「そのシール、買わねえの?」
高校入学四日目。
オレは駅ビルの文具屋のシール売り場で立ち止まって、ぷっくりとしたシールを見ていた。
別にシールを買いに来たわけじゃない。新学期用のノートを買いに来ただけだ。
ただ、昔ちょっと好きだったものを見つけて、なんとなく立ち止まっただけ。見るだけなら許されると思った。
でも、三秒以上見ていたのがよくなかったのかもしれない。
「シ・ー・ル。買わねえの?」
さらに後ろから声がして、オレはようやく話しかけられていることに気づいた。びくっとして振り返る。
長い影が目に入る。背が高い。ストレートの黒髪はつやつや。通った鼻筋に薄いくちびる。やたら顔がいい。その顔が無表情にオレを見下ろしている。なんか、生徒会長とかやってそう。体育館の舞台上で生真面目な顔で演説でもしてそうな、ちょっとひやりとした近寄りがたい雰囲気。多分、最初っからいろいろできるやつだ。オレとは違う。
長い手がひょいとシールを取る。新品のブレザー。同じクラスのやつだった。昨日クラス委員長に立候補したやつだ。絶対シールとか興味ない。
だが、そいつはオレを見下ろしてぱっと笑顔になった。
「これ、在庫切れだったやつ! 入荷したんだ?」
「……そうなの?」
「これ人気の柄でさ、すぐなくなるんだよ。ほら、残り一個じゃん。学校が午前帰りだから見つけられたんだぜ。ラッキー! これ、買いだろ。買いの流れだろ」
いや、なんだその流れ。
オレはシールを手にしたブレザーの腕の主を見上げた。名前、なんだっけ。自己紹介のときに聞いたはずなのに覚えてない。
そいつはやけに嬉しそうに親指を立てた。
「ナイス発見! もしかして大人気ぷっくりシールの情報通?」
「え、えと、オレはそれを買うつもりでここにいたわけじゃなくて……」
「でも見てただろ?」
「……見てただけ」
「見てたってことはほしいってことだろ?」
「え……あの、違う……」
「三秒以上見てるものはそいつがほしいやつ。俺調べ」
「いや、その、委員長」
「なんだよその呼び方」
「名前、知らないし……」
「ひどくね?」
そう言いながらも笑ってシールをカゴに放り込んだ。そしてなぜかオレの腕を掴んで引っ張る。力強すぎ。
「ちょっ、なに?」
「レジに行くから」
「買うなんて、言ってない」
「今ほしいって顔をした」
「……してない」
「じゃ、俺が買う」
「え、なんで」
「ほしいから。俺も三秒以上見てた」
なるほど。って、なるほどじゃない。なんなんだ、その雑ルール。
気づいたらレジに並んでいて、気づいたらそいつはシールを買っていて、気づいたら店の外にいた。完全に嵐だった。息切れする。
「つか、飯食いに行こうぜ」
「え」
「下の階、ファーストフードあるじゃん。十二時過ぎたら食うだろ、昼飯」
「え、いや……」
「シールは買ったらシール帳に貼るまでが儀式だろ。今すぐ貼りてえ」
「……オレ、関係ない……」
「一緒にフードコートに行くぞ」
またも腕を引っ張られてフードコートまで連れて行かれる。完全に逃げるタイミングを失った。
気づいたらダブルのバーガーにLサイズのコーラ、ポテトを前に、向かい合わせに座っていた。
なんで親しくもないやつとシールを買って昼飯を食うことになってるんだろう。だんだんイライラしてきた。オレの高校生活、開始四日でイベント発生しすぎじゃない? ……ノートを買い忘れた。クソ。
向かいのイケメンは嬉しそうにポテトを食べ始めた。
「こういうときってポテトから食わね? ポテト、熱々が一番うまい。あ、好きなものはあとに取っておくタイプ? それも分かるけど、ポテトは例外じゃ」
「ちょおっと待ったあーーー!」
思わず声を張りあげて、ガタッとテーブルに手をついて立ち上がった。店員がちらっとこっちを見た。恥ずかしくて座る。
「あのね、いきなりなに!? オレたち初めてしゃべったよな!? こっちはあんたが同じクラスだって分かってるけど、そっちはオレが誰だか知らないだろ!」
「出席番号一番、一ノ瀬日向」
ずばり言い当てられて思わず黙る。まさか知ってるとは思わなかった。
「一番で一ノ瀬。覚えるだろ。ちなみに俺は真野イチヤ。俺にもイチが入ってるから覚えやすい」
「……なにその理論」
「俺調べ」
「それやめろ!」
俺調べ、俺調べ、うるさい。なんなんだこいつ。
オレはポテトを食べながら、ちらとその顔を見た。
真面目そうなお堅い名前、真野イチヤ。センター分けの黒髪。きりっとした眉。長い睫毛。
間違いなくイケメン。なのにしゃべると嵐みたいだ。一軍男子が、ぼっち三軍男子のオレになんの用だ。一軍男子、コミュ力高すぎて怖い。
べらべらと真野がなにかしゃべっている。オレは相槌を打つので精一杯。三年間ほとんど家から出てなかったオレに、このおしゃべりはきつすぎる。
ごくんとバーガーの最後の一口を食べ終わった途端、「ごちそうさま!」と真野が言って勝手にトレーを重ねた。それをよけてテーブルの上にぼんと出す。
「これ、俺のシール帳」
透明のオーロラがかった手帳にぎょっとした。厚みのあるぷっくりシールで何ページものレフィルが膨れ上がり、やっとこさという状態でノートの形状を保っている。
すごい。男子がこんな本格的なシール帳を持ってるのを初めて見た。
パチンと留め具を外すと真野は笑みを浮かべてペラペラとページをめくった。
「これ見ろよ! 今の俺のイチ押し。和柄。招き猫。かわいすぎね?」
ぷくぷくの白い招き猫が並んでいた。つり目と目が合う。……かわいい。
「マジで一ノ瀬に感謝だぜ。このタイルシール、すげえほしかったんだよ。光に当たるとキラキラする。ラメ入り最高!」
「……すごい熱量」
「だって好きだから」
真野は平然と言い、シールを正面からスマホで撮った。そしてシール帳の横に並べ、シールを開ける。
膨れ上がったシール帳はまるで宝石箱みたい。見てると目が吸い寄せられる。
「俺、タイルシールもだけど、シール台紙に貼られたのと同じ順に貼るのが好き」
「なんで?」
「これって一番いい配置で売られてるわけだろ? いつもシールを撮って並べて参考にして貼るんだよ」
「……几帳面だな」
嵐の割に細かい。とりあえず褒めておく。
真野は楽しげにシールを端からレフィルに貼り始めた。それを眺めていると、真野がはっとしたように手を止める。
「悪い! これ、一ノ瀬のおかげで手に入れられたんだよな。半分いる?」
「……いや、オレ、シール帳なんて持ってないし」
言ってから慌てて付け加える。
「てか、シールなんて集めてないし!」
「えっマジで? さっきの文具コーナーに行かねえ? あそこ、シール帳関係は種類が揃ってるんだぜ。マイ手帳を買うならいろいろ選べて楽しいぞ。そうだ、今から買いに行こう! そしたらすぐに貼れるだろ。シールは貼るから楽しいんだよ」
「だから、集めてないって」
「嘘。今三秒以上こっちを眺めてた。三秒以上見てるのはほしいやつ」
出た、俺調べ。こいつマジで意味分かんない。ゴーイングマイウェイってやつ? 押しが強い。
真野はすぐさまシールを戻してシール帳を閉めた。パチン。留め具がいい音を立てる。そしてすぐに鞄にしまった。
「買いに行こうぜ。あ、今日お小遣いが足りないとかある?」
「え、新学期準備で、持ってるけど」
真野はまたぱっと顔を輝かせた。
「ナイス小遣い! じゃあ早く行こう。今はシール帳だって争奪戦だろ」
「買うって言ってない」
「決定事項」
「いや、なんでだよ」
「だから三秒以上」
「あああああ俺調べね! はい、分かった!」
嵐だ。これは避けられないハリケーン。オレの脳内、もう容量オーバー。
高校入学四日目。
オレは駅ビルの文具屋のシール売り場で立ち止まって、ぷっくりとしたシールを見ていた。
別にシールを買いに来たわけじゃない。新学期用のノートを買いに来ただけだ。
ただ、昔ちょっと好きだったものを見つけて、なんとなく立ち止まっただけ。見るだけなら許されると思った。
でも、三秒以上見ていたのがよくなかったのかもしれない。
「シ・ー・ル。買わねえの?」
さらに後ろから声がして、オレはようやく話しかけられていることに気づいた。びくっとして振り返る。
長い影が目に入る。背が高い。ストレートの黒髪はつやつや。通った鼻筋に薄いくちびる。やたら顔がいい。その顔が無表情にオレを見下ろしている。なんか、生徒会長とかやってそう。体育館の舞台上で生真面目な顔で演説でもしてそうな、ちょっとひやりとした近寄りがたい雰囲気。多分、最初っからいろいろできるやつだ。オレとは違う。
長い手がひょいとシールを取る。新品のブレザー。同じクラスのやつだった。昨日クラス委員長に立候補したやつだ。絶対シールとか興味ない。
だが、そいつはオレを見下ろしてぱっと笑顔になった。
「これ、在庫切れだったやつ! 入荷したんだ?」
「……そうなの?」
「これ人気の柄でさ、すぐなくなるんだよ。ほら、残り一個じゃん。学校が午前帰りだから見つけられたんだぜ。ラッキー! これ、買いだろ。買いの流れだろ」
いや、なんだその流れ。
オレはシールを手にしたブレザーの腕の主を見上げた。名前、なんだっけ。自己紹介のときに聞いたはずなのに覚えてない。
そいつはやけに嬉しそうに親指を立てた。
「ナイス発見! もしかして大人気ぷっくりシールの情報通?」
「え、えと、オレはそれを買うつもりでここにいたわけじゃなくて……」
「でも見てただろ?」
「……見てただけ」
「見てたってことはほしいってことだろ?」
「え……あの、違う……」
「三秒以上見てるものはそいつがほしいやつ。俺調べ」
「いや、その、委員長」
「なんだよその呼び方」
「名前、知らないし……」
「ひどくね?」
そう言いながらも笑ってシールをカゴに放り込んだ。そしてなぜかオレの腕を掴んで引っ張る。力強すぎ。
「ちょっ、なに?」
「レジに行くから」
「買うなんて、言ってない」
「今ほしいって顔をした」
「……してない」
「じゃ、俺が買う」
「え、なんで」
「ほしいから。俺も三秒以上見てた」
なるほど。って、なるほどじゃない。なんなんだ、その雑ルール。
気づいたらレジに並んでいて、気づいたらそいつはシールを買っていて、気づいたら店の外にいた。完全に嵐だった。息切れする。
「つか、飯食いに行こうぜ」
「え」
「下の階、ファーストフードあるじゃん。十二時過ぎたら食うだろ、昼飯」
「え、いや……」
「シールは買ったらシール帳に貼るまでが儀式だろ。今すぐ貼りてえ」
「……オレ、関係ない……」
「一緒にフードコートに行くぞ」
またも腕を引っ張られてフードコートまで連れて行かれる。完全に逃げるタイミングを失った。
気づいたらダブルのバーガーにLサイズのコーラ、ポテトを前に、向かい合わせに座っていた。
なんで親しくもないやつとシールを買って昼飯を食うことになってるんだろう。だんだんイライラしてきた。オレの高校生活、開始四日でイベント発生しすぎじゃない? ……ノートを買い忘れた。クソ。
向かいのイケメンは嬉しそうにポテトを食べ始めた。
「こういうときってポテトから食わね? ポテト、熱々が一番うまい。あ、好きなものはあとに取っておくタイプ? それも分かるけど、ポテトは例外じゃ」
「ちょおっと待ったあーーー!」
思わず声を張りあげて、ガタッとテーブルに手をついて立ち上がった。店員がちらっとこっちを見た。恥ずかしくて座る。
「あのね、いきなりなに!? オレたち初めてしゃべったよな!? こっちはあんたが同じクラスだって分かってるけど、そっちはオレが誰だか知らないだろ!」
「出席番号一番、一ノ瀬日向」
ずばり言い当てられて思わず黙る。まさか知ってるとは思わなかった。
「一番で一ノ瀬。覚えるだろ。ちなみに俺は真野イチヤ。俺にもイチが入ってるから覚えやすい」
「……なにその理論」
「俺調べ」
「それやめろ!」
俺調べ、俺調べ、うるさい。なんなんだこいつ。
オレはポテトを食べながら、ちらとその顔を見た。
真面目そうなお堅い名前、真野イチヤ。センター分けの黒髪。きりっとした眉。長い睫毛。
間違いなくイケメン。なのにしゃべると嵐みたいだ。一軍男子が、ぼっち三軍男子のオレになんの用だ。一軍男子、コミュ力高すぎて怖い。
べらべらと真野がなにかしゃべっている。オレは相槌を打つので精一杯。三年間ほとんど家から出てなかったオレに、このおしゃべりはきつすぎる。
ごくんとバーガーの最後の一口を食べ終わった途端、「ごちそうさま!」と真野が言って勝手にトレーを重ねた。それをよけてテーブルの上にぼんと出す。
「これ、俺のシール帳」
透明のオーロラがかった手帳にぎょっとした。厚みのあるぷっくりシールで何ページものレフィルが膨れ上がり、やっとこさという状態でノートの形状を保っている。
すごい。男子がこんな本格的なシール帳を持ってるのを初めて見た。
パチンと留め具を外すと真野は笑みを浮かべてペラペラとページをめくった。
「これ見ろよ! 今の俺のイチ押し。和柄。招き猫。かわいすぎね?」
ぷくぷくの白い招き猫が並んでいた。つり目と目が合う。……かわいい。
「マジで一ノ瀬に感謝だぜ。このタイルシール、すげえほしかったんだよ。光に当たるとキラキラする。ラメ入り最高!」
「……すごい熱量」
「だって好きだから」
真野は平然と言い、シールを正面からスマホで撮った。そしてシール帳の横に並べ、シールを開ける。
膨れ上がったシール帳はまるで宝石箱みたい。見てると目が吸い寄せられる。
「俺、タイルシールもだけど、シール台紙に貼られたのと同じ順に貼るのが好き」
「なんで?」
「これって一番いい配置で売られてるわけだろ? いつもシールを撮って並べて参考にして貼るんだよ」
「……几帳面だな」
嵐の割に細かい。とりあえず褒めておく。
真野は楽しげにシールを端からレフィルに貼り始めた。それを眺めていると、真野がはっとしたように手を止める。
「悪い! これ、一ノ瀬のおかげで手に入れられたんだよな。半分いる?」
「……いや、オレ、シール帳なんて持ってないし」
言ってから慌てて付け加える。
「てか、シールなんて集めてないし!」
「えっマジで? さっきの文具コーナーに行かねえ? あそこ、シール帳関係は種類が揃ってるんだぜ。マイ手帳を買うならいろいろ選べて楽しいぞ。そうだ、今から買いに行こう! そしたらすぐに貼れるだろ。シールは貼るから楽しいんだよ」
「だから、集めてないって」
「嘘。今三秒以上こっちを眺めてた。三秒以上見てるのはほしいやつ」
出た、俺調べ。こいつマジで意味分かんない。ゴーイングマイウェイってやつ? 押しが強い。
真野はすぐさまシールを戻してシール帳を閉めた。パチン。留め具がいい音を立てる。そしてすぐに鞄にしまった。
「買いに行こうぜ。あ、今日お小遣いが足りないとかある?」
「え、新学期準備で、持ってるけど」
真野はまたぱっと顔を輝かせた。
「ナイス小遣い! じゃあ早く行こう。今はシール帳だって争奪戦だろ」
「買うって言ってない」
「決定事項」
「いや、なんでだよ」
「だから三秒以上」
「あああああ俺調べね! はい、分かった!」
嵐だ。これは避けられないハリケーン。オレの脳内、もう容量オーバー。


