いよいよ文化祭当日がやってきた。
教室は飾り付けられ、すっかり喫茶店に作り替えられている。
「ねぇ! ここちょっと寂しくない?」
「風船余ってるから、これ使う?」
飾りつけも順調に進み、教室内はお祭り気分で盛り上がっていた。
「結城君、これ見て!」
田辺さんがそう言って、ウエイトレスの子たちを連れて僕のところにやってきた。
「どうしたの?」
「完成品、まだ見せてなかったなって思って。どう? みんな、可愛く作れたでしょ?」
そう言って、それぞれが作ったヘッドバンドを頭にかぶって見せてくれた。
その満足そうな笑顔がキラキラしてるように見えて、僕は嬉しくて鼻の奥をツキンと痛める。
「凄いね。みんな可愛いよ」
「結城君が丁寧に教えてくれたから、本当に助かりました。ありがとう」
お礼を言われると、背中がくすぐったくて顔がにやけてしまう。
中学の時に“男なのに”ってからかわれた事がなんだったのかと思うほど、このクラスのみんなは僕をそのまま受け入れてくれた。
「なぁ、俺も可愛い?」
野太い声に振り返ると、そこには可愛らしいメイド服に身を包み、短髪にヘッドドレス姿の木村君が、決めポーズをして待っていた。
「ちょっ! ぶはははっ!!」
思わず大声で笑ってしまう。
それにつられて、教室中が大盛り上がりで爆笑の渦に巻き込まれた。
「やだぁ! 木村君、ウケる!」
「ウインクするなー!」
「可愛いでしょ?」
笑い過ぎて息が出来なかった。
苦しくて、お腹も痛くて。
でもそれは、幸福感に包まれるものだった。
「結城、ありがとな。ちゃんと、俺でも作れたわ」
「もう! その格好でお礼言われても、笑っちゃうよ」
「まぁ、俺は笑ってもらうのが役割だからな! 結城は午後からファッションショーの本番だろ? 頑張って来いよ」
「うん、ありがとう」
満足げな木村君の表情に、僕も勇気をもらえるような気がした。
控え室に移動して、奏斗から着替えを手伝ってもらいながら準備をする。
周りは慌ただしくしていたけど、僕らの周りの空気は、不思議と静かだった。
二人して、必要最低限でしか言葉を交わさない。
それが緊張なのか余裕なのかもわからないほど、無心だった。
やっとここまできた。
その事実が、じわじわと迫ってくるようだった。
ステージ脇に移動づると、さすがに手足が震えてきた。
また転びそうになったらどうしよう。
奏斗の作品を、ちゃんと審査員にアピールできなかったらどうしよう。
頭に浮かぶイメージが、急に失敗や良くないものばかりになっていった。
「尚、大丈夫。俺たちは最善を尽くした」
そう言って、真っ直ぐ僕を見つめてくる。
そっと頬を撫でてくれた感触に、少しづつ気持ちが落ち着いていくようだった。
「尚が殻を破って、初めて作品が完成する……」
「そうだね……」
声まで震えてきた。
──奏斗は、僕を信じてくれている。
僕は、強く拳を握りしめて覚悟を決める。
僕の順番まで、あと二人。
舞台袖から、スポットライトのあたるランウェイを見つめ、大きく息を吸って順番を待つ。
奏斗が、僕の背中に手を当ててきた。
そこには、僕の編んだ、最後の編み目がある──。
「尚。落ち着いて、ゆっくりな」
「うん、わかった」
そう返事をして、僕はステージへ一歩踏み出した。
体育館は大音量の音楽と光で溢れていた。
ステージの真ん中に進み出て正面を向くと、暗闇の中映し出された光の回廊が伸びていた。
自分が立っているところはまだ真っ暗で、目の前にしか光はない。
それは教室で、ただ何となく時間が過ぎるのを待っているだけの、殻に閉じこもっていた時代の僕を表しているようだった。
大きく息を吸って、光の中に一歩を踏み出す。
観客の視線が怖いかと思ったけど、照明のせいで辺りは真っ暗で誰の顔も見えない。
転ばないよう歩みを進めながら、僕は前身頃から出ている一本の毛糸をゆっくりと引っ張った。
僕が編んだ編み目が、一目ずつポロポロと解けていく──。
そして、開ききったその瞬間、胸の奥で火花が弾けるように心が躍った。
中から色鮮やかなパッチワークの布が広がり、つなぎのくすんだ色から変化する。
客席のどこかから、小さなざわめきが起こった。
羽化する蝶。
ずっと奏斗が思い描いていた情景を、今、僕が表現している。
それは、初めて目があったあの日、奏斗の眼には映っていたのかもしれない。
ほどくことは、諦めることじゃない。新しく生まれ変わるための準備だった。
思わず歩みを止めそうになるけど、スポットライトの光が少し先を照らしてくれるから、涙で滲む視界のまま、僕は一歩ずつ大切に歩く。
光は、奏斗だと思った。
暗闇で動けなかった僕を、誘導してくれる。
少しずつ全貌が見えてきた奏斗の作品の、最後の編み目に手をかける。
それは背中に長く一本、背骨のように腰のあたりまで編み繋げたものだった。
僕は後ろ首に手を伸ばし、編み終わりの糸を掴んで、息を吐きだす。
心を落ち着けてゆっくりとその糸を引いた。
一目ずつ、編み目が解けていく感触が手に伝わってきて、背中が静かに割れていく。
さなぎから成虫がゆっくり出てくるように、僕は今、ここで蝶になる──。
解けた背中から二枚の大きな羽が現れ、会場から感嘆の息が上がる。
その羽は、僕がレース編みで繋ぎ合わせ、作り直したものだ。
ランウェイの先端にたどり着き、両手で羽を広げるようにその布を広げる。スポットライトの光が、布を繋ぐレース編みの隙間から透けたり、引き揃えた毛糸の中のラメが反射させ、自由に会場の中を飛びまわった。
「きれい……」
ふと、客席から湧き上がる声が聞こえて、涙が溢れる。
奏斗にモデルに誘われなかったら、今ここには立っていない。自分が作ったものを、誰かに見てもらおうって思えなかったかもしれない。
奏斗が褒めてくれた、僕の編み物。
作る事が楽しくて、自己満足でいいと言い聞かせていた。
自分で作った殻に閉じこもって、出口を塞いでしまっていたけど、奏斗が解いてくれたんだ。
僕は、やっと羽化できた。
もう、今までみたいに周りの声に惑わされず、自分の意思を持つ。
奏斗と同じように──。
ランウェイをUターンして振り返った時、ステージ袖の奏斗と目が合った。
微笑んでいる奏斗の顔が見えた時、思わず駆け出しそうになったのをぐっと堪える。
溢れてくる涙の意味が何なのか、今ならわかるような気がした。
ステージ袖に到着して、僕は我慢できず奏斗に抱きついた。
「奏斗っ……!」
堪えきれない嗚咽が、喉を狭める。
奏斗の腕がぎゅっと強く抱きしめ返してくれた。
どうしたら、ずっと奏斗と一緒に創作活動を続けられるか考えていたのに、その答えを見つけられないままこの日を迎えてしまった。
──閉じこもっていた日々に、僕が出来たことがたくさんあっただろうな……。時間を無駄にしちゃってたんだ……。
後悔が押し寄せてきて、僕の涙は止まる気配がない。
すごすごと、奏斗に誘導されて控室に戻るしかなかった。
控室に到着して、用意されていた椅子に俯いたまま座る。
あとは結果発表を待つだけになってしまった。
寂しさや心細さから、奏斗の手を離せない。
「ほら、そんな暗い顔してないで」
待っている時間が、想像よりも長くて重い。
何も出来ることがないと、思考はどんどん悪い方へ流れてしまう。
「尚、最後まで付き合ってくれてありがとう」
「最後なんて、言わないでよ……」
その言葉が、僕の胸を引き裂く。
不安からのネガティブな思考に、奏斗の『最後』という言葉は聞きたくなかった。
奏斗と一緒に何かできるのがこれで終わりなんて、信じたくない。
「楽しかったな」
あぁ、過去の事のように話さないで。
羽を広げて、今から羽ばたくのだから、一人にしないで。
奏斗に縋りつきたい気持ちを、ぐっと腹の底へ押し込んだ。
いよいよ、結果発表の時間が訪れる。
係の人が控室に声を掛けにきた。
「皆さん、ステージに移動してください」
いよいよ、と思うと足がすくむ。
周りの人たちがぞろぞろと移動しだすのを眺めながら、僕は立ち上がるのが一歩遅くなってしまった。
「尚、大丈夫か?」
「う、うん……。いよいよかと思ったら、ちょっと、ね」
「そんなに気張るなよ。なるようになるから。ん?」
そう言って、奏斗は僕の目の前に手を差し出した。
吹っ切れたような清々しい笑顔が、逆に僕の心をかき乱す。
「ほら、遅れるぞ」
奏斗は、なかなか立ち上がれない僕の手を取り再びステージに向かった。
掴まれた腕から、奏斗の鼓動が伝わってくる。
それは僕と一緒でテンポが速い。
僕は、祈りを込めるように繋いだ手をぎゅっと握り返した。
「お待たせしました! それでは結果を発表いたします!」
視界の人の声が体育館に響く。
ステージに並べられた僕らは、みな緊張の面持ちで発表を待つ。
審査員がずらっと並んでいるのが見えて、僕は姿勢を正した。
「それでは、奨励賞の発表です」
名前を呼ばれた人たちが、一様に喜びを表している中、まだ名前を呼ばれない奏斗は微動だにしない。
大賞が呼ばれるのは最後。
だから、今呼ばれたらダメなんだ。
そんなことを考えているうちに、最後の優秀賞と大賞を残すのみになってしまった。
「続いて、優秀賞の発表です。優秀賞は……」
ここで呼ばれなかったら、大賞の可能性がある。
僕はぎゅっと目を瞑って、祈るように胸の前で手を合わせた。
「山本明奈さんです! おめでとう!」
──呼ばれなかった!
僕はその瞬間、思わず奏斗の手を取った。
でも、奏斗の表情が強張っているのが見えて、一気に不安が押し寄せる。
「奏斗……?」
思わず口をついて、ハッとした奏斗が振り返る。
「あ……、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。何?」
「いや……、なんでもない……」
嫌な予感がした。
奏斗はこのまま名前絵が呼ばれないと思っていそうだった。
そうなってしまったら──。
急に奏斗の背中が遠く感じる。
発表が怖い。
「それでは、今年最も優秀だった作品、大賞の発表です!」
視界の人の声が遠くに聞こえる。
僕は、そのまま音が聞こえなくなっていくようだった。
教室は飾り付けられ、すっかり喫茶店に作り替えられている。
「ねぇ! ここちょっと寂しくない?」
「風船余ってるから、これ使う?」
飾りつけも順調に進み、教室内はお祭り気分で盛り上がっていた。
「結城君、これ見て!」
田辺さんがそう言って、ウエイトレスの子たちを連れて僕のところにやってきた。
「どうしたの?」
「完成品、まだ見せてなかったなって思って。どう? みんな、可愛く作れたでしょ?」
そう言って、それぞれが作ったヘッドバンドを頭にかぶって見せてくれた。
その満足そうな笑顔がキラキラしてるように見えて、僕は嬉しくて鼻の奥をツキンと痛める。
「凄いね。みんな可愛いよ」
「結城君が丁寧に教えてくれたから、本当に助かりました。ありがとう」
お礼を言われると、背中がくすぐったくて顔がにやけてしまう。
中学の時に“男なのに”ってからかわれた事がなんだったのかと思うほど、このクラスのみんなは僕をそのまま受け入れてくれた。
「なぁ、俺も可愛い?」
野太い声に振り返ると、そこには可愛らしいメイド服に身を包み、短髪にヘッドドレス姿の木村君が、決めポーズをして待っていた。
「ちょっ! ぶはははっ!!」
思わず大声で笑ってしまう。
それにつられて、教室中が大盛り上がりで爆笑の渦に巻き込まれた。
「やだぁ! 木村君、ウケる!」
「ウインクするなー!」
「可愛いでしょ?」
笑い過ぎて息が出来なかった。
苦しくて、お腹も痛くて。
でもそれは、幸福感に包まれるものだった。
「結城、ありがとな。ちゃんと、俺でも作れたわ」
「もう! その格好でお礼言われても、笑っちゃうよ」
「まぁ、俺は笑ってもらうのが役割だからな! 結城は午後からファッションショーの本番だろ? 頑張って来いよ」
「うん、ありがとう」
満足げな木村君の表情に、僕も勇気をもらえるような気がした。
控え室に移動して、奏斗から着替えを手伝ってもらいながら準備をする。
周りは慌ただしくしていたけど、僕らの周りの空気は、不思議と静かだった。
二人して、必要最低限でしか言葉を交わさない。
それが緊張なのか余裕なのかもわからないほど、無心だった。
やっとここまできた。
その事実が、じわじわと迫ってくるようだった。
ステージ脇に移動づると、さすがに手足が震えてきた。
また転びそうになったらどうしよう。
奏斗の作品を、ちゃんと審査員にアピールできなかったらどうしよう。
頭に浮かぶイメージが、急に失敗や良くないものばかりになっていった。
「尚、大丈夫。俺たちは最善を尽くした」
そう言って、真っ直ぐ僕を見つめてくる。
そっと頬を撫でてくれた感触に、少しづつ気持ちが落ち着いていくようだった。
「尚が殻を破って、初めて作品が完成する……」
「そうだね……」
声まで震えてきた。
──奏斗は、僕を信じてくれている。
僕は、強く拳を握りしめて覚悟を決める。
僕の順番まで、あと二人。
舞台袖から、スポットライトのあたるランウェイを見つめ、大きく息を吸って順番を待つ。
奏斗が、僕の背中に手を当ててきた。
そこには、僕の編んだ、最後の編み目がある──。
「尚。落ち着いて、ゆっくりな」
「うん、わかった」
そう返事をして、僕はステージへ一歩踏み出した。
体育館は大音量の音楽と光で溢れていた。
ステージの真ん中に進み出て正面を向くと、暗闇の中映し出された光の回廊が伸びていた。
自分が立っているところはまだ真っ暗で、目の前にしか光はない。
それは教室で、ただ何となく時間が過ぎるのを待っているだけの、殻に閉じこもっていた時代の僕を表しているようだった。
大きく息を吸って、光の中に一歩を踏み出す。
観客の視線が怖いかと思ったけど、照明のせいで辺りは真っ暗で誰の顔も見えない。
転ばないよう歩みを進めながら、僕は前身頃から出ている一本の毛糸をゆっくりと引っ張った。
僕が編んだ編み目が、一目ずつポロポロと解けていく──。
そして、開ききったその瞬間、胸の奥で火花が弾けるように心が躍った。
中から色鮮やかなパッチワークの布が広がり、つなぎのくすんだ色から変化する。
客席のどこかから、小さなざわめきが起こった。
羽化する蝶。
ずっと奏斗が思い描いていた情景を、今、僕が表現している。
それは、初めて目があったあの日、奏斗の眼には映っていたのかもしれない。
ほどくことは、諦めることじゃない。新しく生まれ変わるための準備だった。
思わず歩みを止めそうになるけど、スポットライトの光が少し先を照らしてくれるから、涙で滲む視界のまま、僕は一歩ずつ大切に歩く。
光は、奏斗だと思った。
暗闇で動けなかった僕を、誘導してくれる。
少しずつ全貌が見えてきた奏斗の作品の、最後の編み目に手をかける。
それは背中に長く一本、背骨のように腰のあたりまで編み繋げたものだった。
僕は後ろ首に手を伸ばし、編み終わりの糸を掴んで、息を吐きだす。
心を落ち着けてゆっくりとその糸を引いた。
一目ずつ、編み目が解けていく感触が手に伝わってきて、背中が静かに割れていく。
さなぎから成虫がゆっくり出てくるように、僕は今、ここで蝶になる──。
解けた背中から二枚の大きな羽が現れ、会場から感嘆の息が上がる。
その羽は、僕がレース編みで繋ぎ合わせ、作り直したものだ。
ランウェイの先端にたどり着き、両手で羽を広げるようにその布を広げる。スポットライトの光が、布を繋ぐレース編みの隙間から透けたり、引き揃えた毛糸の中のラメが反射させ、自由に会場の中を飛びまわった。
「きれい……」
ふと、客席から湧き上がる声が聞こえて、涙が溢れる。
奏斗にモデルに誘われなかったら、今ここには立っていない。自分が作ったものを、誰かに見てもらおうって思えなかったかもしれない。
奏斗が褒めてくれた、僕の編み物。
作る事が楽しくて、自己満足でいいと言い聞かせていた。
自分で作った殻に閉じこもって、出口を塞いでしまっていたけど、奏斗が解いてくれたんだ。
僕は、やっと羽化できた。
もう、今までみたいに周りの声に惑わされず、自分の意思を持つ。
奏斗と同じように──。
ランウェイをUターンして振り返った時、ステージ袖の奏斗と目が合った。
微笑んでいる奏斗の顔が見えた時、思わず駆け出しそうになったのをぐっと堪える。
溢れてくる涙の意味が何なのか、今ならわかるような気がした。
ステージ袖に到着して、僕は我慢できず奏斗に抱きついた。
「奏斗っ……!」
堪えきれない嗚咽が、喉を狭める。
奏斗の腕がぎゅっと強く抱きしめ返してくれた。
どうしたら、ずっと奏斗と一緒に創作活動を続けられるか考えていたのに、その答えを見つけられないままこの日を迎えてしまった。
──閉じこもっていた日々に、僕が出来たことがたくさんあっただろうな……。時間を無駄にしちゃってたんだ……。
後悔が押し寄せてきて、僕の涙は止まる気配がない。
すごすごと、奏斗に誘導されて控室に戻るしかなかった。
控室に到着して、用意されていた椅子に俯いたまま座る。
あとは結果発表を待つだけになってしまった。
寂しさや心細さから、奏斗の手を離せない。
「ほら、そんな暗い顔してないで」
待っている時間が、想像よりも長くて重い。
何も出来ることがないと、思考はどんどん悪い方へ流れてしまう。
「尚、最後まで付き合ってくれてありがとう」
「最後なんて、言わないでよ……」
その言葉が、僕の胸を引き裂く。
不安からのネガティブな思考に、奏斗の『最後』という言葉は聞きたくなかった。
奏斗と一緒に何かできるのがこれで終わりなんて、信じたくない。
「楽しかったな」
あぁ、過去の事のように話さないで。
羽を広げて、今から羽ばたくのだから、一人にしないで。
奏斗に縋りつきたい気持ちを、ぐっと腹の底へ押し込んだ。
いよいよ、結果発表の時間が訪れる。
係の人が控室に声を掛けにきた。
「皆さん、ステージに移動してください」
いよいよ、と思うと足がすくむ。
周りの人たちがぞろぞろと移動しだすのを眺めながら、僕は立ち上がるのが一歩遅くなってしまった。
「尚、大丈夫か?」
「う、うん……。いよいよかと思ったら、ちょっと、ね」
「そんなに気張るなよ。なるようになるから。ん?」
そう言って、奏斗は僕の目の前に手を差し出した。
吹っ切れたような清々しい笑顔が、逆に僕の心をかき乱す。
「ほら、遅れるぞ」
奏斗は、なかなか立ち上がれない僕の手を取り再びステージに向かった。
掴まれた腕から、奏斗の鼓動が伝わってくる。
それは僕と一緒でテンポが速い。
僕は、祈りを込めるように繋いだ手をぎゅっと握り返した。
「お待たせしました! それでは結果を発表いたします!」
視界の人の声が体育館に響く。
ステージに並べられた僕らは、みな緊張の面持ちで発表を待つ。
審査員がずらっと並んでいるのが見えて、僕は姿勢を正した。
「それでは、奨励賞の発表です」
名前を呼ばれた人たちが、一様に喜びを表している中、まだ名前を呼ばれない奏斗は微動だにしない。
大賞が呼ばれるのは最後。
だから、今呼ばれたらダメなんだ。
そんなことを考えているうちに、最後の優秀賞と大賞を残すのみになってしまった。
「続いて、優秀賞の発表です。優秀賞は……」
ここで呼ばれなかったら、大賞の可能性がある。
僕はぎゅっと目を瞑って、祈るように胸の前で手を合わせた。
「山本明奈さんです! おめでとう!」
──呼ばれなかった!
僕はその瞬間、思わず奏斗の手を取った。
でも、奏斗の表情が強張っているのが見えて、一気に不安が押し寄せる。
「奏斗……?」
思わず口をついて、ハッとした奏斗が振り返る。
「あ……、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。何?」
「いや……、なんでもない……」
嫌な予感がした。
奏斗はこのまま名前絵が呼ばれないと思っていそうだった。
そうなってしまったら──。
急に奏斗の背中が遠く感じる。
発表が怖い。
「それでは、今年最も優秀だった作品、大賞の発表です!」
視界の人の声が遠くに聞こえる。
僕は、そのまま音が聞こえなくなっていくようだった。
