お互いに食後になって、五十嵐が後ろを向いてくれた。
「なんだ、聞きたいことって」
「あー……えっとさ……」
正直、もう五十嵐が話してくることもないだろうなとぼーっとしていたから、本気で五十嵐が声をかけてきて驚いてしまった。
しかし、聞きたいことはしっかりと頭に入っている。なんとなく、あの体育の自主練をするようになってから、やたらと俺の生傷を気にしている五十嵐に、聞きたかったのだ。
「五十嵐、かなり怪我のこと言ってきてたじゃん。あれなんなの」
聞き方をどうしようか悩んだけど、結局、口から出すには直球のほうがいいと思って、俺は口を開いた。五十嵐は、無言でじっと俺を見ているが、だいたいこういう時は、考えごとをしているときの顔だ。
うっとうしいまでいかないけれど、生暖かいその空気に俺は居たたまれなくなって、つい、口を挟んでしまった。
「そもそも、なんでそんなにカタチにこだわるんだよ」
怪我についてそこまで気にする必要もないのに、と言い放った俺に、五十嵐は目を丸くしていた。
「え……っと?」
「俺、そこまでこだわっていたか?」
「え? あ、ああ……そう。こだわってたの。俺はそこまで気にしてないのにって」
「そう、か……」
首を傾げて、五十嵐はしばらく黙り込む。なんだよ。反応を待ってはいたが、なかなかリアクションが来なくて、俺は少しだけハラハラしていた。
そして五十嵐は、彼にしては珍しく、うつむきがちに言ったのだった。
「……俺が、兄さんたちにきつく言われたからだ」
「は?」
突然の兄弟発言に、俺は耳を疑った。尊大そうに見える五十嵐に、兄?
理解が追いつかないことを俺の反応で気づいてもらえたらしい。
五十嵐は目を伏せたまま続けた。
「……おまえも知らないかもしれないが、俺は、四人兄弟の末っ子、なんだ……」
「は? マジ? 見えない全然」
「……よく言われる」
実際、先生たちも半信半疑だったらしい。両親も同じだが、そこまで参観にも来ないので気付かれていないらしい。ただ、と五十嵐は続けた。
「年も離れているから、そこまで付き合いがあるわけでもないが、その」
「……うん」
「俺が、小学生くらいの時、大学生だった兄さんが、膝の靱帯を痛めて、半年ほど療養することになった。大学には松葉杖で通ったらしい」
「それは」
何と答えるのがいいのか。不幸でしたね? 大変だった? いや、ここで何を言ったところで、きっと五十嵐の気持ちに沿う言葉は浮かばないだろう。
俺の反応は特になかったが、五十嵐は引き続き、つらつらと話し続ける。
「兄曰く、授業で碌に準備運動もせず、勢い任せに雑に動かしたから、そうなっただけで誰も悪くはないとは言っていた。充も、無理をするな、怪我のないように念入りに準備しろ、と言われて、そのまま育っただけだ」
「お、う……」
しれっと家族の大けがの話をしている五十嵐は、いつものように淡々と話しているが、やや、言いづらそうにしていたなとは思う。別に、どうせ誰にも話さないのだから、好きにしてくれればいいのに、とは思っていても、今の五十嵐にはなにも得られるものはないだろう。
言いたいことはなんとなくわかってきた。怪我の原因、仲のいい兄弟の大怪我。そういうことなのか。
「そして」
「ん?」
五十嵐は少しだけ目を開いて、俺をじっと見ようとしていた。
もしかして嫌われているのかも、と思って見返したが、どうやらそういう意識もないらしい。
「とくに、俺は宇田将也にはそんな怪我をしてほしくなかった。自主練のときもそうだ。し、みんなにもそうしてほしくなくて、つい」
つい、にしてはひどい。どれだけ俺が、貧弱と思われていたのか。
じ、と五十嵐を見る。五十嵐のほうが体格は確実にいい。コレに比べたら、確かに、貧弱……と思って、なんか反論する気持ちもうせて
「でもあんな強く言う必要なくね?」
「言うことを聞かすには、そういう強さがいると別の兄から」
「いやあの」
「だから、自宅で鍛えて、運良く身長も伸びたから、その」
なんか、違う。俺の聞きたかったことは、そんなんじゃなくて。言いたいことは山積みだったが、そのくらいじゃ一年も持たずにばくはつしてしまいそうだと思って、五十嵐の言葉を遮った。
「おい、五十嵐」
「なんだ」
「おまえ、本当にそれでいいのか?」
言われたからやる。言われるからやる。
今まで見てきた五十嵐は、そういう受け身じゃなくて、いつでも積極的に俺に関わってきたと思っていた。
けれど、そうじゃなかったのか、という落胆。
俺じゃなくても、同じような状況の奴がいたら、五十嵐はきっと、フォローする。俺だから、じゃない。改めてそれを理解してしまい、なんとなく、不快になった。
「俺は……そういう五十嵐、なんかいやだな」
思わず口を突いて出た言葉に、五十嵐は反応しなかった。
休憩終わりの予鈴が鳴る。五十嵐は背中を向けてしまった。
話題が終わったと言われたらそうなのだろう。だが、不完全燃焼になったのは事実で。
五十嵐は別に、どうしたということもなく、勉強会は続けてくれた。
ただ、彼の反応はすこぶる鈍く、それでも俺の成績は二十点以上上がったのだから、五十嵐の教え方が俺に合っていたということで。
「……助かった、ありがと」
「ああ」
「お礼に」
「なんにもいらない」
「え」
五十嵐がやけにきっぱりと言うので、俺は驚いて五十嵐の腕を掴んでしまった。
が、それもさっと振り払われる。
「……っ」
「俺ができるのはここまでだ。宇田将也は自力で頑張れるだろ?」
「そ、れは」
「じゃあな」
「あ、ああ……」
やはり、俺のレベルに合わせるのは相当大変だったのだろう。
広い背中を見送って、俺は、どでかいため息を、大きくついてしまったのだった。
「なんだ、聞きたいことって」
「あー……えっとさ……」
正直、もう五十嵐が話してくることもないだろうなとぼーっとしていたから、本気で五十嵐が声をかけてきて驚いてしまった。
しかし、聞きたいことはしっかりと頭に入っている。なんとなく、あの体育の自主練をするようになってから、やたらと俺の生傷を気にしている五十嵐に、聞きたかったのだ。
「五十嵐、かなり怪我のこと言ってきてたじゃん。あれなんなの」
聞き方をどうしようか悩んだけど、結局、口から出すには直球のほうがいいと思って、俺は口を開いた。五十嵐は、無言でじっと俺を見ているが、だいたいこういう時は、考えごとをしているときの顔だ。
うっとうしいまでいかないけれど、生暖かいその空気に俺は居たたまれなくなって、つい、口を挟んでしまった。
「そもそも、なんでそんなにカタチにこだわるんだよ」
怪我についてそこまで気にする必要もないのに、と言い放った俺に、五十嵐は目を丸くしていた。
「え……っと?」
「俺、そこまでこだわっていたか?」
「え? あ、ああ……そう。こだわってたの。俺はそこまで気にしてないのにって」
「そう、か……」
首を傾げて、五十嵐はしばらく黙り込む。なんだよ。反応を待ってはいたが、なかなかリアクションが来なくて、俺は少しだけハラハラしていた。
そして五十嵐は、彼にしては珍しく、うつむきがちに言ったのだった。
「……俺が、兄さんたちにきつく言われたからだ」
「は?」
突然の兄弟発言に、俺は耳を疑った。尊大そうに見える五十嵐に、兄?
理解が追いつかないことを俺の反応で気づいてもらえたらしい。
五十嵐は目を伏せたまま続けた。
「……おまえも知らないかもしれないが、俺は、四人兄弟の末っ子、なんだ……」
「は? マジ? 見えない全然」
「……よく言われる」
実際、先生たちも半信半疑だったらしい。両親も同じだが、そこまで参観にも来ないので気付かれていないらしい。ただ、と五十嵐は続けた。
「年も離れているから、そこまで付き合いがあるわけでもないが、その」
「……うん」
「俺が、小学生くらいの時、大学生だった兄さんが、膝の靱帯を痛めて、半年ほど療養することになった。大学には松葉杖で通ったらしい」
「それは」
何と答えるのがいいのか。不幸でしたね? 大変だった? いや、ここで何を言ったところで、きっと五十嵐の気持ちに沿う言葉は浮かばないだろう。
俺の反応は特になかったが、五十嵐は引き続き、つらつらと話し続ける。
「兄曰く、授業で碌に準備運動もせず、勢い任せに雑に動かしたから、そうなっただけで誰も悪くはないとは言っていた。充も、無理をするな、怪我のないように念入りに準備しろ、と言われて、そのまま育っただけだ」
「お、う……」
しれっと家族の大けがの話をしている五十嵐は、いつものように淡々と話しているが、やや、言いづらそうにしていたなとは思う。別に、どうせ誰にも話さないのだから、好きにしてくれればいいのに、とは思っていても、今の五十嵐にはなにも得られるものはないだろう。
言いたいことはなんとなくわかってきた。怪我の原因、仲のいい兄弟の大怪我。そういうことなのか。
「そして」
「ん?」
五十嵐は少しだけ目を開いて、俺をじっと見ようとしていた。
もしかして嫌われているのかも、と思って見返したが、どうやらそういう意識もないらしい。
「とくに、俺は宇田将也にはそんな怪我をしてほしくなかった。自主練のときもそうだ。し、みんなにもそうしてほしくなくて、つい」
つい、にしてはひどい。どれだけ俺が、貧弱と思われていたのか。
じ、と五十嵐を見る。五十嵐のほうが体格は確実にいい。コレに比べたら、確かに、貧弱……と思って、なんか反論する気持ちもうせて
「でもあんな強く言う必要なくね?」
「言うことを聞かすには、そういう強さがいると別の兄から」
「いやあの」
「だから、自宅で鍛えて、運良く身長も伸びたから、その」
なんか、違う。俺の聞きたかったことは、そんなんじゃなくて。言いたいことは山積みだったが、そのくらいじゃ一年も持たずにばくはつしてしまいそうだと思って、五十嵐の言葉を遮った。
「おい、五十嵐」
「なんだ」
「おまえ、本当にそれでいいのか?」
言われたからやる。言われるからやる。
今まで見てきた五十嵐は、そういう受け身じゃなくて、いつでも積極的に俺に関わってきたと思っていた。
けれど、そうじゃなかったのか、という落胆。
俺じゃなくても、同じような状況の奴がいたら、五十嵐はきっと、フォローする。俺だから、じゃない。改めてそれを理解してしまい、なんとなく、不快になった。
「俺は……そういう五十嵐、なんかいやだな」
思わず口を突いて出た言葉に、五十嵐は反応しなかった。
休憩終わりの予鈴が鳴る。五十嵐は背中を向けてしまった。
話題が終わったと言われたらそうなのだろう。だが、不完全燃焼になったのは事実で。
五十嵐は別に、どうしたということもなく、勉強会は続けてくれた。
ただ、彼の反応はすこぶる鈍く、それでも俺の成績は二十点以上上がったのだから、五十嵐の教え方が俺に合っていたということで。
「……助かった、ありがと」
「ああ」
「お礼に」
「なんにもいらない」
「え」
五十嵐がやけにきっぱりと言うので、俺は驚いて五十嵐の腕を掴んでしまった。
が、それもさっと振り払われる。
「……っ」
「俺ができるのはここまでだ。宇田将也は自力で頑張れるだろ?」
「そ、れは」
「じゃあな」
「あ、ああ……」
やはり、俺のレベルに合わせるのは相当大変だったのだろう。
広い背中を見送って、俺は、どでかいため息を、大きくついてしまったのだった。


