辺境貴族に転生した僕は、追放されてしまった悪役令嬢を守り抜く

 それから一時間後。
 フィリプにみっちり絞られた僕は、とりあえずユリィアを連れて外出することになった。
 僕が魔法実験のことを捲し立てたことで、ユリィアにマイナスの印象を持たれた可能性が高いからね。近くの良い店にでも行って挽回してほしいというのが、フィリプの主張だった。

 いや~、フィリプときたら本当に怖かったよ。

 表面上はニコニコ笑っているくせに、「なんでまた魔法の話をしているんですか?」「ユリィア様も引かれていたの見ていましたよね?」「私の白髪をこれ以上増やさないでくれませんか?」などとガンガン理詰めしてくるのである。

 こうなってしまっては、こちらの反論などまったく意味をなさない。
 また説教時間が長引いてしまうだけなので、とりあえず彼の提案を全面的に受け入れる形で、ユリィアと外出することになった。

 ちなみに僕の住むルクサー男爵家は、近郊都市エルクの敷地内に存在する。

 王都ほど賑やかではないけれど、一通りの商業施設は揃っているからね。
 お洒落なカフェ内でくつろいでいる人とか、食材の買いだしを済ませて帰途に着いている人とか……実に多くの人たちが行き交っている。
 だからフィリプの言う〝良い店〟というのは、探せばいくらでもある街なんだよね。
 さっきはハーブティーを飲んだから、今度は違うテイストのお店に行こうかな。ユリィアはコーヒーとかも嫌いじゃないはずだしね。

 そう考えた僕は、とりあえず見知った店に入ろうとしたのだが――。

「……ユリィア様。どうしたんです?」

「へ……? なにが?」

「いえ、さっきからまわりを見渡していらっしゃるから」

 そう。
 近郊都市なんぞ、公爵令嬢から見れば退屈すぎる街並みでしかないはず。
 どうしたって王都のほうが華やかだし、しかもユリィアは王太子と婚約を結んでいたんだからね。
 こんな平凡な場所を歩きまわされて、むしろ申し訳ない気持ちになっていたんだけど……。

 ユリィアはどういうわけか、その〝平凡な場所〟を物珍しそうに眺めているのだ。

 とりわけ彼女の視線が多く注がれているのは、近くにある小さな公園か。
 そこでは多くの子どもたちが、黄色い声をあげながらボール遊びにはしゃいでいて。
 また別のところでは、地面にシートを引いた親子が、和やかな様子で弁当を食べていて。
 ささやかなれど静かな家族の営みが、彼女の視線の先にあったのである。

「…………」

 僕の言葉には答えず、ユリィアはしばらくその公園を見つめていると。

「いえ……。なんでもないわ。足止めして悪かったわね」

 数秒後にはそう呟いて、止めていた歩みを再開し、先を歩こうとする。

 まただ、と僕は思った。
 本当は胸の内に様々な思いがあるはずなのに、それを出そうともしないで。
 ひとりで泣いていたのを隠して、なんでもない顔で僕と話して。

 ――なんだろう。
 彼女は恐るべき存在のはずなのに、僕の中で、また別の感情が浮かんできた気がした。

「ユリィア様。もしあなたがお許しくださるのなら、今後は砕けた口調で話してもよろしいですか?」

 なんでこんな提案をしたのか、正直自分でもよくわからない。
 端的に言うとするなら、彼女のことをもう少し知りたくなった――。これに尽きるか。
 公爵令嬢にこんなことを切り出すなんて、下手したらトラブルが起きかねないんだけど。

「……ええ」
 けれどユリィアは、嫌な顔をすることなく僕の言葉を受け止めてくれた。
「むしろなんで、婚約者なのに敬語なのかと思っていたところよ」

「はは、申し訳ない」

 ――そしてこれで確信に変わった。
 乙女ゲームに登場した〝ユリィア・ラ・レーロンス〟は、こんな不躾な提案を絶対に受け入れない。少しでも反乱分子となりうる存在を感知したら、相手が誰であろうと極刑を命じていたから。
 フィリプにはカフェに行くよう頼まれたけれど、ここはあえて、彼に逆らってみるか。

「そしたら、さっそくだけど街の外に出てみない? 見せてあげたい景色があってさ」

「ま、街の外?」
 僕の言葉に、ユリィアは片眉をひそめる。
「大丈夫なの? 外には魔物が沢山いるって聞いてたけど……」

「気にすることはないさ。ここらへんにいる魔物はみんな弱いから、僕みたいな奴でも倒せるよ」

「そ……そう? ならいいんだけど」

 なにしろ、僕のような無能者でも一撃で倒されちゃうような魔物だからね。
 ユリィアだって強い魔法を扱えるだろうし、ちょっと街の外れに出るくらいなら問題ない。そう判断して、僕たちは街の外に出ることにした。