辺境貴族に転生した僕は、追放されてしまった悪役令嬢を守り抜く

 軽口を叩いてきたフィリプだが、仕事そのものはめちゃくちゃ早かった。

 たぶん彼もユリィアの好みを事前にリサーチしていて、すでにそれらを用意していたのかもしれないね。トレーに載ったハーブティーとマドレーヌ(もちろん二人分である)を、速攻で僕に持ってきてくれた。

 こういうのは早いほうがいいからね。
 ユリィアを放っておくと何をしでかすかわからないし――その意味でも、テキパキ動いてくれるのは助かった。

 ということで。
 僕は現在、客室の扉の前に立っている。
 もちろん扉の奥にはユリィアがいて――今ごろ荷ほどき等々に取り掛かっているはずだ。

「ふう……」

 ああ、マジで緊張するね。
 下手をしたら殺されかねない相手だし、そもそも僕は女性とのかかわりが非常に薄い。
 だからこのまま逃げたいのが本音だけれど……。

 でもゲームシナリオ通りに事が進めば、どのみち僕は殺されることになる。
 ここは意を決して一歩を踏み出さないとね。

「あ、あの……。ユリィア様、今よろしいでしょうか」

 扉を軽くノックしつつ、僕はそう声を投げかける。

「…………」

 しかし返事はなかった。
 よく耳を澄ませてみれば、荷ほどきしている様子もないね。
 室内からはほとんど物音が聞こえないし、そもそもここに人がいるのかも疑わしくなってくる。
 いや、待てよ……?

「…………ぐず」

 こ、この声は……?
 もしかして泣いてるのか?
 王太子を毒殺しようとし、ゲームでも悪名名高い冷酷なラスボスが?

「…………」

 いや。
 よくよく考えたら、〝普通は〟そうなるか。

 彼女はエマール王国でも格式の高い公爵家の令嬢。
 王太子と婚姻関係を結んでおり、まさに最近までは幸せの真っただ中にいたはず。
 その立場が失墜したことで、なんの才能もない僕なんかと無理やり婚約させられて……。公爵家という立場にもかかわらず、護衛もなしに、公爵家と比べればボロい家に連れて来させられて……。

 そりゃ、そうだ。
 凶悪なラスボスという設定に囚われすぎて、一方的な先入観に憑りつかれていた。
 よくよく考えれば、彼女にとって今の状況はあまりに辛すぎるはずで――。
 僕はそんなユリィアの心情を考えもせず、自分が楽に生きることだけを考えていた。

 考えてみればさっきもそうだ。
 ゲーム設定での〝ユリィア・ラ・レーロンス〟とは性格があまりに違うから、そこで動揺が生まれ、訳の分からない失言をしてしまった。

 ――これじゃ、駄目だな。

「ユリィア様。お好きと聞きましたので、ハーブティーとマドレーヌをこちらに置いておきます。後ほどで構いませんから、気が向いたらお召し上がりください」

 彼女は今辛い状況だ。
 無理やり会話に持ち込んだとて、どうしても気が乗らないだろう。
 ここは潔く身を引いて、また日を改めて彼女と接するのが得策。
 そう判断し、僕はトレーを床に置こうとしたのだが――。

「ありがとう。気が利くのね、アディオさん」

「へ…………?」

 こちらの予想に反し、なんとユリィアが何食わぬ顔で扉を開けてくるではないか。
 しかもさっきまで、彼女はたしかに泣いていたはず。しかしその様子はおくびにも出さず――少しだけ目が赤くなってはいるけれど――彼女は平然とした表情で姿を現したのである。

「あら。二人分持ってきてくれたの?」

 僕の持つトレーに目を向けつつ、ユリィアはあくまで淡々とそう告げる。

「あ、はい。不本意かもしれませんが、これでも婚約者ですし……。一緒にティータイムでもどうかなと……」

「それならそうしましょう。たしかにお互いのことをもっと知ってないといけないわね」

「…………」

 おいおい、マジか。
 だってさっきまで、彼女は泣いていたんだぞ?
 こんな辺境に連れて来られて、公爵家としての立場もほとんど失っていて、辛くないわけがないんだぞ?
 なのになんで今は、こんなにも平然としていられるんだ……?

 とはいえ、彼女自身からティータイムを誘ってくれているのだ。
 ここで断るのも変な話だし、僕としても願ったり叶ったりな話。ここで拒否する理由もなく、僕らはこのままティータイムと洒落込むのだった。



 乙女ゲームの設定を整理してみよう。
 何度も繰り返している通り、ユリィア・ラ・レーロンスはゲーム本編のラスボス。
 婚約者たる王太子の毒殺を謀ったことで糾弾され、地方の男爵家に無理やり嫁がされる。しかし彼女はそれだけには飽き足らず、嫁いだ先のルクサー男爵家にて殺戮を繰り返し、そこから莫大な力を手に入れて人類の敵となる――。

 主にはそんな感じのシナリオだったはずだ。
 乙女ゲームにしてはちょっと物騒な内容だけれど、まあ前世では逆にそれがウケた。
 メインターゲットとなる女性層はもちろん、恋愛にバトルになんでもござれなゲームシステムに、多くの男性が虜になっていたはずだ。

 話を戻そう。
 ゲームシナリオ通りに歴史が動くとすれば、彼女は嫁ぎ先のルクサー家で暴動を起こす。
 そして婚約者だったはずの男さえも血祭りにあげ、世界は暗闇に包まれることになる――。
 つまり、僕は今、彼女に真っ先に殺されてもおかしくないはずだが――。

「あら。おいしいわね、このハーブティー」
 目の前にいるユリィアは、フィリプの淹れたハーブティーを飲み、小さく目を見開いていた。
「…………? どうしたの、アディオさん」

「あ、いや。なんでもないです、はい」

 やっぱり、おかしいな。
 目の前にいるユリィアは、どこからどう見ても、そんな野蛮な女性には思えない。
 当然、乙女ゲームの主人公はアディオではないからね。だから僕の知らない〝歴史の裏側〟があるのだとは思うが、だとしても不可解すぎる。

 おっと、いけないな。
 先入観に囚われないようにすると誓っておきながら、また同じことになっている。
 それこそ眉唾モノだと考えていたが、〝あの可能性〟も考えておいたほうがいいだろう。

「ふう……」

 僕は右手の人差し指だけを突き出すと、それをカップの取っ手に向ける。
 細い糸を指先から出すようなイメージで、微細な魔力を取っ手に巻き付け――。あとはくいっと指を振るだけで、魔力の糸に巻き付かれたカップが僕の口元に移動してきた。

 うん、たしかにフィリプの淹れた飲み物はおいしいよね。
 あのからかってくるような表情を思い出すだけで、個人的にはちょっと腹が立つんだけども。

「…………」

 と。
 ユリィアが凍り付いたような表情でこちらを見つめてきて、僕は思わず首を傾げる。

「あ、あの。どうされたんです?」

「いや、〝どうされたんです〟じゃなくて……。それ、どうやってるんです?」

「それ……?」

 言われてはっとした。
 普段当たり前のようにやっていることだから忘れてしまっていたが、今の魔法は実験によって生み出した技術。

 前述の通り、この世界では呪文によって魔法を発動するのが常識。
 そうすることによって体内に巡る魔力が活性化し、呪文内容に応じた魔法を放つことができるのだ。

 しかしながら、僕は生まれながらにして魔力が弱いタイプ。
 そのまま魔法を発動するだけではたいした力を発揮できず、たとえば〝ファイアボール〟を放っても手の平サイズの火球しか放てない。〝ライト〟を使って周囲を照らそうと思っても、その光は数秒しか持たない。

 そうした才能のなさから、僕ことアディオは無能者として蔑まれてきた。
 この世界においては血筋がそのまま才能に直結しやすくなっており――貴族にもかかわらず何の能も持たない僕は、ルクサー男爵家にとっても鬱陶しい存在だったからね。

 だから本来のアディオは、努力すること自体を放棄していたと記憶している。

 けれどまあ、今の僕は日本から転生してきた身。
 たとえ弱かろうが、魔法を扱えること自体が嬉しいもんね。
 呪文を唱える以外に魔法を使用するにはどうしたらいいのか……それを研究し続けてきた結果、このようにして、体内の魔力を操作する方法を編み出したのである。

「はは、しょせんはご遊戯レベルですけどね。それこそユリィア様だって、その気になれば一帯を燃やし尽くせるような魔法を放てるのではありませんか?」

「まあ、それはそうなんだけど……」

「僕はあなたのように、強い魔法を扱うことはできません。けれど……こうやって自分の好きなことを突き詰める毎日は嫌いじゃないんです。公爵令嬢様から見れば、滑稽に見えるかもしれませんけど」

「…………」

 そこでなぜか下を向き、しんと押し黙るユリィア。

 ま、まずい。
 また何か余計なことを言ってしまっただろうか。

「……もし」
 そんなふうに慌てふためいていると、ユリィアはおもむろにそう告げる。
「もしあなたに魔法の才能があったら、その時はどうしてた……?」

「ん~、どうですかねぇ? わかんないですけど、たぶん魔法の実験自体はやっていたと思いますよ! まわりからなんと言われようと!」

「そう……」

 実際に今も、執事たるフィリプの目を盗んで魔法を研究してるからね。
 ……まあ、フィリプには毎日のように怒られてるけれど。

「でも、素敵ね。自分の好きなように生きるなんて、レーロンス家では選択肢にすらなかったから」

「おお、そうですか! ではどうでしょう、一緒に魔法実験でもやりませんか⁉」
 そう早口で捲し立てながら、ばっと椅子から立ち上がる僕。
「だって面白いんですよ! 特訓さえ積めば、自身の魔力を自由に操作できることがわかって、ユリィア様からすれば滑稽かもしれませんがカップを持ち上げられるようになって‼ でもまだまだこんなものじゃなくて、魔法の世界にはまだまだ奥があると感じているんです!」

「ち……ちょっと」

「僕には魔法の才能がないです‼ でも公爵家として生まれ、多くの魔力に恵まれているユリィア様が僕の仮説通りに鍛錬を積めば、きっと世界最高峰の――」

「ふふふふ、アディオ様、何をされているのですか? ふふふふふ」

 と。
 いつの間に部屋に割り込んできたらしきフィリプが、超絶怖い笑みを浮かべてにじり寄ってきた。

「フ、フィリプ。誤解だよ、これは……‼」

「まだまだお説教が足りないようですねぇ……。再教育のお時間です」

 ぐいっと。
 フィリプは僕の襟を乱暴に掴むと、そのまま無理やり床に引きずり始めた。

「ちょっと失礼しますねユリィア様。す~~~ぐ終わらせますので」

「え、ええ……。仲良いのね、あなたたち」

「た、助けてくださいユリィア様。これは別にじゃれているわけではありません。このままでは僕は……!」

「ごちゃごちゃ言わないでください! さあ、行きますよ‼ 再教育して差し上げます!」

「ぎゃあああああああああ~~~~~~!」

 その後無理やり別室に連れていかれた僕は、こってりとフィリプにお説教されるのだった。