全日本学芸員組合会誌『博物』(第98号)

コラム「文化財の流失を嘆く」
真鍋大輔(石川県M町立資料館主任学芸員)

大学院時代に京都府のH地区をフィールドとし、史料調査をしていたことがある。私はとくに、山掴(やまつかみ)という地域の旧家・M家を定期的に訪れ、古文書を撮影・分類していた。

初めて調査に入ったのが、2003年のことである。
当時は老齢のN氏という方が当主であり、「我が家が大切にしてきた史料が歴史学の発展に寄与するならば、これほど誇らしいことはない」と、引退した社会科の教員らしいことを仰っていた。

膨大なM家史料の7割程度の撮影・分類を終えた段階で、私は無事に「近世後期の考古家の活動と地域経済」という博士論文を提出した。
M家の史料を整理しきれていないことに後ろめたさを感じつつ、石川県の博物館に就職が決まったため、泣く泣く継続を諦め京都を離れた。

昨年、Nさんがお亡くなりになったと聞いて、私は久しぶりにM家を訪れた。仏壇に手を合わせると、現主となる息子さんに史料の管理状況を訪ねてみた。

「え? あれ貴重なものだったんですか? 埃だらけだったから、焚火にくべてしまいましたよ」

予想外の返答に、私は絶句してしまった。

近世文書は残存数が多く、それなりの旧家であれば数千点を所蔵しているのがざらである。なかには昭和の雑誌なども含まれている。ぱっと見はゴミだ。

「それを捨ててしまうなんて!」と所蔵者を叱る権利が、誰にあるだろう。

最近では、フリマアプリにすら多くの史料が流失しているようだ。


フリマアプリに流失した古文書の一例。Y県K島の商家の史料であるよう。
地域の博物館の収蔵庫はパンクしている。
預かったとて、人手不足で管理できない。

ただ、私と青春をともにしてきた史料群が失われてしまったことは、酷く物悲しい。