ルーズさが売りの俺が、生真面目クラスメイトに懐かれています


 別に、どうこうするわけではない。もちろん、俺より動ける奴らばっかりだから、別にどうってことはなかったのだろう。

「まあ、これくらいできたらいいんじゃないか」

 試合本番二日前になって、ようやく五十嵐の許可が下りて、俺はほっとした。

「はー……、一ヶ月の突貫工事でよくがんばったよ、俺」
「そうだな」
「お!」
「……なんだ」

 五十嵐は気付いていない。彼の口から俺に向けての、貴重な褒め言葉だということに。

 ニマニマしているであろう俺を見て、五十嵐は若干引いていたと思う。仕方ないじゃないか。五十嵐本人がデレでくれたのだから。

「五十嵐がちゃんと褒めてくれたってこと、喜んでるだけー」
「別に、普段褒めていないわけじゃ」
「まあ、俺は別に賢いわけでも超絶スポーツできるわけでもないし」

 五十嵐に比べたらたいしたことはなにもできていない。地頭も違う。
 だから、そういうつもりで呟いた言葉は、彼自身にはっきり否定された。

「そんなことない」
「え」

 五十嵐は、じっと、俺を見ていた。

「いや、宇田将也……お前はちゃんとしてる。だから、気にするな」
「ちゃんとしてる? 俺が?」
「……ああ」

 少なくとも、他のメンバーと比べて、俺とずっと練習していたのは、おまえだけだ。
 そう言われて、喜ばない奴がいるだろうか。
 俺は、ちゃんと見て貰えたことがうれしかった。なんとなく、今までは、頑張っても頑張らなくても、別にだれも、見てくれていなかった気がするのだ。だから適当でいいし、最悪終わればそれでいいと思っていた。

 そう。初めての経験だ。
 こうして、俺の行動を、やってきたことを、きちんとまっすぐ褒めてもらえたことは。

 なんだか、心の奥がじんわりと温かくなってきて、俺はなんとなく、困惑した。
 大事な気持ちが、ぶわっっと溢れてきた気がする。
 恥ずかしくなって、若干潤んだ瞳を隠すように、五十嵐に軽口を言う。

「それは買いかぶりっていうか、あれだ。役不足」
「……どちらかと言うと、力不足だな」
「え」
「役柄のほうが不足している、の意味だ」
「うっわ、恥ずかし」

 またアホを晒してしまった。そう思うくらいには、感情が乱高下して忙しい。だって、五十嵐は、微笑むだけじゃなく、ケラケラと笑っていたのだ。

「……っ」

 それも、初めてみた。しょうもないことを言って笑い合う、普通のトモダチっぽい雰囲気で笑う五十嵐が新鮮だった。
 なんだか嬉しかった。コイツだって、普通の同級生じゃないかと。
 だったら、五十嵐ばかりを気にしなくていいのかも、と思ったら、だいぶ気持ちが楽になった。

「あー……わらった。俺、アホでごめん、ほんと」
「いや、まあ……次は間違うなよ」
「ああ……はー、はっずかし」

 まだ笑いの余韻は冷めないが、今度こそ帰り支度を済ませてしまおうと、俺は立ち上がる。その雰囲気が伝わったのか、五十嵐も立ち上がり、手元にあった貸し出し用のボールを、部活をやっている奴らの間を縫って、返却する。

 誰もが五十嵐を見て、そして、ひそひそと話している。
 かっこいいなのか、なんだあの変な奴、かはわからない。
 正直、俺の方をチラチラ見てくる人も若干増えている気がするが、五十嵐に比べれば些末なものだ。

 何事もなく戻ってきた五十嵐に、俺は声をかけた。

「いつもありがと」
「いつまで経ってもお前が行かないから、俺が行っただけだ」
「うん、助かる。で、俺は五十嵐の言うとおりに、今日はちゃーんと風呂に入って寝て、メシをよく食うと」
「ああ、そうしてくれ」

 ささっと切り替えられた五十嵐に、俺は改めて呟いた。

「……なんか、不思議なんだよな」
「なにがだ」
「五十嵐、俺みたいなやつ嫌いだろうなって、思ってたから」
「……まあ、好きではないだろうな」
「ほらぁ」

 だからこそ、俺をビシバシ強化したり、丁寧に教えてくれたり、なんてしなくてもいいのに、って思っていた。
 が、それでも五十嵐は、俺がいれば諦めず対応してくれる。それが不思議だった。
 どうせあさっての体育祭で終わりだろうと思ったから、俺は勢いそう呟いたのだが、五十嵐にとってはちがったらしい。

「でも」
「ん?」
「宇田将也、おまえは別だ」

 じっと、俺を見ている。
 俺よりもやや高いところで、俺を、じっと。
 なんの答えを求められているかもわからない。
 大事なことがなにかすら、教えてくれない。

 でも、たしかにまっすぐ、人より大きめの黒目で俺を見ているのだ、五十嵐は。

「お、う……がんばるわ」

 それ以上何と答えていいかわからず、俺はそう答えるに留まった。
 五十嵐も「じゃあまた」と帰ってしまった。

 夕日はいつまでも、五十嵐の身長以上の影を、長く長く伸ばして、俺の足元までしっかりと届くように、やさしく落ちて行った。