今まで、勉強なんかに時間を割いたって、意味が無いと思っていた。しかし、今日の空席はベンチのみで、二人がけ以上になる席は、数に限りがある、という風に。
珍しく目元にかかるように跳ねた毛をくるくると回しながら、俺はため息をついた。
「寝坊……したぁ……」
家族が準備していた昼飯を朝飯に食べてしまうくらいにはぼんやりしていた。時間もないから片付けもそこそこに学校まで走っていて、はっとした。
「菓子パンくらい取っとけよ、俺」
購買までのあと数時間、どう耐え抜こうか。そんな想像をしたところで、ぐう、と鳴った胃の中身が返ってくるわけもなし。
とりあえず、まずい水を蛇口からガブガブ飲んでみたけれど、正直、対症療法ですらないとはわかっている。口から出てくるのは、ただひとこと「はら、へった」という言葉だけで。
そんなフラフラになった俺を見かねたのか、目の前にパンの袋が、がさがさと置かれていく。あまりに音が続くので、ん、と顔を上げたら、目の前にはしっかりと眉間に皺を寄せた五十嵐がそこにいた。
「お」
「食え」
「……なんだよ」
「腹減ったってぼやいてる方が悪い」
相変わらずの顔だから、正直、誰が見ても変わらない。
ただ、ちょっとは悪気もあるのかもしれない。
「いいのか、食べて」
「早く食い切れば問題ないだろう」
昼休みじゃない、授業の合間の休憩は短い。パンの一つくらいは腹に入れられるだろうが、それにしたって多すぎる。普通に考えれば、どうにもならない。
「これだけ、もらう」
「わかった」
「昼、返す」
「いや別に」
出されたそれらををしぶしぶ片付けているところを見ると、相当納得いっていないこともわかる。が、そのままさらっと受け取るのも、なんか違う気がする。
だから俺は、昼休みに入って早々、五十嵐に「ちょっと待ってろ」と行って、一目散に購買に駆け出した。自分の脚力を信じているわけではないが体育祭以上に、ちゃんと走っていけた気がする。
目的の戦場には早い時間で着けたので、三割増しのバリエーションの中から、五十嵐が出していたのとは違ったものをチョイスする。
しょっぱい系と甘い系、あとはコロッケと、カツと、と予算オーバーなのはわかっていたが、考えなしに俺は必死で腕を伸ばし、購買での戦いに勝つことが出来た。
また教室までの階段を駆け上がった、と言いたかったが、一階の踊り場あたりで体力は尽きて、急に重たくなった太ももをなんとか持ち上げて、教室まで戻ることができた。
やっぱり、運動部みたいに動いてないとなんにも意味がない。
体も頭も相当足りていないことはわかっているが、こうまで差が出るとは思わなかった。
「っ、五十嵐っ、ま、たせた……っ」
「ああ……」
五十嵐の背中に向けて報告したが、相づちは結構引いているように聞こえた。仕方ないだろ、俺、普通の帰宅部なんだし。
「俺、……の机、見て」
「……すごいな、この量」
「一応、適当に選んだし……贅沢したかったし」
息切れ以上にドン引きされた気がするが、そこを気にしていられない。俺は大人しく、食事にも入っていなかった五十嵐に告げる。
さきほど彼にされたのと同じように、購買で買ったパンをざかざかとだ。
「宇田将也、これは」
「……さっきの借り、返そうと思って」
「なんで」
「そういうつもりじゃなくても、なんか、もらってばっかとか、そういうのヤだから」
施しはいらねぇ、なんてかっこいいことも言えない。だから、あくまで提案だ。
俺が折れそうにないとみると、五十嵐はしぶしぶ、という感じで応えてくれた。
「じゃあ……一応もらっておく。どれがおすすめなんだ?」
「あ、えっと、適当に買ってきたからな……」
しばらく選んでいた五十嵐は、その中でも一番小ぶりなパンを選んで持って、背中を向けてしまった。あとは自分の持っていたものを食べるだけだろう。
「……まあ、いいけど」
聞こえていないのだから、仕方がない。俺は諦めて粛々と食事に入ることにする。
「うま……」
もそもそと口に含んだパンの柔らかさに驚いて、思わず声を出してしまった。店員であろう人たちがやたらと丁寧に袋詰めしている理由が理解できた気がする。
正直、するっと食べられてしまいそうだし、もう少し、ずっしりとしたものも選べばよかったなと思った。けれど、食べ尽くすころには財布の中身も空っぽになりそうで、泣く泣く諦めるほかなかった。
「食べ終わったら、聞きたいことあるんだけど」
「ああ、わかった」
きっちりと伸びた背中。同じように食べているはずなのに、どう頑張っても五十嵐と同じフォルムになれそうにない。別に、なるつもりもないけれど、なんか悔しい。
そういう中途半端な劣等感は、どうしたら治るものなのだろう。
「……」
五十嵐は話してこない。
だから、俺が勝手に思っているだけだ。
珍しく目元にかかるように跳ねた毛をくるくると回しながら、俺はため息をついた。
「寝坊……したぁ……」
家族が準備していた昼飯を朝飯に食べてしまうくらいにはぼんやりしていた。時間もないから片付けもそこそこに学校まで走っていて、はっとした。
「菓子パンくらい取っとけよ、俺」
購買までのあと数時間、どう耐え抜こうか。そんな想像をしたところで、ぐう、と鳴った胃の中身が返ってくるわけもなし。
とりあえず、まずい水を蛇口からガブガブ飲んでみたけれど、正直、対症療法ですらないとはわかっている。口から出てくるのは、ただひとこと「はら、へった」という言葉だけで。
そんなフラフラになった俺を見かねたのか、目の前にパンの袋が、がさがさと置かれていく。あまりに音が続くので、ん、と顔を上げたら、目の前にはしっかりと眉間に皺を寄せた五十嵐がそこにいた。
「お」
「食え」
「……なんだよ」
「腹減ったってぼやいてる方が悪い」
相変わらずの顔だから、正直、誰が見ても変わらない。
ただ、ちょっとは悪気もあるのかもしれない。
「いいのか、食べて」
「早く食い切れば問題ないだろう」
昼休みじゃない、授業の合間の休憩は短い。パンの一つくらいは腹に入れられるだろうが、それにしたって多すぎる。普通に考えれば、どうにもならない。
「これだけ、もらう」
「わかった」
「昼、返す」
「いや別に」
出されたそれらををしぶしぶ片付けているところを見ると、相当納得いっていないこともわかる。が、そのままさらっと受け取るのも、なんか違う気がする。
だから俺は、昼休みに入って早々、五十嵐に「ちょっと待ってろ」と行って、一目散に購買に駆け出した。自分の脚力を信じているわけではないが体育祭以上に、ちゃんと走っていけた気がする。
目的の戦場には早い時間で着けたので、三割増しのバリエーションの中から、五十嵐が出していたのとは違ったものをチョイスする。
しょっぱい系と甘い系、あとはコロッケと、カツと、と予算オーバーなのはわかっていたが、考えなしに俺は必死で腕を伸ばし、購買での戦いに勝つことが出来た。
また教室までの階段を駆け上がった、と言いたかったが、一階の踊り場あたりで体力は尽きて、急に重たくなった太ももをなんとか持ち上げて、教室まで戻ることができた。
やっぱり、運動部みたいに動いてないとなんにも意味がない。
体も頭も相当足りていないことはわかっているが、こうまで差が出るとは思わなかった。
「っ、五十嵐っ、ま、たせた……っ」
「ああ……」
五十嵐の背中に向けて報告したが、相づちは結構引いているように聞こえた。仕方ないだろ、俺、普通の帰宅部なんだし。
「俺、……の机、見て」
「……すごいな、この量」
「一応、適当に選んだし……贅沢したかったし」
息切れ以上にドン引きされた気がするが、そこを気にしていられない。俺は大人しく、食事にも入っていなかった五十嵐に告げる。
さきほど彼にされたのと同じように、購買で買ったパンをざかざかとだ。
「宇田将也、これは」
「……さっきの借り、返そうと思って」
「なんで」
「そういうつもりじゃなくても、なんか、もらってばっかとか、そういうのヤだから」
施しはいらねぇ、なんてかっこいいことも言えない。だから、あくまで提案だ。
俺が折れそうにないとみると、五十嵐はしぶしぶ、という感じで応えてくれた。
「じゃあ……一応もらっておく。どれがおすすめなんだ?」
「あ、えっと、適当に買ってきたからな……」
しばらく選んでいた五十嵐は、その中でも一番小ぶりなパンを選んで持って、背中を向けてしまった。あとは自分の持っていたものを食べるだけだろう。
「……まあ、いいけど」
聞こえていないのだから、仕方がない。俺は諦めて粛々と食事に入ることにする。
「うま……」
もそもそと口に含んだパンの柔らかさに驚いて、思わず声を出してしまった。店員であろう人たちがやたらと丁寧に袋詰めしている理由が理解できた気がする。
正直、するっと食べられてしまいそうだし、もう少し、ずっしりとしたものも選べばよかったなと思った。けれど、食べ尽くすころには財布の中身も空っぽになりそうで、泣く泣く諦めるほかなかった。
「食べ終わったら、聞きたいことあるんだけど」
「ああ、わかった」
きっちりと伸びた背中。同じように食べているはずなのに、どう頑張っても五十嵐と同じフォルムになれそうにない。別に、なるつもりもないけれど、なんか悔しい。
そういう中途半端な劣等感は、どうしたら治るものなのだろう。
「……」
五十嵐は話してこない。
だから、俺が勝手に思っているだけだ。


