「ふぁ……」
もう体育祭の朝が来てしまった。あくび一つで時間が過ぎるわけではないが、どこかで諦めたい気持ちも残っている。仕方がない。今までがそうだったのだから、急に自分の中身が入れ替わるわけがない。
デフォルト学ラン、セーラー服の俺たちが、ほぼ唯一、ジャージで登校してもいいレアな日だ。
俺も例に漏れず、ジャージ登校だったのだが、五十嵐だけは几帳面に制服を着て、着替えてからの体育祭だった。
自主練は拒否されていたものの、メンバーはそれなりにやる気があったらしく「体育の授業くらいじゃ足りねぇ」なんて呟いていたのが聞こえた。
「将也」
「お、どうしたんだよ、誠太」
「あいつら、しごいといたから」
「え」
後ろを見ると、誠太によって文字通りビシバシやられたのだろう。うっすら黄色の痣の、残る両腕を見て、俺の頬は引きつった。
さすがに酷すぎないか、と不安げに見てみたが、誠太はケロっとした顔で笑っていた。
「あれ? 一応、体験入部って言ったぞ? 怪我しますよ? って言って、ちゃんと先生たちにも俺たちにも念書書かせたくらいだし」
「は? いや、なにそれ大ごとすぎるだろ」
「まあ、おまえらには敵わないけどなぁ、もうちょい実践向きな感じにしたかったけど間に合わなかったんだよな」
「お……おう……」
うちのクラスはなんだかんだで真面目な奴らが多い。だから、誠太が間に入ってくれるようになって、ちょっとほっとしたのも事実。ちょっとずれてる五十嵐は、「宮本に比べたらマシ」という話で落ち着いたらしい。
らしい、というのも、あとあと聞いただけの話なのだけれど。
「せっかくだし、円陣組んどく?」
「そんなガチでやる?」
「まあまあ、いいじゃん。なあ、五十嵐?」
「あ、ああ……」
「じゃあほら、集合ー」
誠太のゆるいトーンの割に有無を言わせない声で集めた中で、一人ひとり個別に指示を言われた。
「将也はとりあえず、離脱しないように」
「え」
「じゃあ言うなー」
とりあえず、サーブとブロック。でかいからそれだけでいい。セッターというか司令塔は五十嵐。一打目以外はとにかく五十嵐の指示を聞け。相手チームにわかられてもいい、という開き直りだ。
プロみたいに、みんながみんなブロックしたりスパイクを決めたりなんてしない。個人競技の塊みたいな奴らばっかりだから、気にしなくていい。
「ま、楽しんでくれよ」
「楽しめる気がしないって」
「そうか? ガチじゃないから大丈夫だって」
宮本の笑ってない目を見て、本当に期待されていないということもわかる。
「……うう」
「宇田将也」
「え、なに」
「ボールに手を合わせるだけでいい、突き指も気をつけろ」
「おお……」
言われたとおりに手をまっすぐ伸ばして、飛んできたら板じゃなくて、しならせる。
試合が始まり、上級生の審判の指示で、あれこれ進んでいく。
俺もコートに居たものの、だいたいは指先すらかすらずにボールが自分の頭上や足元を超えていく。
ドッジボールよろしく、逃げ惑う場面もあったけれど、五十嵐宮本の連携プレーには味方であってもらって本当によかったと思う切れのよさだった。
そして、自分の出番もやってきてしまった。
「うおっ!」
もう当たらないだろ、とネットに沿うように垂直に手を伸ばし、軽く飛んだ。
いつも感じていなかった衝撃。ばしん、と腕にしびれがきたと思ったら、ボールが相手のとれない方向にばしんと決まっていた。
悲鳴のような声を言った俺に、クラスメイトはわあわあ声をかけてくれた。
「ナイスブロックー! やるなあ宇田」
「将也、でかいだけあって余裕あるよなー」
「うるせえ、でかいだけは余計だっ」
まぐれ当たりだとはわかっていても、この痛みだけは本物で。
振り返ると、五十嵐がやや気まずそうに、こちらを見ていた。
確かに、教わったとおりのことができたわけではない。怪我をしているところが見たくない、と言われていたが、どうせ打撲確定の腕。
たぶん、そのことを言いたかったのだろう。
俺はそう思い、数歩、五十嵐に近づいた。
「悪い、ちゃんとできなかった」
「……あの」
「お?」
「ナイス」
手が差し出されたのは、ちょうど自分が叩きやすいところ。
思っていたのとは違ったが、俺はその勢いに任せて、ぱん、と盛大に五十嵐とハイタッチした。
「次もそうして飛べばいい」
「はあ?
「いい振りだった」
「……おう」
それは褒められているのだろうか。いや、俺が狙えるような球なんてきっと来ない。
それでも、五十嵐は俺を、褒めてくれたのだ。
叱責されるかと思ったけれど、きちんと、結果も見てくれた。
じんじんしていた腕だけではなく、体全体が熱くなったけれど、たぶん、五十嵐は気づいていない。
「次のプレーだ、戻れ」
「わかってるよ!」
とはいえ、五十嵐はやっぱり五十嵐だ。
すんとした男はすでに、次の一点を目指していたのだから。
もう体育祭の朝が来てしまった。あくび一つで時間が過ぎるわけではないが、どこかで諦めたい気持ちも残っている。仕方がない。今までがそうだったのだから、急に自分の中身が入れ替わるわけがない。
デフォルト学ラン、セーラー服の俺たちが、ほぼ唯一、ジャージで登校してもいいレアな日だ。
俺も例に漏れず、ジャージ登校だったのだが、五十嵐だけは几帳面に制服を着て、着替えてからの体育祭だった。
自主練は拒否されていたものの、メンバーはそれなりにやる気があったらしく「体育の授業くらいじゃ足りねぇ」なんて呟いていたのが聞こえた。
「将也」
「お、どうしたんだよ、誠太」
「あいつら、しごいといたから」
「え」
後ろを見ると、誠太によって文字通りビシバシやられたのだろう。うっすら黄色の痣の、残る両腕を見て、俺の頬は引きつった。
さすがに酷すぎないか、と不安げに見てみたが、誠太はケロっとした顔で笑っていた。
「あれ? 一応、体験入部って言ったぞ? 怪我しますよ? って言って、ちゃんと先生たちにも俺たちにも念書書かせたくらいだし」
「は? いや、なにそれ大ごとすぎるだろ」
「まあ、おまえらには敵わないけどなぁ、もうちょい実践向きな感じにしたかったけど間に合わなかったんだよな」
「お……おう……」
うちのクラスはなんだかんだで真面目な奴らが多い。だから、誠太が間に入ってくれるようになって、ちょっとほっとしたのも事実。ちょっとずれてる五十嵐は、「宮本に比べたらマシ」という話で落ち着いたらしい。
らしい、というのも、あとあと聞いただけの話なのだけれど。
「せっかくだし、円陣組んどく?」
「そんなガチでやる?」
「まあまあ、いいじゃん。なあ、五十嵐?」
「あ、ああ……」
「じゃあほら、集合ー」
誠太のゆるいトーンの割に有無を言わせない声で集めた中で、一人ひとり個別に指示を言われた。
「将也はとりあえず、離脱しないように」
「え」
「じゃあ言うなー」
とりあえず、サーブとブロック。でかいからそれだけでいい。セッターというか司令塔は五十嵐。一打目以外はとにかく五十嵐の指示を聞け。相手チームにわかられてもいい、という開き直りだ。
プロみたいに、みんながみんなブロックしたりスパイクを決めたりなんてしない。個人競技の塊みたいな奴らばっかりだから、気にしなくていい。
「ま、楽しんでくれよ」
「楽しめる気がしないって」
「そうか? ガチじゃないから大丈夫だって」
宮本の笑ってない目を見て、本当に期待されていないということもわかる。
「……うう」
「宇田将也」
「え、なに」
「ボールに手を合わせるだけでいい、突き指も気をつけろ」
「おお……」
言われたとおりに手をまっすぐ伸ばして、飛んできたら板じゃなくて、しならせる。
試合が始まり、上級生の審判の指示で、あれこれ進んでいく。
俺もコートに居たものの、だいたいは指先すらかすらずにボールが自分の頭上や足元を超えていく。
ドッジボールよろしく、逃げ惑う場面もあったけれど、五十嵐宮本の連携プレーには味方であってもらって本当によかったと思う切れのよさだった。
そして、自分の出番もやってきてしまった。
「うおっ!」
もう当たらないだろ、とネットに沿うように垂直に手を伸ばし、軽く飛んだ。
いつも感じていなかった衝撃。ばしん、と腕にしびれがきたと思ったら、ボールが相手のとれない方向にばしんと決まっていた。
悲鳴のような声を言った俺に、クラスメイトはわあわあ声をかけてくれた。
「ナイスブロックー! やるなあ宇田」
「将也、でかいだけあって余裕あるよなー」
「うるせえ、でかいだけは余計だっ」
まぐれ当たりだとはわかっていても、この痛みだけは本物で。
振り返ると、五十嵐がやや気まずそうに、こちらを見ていた。
確かに、教わったとおりのことができたわけではない。怪我をしているところが見たくない、と言われていたが、どうせ打撲確定の腕。
たぶん、そのことを言いたかったのだろう。
俺はそう思い、数歩、五十嵐に近づいた。
「悪い、ちゃんとできなかった」
「……あの」
「お?」
「ナイス」
手が差し出されたのは、ちょうど自分が叩きやすいところ。
思っていたのとは違ったが、俺はその勢いに任せて、ぱん、と盛大に五十嵐とハイタッチした。
「次もそうして飛べばいい」
「はあ?
「いい振りだった」
「……おう」
それは褒められているのだろうか。いや、俺が狙えるような球なんてきっと来ない。
それでも、五十嵐は俺を、褒めてくれたのだ。
叱責されるかと思ったけれど、きちんと、結果も見てくれた。
じんじんしていた腕だけではなく、体全体が熱くなったけれど、たぶん、五十嵐は気づいていない。
「次のプレーだ、戻れ」
「わかってるよ!」
とはいえ、五十嵐はやっぱり五十嵐だ。
すんとした男はすでに、次の一点を目指していたのだから。


