優等生の僕が、問題児に「つまみ食い」されるまで

 少し落ち着くと、桑島から声をかけられた。勉強を教えてほしいらしく、塩らしくしている。
 確かに、こいつはバカだからな。少し揶揄ってみると、涙目になっていた。

 両手を掴んできて、懇願してくる。冗談だったのに、可愛いな。
 どうして、可愛いだなんて思うのだろうか。そっか、こいつってうちの犬に似てるんだ。

 名前は、ゴンザレス。父さんの好きなプロレス選手の名前で、独断と偏見でつけられた。
 最初こそ、家族からはブーイングの嵐だった。しかし今では、気に入っているんだよな。

 ゴールデン・レトリーバーで、人懐っこい性格をしている。賢いため、こいつとは真逆である。

「お邪魔しま……うわっ」
「ワウンっ!」
「こらっ、ゴンザレス。大人しくしなさい、いい子だ〜」
「ゴンザレス? へえ〜可愛いな〜」

 勉強する場所がないため、家に連れてきた。その方が、参考書を見られるからな。
 家に入ると、ゴンザレスが待っていた。桑島に飛びついて、よろけてしまった。

 怪我はないようで、一安心した。驚いていていたようだけど、可愛がってくれた。
 僕に対するのと同じように、可愛いと言っている。やっぱり、他意はないようだな。
 なんで、がっかりしているのだろうか。まあ、そんなことはどうでもいいか。

「言っていたお友達ね〜イケメンね〜」
「よく言われます」
「こらっ」
「桑島朔弥です。お邪魔します」
「こちらこそ、よろしくね〜」

 ゴンザレスと戯れていると、母さんがやってきた。桑島を見るなり、頬を染めている。
 まあ、こいつはイケメンだからな。母さんのそんな表情、見たくないが。

 こいつはこいつで、言われ慣れているらしい。当たり前のように返しており、ツッコみを入れることにした。

 勉強するために、ゴンザレスはリビングに連れて行った。母さんに、任せることにした。
 そして、こいつを部屋に招き入れた。昨日、片付けたから汚くないはずだ。

「さて、何が分からないんだ」
「さあ?」
「さあって、教えてほしいんだろ」
「分からないとこが、分からない」
「……まずは、問題を解いてみろ」
「うっす」

 部屋の真ん中に、テーブルを出した。参考書や教科書、宿題を出した。
 僕が座ると、わざわざ座布団の位置をずらした。僕の隣に座ってきて、笑顔を浮かべている。

 肩がぶつかって、暑苦しい。だけど嫌な感じはしなくて、むしろ心地よく感じてしまう。
 こいつの香水の香りは、安心できるんだよな。フルーツみたいな感じなのか、詳しくは知らない。

 麦茶を持ってきたし、これで準備万端だ。水分補給は、大事なことだからな。
 勉強を教えようとするが、やっぱりこいつはアホのようだ。実践形式で教えるのが、一番だろうな。

「これを代入して」
「なるほど、分かりやすいな」
「ところで、受験の時は自分で勉強したのか」
「ああ、公立に行きたかったし。移動費かからないとこが、良かったからな」
「なるほど」

 数学を教えているが、驚くくらいに飲み込みが早い。こいつ、実は頭いいだろ。
 だからこそ、バイトの時は仕事を覚えられるんだろうし。勉強の仕方を見直せば、高得点を狙えるだろう。

 そこで気になったことを、聞いてみることにした。家庭の事情もあって、公立に行きたかったみたいだ。
 僕はそこまで、考えたことはなかった。僕なんかよりも、ずっと大人なのかもな。

「暑いな〜」
「扇風機しかないが」
「気にすんな〜ふう〜涼しい」

 勉強していると、暑いらしい。Tシャツの裾を持って、仰いでいる。
 おへそが見えて、なんとなく直視できない。目を逸らすついでに、扇風機もつけた。

 窓も空いているが、気休め程度にしかならない。僕の部屋のクーラーは、絶賛ストライキ中だ。
 それにしても、こいつって無駄にイケメンだよな。頬や首筋に、汗が滴っている。

 その様子を見ていると、変な気分になった。口元に目がいって、触れたくなった。
 何言ってんだよ、僕は! やめろ、変なことは考えるな!

 この感情の意味を知らない。首を横に振って、邪念を捨てる。
 気持ちを取り直して、勉強を教えた。驚くくらいに、吸収していくから面白い。

「そう言えば、田口さんがお前のこと好きなんじゃないか」
「は?」
「最近、お前のこと見ているだろ。さっきだって、顔を赤らめていたし」
「はあ……まあ、分からない方が好都合だが」
「何の話だ」
「気にするな。だけど田口さんは、俺のこと好きじゃないぞ。これだけは、断言できる」

 ひと段落ついて、雑談をすることにした。一気に詰めても、パンクしてしまうからな。
 そこで、田口さんのことを思い出した。もしかしなくても、こいつのことが好きなんだろうな。

 胸が痛くなったが、聞いてみることにした。もし、両思いなら手を貸してやりたい。
 上手くできないかもしれないが、人肌脱いでやりたい。友達として、助けになりたいから。

 恥ずかしいから、皆まで言わないでおこう。しかし僕の予想は、違ったらしい。
 はて、どうして分かるのだろうか。意味深なことを言っているが、理解できない。

 だけど同時に違って良かったと、思っている自分もいる。何故なのか、理解できない。

「……なあ、お願いがある」
「なんだよ」
「お前とかじゃなくて、俺のこと……名前で呼んで」
「な……んで。そんな風に、冗談を」
「冗談じゃない。名前で呼んで」
「……さ……くや……くん」

 声をかけられて、顔を見た。すると真面目な顔で、綺麗な瞳でこっちを見ている。
 テーブルに肘を置いて、僕だけを見つめている。目を逸らしたいのに、逸らすことができない。

 心臓の鼓動が速くなって、苦しくなってきた。だけど嫌な感じはせず、寧ろ心地よかった。
 こいつと仲良くなってから、僕の体はおかしい。不整脈もするし、こいつの言動で一喜一憂している。

 こんな感情は初めてで、分からない。名前で呼んでほしいと言われ、心臓が飛び跳ねた。
 勇気を振り絞って、吃りながらも呼ぶことに成功した。たったそれだけのことなのに、少年のような笑顔で喜んでいる。

 どうして、こんなに恥ずかしいんだ。友達の名前を呼ぶなんて、当たり前のことだろう。
 すると頬を触られて、そこから熱が広がった。窓からも、扇風機からも涼しい風が来ている。

 そのはずなのに、僕の体は熱くなる一方だ。顔が近付いてきて、綺麗な顔が間近にあった。
 息も感じられてるほどに、距離が近い。突っぱねないといけないのに、逃げることもできない。

 自分の心臓が、どうにかなるんじゃないかってぐらいに高鳴っている。