「真野は、さ」
オレはそろっと爽やかイケメンを見上げた。
「なんで友達とか言ったの?」
真野がきょとんとして突っ立った。
「あ、違う。突飛な言い方をした。ええと、だから、なんでオレみたいなやつと友達になろうなんて思ったの」
少し勇気がいった。こういうことを聞くのは多分普通じゃない。でも、知りたい。オレ、真野と違って全然魅力ない。
「真野って明らかに一軍男子じゃん。なんでオレ?」
「同じものが好きって仲良くなるだろ? 部活とかと同じだろ。ってか、一軍男子ってなに? 定義は?」
「……背が高いイケメン。委員長とか属性がつくとさらに強化される。……オレ調べ」
ぷはっと真野が吹き出して、オレも笑った。
「一軍男子とか分かんねえけど」
プシュー。ホームに入ってきた電車のドアが開く。
「シール好きに悪いやつはいない! 俺調べ!」
「初めてまともな俺調べを聞いた」
「初めてってなんだよ」
ははっと笑い合うと、電車に乗った。
朝の混雑とか、電車通学はまだ慣れない。でも今はなんか違う。誰かと笑って一緒のところに行くってだけで、こんなにもわくわくする。
「おっと、危ね」
緩いカーブでつり革に掴まっていた手がかくんと揺れた。真野がオレの肩をがしっと掴む。
近い。急に電車の音が遠くなった。
「平気か?」
……低い声。肩に置かれた手の熱だけ主張が強い。いや、なんでそんなこと意識してるんだ。
「あの、ありがと。電車通学にまだ慣れないんだ」
「分かる。ちょっとだりいよな」
ガタンゴトン。レールを走る列車の音だけが遠鳴りのように聞こえる。ちらと真野を見る。イケメンの横顔、眩しい。
三軒目。小学生が文具コーナーの前でシール交換しているのに出くわした。真野と目配せし合って早歩きでシールの棚を見にいく。
「あるじゃん!」
一枚だけ、シールが残っていた。食べ物シリーズだ。アイスとか、スイカとか、ゼリーとか、ラムネとか、つやつやの見た目と立体感がおいしそうに見える。真夏を先取りのシール。急にアイスが食べたくなってきた。
「真野、食べ物好きだろ? 買ったら?」
「日向は買わねえの? ゆめかわ系じゃん」
「でも、今日は真野のおかげで楽しいんだし」
すると真野は一瞬首を傾げ、それを手にした。そしてにっと笑う。
「半分こしようぜ。夏を先取り」
あ、思ったことと同じことを言ってる。それだけで心がぽっと温かくなる。こういう一致、ずるい。気持ちが通じたって思うと無条件で楽しくなる。
買って店の外に出た。脇の壁に寄ってハサミでシートを半分に切っていく。すると、小学生が「あのう」と話しかけてきた。エメラルドグリーンのランドセルを背負った女の子だ。
「お兄さんたち、シールを集めてるんですか。交換しませんか」
するとわらわらと数人の小学生が寄ってきた。
どぎまぎしていると、真野は「集めてるよ」と自然な態度で言った。鞄からシール帳を取り出す。案の定小学生が「わあ」と声をあげる。
「すごい、分厚い!」
「並べ方がきれい」
そんなことを思っていると、ちらと真野がこちらを見てきた。ごくっと唾を飲む。真野、すごく自然な雰囲気。こういうふうにできたら、中学のオレは違ったんだろうか。シールを集めているとバレたときのからかうあの声を思い出す。でも、ここで引っ込めたら前と同じだ。
出そうとして、少しだけ手が止まる。だが、そろっとオーロラのシール帳を取り出した。
「あの、オレも、集めてる、よ……」
すると小学生が一気に湧いた。
「すごいすごい、ふたりで集めてるんだ!」
「交換しませんか? 私たちのシールで交換してくれますか?」
小学生たちはきらきらした笑顔でオレたちを見てきた。ちょっとほろりとしそうになる。ずっとずっと、こういう仲間に入れてもらうのが憧れだった。
真野は笑顔で「いいよ」と言ってしゃがんでシール帳を広げた。自然な動作で、シール仲間に入る。
「俺のイチ押しは和柄なんだよね。みんなは?」
「あっ、私、和柄持ってる! だるま!」
「私も! 桜のシール持ってる!」
「どれなら交換してくれますか?」
すると真野は一番新しいページを指した。オレがあげた猫だ。
「猫以外でいい? 猫は集めてる最中なんだ」
「お兄さんは?」
「オレ、ゆめかわ系がほしいんだ。ゆめかわ系持ってる? 和柄はまだ集めてる最中」
真野からもらったものだけは死守したい。
お互い心得たもので、納得のいくシールを選んで交換した。小学生たちは「ありがとうございました!」と大きな声で挨拶して、よかったねなんて言いながら帰っていく。
改めて自分のシール帳を見る。……すごい。淡い色のハートやキャラもののシールが増えている。
もう一件、真野のSNS情報で見つけた小さな文房具屋で一枚ずつゲットした。
早速側にあったファミレスに入り、ドリンクバーを注文すると、わざわざ真野がオレの分も取ってきてくれた。こういうの、さらっとできるのずるい。
椅子に座り直すと、真野がこほんと咳払いをした。そしてシールを手にする。
「では、いざ」
「開封の儀!」
「日向、手洗ってきたか?」
「シールに清潔さが関係あるの!?」
「神聖な儀式の前は手を清めるんだよ」
ぺりぺりと袋のシールを剥がしてシートごと中身を出す。テーブルの上に一枚と半分がそれぞれ並んだ。豪華なラインナップに興奮する。自分の手で棚から取ったシールを手に入れたのも三年ぶりだ。
「本番はここから!」
真野がそう言ってまたシール帳の新しいページを取り出した。シールをスマホで撮り、スマホを横に置いて見ながらシールを一枚一枚ていねいに貼っていく。
真野って変だ。しゃべるときは嵐みたいなのに、シール帳は几帳面に整理されている。外から見てるだけじゃ分からないことが、シール帳に表れている。
オレも貼り始めると、真野がへえと顔をあげた。
「日向は自分で工夫して並べるタイプか」
「うん、自分の好きにアレンジしてみたい」
「いいな。やりたいけど、俺の細かい精神が勝つ」
「真野にとってはそれがベストの位置なんだろ。いいじゃん」
「企業に踊らされてる気もする」
笑い合い、シールを一枚ずつ並べていく。三年ぶりに自分で選ぶって感覚が戻ってきた。
アイスのシールを貼ってそっと尋ねた。
「このシール、本当に半分もらってよかったの?」
「そりゃそうだろ」
真野は即答した。
「ひとりで買うより日向と買ったほうが楽しい。枚数より思い出だろ」
途端に胸にぶわわわっと温かいものが広がった。なんだよ、それ。期待するじゃん。またシール遠足したいって思っちゃうじゃん。そういうの、反則。
真野の目線はすぐにシールへ戻った。睫毛がぱたぱたと上下するのを見る。……こいつ、自分が言ったことの重さ、分かってないんだろうな。
真野の指先がシールを貼っていくのを目で追う。
オレだったら、こんなことを人に言えない。言えたとしても、言ったあとで恥ずかしくなって取り消す。でも真野は枚数より思い出、なんて、さらっと言える。どうしてそんなに、好きなことを好きって、楽しいことを楽しいって、迷わず言えるんだろう。そういうところが、なんかずるい。
真野といると、オレの黒歴史がどんどん上書きされていく。シールがどんどん輝きを増していく。
――真野はどうしてこんなにオレに優しくしてくれるんだろう。
「じゃあまた明日なー」
真野がひょいと手をあげて夕方のバス停のほうへ歩いていく。
人混みの中でもぴょんと目立つ後頭部と背中。なんとなく、目で追う。背中が見えなくなるまで、オレは突っ立っていた。
夕飯を食べ終えると、リビングでSNSを検索した。シールはどこも在庫が品薄。でも、たとえ空振りでも楽しい時間が持てるって、今日分かった。真野を笑顔にさせたい。次はオレの番だ。
「――これだな」
オレは真野にシール情報を送るためにメッセージを開いた。
オレはそろっと爽やかイケメンを見上げた。
「なんで友達とか言ったの?」
真野がきょとんとして突っ立った。
「あ、違う。突飛な言い方をした。ええと、だから、なんでオレみたいなやつと友達になろうなんて思ったの」
少し勇気がいった。こういうことを聞くのは多分普通じゃない。でも、知りたい。オレ、真野と違って全然魅力ない。
「真野って明らかに一軍男子じゃん。なんでオレ?」
「同じものが好きって仲良くなるだろ? 部活とかと同じだろ。ってか、一軍男子ってなに? 定義は?」
「……背が高いイケメン。委員長とか属性がつくとさらに強化される。……オレ調べ」
ぷはっと真野が吹き出して、オレも笑った。
「一軍男子とか分かんねえけど」
プシュー。ホームに入ってきた電車のドアが開く。
「シール好きに悪いやつはいない! 俺調べ!」
「初めてまともな俺調べを聞いた」
「初めてってなんだよ」
ははっと笑い合うと、電車に乗った。
朝の混雑とか、電車通学はまだ慣れない。でも今はなんか違う。誰かと笑って一緒のところに行くってだけで、こんなにもわくわくする。
「おっと、危ね」
緩いカーブでつり革に掴まっていた手がかくんと揺れた。真野がオレの肩をがしっと掴む。
近い。急に電車の音が遠くなった。
「平気か?」
……低い声。肩に置かれた手の熱だけ主張が強い。いや、なんでそんなこと意識してるんだ。
「あの、ありがと。電車通学にまだ慣れないんだ」
「分かる。ちょっとだりいよな」
ガタンゴトン。レールを走る列車の音だけが遠鳴りのように聞こえる。ちらと真野を見る。イケメンの横顔、眩しい。
三軒目。小学生が文具コーナーの前でシール交換しているのに出くわした。真野と目配せし合って早歩きでシールの棚を見にいく。
「あるじゃん!」
一枚だけ、シールが残っていた。食べ物シリーズだ。アイスとか、スイカとか、ゼリーとか、ラムネとか、つやつやの見た目と立体感がおいしそうに見える。真夏を先取りのシール。急にアイスが食べたくなってきた。
「真野、食べ物好きだろ? 買ったら?」
「日向は買わねえの? ゆめかわ系じゃん」
「でも、今日は真野のおかげで楽しいんだし」
すると真野は一瞬首を傾げ、それを手にした。そしてにっと笑う。
「半分こしようぜ。夏を先取り」
あ、思ったことと同じことを言ってる。それだけで心がぽっと温かくなる。こういう一致、ずるい。気持ちが通じたって思うと無条件で楽しくなる。
買って店の外に出た。脇の壁に寄ってハサミでシートを半分に切っていく。すると、小学生が「あのう」と話しかけてきた。エメラルドグリーンのランドセルを背負った女の子だ。
「お兄さんたち、シールを集めてるんですか。交換しませんか」
するとわらわらと数人の小学生が寄ってきた。
どぎまぎしていると、真野は「集めてるよ」と自然な態度で言った。鞄からシール帳を取り出す。案の定小学生が「わあ」と声をあげる。
「すごい、分厚い!」
「並べ方がきれい」
そんなことを思っていると、ちらと真野がこちらを見てきた。ごくっと唾を飲む。真野、すごく自然な雰囲気。こういうふうにできたら、中学のオレは違ったんだろうか。シールを集めているとバレたときのからかうあの声を思い出す。でも、ここで引っ込めたら前と同じだ。
出そうとして、少しだけ手が止まる。だが、そろっとオーロラのシール帳を取り出した。
「あの、オレも、集めてる、よ……」
すると小学生が一気に湧いた。
「すごいすごい、ふたりで集めてるんだ!」
「交換しませんか? 私たちのシールで交換してくれますか?」
小学生たちはきらきらした笑顔でオレたちを見てきた。ちょっとほろりとしそうになる。ずっとずっと、こういう仲間に入れてもらうのが憧れだった。
真野は笑顔で「いいよ」と言ってしゃがんでシール帳を広げた。自然な動作で、シール仲間に入る。
「俺のイチ押しは和柄なんだよね。みんなは?」
「あっ、私、和柄持ってる! だるま!」
「私も! 桜のシール持ってる!」
「どれなら交換してくれますか?」
すると真野は一番新しいページを指した。オレがあげた猫だ。
「猫以外でいい? 猫は集めてる最中なんだ」
「お兄さんは?」
「オレ、ゆめかわ系がほしいんだ。ゆめかわ系持ってる? 和柄はまだ集めてる最中」
真野からもらったものだけは死守したい。
お互い心得たもので、納得のいくシールを選んで交換した。小学生たちは「ありがとうございました!」と大きな声で挨拶して、よかったねなんて言いながら帰っていく。
改めて自分のシール帳を見る。……すごい。淡い色のハートやキャラもののシールが増えている。
もう一件、真野のSNS情報で見つけた小さな文房具屋で一枚ずつゲットした。
早速側にあったファミレスに入り、ドリンクバーを注文すると、わざわざ真野がオレの分も取ってきてくれた。こういうの、さらっとできるのずるい。
椅子に座り直すと、真野がこほんと咳払いをした。そしてシールを手にする。
「では、いざ」
「開封の儀!」
「日向、手洗ってきたか?」
「シールに清潔さが関係あるの!?」
「神聖な儀式の前は手を清めるんだよ」
ぺりぺりと袋のシールを剥がしてシートごと中身を出す。テーブルの上に一枚と半分がそれぞれ並んだ。豪華なラインナップに興奮する。自分の手で棚から取ったシールを手に入れたのも三年ぶりだ。
「本番はここから!」
真野がそう言ってまたシール帳の新しいページを取り出した。シールをスマホで撮り、スマホを横に置いて見ながらシールを一枚一枚ていねいに貼っていく。
真野って変だ。しゃべるときは嵐みたいなのに、シール帳は几帳面に整理されている。外から見てるだけじゃ分からないことが、シール帳に表れている。
オレも貼り始めると、真野がへえと顔をあげた。
「日向は自分で工夫して並べるタイプか」
「うん、自分の好きにアレンジしてみたい」
「いいな。やりたいけど、俺の細かい精神が勝つ」
「真野にとってはそれがベストの位置なんだろ。いいじゃん」
「企業に踊らされてる気もする」
笑い合い、シールを一枚ずつ並べていく。三年ぶりに自分で選ぶって感覚が戻ってきた。
アイスのシールを貼ってそっと尋ねた。
「このシール、本当に半分もらってよかったの?」
「そりゃそうだろ」
真野は即答した。
「ひとりで買うより日向と買ったほうが楽しい。枚数より思い出だろ」
途端に胸にぶわわわっと温かいものが広がった。なんだよ、それ。期待するじゃん。またシール遠足したいって思っちゃうじゃん。そういうの、反則。
真野の目線はすぐにシールへ戻った。睫毛がぱたぱたと上下するのを見る。……こいつ、自分が言ったことの重さ、分かってないんだろうな。
真野の指先がシールを貼っていくのを目で追う。
オレだったら、こんなことを人に言えない。言えたとしても、言ったあとで恥ずかしくなって取り消す。でも真野は枚数より思い出、なんて、さらっと言える。どうしてそんなに、好きなことを好きって、楽しいことを楽しいって、迷わず言えるんだろう。そういうところが、なんかずるい。
真野といると、オレの黒歴史がどんどん上書きされていく。シールがどんどん輝きを増していく。
――真野はどうしてこんなにオレに優しくしてくれるんだろう。
「じゃあまた明日なー」
真野がひょいと手をあげて夕方のバス停のほうへ歩いていく。
人混みの中でもぴょんと目立つ後頭部と背中。なんとなく、目で追う。背中が見えなくなるまで、オレは突っ立っていた。
夕飯を食べ終えると、リビングでSNSを検索した。シールはどこも在庫が品薄。でも、たとえ空振りでも楽しい時間が持てるって、今日分かった。真野を笑顔にさせたい。次はオレの番だ。
「――これだな」
オレは真野にシール情報を送るためにメッセージを開いた。


