四六時中、一緒にいる友人というものはいないんだなと、俺は感じていた。だから今までも、これからもそう悪いことは続かない、と信じたかったのだが、そうはいかなかった。
「……やっべー」
今朝から散々だった。この前の衝撃的な告白から一週間以上経っているというのに、あの日の夢を見てしまった。記憶と同じく、五十嵐は黙って突っ立っていて、俺の問いかけに「好き」と自白する五十嵐。
若干そこを意識しすぎていたせいで、朝の天気予報を確認しないままで登校してしまった。
折りたたみ傘も、普段なら鞄の奥底に眠っているはずなのに、そこに入っていない。
そういえば、前回の夕立のときに使って、傘立てに突っ込んでそのままかもしれない。
それは、自分の思って居るところにないわけだ、と俺は途方に暮れた。
今日も夕方から、雨が降り出してしまっていたのだ。あいにく、折りたたみ傘は壊れてしまっていて、来月には買ってもらおうかと思っていたところだった。
走って帰れない距離でもないし、バスに乗って帰ることだってできるけれど、なんだかそんな気分じゃない。
それもこれも、五十嵐のせいなんだけれど。
返し損ねた教科書は、翌日、五十嵐が不在のタイミングで机に放り込んでおいた。お詫びの言葉も浮かばなかったので、そのまま。
SNSから送信する言葉も浮かばないし、アレを見たらまた自分のよくわからない写真を見るハメになると思うと、DMの画面を開く気にならなかったのだ。
「うっわ……」
そんなことを考えていたせいか、少し先、靴置き場に五十嵐がいることに気づいてしまった。一人だけのようで、特段なにかに意識を向けている様子はない。
どうせ無視したって絡まれるだろう。そう諦めて俺は彼のそばに向かった。本人からは、画像を消したとかそういうことは聞かないし、そもそも会話をしていないのだから結論はわからない。
誰に送りたかったのかも、誰と笑いたかったのかも。
「……っ、」
ふうと息を吐いてしまい、五十嵐に気づかれてしまった。
「宇田将也、その」
「え」
恐る恐るといった調子で話しかけられた。彼の手には一本の傘が握られていた。俺の方に向けられているグリップは、木目がきれいで小キズはあれど丁寧に扱われていたことがわかる。
「使ってくれ」
「は?」
「貸す」
普通に、コンビニのビニール傘くらいなら、簡単に感謝を告げて借りることもできただろうが、こんな「ちゃんとしている」ものを借りるのには、ハードルが高い。
しかも、こっちはケンカ別れしたとおもっているくらいの気持ちなのに。
まあ、貸してくれるのは、ありがたいのだが。
「……」
「……」
「……なに」
「投稿、見た」
「え? あ、あの、え?」
ホームルーム前に、なにも考えず「雨で帰れねー」と恨みまじりの投稿は確かにした。それは、誰に向かってというわけではなく、ただのぼやき。
制服がびしょ濡れになったら父さんにまた怒られるなーとか、その程度の話で、決して「だから傘貸せよ」なんて強盗のような発想なわけがない。
のだが、五十嵐は俺に向かって使い込まれた傘を差しだしている。
「いい、のか」
「家にはたくさんある。兄弟に連絡したから、そのうち持ってきてもらえるはずだ」
「……いや、でも別に濡れて帰っても」
「じゃあさっきの投稿はなんだ」
「いや、あれそういう意味じゃなくて」
「俺はすぐ返せる。だから、おまえが使ったらいいだろ」
半ば押し切られるように、五十嵐からの圧を感じて、手に握ってしまった。
やはりちゃんとしているグリップに、う、と息が詰まる。しかし、五十嵐は微動だにしない。減ってはきたものの、周りを通る生徒の視線が痛い。
俺は諦めて、五十嵐の申し出を受け入れることにした。
「……ありがたく、使うけど」
「ああ」
腑に落ちない。
いや。五十嵐の対応はおかしくない。なんか、喋ってないときと同じであれば、だけれど。
ふと、怪我を警戒する五十嵐のことを思い出し、俺は口を開いた。
「これ、兄弟が風邪引いたからってくだりだったら、怒るからな」
「……残念ながら、風邪を引いたのは中学生の俺だ」
「っ、そうかよ」
微妙にかすっていた上に、五十嵐は不服そうに話すものだから、俺は吹き出しそうになった。
なんだ、五十嵐のくせに、かわいいところもあんのか。
――かわいいところ?
一瞬浮かんだ自分の言葉に、首をかしげながら、俺は五十嵐の差し出した傘を受け取った。持ち手から布地まで、黒一色のそれ。支柱が多いせいか、自分が普段使っているぺらぺらのビニール傘よりも、だいぶ重く感じた。たぶん、いいやつ。
お互いの身長だけは似通っているから、雨を避けられないこともないだろう。
「……ありがと」
「ああ」
なんと返そうか、悩んでいるうちに、雨足は激しさを増していく。
この傘の気持ちが無駄になる前に、帰らなくては。
「じゃあ、また」
「おう。また明日」
それ以上なんと伝えればいいのかわからず、俺は家までをやや小走りに帰った。また、とか言ってしまった。言うつもりもなかったのに、自然とそう口走っていた自分に驚いたのもある。パシャパシャと雨粒をかき分けながら、濡れない頬が火照っているのがわかる。おかしい。不思議だ。
家についてから、そのグリップには名前のシールが貼られていたことに気づく。
俺は几帳面な彼らしい文字面を、そっと、撫でてしまっていたのだった。
「……やっべー」
今朝から散々だった。この前の衝撃的な告白から一週間以上経っているというのに、あの日の夢を見てしまった。記憶と同じく、五十嵐は黙って突っ立っていて、俺の問いかけに「好き」と自白する五十嵐。
若干そこを意識しすぎていたせいで、朝の天気予報を確認しないままで登校してしまった。
折りたたみ傘も、普段なら鞄の奥底に眠っているはずなのに、そこに入っていない。
そういえば、前回の夕立のときに使って、傘立てに突っ込んでそのままかもしれない。
それは、自分の思って居るところにないわけだ、と俺は途方に暮れた。
今日も夕方から、雨が降り出してしまっていたのだ。あいにく、折りたたみ傘は壊れてしまっていて、来月には買ってもらおうかと思っていたところだった。
走って帰れない距離でもないし、バスに乗って帰ることだってできるけれど、なんだかそんな気分じゃない。
それもこれも、五十嵐のせいなんだけれど。
返し損ねた教科書は、翌日、五十嵐が不在のタイミングで机に放り込んでおいた。お詫びの言葉も浮かばなかったので、そのまま。
SNSから送信する言葉も浮かばないし、アレを見たらまた自分のよくわからない写真を見るハメになると思うと、DMの画面を開く気にならなかったのだ。
「うっわ……」
そんなことを考えていたせいか、少し先、靴置き場に五十嵐がいることに気づいてしまった。一人だけのようで、特段なにかに意識を向けている様子はない。
どうせ無視したって絡まれるだろう。そう諦めて俺は彼のそばに向かった。本人からは、画像を消したとかそういうことは聞かないし、そもそも会話をしていないのだから結論はわからない。
誰に送りたかったのかも、誰と笑いたかったのかも。
「……っ、」
ふうと息を吐いてしまい、五十嵐に気づかれてしまった。
「宇田将也、その」
「え」
恐る恐るといった調子で話しかけられた。彼の手には一本の傘が握られていた。俺の方に向けられているグリップは、木目がきれいで小キズはあれど丁寧に扱われていたことがわかる。
「使ってくれ」
「は?」
「貸す」
普通に、コンビニのビニール傘くらいなら、簡単に感謝を告げて借りることもできただろうが、こんな「ちゃんとしている」ものを借りるのには、ハードルが高い。
しかも、こっちはケンカ別れしたとおもっているくらいの気持ちなのに。
まあ、貸してくれるのは、ありがたいのだが。
「……」
「……」
「……なに」
「投稿、見た」
「え? あ、あの、え?」
ホームルーム前に、なにも考えず「雨で帰れねー」と恨みまじりの投稿は確かにした。それは、誰に向かってというわけではなく、ただのぼやき。
制服がびしょ濡れになったら父さんにまた怒られるなーとか、その程度の話で、決して「だから傘貸せよ」なんて強盗のような発想なわけがない。
のだが、五十嵐は俺に向かって使い込まれた傘を差しだしている。
「いい、のか」
「家にはたくさんある。兄弟に連絡したから、そのうち持ってきてもらえるはずだ」
「……いや、でも別に濡れて帰っても」
「じゃあさっきの投稿はなんだ」
「いや、あれそういう意味じゃなくて」
「俺はすぐ返せる。だから、おまえが使ったらいいだろ」
半ば押し切られるように、五十嵐からの圧を感じて、手に握ってしまった。
やはりちゃんとしているグリップに、う、と息が詰まる。しかし、五十嵐は微動だにしない。減ってはきたものの、周りを通る生徒の視線が痛い。
俺は諦めて、五十嵐の申し出を受け入れることにした。
「……ありがたく、使うけど」
「ああ」
腑に落ちない。
いや。五十嵐の対応はおかしくない。なんか、喋ってないときと同じであれば、だけれど。
ふと、怪我を警戒する五十嵐のことを思い出し、俺は口を開いた。
「これ、兄弟が風邪引いたからってくだりだったら、怒るからな」
「……残念ながら、風邪を引いたのは中学生の俺だ」
「っ、そうかよ」
微妙にかすっていた上に、五十嵐は不服そうに話すものだから、俺は吹き出しそうになった。
なんだ、五十嵐のくせに、かわいいところもあんのか。
――かわいいところ?
一瞬浮かんだ自分の言葉に、首をかしげながら、俺は五十嵐の差し出した傘を受け取った。持ち手から布地まで、黒一色のそれ。支柱が多いせいか、自分が普段使っているぺらぺらのビニール傘よりも、だいぶ重く感じた。たぶん、いいやつ。
お互いの身長だけは似通っているから、雨を避けられないこともないだろう。
「……ありがと」
「ああ」
なんと返そうか、悩んでいるうちに、雨足は激しさを増していく。
この傘の気持ちが無駄になる前に、帰らなくては。
「じゃあ、また」
「おう。また明日」
それ以上なんと伝えればいいのかわからず、俺は家までをやや小走りに帰った。また、とか言ってしまった。言うつもりもなかったのに、自然とそう口走っていた自分に驚いたのもある。パシャパシャと雨粒をかき分けながら、濡れない頬が火照っているのがわかる。おかしい。不思議だ。
家についてから、そのグリップには名前のシールが貼られていたことに気づく。
俺は几帳面な彼らしい文字面を、そっと、撫でてしまっていたのだった。


