辺境貴族に転生した僕は、追放されてしまった悪役令嬢を守り抜く


「はぁ……。まったく、あなたという方は!」

 数分後。ルクサー男爵家の屋敷にて。
 僕はこってりしっぽりと、フィリプに説教されていた。

「あれだけ言ったではありませんか。魔法の話をしないでくださいと……!」

「も、申し訳ない。僕なりに気をつけたつもりなんだけど……」

「本当、信じられませんよ。公爵令嬢様に、初対面であんな会話をされるとは……」

 僕の言葉に対し、ふうと深いため息をつくフィリプ。
 魔法の話をしないように気をつけていたのは本当だったんだけどね。
 ここはしっかり反省しないといけない。

「…………」

 とはいえ、ユリィアの状態が〝普通〟じゃなかったのはたしかだ。何者かの手によって無理やり魔力を挿入させられているような、そんな雰囲気が伝わってきたのである。
 現時点においては、それによって何が引き起こされるのかはわからない。僕は彼女を一目見ただけだし、それを調べるにはもう少し時間が必要だからね。

 けれど――僕はどうしても考えてしまうのだ。

 乙女ゲームのラスボスとして君臨してきた、ユリィア・ラ・レーロンス。
 そいつはあまりにも凶悪なキャラクターで、気に入らない人間を見かけたら即殺害するような女だ。側近として従えさせていた部下でさえ、たった一回の失言で処刑していた記憶がある。

 冷酷。
 残忍。
 独裁者。

 ユリィアというラスボスを端的に表すならば、そういった言葉がぴたりとあてはまる。

 それゆえに、僕もこう見えて最初は気を張っていたんだよね。間違った発言をしてしまったら、それこそどんな未来が待ち受けているかわからないから。

 けれど、目の前に現れたユリィアは〝ゲームのラスボス〟とは程遠い性格をしていて。
 それどころか、一人の可憐な女性でしかないという雰囲気を漂わせていて。
 そうしたゲームとのギャップが、ちょっとした混乱を生んでいたのも事実だ。肩肘張って強敵との邂逅に臨んだら、イメージとは違った人物なので肩透かしを喰らったようなものだから。

 実際、ユリィアはかなり綺麗な風貌をしている。
 顎のあたりまで伸ばした黒髪に、何事も見通すかのごとき凛と輝く瞳。透き通るような白い肌に、気品を感じさせる立ち居振る舞い。
 乙女ゲームでは凶悪なキャラクターだったゆえに愛着もクソもなかったが、外見そのものは百人中百人が美人だと答える美貌を持っているからね。
 そんな美人が、しおらしい態度で自分と結婚することになったんだと考えれば――さすがに動揺するというものだろう。

「…………」
 そんなふうに考えてこんでいる僕を見て、フィリプは何を思っただろう。
「やはり……懸念点がおありだったのですね。アディオ様」

「へ?」

「さっきはああ言いましたが、アディオ様が頭の回転の早い方なのはわかっております。……魔法の話をせざるをえないご事情があったのではありませんか?」

 おお、こりゃ驚いた。
 さすがは僕とずっと一緒にいるだけあって鋭いね。
 ただ僕を否定するばかりじゃなくて、こっちの考えも汲み取ってくれている。

「まあね。簡単に言えば、ユリィア様が誰かから迫害されている可能性を感じたわけさ」

「迫害……ですって?」

「詳しくはわからないけどね。ただ、あの異様な魔力の流れ――普通じゃないことは確かだ」

「…………」
 ふう、とため息をつくフィリプ。
「申し訳ございません、アディオ様。私はあなたほど魔法の知識がないゆえに、何をおっしゃっているのかが到底理解できませんが……。それが事実だとすれば、婚約者として見過ごせない事態なのではありませんか?」

「うん。まさにそういうことだね」

 それに加えて、ゲームの時とは明らかに違う性格。
 これらの謎を突き止めないことには、平穏に魔法実験を続けていくことは不可能だろう。
 ゲームのままシナリオが進んでいくとすれば、ユリィアはいずれ殺戮を繰り返すことになるからね。そんなバッドエンドを迎える前に、うまいこと最悪の未来を回避していきたいところだ。

 となれば当然、まずはユリィアとの距離を縮めることが必要不可欠だろう。

「……ねえフィリプ。さっきのやり取りで、ユリィア様に嫌われてしまったかな」

「わかりませぬ。ですが少なくとも良いスタートではなかったことは間違いないでしょう」

「そうだよねぇ……」

 う~ん、こりゃ参ったね。
 いくら〝最悪の未来を回避する〟といっても、実際問題、ユリィアと距離を縮めなければそれは叶わない。僕が平穏な人生を送れるかどうかは、彼女が握っていると言っても過言ではないのだから。

「仕方ないね……。フィリプ、ハーブティーとマドレーヌを用意してもらえる? たしかユリィア様の好物だったはずだ」

「なんと……。よくご存知ですね」

「当然でしょ。公爵令嬢なんだから」

 まあ正確には、ゲームの知識を総動員しただけだけどね。
 僕の生死がかかわっているんだし、使えるものは使っていくこととしよう。

「用意が終わったら、ユリィア様じゃなくて僕にちょうだい。僕が直接部屋に届けて――そこから二人きりで話したい」

「かしこまりました。おっしゃる通り、そうするのが良さそうですね」
 フィリプはそこで深くお辞儀をすると、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべて僕を見つめた。
「苦節四十年、私は安心しましたよ。まさかアディオ様が、魔法以外のことに取り組まれる日がこようとは……」

「……余計なこと言わないでいいから、さっさと仕事してくれる?」

「おやおや。まさかアディオ様にお説教されるとは、やはり私は感動せざるを……」

「い・い・か・ら! 早く仕事してっての‼」

 僕のツッコミを受け、フィリプはやっと踵を返すのだった。