結局、五十嵐と二人きりになってしまった。俺はどう反応するべきか迷って、一応この前の教科書の話をした。
五十嵐からは一言「そうだったのか」と言われたきりで、特にそれ以上の感想はなかった。
モヤモヤする。どうしてほしいんだ、コイツは。
そして。
どうにかしたいのが自分の意思なのかどうかすら、俺にはわからないことが、余計にムカついていることだと理解する。
どうせもう話さないのだったら、諦めて聞きたいことを聞いてしまおう。
そう思った俺は、五十嵐に投げやりに問いかけた。
「ていうか五十嵐、なんで俺のことフルネームで呼ぶんだよ。ベタに名字よりも君付けよりも長いだろ」
「そ、れは……」
「いや、別にいいんだけど、そういう対応されるくらい苦手だったんだろうなってのはわかってるし。でもあの」
「違う!」
どん、と押し付けられるような声に、驚いて目を丸くしていたと思う。そんな俺を見て、五十嵐のほうも「ごめん」とつぶやいた。
普段から人のまばらな路地に、誰もいないことを確認して、俺は「おう」と話を聞く姿勢を示した。
「俺は、その……」
「……うん?」
まだ言い淀むのかよ、と俺は五十嵐をちょっとだけ睨みつけた。
五十嵐は、目を伏せて、あーとかうーとか、ギリギリ聞こえないほどのつぶやきをしたあと、ゆっくりと俺の顔を見て、言った。
五十嵐の顔は、今まで見たどんな顔よりも、真っ赤だった。
「お前のことを、その……呼ぶ、ってなると、こう、緊張、して」
「きんちょう」
思わず、翻訳アプリを通したような読み方をしてしまった。
うん。いや、別にそういう存在じゃないし。俺のほうが緊張するし。
なんなら、どうしたらそういう発想になるんだよって思ってるくらいだし。
さらに機嫌の悪くなった俺に、五十嵐は探るように問いかけてきた。
「……宇田、将也」
「だから、えっと」
「……どちらかで、呼びたいとはずっと思ってるんだ」
言い方が微妙な自覚はある。そして、自分がどうにもならない面倒くささのある人間で、自分で決めるよりも杓子定規に決められたことをこなすほうが得意で、俺のように「サボる」気合もなくて。
いろいろ言われているけれど、クラスメイトが聞いたら褒められているんだか貶されているんだかわからなく聞こえた。
だが、一応、褒めているんだと思う。五十嵐は、そういう奴だ。
「え」
「すまない、その……ええと、クラスの奴らと軽く名字で呼び合ってるのがうらやましいし、下の名前もかっこいいのに、その、俺が呼んでいいのかって、思うところもあるから、だから」
五十嵐は、今まで話していたどんな状況よりも饒舌だった。俺が話を挟む余地もないほど、純粋無垢に続けている。
「いっそ、フルネーム、なら緊張しないなと思ってからそのまま」
「謎」
「ん?」
だったら、もっとちゃんと話せよ。
俺だってちゃんとしてないけど、俺からもっと話せば解決するわけじゃないだろう。
そんなことを五十嵐と同じ熱量で言えるわけもなく、俺は最低限の内容を五十嵐に伝えることにした。
「別に、呼びたいように呼んでくれたらいいけど」
「ただ俺は、きっと好きな奴に、名前で呼ばれたらときめくタイプなんだよね」
言えば変な反応もされるとわかっていて、俺は五十嵐にニヤニヤしながら言ってやった。
なぞの写真送信は全然許してないけど、これくらいのことをしたっていいだろう、なんて考えてしまっている。
「つーことで、五十嵐のこと、充って呼んだほうがいいか?」
「……っ、あの」
「だめそうだな」
顔を真っ赤にして否定する男のどこが、かっこいいの具現化なのだろう。
俺にはまだ、どうにかそれを言語化できるほどの語彙力はない。
無いけれど。
許すつもりもないけれど。
普通に、ガタイなら五十嵐のほうがデカいはずなのに、なんか大型犬みたいでかわいいとか、考えてしまうではないか。
そうなると、対応も変えたほうが良いだろう。俺は、さっきまでのムカつきをなんとか抑えて、言った。
「五十嵐、いつか名前で呼び合おーな」
「……」
コクコクと頷く五十嵐を見て、なんだか前と全然違うし、どうしたらいいのか、俺は内心慌てていた。
一緒に帰るのはちょっと、と言うから俺は彼の背中を見送ってから帰ることにした。
ただ、俺はこんな雰囲気でも、もう一度きちんと五十嵐と向き合って話せるような気がしていた。
五十嵐からは一言「そうだったのか」と言われたきりで、特にそれ以上の感想はなかった。
モヤモヤする。どうしてほしいんだ、コイツは。
そして。
どうにかしたいのが自分の意思なのかどうかすら、俺にはわからないことが、余計にムカついていることだと理解する。
どうせもう話さないのだったら、諦めて聞きたいことを聞いてしまおう。
そう思った俺は、五十嵐に投げやりに問いかけた。
「ていうか五十嵐、なんで俺のことフルネームで呼ぶんだよ。ベタに名字よりも君付けよりも長いだろ」
「そ、れは……」
「いや、別にいいんだけど、そういう対応されるくらい苦手だったんだろうなってのはわかってるし。でもあの」
「違う!」
どん、と押し付けられるような声に、驚いて目を丸くしていたと思う。そんな俺を見て、五十嵐のほうも「ごめん」とつぶやいた。
普段から人のまばらな路地に、誰もいないことを確認して、俺は「おう」と話を聞く姿勢を示した。
「俺は、その……」
「……うん?」
まだ言い淀むのかよ、と俺は五十嵐をちょっとだけ睨みつけた。
五十嵐は、目を伏せて、あーとかうーとか、ギリギリ聞こえないほどのつぶやきをしたあと、ゆっくりと俺の顔を見て、言った。
五十嵐の顔は、今まで見たどんな顔よりも、真っ赤だった。
「お前のことを、その……呼ぶ、ってなると、こう、緊張、して」
「きんちょう」
思わず、翻訳アプリを通したような読み方をしてしまった。
うん。いや、別にそういう存在じゃないし。俺のほうが緊張するし。
なんなら、どうしたらそういう発想になるんだよって思ってるくらいだし。
さらに機嫌の悪くなった俺に、五十嵐は探るように問いかけてきた。
「……宇田、将也」
「だから、えっと」
「……どちらかで、呼びたいとはずっと思ってるんだ」
言い方が微妙な自覚はある。そして、自分がどうにもならない面倒くささのある人間で、自分で決めるよりも杓子定規に決められたことをこなすほうが得意で、俺のように「サボる」気合もなくて。
いろいろ言われているけれど、クラスメイトが聞いたら褒められているんだか貶されているんだかわからなく聞こえた。
だが、一応、褒めているんだと思う。五十嵐は、そういう奴だ。
「え」
「すまない、その……ええと、クラスの奴らと軽く名字で呼び合ってるのがうらやましいし、下の名前もかっこいいのに、その、俺が呼んでいいのかって、思うところもあるから、だから」
五十嵐は、今まで話していたどんな状況よりも饒舌だった。俺が話を挟む余地もないほど、純粋無垢に続けている。
「いっそ、フルネーム、なら緊張しないなと思ってからそのまま」
「謎」
「ん?」
だったら、もっとちゃんと話せよ。
俺だってちゃんとしてないけど、俺からもっと話せば解決するわけじゃないだろう。
そんなことを五十嵐と同じ熱量で言えるわけもなく、俺は最低限の内容を五十嵐に伝えることにした。
「別に、呼びたいように呼んでくれたらいいけど」
「ただ俺は、きっと好きな奴に、名前で呼ばれたらときめくタイプなんだよね」
言えば変な反応もされるとわかっていて、俺は五十嵐にニヤニヤしながら言ってやった。
なぞの写真送信は全然許してないけど、これくらいのことをしたっていいだろう、なんて考えてしまっている。
「つーことで、五十嵐のこと、充って呼んだほうがいいか?」
「……っ、あの」
「だめそうだな」
顔を真っ赤にして否定する男のどこが、かっこいいの具現化なのだろう。
俺にはまだ、どうにかそれを言語化できるほどの語彙力はない。
無いけれど。
許すつもりもないけれど。
普通に、ガタイなら五十嵐のほうがデカいはずなのに、なんか大型犬みたいでかわいいとか、考えてしまうではないか。
そうなると、対応も変えたほうが良いだろう。俺は、さっきまでのムカつきをなんとか抑えて、言った。
「五十嵐、いつか名前で呼び合おーな」
「……」
コクコクと頷く五十嵐を見て、なんだか前と全然違うし、どうしたらいいのか、俺は内心慌てていた。
一緒に帰るのはちょっと、と言うから俺は彼の背中を見送ってから帰ることにした。
ただ、俺はこんな雰囲気でも、もう一度きちんと五十嵐と向き合って話せるような気がしていた。


