その日の夜、ベッドで横になっても、なかなか眠ることが出来なかった。
今日の千嵐君とのやり取りを思い出すと、胸の中で蝶がパタパタと羽ばたくようで落ち着かない。
僕は寝ることを諦めてベッドから起き上がり、部屋の片隅に置いてある道具箱から、編みかけの編地とかぎ針を取り出した。
心を落ち着けるため、無心でかぎ針を動かす。
一人っ子の僕は、手芸が趣味の母さんを真似て、子供の頃から毛糸で遊んでいたらしい。針やハサミを使わなくても遊ばせておけるからと、一人遊びのように編み物を覚えていった。
一本の毛糸が形になっていくのを眺めている時間が、僕の心を落ち着けてくれる。毛糸の柔らかさと、無心で同じ動作の繰り返しは、いつしか僕の精神安定剤になっていた。
すると、ベッドに置きっぱなしだったスマホがブブっと震えた。
『よかったら、明日の放課後、被服室の見学に来ない?』
その誘いに心が踊る。
被服科の人達が、どんなふうに課題を制作しているのか、本当は入学当初からずっと気になっていた。
──被服室なんて、滅多に入れないからな……。
少しだけ自分に言い訳して、はやる気持ちを隠し『わかった』とだけ返事をする。
ずるずると、千嵐君のペースに飲み込まれていっている気がして悔しい。
スマホを置いて一息つくと、僕は再び続きを編み始めた。
次の日の放課後、少し緊張しながら被服室までの廊下をそわそわと歩き、僕は被服室へ向かう。
「……失礼します」
遠慮気味に教室へ入ると、そこは僕の知っている学校の教室ではなかった。
カタカタと針が上下するミシンの音や、シャーっと布にはさみが入る音。教室の半分は様々なミシンで埋め尽くされ、中には見たことのない形のももあった。奥の方にはパソコンと、卓球台に似た装置のようなものが置かれてある。
ミシンを真剣に見つめる生徒がいれば、同じようにパソコンに向かう生徒もいる。
同じ学校内の教室なのに、ここだけ、学生が勉学に勤しむ場所と感じられない。
職人が、己の技術を遺憾なく発揮し、作品作りに打ち込むアトリエのようだった。
「どう? 楽しそうだろ?」
「わっ! 千嵐君、びっくりさせないでよ!」
いきなり背中から声をかけられて、驚きのあまり前へ一歩飛び跳ねた。
「ははっ、悪い。真剣に眺めてるなぁって思ったら嬉しくてさ」
そう言ってこちらに向ける笑顔がワクワクしている子供のようで、思わずぐっと息を呑みこむ。
だけど、それより目を引いたのは、昨日とは打って変わって、落ち着いた雰囲気に纏められた彼の制服だった。
「……今日のテーマはなんなの?」
「ん? 今日は尚をエスコートする執事だよ」
「なっ……、なにそれっ!」
ニカっと笑った笑顔と、この約束の為に考えられたコーディネートかと思うと、一気にむず痒さがのぼってくる。
そんな僕の様子などお構いなしで、千嵐君は楽しそうにきっちりと締めたネクタイをさらっと跳ねさせた。
「さぁ、お坊ちゃま、何か気になるものはございましたか?」
そう言って千嵐君は僕の前に腕を差し出す。
動揺している事に気づかれてくなくて、つっけんどんな態度になってしまう。
「ちょっと、お坊ちゃまってなに?」
「あ、旦那様の方がいい?」
「そ、そういうことじゃなくてっ!」
からかわれているのに嫌な感じがしない。
恥ずかしくてくすぐったい気持ちの方が大きくて、赤く火照る頬に気づかれないよう、大きめの声で反撃する。
ははっと笑って、千嵐君は僕の手を取った。
「尚も、試しに何か作ってみる?」
「え?」
こっちと言いながら千嵐君の大きな手に引かれ、被服室の奥に連れていかれる。
僕が出来る事なんてないのに、何を企んでいるのか分からない。トルソーの前まで来ると、千嵐君は教室の隅にあった箱を抱えて持ってきた。
「この箱の中の布はなんでも使っていいから、このトルソーにドレス着せてやろう!」
ドレスの作り方なんてわかる訳がない。
そもそも、ミシンの使い方だって知らない。型紙だって必要じゃないの?
「ちょっと待って! 僕、服なんて作ったことないよ!」
「まぁまぁ、ちょっと見てて」
不敵な笑みを浮かべ、千嵐君は箱の中からおもむろに布を手に取った。
すると、目の前のトルソーの肩にその布を掛け、位置を調整しながらまち針で固定する。一枚目の布が終わると、新たな布をトルソーに巻き付け、更にくるんでいく。
その作業は、全体像が既に頭に入っているかのように迷いなく進んでいった。
大きな手から作り出される繊細なドレープが綺麗なシルエットを作り、今まで一枚の布だったことを忘れてしまいそうになる。
ふと千嵐君の顔に視線を移すと、その真剣な表情に魅入ってしまった。
僕をからかっていた、憎たらしいものとはまったく違う。トルソーから目を離さず集中している顔は、真剣そのものだった。
実際、千嵐君は整った綺麗な顔をしている。
すっきりとした骨格に、大きな目と口。少しだけ垂れた目元は愛嬌があるが、真剣な表情の時は鋭さが強調される。まち針を口に咥えている格好や布を抑える腕の筋肉に、いちいちドキドキしてしまうじゃないか。
「……よし、出来た! どう?」
千嵐君の横顔に見惚れていると、急にこちらを振り返られて目が合う。
慌てて顔を背け、熱くなった頬にごまかせない感情を感じた。
けれど、彼から逸らした視線の先に、彼の仕上げたトルソーが目に入って息を呑む。
「……え? これ、この時間で作れたの?」
さっきまで剥き出しだったなんの変哲もないトルソーが、カラフルなドレスを纏っている。
「えー、見てなかったのかよ。俺が今作業してたじゃん」
「そ、そうだけど……」
まさか途中から千嵐君を見ていたなんて言えない。
僕の視線に気付かないほど、彼が集中して作業していた事にも驚いた。
「これ……、どうなってるの? 本当にドレスみたい」
「面白いだろ? ピンワークって言うんだけど、このままディスプレイにしたり、この形を元に型紙を起こして立体裁断に入ったりするんだ。」
千嵐君が説明してくれていたけど、僕の興味は魔法で現れたかのような目の前のドレスだった。
上半身はトルソーの曲線に沿わせ、スカートとの境目にドレープを寄せて作った花のようなアクセントがある。ギャザーを寄せたスカートはアシンメトリーに調節されていた。
「……凄い」
「尚もやってみる?」
「……できるかな」
「大丈夫。正解なんて、人の数ほどある。だから出来ないなんてことはない」
そう言って、持っていた布を渡された。
並べられたトルソーを見ても明確なイメージは浮かんでこない。
でも、ワクワクしているのは隠せなかった。
考えていたって何も始まらない。千嵐君の言葉が、そっと背中を押す。
「ここに待ち針置いとくな」
千嵐君の声が、少し遠く感じた。
僕は渡された布を広げて、トルソーに羽織らせる。
合わせ襟を作るように重ねて、待ち針を打った。
「いいじゃん。着物みたいだな」
「……ねぇ、スカート部分のプリーツってどうやって作ればいいの?」
「あぁ、それは……」
そう言って、千嵐君は待ち針を持ち、僕の背中側に回る。
そして、僕を包むように腕を伸ばしてきた。
──ち、近いっ……!
「少しずつつまんで、幅を決めて……、固定したいところにこうやって止めればいいよ」
彼の声は確かに聞こえているのに、背中に感じる体温に気を取られ内容が頭に入ってこない。
千嵐君の指先が触れた場所に熱が残る。
「尚? 聞いてる?」
「きっ……、聞いてるっ!」
理解できたかと問われると、正直分からない。
いきなり急接近した千嵐君に、意識の全てを持っていかれてしまった。聞き直すわけにもいかず、耳まで熱くしたこの感情を落ち着ける事が、この時の最優先事項になってしまっていた。
「あ、ありがとう。やってみる」
僕は、続けて見たままを再現することに注力する。
待ち針を刺し、狙ったところに布を固定していく。作業を進めていくうちに、自分の想像力を試されているような気がしてきた。
折って摘まんだ布が、次にどう動かせるのか。
待ち針を刺すごとに、その世界に没頭していった。
「……よし」
「おう、良いじゃん」
見よう見まねで作った僕のドレスは、千嵐君が作ったものとは比べられないほど不格好だった。
スカートのプリーツは均等ではないし、気を付けたつもりだったのに、衿は左右で角度が違っていた。
それでも、何とか形になった僕のドレスを眺めていると、むずむずとした達成感が身体をくすぐる。
何かを作ること、それを誰かと共有すること──。
やっぱり僕は、創作が好きなんだと気づかされた瞬間だった。
気が付けば終業式を迎え、学校は夏休みに突入した。
「尚ー! ここどうやればいいのー?」
「ちょっと待ってて、今行くから」
被服室の端から端まで、千嵐君が僕を呼ぶ声が響いた。
夏休みに突入すると、僕は千嵐君の手伝いや希望者に編み物を教えるため、被服室へ通うようになっていた。
「結城君、ありがとう! すごい分かりやすかった。結城君、教えるの上手すぎない?」
「そうかな。またなんかあったらいつでも聞いて」
「千嵐君が、また尚くんって呼んでるよ〜」
「あ、うん。わかった」
被服科の生徒はほとんどが女子で、この教室にいる男子は僕と千嵐君だけだった。
少し前の僕なら、過去の『男なのに』という陰口を気にして、被服製作の手伝いなんて考えもしなかっただろう。
でも、千嵐君がいてくれるだけで心強い。いや、そもそもここで作業する人たちは、性別でとやかく言うような人たちじゃないのだろう。
そんな居心地のいい環境に、僕の頬は自然と緩みっぱなしだった。
「……なんだよ、楽しそうじゃん」
「なんか言った?」
普段より少し低い、ぼそっとつぶやいた声が聞こえた。
千嵐君は、面白くなさそうに口を曲げ、そっぽを向いている。
「ごめんごめん、無視したわけじゃないよ? きりのいいところまで教えたかったんだ」
「別に……、それは分かってるけどさ……」
「どうしたの? 僕、なんか変なことしてた?」
不貞腐れた理由が分からなくて、こっちを向いてくれないことに不安が募り、胸の奥が少しだけざわつく。
「……俺が見つけたのに……。尚は、俺の……」
「えっ?」
「あっ、いや……、なんでもない!」
ぼそぼそと、何を言ったのか聞こえなかった。
だけど、耳まで真っ赤にしてあたふたしている千嵐君の様子に、僕もつられて赤くなる。
「そ、そうだ! 明日、一緒に出掛けない?」
「ふぇっ?!」
千嵐君の突然の誘いに、間の抜けた声がでてしまった。
「なんだよ、その返事。あ、もう予定あった?」
「ないっ! 大丈夫っ!!」
慌てて返事をすると、僕の勢いに千嵐君は仰け反って驚いたように眼を丸くした。
食い気味に返事をしていたことに気付いて、僕は更に恥ずかしさを爆発させる。
「ははっ! じゃぁ、明日な」
さっきまでの慌てていた様子をすっかりおさめた千嵐君に、僕はまた違った熱さを身体に溜め込んでいた。
今日の千嵐君とのやり取りを思い出すと、胸の中で蝶がパタパタと羽ばたくようで落ち着かない。
僕は寝ることを諦めてベッドから起き上がり、部屋の片隅に置いてある道具箱から、編みかけの編地とかぎ針を取り出した。
心を落ち着けるため、無心でかぎ針を動かす。
一人っ子の僕は、手芸が趣味の母さんを真似て、子供の頃から毛糸で遊んでいたらしい。針やハサミを使わなくても遊ばせておけるからと、一人遊びのように編み物を覚えていった。
一本の毛糸が形になっていくのを眺めている時間が、僕の心を落ち着けてくれる。毛糸の柔らかさと、無心で同じ動作の繰り返しは、いつしか僕の精神安定剤になっていた。
すると、ベッドに置きっぱなしだったスマホがブブっと震えた。
『よかったら、明日の放課後、被服室の見学に来ない?』
その誘いに心が踊る。
被服科の人達が、どんなふうに課題を制作しているのか、本当は入学当初からずっと気になっていた。
──被服室なんて、滅多に入れないからな……。
少しだけ自分に言い訳して、はやる気持ちを隠し『わかった』とだけ返事をする。
ずるずると、千嵐君のペースに飲み込まれていっている気がして悔しい。
スマホを置いて一息つくと、僕は再び続きを編み始めた。
次の日の放課後、少し緊張しながら被服室までの廊下をそわそわと歩き、僕は被服室へ向かう。
「……失礼します」
遠慮気味に教室へ入ると、そこは僕の知っている学校の教室ではなかった。
カタカタと針が上下するミシンの音や、シャーっと布にはさみが入る音。教室の半分は様々なミシンで埋め尽くされ、中には見たことのない形のももあった。奥の方にはパソコンと、卓球台に似た装置のようなものが置かれてある。
ミシンを真剣に見つめる生徒がいれば、同じようにパソコンに向かう生徒もいる。
同じ学校内の教室なのに、ここだけ、学生が勉学に勤しむ場所と感じられない。
職人が、己の技術を遺憾なく発揮し、作品作りに打ち込むアトリエのようだった。
「どう? 楽しそうだろ?」
「わっ! 千嵐君、びっくりさせないでよ!」
いきなり背中から声をかけられて、驚きのあまり前へ一歩飛び跳ねた。
「ははっ、悪い。真剣に眺めてるなぁって思ったら嬉しくてさ」
そう言ってこちらに向ける笑顔がワクワクしている子供のようで、思わずぐっと息を呑みこむ。
だけど、それより目を引いたのは、昨日とは打って変わって、落ち着いた雰囲気に纏められた彼の制服だった。
「……今日のテーマはなんなの?」
「ん? 今日は尚をエスコートする執事だよ」
「なっ……、なにそれっ!」
ニカっと笑った笑顔と、この約束の為に考えられたコーディネートかと思うと、一気にむず痒さがのぼってくる。
そんな僕の様子などお構いなしで、千嵐君は楽しそうにきっちりと締めたネクタイをさらっと跳ねさせた。
「さぁ、お坊ちゃま、何か気になるものはございましたか?」
そう言って千嵐君は僕の前に腕を差し出す。
動揺している事に気づかれてくなくて、つっけんどんな態度になってしまう。
「ちょっと、お坊ちゃまってなに?」
「あ、旦那様の方がいい?」
「そ、そういうことじゃなくてっ!」
からかわれているのに嫌な感じがしない。
恥ずかしくてくすぐったい気持ちの方が大きくて、赤く火照る頬に気づかれないよう、大きめの声で反撃する。
ははっと笑って、千嵐君は僕の手を取った。
「尚も、試しに何か作ってみる?」
「え?」
こっちと言いながら千嵐君の大きな手に引かれ、被服室の奥に連れていかれる。
僕が出来る事なんてないのに、何を企んでいるのか分からない。トルソーの前まで来ると、千嵐君は教室の隅にあった箱を抱えて持ってきた。
「この箱の中の布はなんでも使っていいから、このトルソーにドレス着せてやろう!」
ドレスの作り方なんてわかる訳がない。
そもそも、ミシンの使い方だって知らない。型紙だって必要じゃないの?
「ちょっと待って! 僕、服なんて作ったことないよ!」
「まぁまぁ、ちょっと見てて」
不敵な笑みを浮かべ、千嵐君は箱の中からおもむろに布を手に取った。
すると、目の前のトルソーの肩にその布を掛け、位置を調整しながらまち針で固定する。一枚目の布が終わると、新たな布をトルソーに巻き付け、更にくるんでいく。
その作業は、全体像が既に頭に入っているかのように迷いなく進んでいった。
大きな手から作り出される繊細なドレープが綺麗なシルエットを作り、今まで一枚の布だったことを忘れてしまいそうになる。
ふと千嵐君の顔に視線を移すと、その真剣な表情に魅入ってしまった。
僕をからかっていた、憎たらしいものとはまったく違う。トルソーから目を離さず集中している顔は、真剣そのものだった。
実際、千嵐君は整った綺麗な顔をしている。
すっきりとした骨格に、大きな目と口。少しだけ垂れた目元は愛嬌があるが、真剣な表情の時は鋭さが強調される。まち針を口に咥えている格好や布を抑える腕の筋肉に、いちいちドキドキしてしまうじゃないか。
「……よし、出来た! どう?」
千嵐君の横顔に見惚れていると、急にこちらを振り返られて目が合う。
慌てて顔を背け、熱くなった頬にごまかせない感情を感じた。
けれど、彼から逸らした視線の先に、彼の仕上げたトルソーが目に入って息を呑む。
「……え? これ、この時間で作れたの?」
さっきまで剥き出しだったなんの変哲もないトルソーが、カラフルなドレスを纏っている。
「えー、見てなかったのかよ。俺が今作業してたじゃん」
「そ、そうだけど……」
まさか途中から千嵐君を見ていたなんて言えない。
僕の視線に気付かないほど、彼が集中して作業していた事にも驚いた。
「これ……、どうなってるの? 本当にドレスみたい」
「面白いだろ? ピンワークって言うんだけど、このままディスプレイにしたり、この形を元に型紙を起こして立体裁断に入ったりするんだ。」
千嵐君が説明してくれていたけど、僕の興味は魔法で現れたかのような目の前のドレスだった。
上半身はトルソーの曲線に沿わせ、スカートとの境目にドレープを寄せて作った花のようなアクセントがある。ギャザーを寄せたスカートはアシンメトリーに調節されていた。
「……凄い」
「尚もやってみる?」
「……できるかな」
「大丈夫。正解なんて、人の数ほどある。だから出来ないなんてことはない」
そう言って、持っていた布を渡された。
並べられたトルソーを見ても明確なイメージは浮かんでこない。
でも、ワクワクしているのは隠せなかった。
考えていたって何も始まらない。千嵐君の言葉が、そっと背中を押す。
「ここに待ち針置いとくな」
千嵐君の声が、少し遠く感じた。
僕は渡された布を広げて、トルソーに羽織らせる。
合わせ襟を作るように重ねて、待ち針を打った。
「いいじゃん。着物みたいだな」
「……ねぇ、スカート部分のプリーツってどうやって作ればいいの?」
「あぁ、それは……」
そう言って、千嵐君は待ち針を持ち、僕の背中側に回る。
そして、僕を包むように腕を伸ばしてきた。
──ち、近いっ……!
「少しずつつまんで、幅を決めて……、固定したいところにこうやって止めればいいよ」
彼の声は確かに聞こえているのに、背中に感じる体温に気を取られ内容が頭に入ってこない。
千嵐君の指先が触れた場所に熱が残る。
「尚? 聞いてる?」
「きっ……、聞いてるっ!」
理解できたかと問われると、正直分からない。
いきなり急接近した千嵐君に、意識の全てを持っていかれてしまった。聞き直すわけにもいかず、耳まで熱くしたこの感情を落ち着ける事が、この時の最優先事項になってしまっていた。
「あ、ありがとう。やってみる」
僕は、続けて見たままを再現することに注力する。
待ち針を刺し、狙ったところに布を固定していく。作業を進めていくうちに、自分の想像力を試されているような気がしてきた。
折って摘まんだ布が、次にどう動かせるのか。
待ち針を刺すごとに、その世界に没頭していった。
「……よし」
「おう、良いじゃん」
見よう見まねで作った僕のドレスは、千嵐君が作ったものとは比べられないほど不格好だった。
スカートのプリーツは均等ではないし、気を付けたつもりだったのに、衿は左右で角度が違っていた。
それでも、何とか形になった僕のドレスを眺めていると、むずむずとした達成感が身体をくすぐる。
何かを作ること、それを誰かと共有すること──。
やっぱり僕は、創作が好きなんだと気づかされた瞬間だった。
気が付けば終業式を迎え、学校は夏休みに突入した。
「尚ー! ここどうやればいいのー?」
「ちょっと待ってて、今行くから」
被服室の端から端まで、千嵐君が僕を呼ぶ声が響いた。
夏休みに突入すると、僕は千嵐君の手伝いや希望者に編み物を教えるため、被服室へ通うようになっていた。
「結城君、ありがとう! すごい分かりやすかった。結城君、教えるの上手すぎない?」
「そうかな。またなんかあったらいつでも聞いて」
「千嵐君が、また尚くんって呼んでるよ〜」
「あ、うん。わかった」
被服科の生徒はほとんどが女子で、この教室にいる男子は僕と千嵐君だけだった。
少し前の僕なら、過去の『男なのに』という陰口を気にして、被服製作の手伝いなんて考えもしなかっただろう。
でも、千嵐君がいてくれるだけで心強い。いや、そもそもここで作業する人たちは、性別でとやかく言うような人たちじゃないのだろう。
そんな居心地のいい環境に、僕の頬は自然と緩みっぱなしだった。
「……なんだよ、楽しそうじゃん」
「なんか言った?」
普段より少し低い、ぼそっとつぶやいた声が聞こえた。
千嵐君は、面白くなさそうに口を曲げ、そっぽを向いている。
「ごめんごめん、無視したわけじゃないよ? きりのいいところまで教えたかったんだ」
「別に……、それは分かってるけどさ……」
「どうしたの? 僕、なんか変なことしてた?」
不貞腐れた理由が分からなくて、こっちを向いてくれないことに不安が募り、胸の奥が少しだけざわつく。
「……俺が見つけたのに……。尚は、俺の……」
「えっ?」
「あっ、いや……、なんでもない!」
ぼそぼそと、何を言ったのか聞こえなかった。
だけど、耳まで真っ赤にしてあたふたしている千嵐君の様子に、僕もつられて赤くなる。
「そ、そうだ! 明日、一緒に出掛けない?」
「ふぇっ?!」
千嵐君の突然の誘いに、間の抜けた声がでてしまった。
「なんだよ、その返事。あ、もう予定あった?」
「ないっ! 大丈夫っ!!」
慌てて返事をすると、僕の勢いに千嵐君は仰け反って驚いたように眼を丸くした。
食い気味に返事をしていたことに気付いて、僕は更に恥ずかしさを爆発させる。
「ははっ! じゃぁ、明日な」
さっきまでの慌てていた様子をすっかりおさめた千嵐君に、僕はまた違った熱さを身体に溜め込んでいた。
