僕たちは、急いで真人さんの店に向かった。
奏斗の中では、もう新しいデザインが頭の中に描かれているらしい。
「真人さん! ごめん、ちょっと商品探してもいい?」
「あれ、奏斗。こんな時間にどうした?」
「ごめん、時間がないんだ! あとで説明する!」
奏斗はそう言って、すぐに商品を探し始めた。
何も説明されていなかった僕は、どうしたらいいか分からず店の入り口で立ち尽くしてしまった。
「何かあった?」
「あの……、コンテスト用の作品を破いてしまって……。それで、作り直すって……」
「あぁ、言ってたやつか……」
真人さんのその口ぶりに、奏斗が既に相談していたことが伺えた。
奏斗の違和感に気づかなかったわけじゃない。
僕にそれを聞き出せる勇気があれば、もっと早く結論が出せていたのかもしれない。そう思うと、責任を感じてしまう。
そんな僕に気が付いたのか、真人さんが口を開いた。
「奏斗はああ見えて、自分の世界に閉じこもる癖があるんだ。だから何か思いつくと、いつも一人で突っ走る。でも今回は、かなり悩んでいたよ。君がいることで、少し周りが見えてきたのかもな」
「そんな、僕は何も……」
真人さんの言葉に、どう答えていいか分からない。
僕が、奏斗になにか影響を与えられているとは考えてもいなかった。
「奏斗は、いつも一人で創作に打ち込んでた。でも今は、君と一緒にやれてる事が楽しそうだ」
真人さんの言葉が胸に刺さる。
改めてそう思うと、自然と拳に力が入った。
後悔しないように、僕もやれることを全力でやろう。
きっとそれが、形になってくれるはずだ。
「奏斗! 何を探してるの? 僕も一緒に探すから!」
「あぁ、尚! ちょうどいいところに来た! ちょっとこれ着てみて!」
探し出した奏斗は、つなぎのような服を持っていた。
それをぐっと差し出し、僕に試着を進めてきた。
「つなぎ? これ着ればいいの?」
「サイズ感、確認したくてさ。さすがに今から作るのは時間ないから、ここから加工する」
「わかった」
奏斗の構想はまだよくわからなかったけど、それでもその表情からワクワクしているのが伝わってくる。
僕もそうだけど、言葉で頭の中の設計図を誰かに伝えるのは苦手だった。
ずっと一人で創作していたから、誰かにそれを伝える必要がなかったからだと思う。
奏斗も、僕と同じなんだ。
奏斗だって今、殻を破ろうとしているのかもしれない──。
「着てみたけど、ちょっと大きくない?」
「あぁ、それでいい。これだけ余裕あったら大丈夫かな。そしたら会計して学校戻ろう」
奏斗に用意されたつなぎを着てみたら、僕には大きすぎて手も足も隠れてしまいそうだった。
くすんだカーキの枯葉に隠れる様な地味な色。
ぶかぶかで、僕自身をぐるっと隠してくれる大きさ。
──さなぎみたい……。
少しだけ、奏斗の意図が伝わってくるようで、僕は静かに頷く。
「奏斗! それ、そのまま持って行っていいよ。俺からのカンパ。悔いのないように頑張れよ!」
「真人さん、ありがとう!」
僕たちは急いで学校に戻った。
被服室に到着すると、そこにはもう麻耶さんの姿はなかった。
「麻耶には帰ってもらった。あいつ、裁縫まるでダメなんだぜ」
「なんでもできそうに見えるけど……。わからないもんだね」
意外な麻耶さんの弱点に、少しだけ親近感がわいてしまう。
「そしたらごめん、これほどいてパーツにしてくれる?」
「分解するの?」
奏斗から渡された、ほぼ完成されていた作品を眺めると、改めてその罪悪感に心が痛む。
せっかくここまで形になっていたものを、もう一度バラバラにするなんて──。
「確かに、勿体ないって思うよなぁ。でもさ、尚だって途中でこれじゃないなって思う時ない? もう一回やり直すために、編んでたものほどいたりしない?」
「それは……、やるかも」
「だろ? だから、今の俺の頭はそんな感じ。もっと良くしたいだけだから信じて?」
その言葉に、僕は腹を括る。
丁寧にミシンで縫われているところを、ニッパーを使って上糸を切る。そこから糸を引き抜くと、ポロポロと縫い目が解けて、縫っていたものが分解されていく。
「そう言えばさ……」
手を動かしながら、奏斗がぼそっと呟いた。
「なに?」
「幼虫がさなぎになって羽化する前ってさ、一度ドロドロに溶けるって知ってた?」
「そうなの? 考えたことなかった……。でも、確かにカエルみたいに足が生えてきて、とかじゃないもんね」
「なんかさ、今のこの作業が、蝶になる前の状態みたいだなって思ったら、ワクワクしてきた」
奏斗の考え方に、ふっと肩の力が抜ける。
さっきまでの悲壮感なんて、奏斗の温かさに溶けて消えてしまう。
「ふふっ、奏斗って案外ロマンチストだよね」
「えっ? 何だよ。そんな変な事言った?」
「いや……、素敵だと思う」
何度も何度も同じ作業を繰り返し、とうとうすべての縫い目を解き終わる。
「奏斗、全部終わったよ」
「ありがとう。じゃあ、小さめのパーツを繋げて大きな一枚にしてほしいんけど、ミシン使える?」
「それって、パッチワークみたいなこと?」
「そうそう。解いた布を、もう一度形作って羽を作る。……あぁ、本当に羽化するみたいだな」
その言葉に、僕はある事を思いつく。
時間は、正直ぎりぎりだろう。
でも、迷っているだけ無駄だった。
「あのさ……。それ、ミシンで縫うんじゃなくて、僕のレース編みで繋げてもいいかな」
空気が一瞬止まって、奏斗の表情が固まった。
僕は、出しゃばったことを言ってしまったかと、途端に後悔する。
「余計な事だったね……。ごめん、じゃあ早速ミシンかけるよ」
「いやっ! 違う、尚の提案でいこう! うん、それ凄くいいから!」
興奮して食い気味に、奏斗が畳みかけてきた。
その勢いに驚きながら、認められたようで嬉しくなる。
「よかった。それじゃ、教室にかぎ針取りに行ってくるね」
「おう! 頼んだ!」
そう言って、僕は被服室から自分のかぎ針セットを取りに教室へ向かった。
辺りはすでに真っ暗で、他の生徒はほとんど下校しているようだった。
そんな中、奏斗と一緒に作品を作れる楽しさを噛み締める。
──念のためにかぎ針セット持ってきててよかった。
僕は、鞄の中から道具袋を取り出し、急いで被服室に戻る。
早く編みたくてしょうがない。
僕にとって編み物は、不安や寂しさを誤魔化す為の作業だった。
でも今、作品を作る楽しさが、ちゃんと上回っている気がした。
過去の嫌な思い出や、自分が犯した過ちもすべて、どろどろに溶けて他のものに作り替えられている。
ふと、廊下の先に人影が見えた。
──あ、麻耶さん……。
少し強張った声と表情が、緊張を連れてくる。
麻耶さんだって、奏斗の大賞を望んでいる一人だ。
僕は、なんて声をかけていいのかわからず、その場に立ち尽くしてしまった。
「私は……、モデルになって奏斗のデザインした服を着てランウェイに立つことが子供の頃からの夢だったの。そのために、モデル事務所に所属したし、ウォーキングのレッスンも受けてきた……」
麻耶さんもまた、夢を追いかける人だった。
「悔しかった。ずっと、奏斗のモデルは、私がやるもんだと思ってたから……。あの作品も、奏斗らしくて素敵だった。着たいと思った。なんで私じゃないのって、イラついた……」
静かに話す麻耶さんに、僕は何も返すことが出来なかった。
「ずっと私の場所だったのに……」
その言葉に、僕の胸は張り裂けそうになる。
これまでの二人の関係性を、僕は知らない。長い年月をかけて築き上げたものがあるのだろう。
「……僕だって、麻耶さんが羨ましいよ」
僕の言葉に、麻耶さんも返事はない。
「もっと早く奏斗と出会えていれば、今回の作品だけじゃなくて、いろんなものを作れたかもしれない。もっと他の技法も生み出せたかもしれない」
そして、僕の高校生活も、陰に隠れたものじゃなかったかもしれない。
「でもね、こうだったら、あぁだったらって、考えたらきりがないと思う。大事なのは、奏斗がどうしたいかだし、僕は、彼が大賞を取るために協力するだけだよ」
僕がそう言うと、麻耶さんはハッとして、その大きな瞳に涙を溜めている。
フルフルと震える細い肩に、僕は何もしてやれない。
「さっき、二人の間に入れる隙間がないって感じちゃった。私、裁縫苦手なの。だから、もう何も手伝えない……」
「ははっ、さっき奏斗から教えてもらったけど、本当だったんだね」
「えっ? 奏斗の奴、言わなくてもいいじゃん!」
悔しそうにそう話す彼女の顔には、少しだけ吹っ切れたような光が見えた。
「奏斗が今一番作りたいものは、君が着ている姿しか想像していない。もう、どんな惚気だよって思った」
「のっ……、惚気って……」
突然の思っても見ないワードに、思わず取り乱してしまう。
その様子を見ていた麻耶さんが、少しだけふふっと笑った。
「あ、あの……。こんなこと麻耶さんにお願いすることじゃないのは分かってるんだけど……」
「なに?」
不穏な空気を感じたのか、麻耶さんの表情が少し曇った。
僕は、僕自身で過去にけじめをつけなきゃならないんだ。
「もしわかったらで良いんだけど……。井上さんに、僕の作ったものを出品していたサイトの連絡先、襲えて欲しいって伝えてくれないかな」
「その事も、私の早とちりで責めちゃってごめん。奏斗から、ちゃんと真相聞いたよ。横流しみたいなもんじゃん。」
「いや、でも僕だってうっすら気付いてたから同罪だよ。それでね、あのサイトを管理していたのは井上さんで、僕は何も対応してなかったんだ。だから、僕の文章で謝罪していない。それに、作家さんにも……。連絡は取れないかもしれないけど、やれることは全部やって、もう二度と同じ過ちはおこさないって誓いたいんだ」
こんなこと、ただの自己満足かもしれない。
だけど、ちゃんと自分で、自分の言葉で謝罪したかった。
「あの子が、そう言う事記録してるかは怪しいけど……。ダメもとで聞いてみるわ」
「ごめん、ありがとう」
少しだけ、前に進めたような気がする。
「大賞、期待してるから」
そう言い残すと、吹っ切れたように颯爽と帰っていった。
その後ろ姿から、エールを送られたような気がして、拳を強く握り僕の行くべき所へ歩き出す。
「ごめん、遅くなった!」
急いで被服室に戻ると、奏斗はミシンに向かって作業していた。
「あぁ、大丈夫。さっき麻耶が来て、差し入れ持ってきてくれたんだ」
「……僕も、さっき廊下で会ったよ。なんか、ごめんね……」
「もう謝るのは無し! そんな時間があったら、さっさと進めようぜ」
そうだ。
今は余計な事を気にしている場合じゃない。
ミシンより、僕のレース編みの方が時間がかかるはず。
「レース編みで繋げてほしいのは、大きめ二枚分だな。その他は俺がミシンで繋げる」
「わかった! こっちは任せて」
僕はそう言い切って、すぐに作業に取り掛かった。
教室には、奏斗が使うミシンの音と、僕が糸を引く僅かなシャーという音だけが響く。
二人だけの世界のようで、夢中になって作業を進めた。
「おい、まだ残っていたのか? さすがにもう今日は帰れ」
見回りの先生に声を掛けられ、僕たちは学校を追い出される。
「もうこんな時間か……。俺は家にあるミシンでできるところまで進めておくわ」
「じゃあ僕も、家でやってくる!」
「無理すんなよ。寝不足で本番倒れられても困るんだからな」
それぞれ、自宅でできる作業に絞って材料を持ち帰り、学校をあとにした。
家に着いた僕は、夕飯もそこそこに、解いた布たちを繋ぎ合わせる。
それは祈りのような、儀式のような、今まで編み物をする時には感じたことのない感覚があった。
興奮しているのか、眠気なんて一切感じない。
僕はひたすら編み続けた。
今まで、自分の為だけに編んでいた衝動のように、奏斗の事を想いながら──。
奏斗の中では、もう新しいデザインが頭の中に描かれているらしい。
「真人さん! ごめん、ちょっと商品探してもいい?」
「あれ、奏斗。こんな時間にどうした?」
「ごめん、時間がないんだ! あとで説明する!」
奏斗はそう言って、すぐに商品を探し始めた。
何も説明されていなかった僕は、どうしたらいいか分からず店の入り口で立ち尽くしてしまった。
「何かあった?」
「あの……、コンテスト用の作品を破いてしまって……。それで、作り直すって……」
「あぁ、言ってたやつか……」
真人さんのその口ぶりに、奏斗が既に相談していたことが伺えた。
奏斗の違和感に気づかなかったわけじゃない。
僕にそれを聞き出せる勇気があれば、もっと早く結論が出せていたのかもしれない。そう思うと、責任を感じてしまう。
そんな僕に気が付いたのか、真人さんが口を開いた。
「奏斗はああ見えて、自分の世界に閉じこもる癖があるんだ。だから何か思いつくと、いつも一人で突っ走る。でも今回は、かなり悩んでいたよ。君がいることで、少し周りが見えてきたのかもな」
「そんな、僕は何も……」
真人さんの言葉に、どう答えていいか分からない。
僕が、奏斗になにか影響を与えられているとは考えてもいなかった。
「奏斗は、いつも一人で創作に打ち込んでた。でも今は、君と一緒にやれてる事が楽しそうだ」
真人さんの言葉が胸に刺さる。
改めてそう思うと、自然と拳に力が入った。
後悔しないように、僕もやれることを全力でやろう。
きっとそれが、形になってくれるはずだ。
「奏斗! 何を探してるの? 僕も一緒に探すから!」
「あぁ、尚! ちょうどいいところに来た! ちょっとこれ着てみて!」
探し出した奏斗は、つなぎのような服を持っていた。
それをぐっと差し出し、僕に試着を進めてきた。
「つなぎ? これ着ればいいの?」
「サイズ感、確認したくてさ。さすがに今から作るのは時間ないから、ここから加工する」
「わかった」
奏斗の構想はまだよくわからなかったけど、それでもその表情からワクワクしているのが伝わってくる。
僕もそうだけど、言葉で頭の中の設計図を誰かに伝えるのは苦手だった。
ずっと一人で創作していたから、誰かにそれを伝える必要がなかったからだと思う。
奏斗も、僕と同じなんだ。
奏斗だって今、殻を破ろうとしているのかもしれない──。
「着てみたけど、ちょっと大きくない?」
「あぁ、それでいい。これだけ余裕あったら大丈夫かな。そしたら会計して学校戻ろう」
奏斗に用意されたつなぎを着てみたら、僕には大きすぎて手も足も隠れてしまいそうだった。
くすんだカーキの枯葉に隠れる様な地味な色。
ぶかぶかで、僕自身をぐるっと隠してくれる大きさ。
──さなぎみたい……。
少しだけ、奏斗の意図が伝わってくるようで、僕は静かに頷く。
「奏斗! それ、そのまま持って行っていいよ。俺からのカンパ。悔いのないように頑張れよ!」
「真人さん、ありがとう!」
僕たちは急いで学校に戻った。
被服室に到着すると、そこにはもう麻耶さんの姿はなかった。
「麻耶には帰ってもらった。あいつ、裁縫まるでダメなんだぜ」
「なんでもできそうに見えるけど……。わからないもんだね」
意外な麻耶さんの弱点に、少しだけ親近感がわいてしまう。
「そしたらごめん、これほどいてパーツにしてくれる?」
「分解するの?」
奏斗から渡された、ほぼ完成されていた作品を眺めると、改めてその罪悪感に心が痛む。
せっかくここまで形になっていたものを、もう一度バラバラにするなんて──。
「確かに、勿体ないって思うよなぁ。でもさ、尚だって途中でこれじゃないなって思う時ない? もう一回やり直すために、編んでたものほどいたりしない?」
「それは……、やるかも」
「だろ? だから、今の俺の頭はそんな感じ。もっと良くしたいだけだから信じて?」
その言葉に、僕は腹を括る。
丁寧にミシンで縫われているところを、ニッパーを使って上糸を切る。そこから糸を引き抜くと、ポロポロと縫い目が解けて、縫っていたものが分解されていく。
「そう言えばさ……」
手を動かしながら、奏斗がぼそっと呟いた。
「なに?」
「幼虫がさなぎになって羽化する前ってさ、一度ドロドロに溶けるって知ってた?」
「そうなの? 考えたことなかった……。でも、確かにカエルみたいに足が生えてきて、とかじゃないもんね」
「なんかさ、今のこの作業が、蝶になる前の状態みたいだなって思ったら、ワクワクしてきた」
奏斗の考え方に、ふっと肩の力が抜ける。
さっきまでの悲壮感なんて、奏斗の温かさに溶けて消えてしまう。
「ふふっ、奏斗って案外ロマンチストだよね」
「えっ? 何だよ。そんな変な事言った?」
「いや……、素敵だと思う」
何度も何度も同じ作業を繰り返し、とうとうすべての縫い目を解き終わる。
「奏斗、全部終わったよ」
「ありがとう。じゃあ、小さめのパーツを繋げて大きな一枚にしてほしいんけど、ミシン使える?」
「それって、パッチワークみたいなこと?」
「そうそう。解いた布を、もう一度形作って羽を作る。……あぁ、本当に羽化するみたいだな」
その言葉に、僕はある事を思いつく。
時間は、正直ぎりぎりだろう。
でも、迷っているだけ無駄だった。
「あのさ……。それ、ミシンで縫うんじゃなくて、僕のレース編みで繋げてもいいかな」
空気が一瞬止まって、奏斗の表情が固まった。
僕は、出しゃばったことを言ってしまったかと、途端に後悔する。
「余計な事だったね……。ごめん、じゃあ早速ミシンかけるよ」
「いやっ! 違う、尚の提案でいこう! うん、それ凄くいいから!」
興奮して食い気味に、奏斗が畳みかけてきた。
その勢いに驚きながら、認められたようで嬉しくなる。
「よかった。それじゃ、教室にかぎ針取りに行ってくるね」
「おう! 頼んだ!」
そう言って、僕は被服室から自分のかぎ針セットを取りに教室へ向かった。
辺りはすでに真っ暗で、他の生徒はほとんど下校しているようだった。
そんな中、奏斗と一緒に作品を作れる楽しさを噛み締める。
──念のためにかぎ針セット持ってきててよかった。
僕は、鞄の中から道具袋を取り出し、急いで被服室に戻る。
早く編みたくてしょうがない。
僕にとって編み物は、不安や寂しさを誤魔化す為の作業だった。
でも今、作品を作る楽しさが、ちゃんと上回っている気がした。
過去の嫌な思い出や、自分が犯した過ちもすべて、どろどろに溶けて他のものに作り替えられている。
ふと、廊下の先に人影が見えた。
──あ、麻耶さん……。
少し強張った声と表情が、緊張を連れてくる。
麻耶さんだって、奏斗の大賞を望んでいる一人だ。
僕は、なんて声をかけていいのかわからず、その場に立ち尽くしてしまった。
「私は……、モデルになって奏斗のデザインした服を着てランウェイに立つことが子供の頃からの夢だったの。そのために、モデル事務所に所属したし、ウォーキングのレッスンも受けてきた……」
麻耶さんもまた、夢を追いかける人だった。
「悔しかった。ずっと、奏斗のモデルは、私がやるもんだと思ってたから……。あの作品も、奏斗らしくて素敵だった。着たいと思った。なんで私じゃないのって、イラついた……」
静かに話す麻耶さんに、僕は何も返すことが出来なかった。
「ずっと私の場所だったのに……」
その言葉に、僕の胸は張り裂けそうになる。
これまでの二人の関係性を、僕は知らない。長い年月をかけて築き上げたものがあるのだろう。
「……僕だって、麻耶さんが羨ましいよ」
僕の言葉に、麻耶さんも返事はない。
「もっと早く奏斗と出会えていれば、今回の作品だけじゃなくて、いろんなものを作れたかもしれない。もっと他の技法も生み出せたかもしれない」
そして、僕の高校生活も、陰に隠れたものじゃなかったかもしれない。
「でもね、こうだったら、あぁだったらって、考えたらきりがないと思う。大事なのは、奏斗がどうしたいかだし、僕は、彼が大賞を取るために協力するだけだよ」
僕がそう言うと、麻耶さんはハッとして、その大きな瞳に涙を溜めている。
フルフルと震える細い肩に、僕は何もしてやれない。
「さっき、二人の間に入れる隙間がないって感じちゃった。私、裁縫苦手なの。だから、もう何も手伝えない……」
「ははっ、さっき奏斗から教えてもらったけど、本当だったんだね」
「えっ? 奏斗の奴、言わなくてもいいじゃん!」
悔しそうにそう話す彼女の顔には、少しだけ吹っ切れたような光が見えた。
「奏斗が今一番作りたいものは、君が着ている姿しか想像していない。もう、どんな惚気だよって思った」
「のっ……、惚気って……」
突然の思っても見ないワードに、思わず取り乱してしまう。
その様子を見ていた麻耶さんが、少しだけふふっと笑った。
「あ、あの……。こんなこと麻耶さんにお願いすることじゃないのは分かってるんだけど……」
「なに?」
不穏な空気を感じたのか、麻耶さんの表情が少し曇った。
僕は、僕自身で過去にけじめをつけなきゃならないんだ。
「もしわかったらで良いんだけど……。井上さんに、僕の作ったものを出品していたサイトの連絡先、襲えて欲しいって伝えてくれないかな」
「その事も、私の早とちりで責めちゃってごめん。奏斗から、ちゃんと真相聞いたよ。横流しみたいなもんじゃん。」
「いや、でも僕だってうっすら気付いてたから同罪だよ。それでね、あのサイトを管理していたのは井上さんで、僕は何も対応してなかったんだ。だから、僕の文章で謝罪していない。それに、作家さんにも……。連絡は取れないかもしれないけど、やれることは全部やって、もう二度と同じ過ちはおこさないって誓いたいんだ」
こんなこと、ただの自己満足かもしれない。
だけど、ちゃんと自分で、自分の言葉で謝罪したかった。
「あの子が、そう言う事記録してるかは怪しいけど……。ダメもとで聞いてみるわ」
「ごめん、ありがとう」
少しだけ、前に進めたような気がする。
「大賞、期待してるから」
そう言い残すと、吹っ切れたように颯爽と帰っていった。
その後ろ姿から、エールを送られたような気がして、拳を強く握り僕の行くべき所へ歩き出す。
「ごめん、遅くなった!」
急いで被服室に戻ると、奏斗はミシンに向かって作業していた。
「あぁ、大丈夫。さっき麻耶が来て、差し入れ持ってきてくれたんだ」
「……僕も、さっき廊下で会ったよ。なんか、ごめんね……」
「もう謝るのは無し! そんな時間があったら、さっさと進めようぜ」
そうだ。
今は余計な事を気にしている場合じゃない。
ミシンより、僕のレース編みの方が時間がかかるはず。
「レース編みで繋げてほしいのは、大きめ二枚分だな。その他は俺がミシンで繋げる」
「わかった! こっちは任せて」
僕はそう言い切って、すぐに作業に取り掛かった。
教室には、奏斗が使うミシンの音と、僕が糸を引く僅かなシャーという音だけが響く。
二人だけの世界のようで、夢中になって作業を進めた。
「おい、まだ残っていたのか? さすがにもう今日は帰れ」
見回りの先生に声を掛けられ、僕たちは学校を追い出される。
「もうこんな時間か……。俺は家にあるミシンでできるところまで進めておくわ」
「じゃあ僕も、家でやってくる!」
「無理すんなよ。寝不足で本番倒れられても困るんだからな」
それぞれ、自宅でできる作業に絞って材料を持ち帰り、学校をあとにした。
家に着いた僕は、夕飯もそこそこに、解いた布たちを繋ぎ合わせる。
それは祈りのような、儀式のような、今まで編み物をする時には感じたことのない感覚があった。
興奮しているのか、眠気なんて一切感じない。
僕はひたすら編み続けた。
今まで、自分の為だけに編んでいた衝動のように、奏斗の事を想いながら──。
