる。
「ごめん。カッコつけてた。怖かったんだよ、尚に嫌われるのが」
絞り出すように、弱弱しく奏斗が話し始めた。
僕はそれを、一言一句聞き逃さないよう、じっと奏斗の顔を見つめた。
「親父がさ、俺がファッションの道に進むこと反対してるんだ。男が洋服なんて女々しいってさ。なんなんだろうな、男とか女とか、そういう時代でもなけりゃ、そもそもモノづくりに性別なんて関係ないのにね」
呆れた物言いの中に、親に認めてもらえない寂しさのようなものが見え隠れしているようで、少しだけ奏斗が幼く見えた。
「ここの被服科に進学することも反対されたけど、この後は就職するからって説得したんだ。でも、俺が甘かった。自分の実力を過大評価してたんだな。すんなりアパレルにデザイナーとして就職できるって思ってた」
「……出来ないの?」
「まぁ、出来ないね。逆に出来るようだったら、専門学校にまで進学する意味ないじゃん。高校の被服科卒業ぐらいだったら、よくて工場のパタンナーか企画になるだろうな」
ファッション業界の就職のことなんて、今まで気にしたこともなかった。だから、奏斗から語られるその状況も、いまいちピンとこない。
それでも、このまま就職することは、奏斗の思うような未来につながってはいないのだろう。
「考えなしに突っ走って、俺は自分の進路を甘く見ていた。でも、尚と出会って、一緒に服を作っている時間が凄く楽しかったんだ。この時間を、もっと長く続けていきたい……」
僕を見つめる奏斗の瞳が、静かに揺れたような気がした。
ゆっくり、奏斗が僕を抱きしめる。
「作り直そう。本当は、少し前から考えていたんだ。もっと、強くて新しいデザインに書き換えるんだ」
「……え?」
「特待生の枠も、俺の進路も、尚の過去も……全部この一着に叩き込んで、ひっくり返してやる」
僕を包む奏斗の身体が震えていた。
それは、武者震いのような興奮を抑えるものだった。
奏斗の瞳にいつもの、いや、いつも以上の熱い光が宿る。
ゆっくり身体を引き離されたかと思うと、その瞳で、まっすぐ見つめられた。
「俺にとって尚は、モデルでも助手でもない。ただの相棒でもない。俺の夢を一番理解して、一緒にいてほしいと思った。だから、俺のモデル、やってくれるよな?」
奏斗の熱い思いが、掴まれた手から伝わってくるようだった。
「……逃げない。僕が着る。僕が歩く。この傷も、僕らの一部なんだって、審査員全員に分からせよう」
残り時間は少ない。
剥き出しになった本音と、破れた衣装。
ここからが、本当の意味での「僕たち」の創作の始まりだった。
被服室のドアを、勢いよく開けて叫んだ。
上がった息を深呼吸で整えながら、被服室の中をぐるっと見回す。
すると、目に入ってきた光景に、僕の心臓は大きく跳ね、言葉をなくす。
「リハーサル見てたけど、なんであんなところで転びそうになるの?」
そこには、いつか真人さんの古着屋で会った、奏斗の幼馴染の麻耶さんが、奏斗の作品を持って立っていた。
「麻耶……さん? どうしてここに?」
「奏斗から、今日の放課後にリハーサルがあるって聞いてたから、見に来たの。奏斗の作品がどうなったか気になったから」
そう説明する彼女の顔が、怒りを含んでいるものだと一目でわかる。
僕が、リハーサルでうまくやれなかったことに、憤りを感じているのだろう。
そこに反論は出来ない。
「この作品の良いところ、全部潰してたのわからない? そんなんで、大賞取らせてあげられると思ってるの? 奏斗が、どれだけ頑張ってきたのか、あんたにわかる?! 私ならもっとちゃんと着こなせる!」
捲し立てられるように詰められて、僕は言い返したくても声がでない。
すると、麻耶さんが苛つきを隠さず口を開く。
「……あんたにこれを着る資格なんてないじゃない」
「えっ……?」
鋭く見つめられたその視線が、ひどく冷たく見えた。
「美咲から、中学の時の話し聞いたよ。そんな人に奏斗と一緒に創作して欲しくないんだけど」
僕は頭を殴られたような衝撃に、動けなくなる。
井上さんが、どういう風に麻耶さんに伝えているかは分からないけれど、麻耶さんの口ぶりから、きっと僕が全面的に悪い事にされているのだろうと予想はついた。
「そ……、それは……」
昔の黒い感情が再び溢れてくる。
麻耶さんの視線が痛くて俯くと、自分が施したレース編みの部分が視界に映った。
これは、奏斗と一緒に作った、僕のレース。
僕が一から作った柄なんだ──。
「僕の過去の罪に言い訳はしません。でも、だからこそ、この服のレースは誰のものでもない、僕がゼロから編み出したオリジナルなんです。奏斗の夢を絶対に汚したりしない!」
燻っていた僕の背中を押す為に、奏斗がチャンスをくれた。
今までの僕から変わらなければ、僕が全部を背負ってランウェイを歩かなきゃ、きっと意味はない。
「それは、奏斗が僕の為にデザインしてくれた、僕と奏斗で作り上げた服なんだっ!」
感情と共に、思わず声が大きくなる。
まさか僕が反論するなんて思っていなかったのか、麻耶さんが驚いて怯んだように見えた。
その隙に、持っていた奏斗の作品を取り返そうと思って手を伸ばす。
「ちょっと……!」
はっと我に返った麻耶さんが、奪われないように布を掴む。
お互いに引かないまま、膠着状態が続いた。
「あんたに、奏斗の将来を背負わせられないっ! 奏斗の進路がかかってるんだから!」
その言葉に、思考が一瞬止まってしまう。
「え……? 進路がかかってるって……、なに?」
「あんた、何も聞いてないの? 大賞取って特待生にならないと、進学できない。今までだって創作費用の為に空いた時間はバイト詰め込んで、寝る間も惜しんで今回のコンテストに賭けてたんだよ!」
「なんだよ……、それ……」
「奏斗のお父さんが反対してる。男が洋服なんてって。だから、被服の道に進むなら、学費は出さないって言われてるのよ」
何も知らない。
奏斗とは対等とまではいかなくても、同じ目標に向かって進んでいるのだと思っていた。
また僕は、僕の技術だけを利用されていた──?
その瞬間、手に握られた僕の編んだレースが目に飛び込んできて、思わず力いっぱい腕を引いてしまった。
ビリッ……!!
嫌な音が被服室に響く。
その音に、僕も麻耶さんも動きが止まった。
僕の手には縫い目が裂けた袖の部分が、麻耶さんは引っ張られて背中が裂けている身頃部分が握られていた。
床には、僕が編んだレースも落ちている。
「……えっ?」
頭が真っ白になって、何も考えられない。
息をするのも忘れて、身体はピクリとも動かなかった。
「お前たち、なにしてんの……?」
すると入り口の方から、今一番聞きたくない人の声が聞こえて、僕達は思い切り息を吸った。
麻耶さんの顔色が、みるみる青くなっていく。僕も、手が震えてきたのが分かった。
「……何、持ってんの……?」
その言葉に空気が凍る。
二人して、今この状況を説明することができない。
いや、むしろ何が起こったのか、教えて欲しい。
僕は声を出すことができない。
麻耶さんは小刻みに震え出し、涙を堪えている。
作品に傷をつけてしまった。
それと、奏斗が大賞を目指す大きな理由に、心が付いていかない。
「ごめんなさい……」
麻耶さんが、震える声でそう言っているのが聞こえて、僕も何か言わなきゃと思うのに声がでない。
奏斗は怒った様子もなく、黙り込んでいる。
自分がやってしまった事が、大変なことに変わりはないけど、僕の中で奏斗に対する怒りに似た感情がふつふつと湧き上がってきた。
まだ握っていた破れた衣装の感触が、指先に冷たく残っていた。
「……奏斗、なんで僕には言ってくれなかったの?
「え……?」
「麻耶さんから聞いたよ……。大賞取らなきゃ、進学できないって……」
震える声を絞り出す。
奏斗は一瞬、弾かれたように目を見開いた。
それから視線を泳がせ、苦しげに眉を寄せた。
「なんで、そんな大事なこと隠してたんだよ!」
「尚っ!」
僕は堪らず、奏斗の呼びかけを振り切るように教室から飛び出していた。
敗れた衣装も直さないといけない。
それはわかっているのに、奏斗の事を何も知らなかった自分が悔しくて悲しくて、一人になりたかった。
「尚っ! 待てって!」
追いかけてきた奏斗に腕を掴まれ、逃げ場を失う。
溢れてきた涙を見られないよう、僕は振り返らなかった。
「進路の事話さなかったのは、尚を蔑ろにしてたわけじゃないから」
息を切らしながら、必死に弁明してくれる奏斗の声だけが聞こえる。
確かに、僕も深く内情を聞くことはしなかった。
聞かれなければ、話すこともないだろう。
それは分かっている。
それでも、麻耶さんや直人さんは長い付き合いの中で、奏斗のその状況を知っている。
それがどうしようもなく悔しい。
こんな感情、知らなかった。
「……僕のこと、ただのモデルとか制作助手ぐらいにしか思ってなかったんでしょ」
「そんな風に思った事は一度もないっ!」
そう言わせている自覚はある。
けれど、自分の中のドロドロとした感情を、抑えることができなかった。
「じゃあなんで、そんな大事なこと話してくれなかったの」
「……それは、尚に余計なプレッシャーをかけたくなかったからだよ」
「プレッシャー?」
「そうだよ。尚はただでさえ過去のことで悩んで、やっと前を向いてくれたんだ。そこに僕の人生まで背負わせて、もしダメだったら……。尚はまた壊れちゃうと思ったんだよ!」
奏斗の叫びのような言葉が、放課後の静寂を切り裂く。
親切。配慮。優しさ。
でも、今の僕にはそれが、僕という人間を「対等なパートナー」として信じていない証拠のように感じられてしまった。
「……奏斗は僕を、守らなきゃいけない弱い存在だとしか思ってなかったんだ」
「そんなこと思ってない!」
僕は、手に持っていた裂けた袖の布を見つめる。
自分が施した繊細なレース。奏斗が何度も引き直した型紙の跡。
二人の想いが重なっていたはずの作品に、今は無惨な亀裂が入っている。
「僕は……、僕だって奏斗の夢を応援してる。こんなことしてる場合じゃないってわかってる。でも……」
抑えきれない思いが、全身を駆け巡る。
「奏斗にとって、一番じゃなきゃ嫌だ! なんでこんな大事なことを、奏斗じゃなくて麻耶さんから聞かなきゃいけないの?! こんなこと考える僕にも嫌になる!」
僕の腕を掴む奏斗の手の力が、ぎゅっと強くなった。
けれど、何も答えてくれない。
廊下はしんと静まり返り、僕の心臓の音しか聞こえなかった。
すると、奏斗が僕の手から破れた布を取り上げた。
「確かに俺は、尚を信じきれていなかったのかもしれないな……」
そう言うと、奏斗は僕を引き寄せ、抱きしめた。
密着した身体から、奏斗の早くなった鼓動が伝わってくる。
「ごめん。カッコつけてた。怖かったんだよ、尚に嫌われるのが」
絞り出すように、弱弱しく奏斗が話し始めた。
僕はそれを、一言一句聞き逃さないよう、じっと奏斗の顔を見つめた。
「親父がさ、俺がファッションの道に進むこと反対してるんだ。男が洋服なんて女々しいってさ。なんなんだろうな、男とか女とか、そういう時代でもなけりゃ、そもそもモノづくりに性別なんて関係ないのにね」
呆れた物言いの中に、親に認めてもらえない寂しさのようなものが見え隠れしているようで、少しだけ奏斗が幼く見えた。
「ここの被服科に進学することも反対されたけど、この後は就職するからって説得したんだ。でも、俺が甘かった。自分の実力を過大評価してたんだな。すんなりアパレルにデザイナーとして就職できるって思ってた」
「……出来ないの?」
「まぁ、出来ないね。逆に出来るようだったら、専門学校にまで進学する意味ないじゃん。高校の被服科卒業ぐらいだったら、よくて工場のパタンナーか企画になるだろうな」
ファッション業界の就職のことなんて、今まで気にしたこともなかった。だから、奏斗から語られるその状況も、いまいちピンとこない。
それでも、このまま就職することは、奏斗の思うような未来につながってはいないのだろう。
「考えなしに突っ走って、俺は自分の進路を甘く見ていた。でも、尚と出会って、一緒に服を作っている時間が凄く楽しかったんだ。この時間を、もっと長く続けていきたい……」
僕を見つめる奏斗の瞳が、静かに揺れたような気がした。
ゆっくり、奏斗が僕を抱きしめる。
「作り直そう。本当は、少し前から考えていたんだ。もっと、強くて新しいデザインに書き換えるんだ」
「……え?」
「特待生の枠も、俺の進路も、尚の過去も……全部この一着に叩き込んで、ひっくり返してやる」
僕を包む奏斗の身体が震えていた。
それは、武者震いのような興奮を抑えるものだった。
奏斗の瞳にいつもの、いや、いつも以上の熱い光が宿る。
ゆっくり身体を引き離されたかと思うと、その瞳で、まっすぐ見つめられた。
「俺にとって尚は、モデルでも助手でもない。ただの相棒でもない。俺の夢を一番理解して、一緒にいてほしいと思った。だから、俺のモデル、やってくれるよな?」
奏斗の熱い思いが、掴まれた手から伝わってくるようだった。
「……逃げない。僕が着る。僕が歩く。この傷も、僕らの一部なんだって、審査員全員に分からせよう」
残り時間は少ない。
剥き出しになった本音と、破れた衣装。
ここからが、本当の意味での「僕たち」の創作の始まりだった。
