フィリプにみっちりとコミュニケーションについて仕込まれた僕は、正装に花束を持たされた格好で、家の正門前に立っていた。
ちなみに現在、父は出張中だ。
おかしいって思うよね?
勝手に縁談を組んだ張本人が外出中だなんて、それこそユリィア公爵令嬢にも失礼なんじゃないかって思うけれど……。
さっきフィリプから聞いた話だと、レーロンス公爵家から別件での出張を要請されているらしい。
つまりこの出張は、ユリィア公爵令嬢の父が依頼したものと言い換えられるんだよね。
たしかなことはわからないけれど、僕はこれも、〝見せしめ〟のひとつだと思う。
ユリィア公爵令嬢は王太子を毒殺しようとした張本人。
そんな人が身内にいるなんて対外的にも示しがつかないし、なにかしらのケジメは必要だろう。
だから僕という〝悪名高い格下貴族〟に無理やり縁談を組ませて、さらにはその格下貴族にさえ、来訪時には歓迎させない……。
おお、怖いね本当に。
ユリィア公爵令嬢の自業自得と言えばそうなんだけど、こういう人間の腹黒い一面とか、できれば一生見ないまま死にたいよね。
何も考えず、魔法にのめり込むだけの人生を送る……。
前世では魔法の〝まの字〟もなかったからこそ、この超常現象を解き明かしていく……。
そんな平和な毎日を送っていきたいものだ。
「つまり僕が魔法にのめり込んでいるのも、ある意味ではとても清らかだということだね」
「いきなり何をおっしゃるのですか……」
隣に立つフィリプが、呆れ顔でため息をつく。
ちなみに彼はルクサー家に四十年も仕えているベテラン執事で、スーツを着ている姿はばっちり様になっている。髪はもう完全に白くなっているし、顔にも深い皺がいくつも刻まれてはいるが――それでも気品の高さは随一。
ひょっとすると僕よりもモテるんじゃなかろうか。
こういうスマートな男性って、女の人好きだもんね。
「よろしいでしょうか、アディオ様。まったく見知らぬ土地に来て、ユリィア様は緊張しているものと思われます。その緊張をほぐす意味でも、最初こそ笑顔を大事になさってください」
「わかってるって。もう何回も聞いたよ、そのセリフ」
「大事なのは第一印象です。アディオ様のお気持ちはわかりますが、ここは多少自分を抑えてでも、まずはユリィア様に来ていただいたことを嬉しがる素振りをですね……」
「ああ、だからその話も聞いたって。もういいよ」
「い・い・え! 本当にもう、アディオ様にお任せしたらどんなことが起こるか……。くれぐれもいつものように訳のわからない魔法の話をしないでくださいね?」
う~ん、本当に心配性だなぁフィリプは。
僕がそんなに空気の読めないタイプだと思っているんだろうか。
「まあ、とりあえず任せておいてよ。うまいこと乗り切ってみせるからさ」
「はぁ……。だといいのですが……」
そうこうしているうちに、遠くからやってくる馬車が見えた。
考えるまでもなく、ユリィアが乗ってきているんだと思われる。
名門貴族から遣わされた馬車だ、それなりに豪勢な装飾が施されているんじゃないかと勝手に想像していたんだが――。
しかし刻一刻とこちらに迫ってきているのは、明らかにボロボロな馬車ひとつのみ。
さらには護衛している者もいないようで、たった一台の筐体だけが、貧層な馬に引っ張られてここまで近づいてきている。
「う、嘘でしょ……?」
仮にも公爵令嬢が乗っている馬車だよね?
ちょっと前までは王太子の婚約者だったんだよね?
なのにあまりにも雑すぎる扱い……これがいわゆる〝見せしめ〟ってことなのか。
「お気持ちはわかりますが、顔に出してはいけませんぞアディオ様」
そんなことを考えていると、フィリプが真顔のままそう告げる。
「ユリィア様としても、現在は落ち込んでおられるはず。そこを支えていくのが、アディオ様の目下の目標だと言えるでしょう」
「はいはい……」
そんなこと言ったって、ユリィアは乙女ゲームにおけるラスボスなんだけどな。
僕が支えるかどうかよりも、その前に殺されちゃうかもしれないんだけど。
そして――それから二分後。
僕らの目前で停止した馬車から、ひとりの女性が降り立ってきた。
深い紫色の長髪に、やや切れ長の瞳、ちゃんと食事を取れているのか心配になるほど華奢な身体つき。
口元は固く一文字に結ばれ、僕へ最大限の警戒心を抱いているように感じられた。
しかもぎろっと僕とフィリプを睨みつけてきているし――こりゃあ話しかける前から好感度マイナスだね。
ゲームでも気難しい女として知られていたし、ちょっと気に入らないことがあると暴れ回っていたし……。
ほんと、冗談抜きで僕は今日で死ぬかもわからんね。
もしかしたら、内心僕らを殺す計画でも立てているのかもしれない。
今の彼女には失うモノなんて何もないし、いわゆる〝無敵の人状態〟だからね。
「お初にお目にかかります。レーロンス公爵家の長女――ユリィア・ラ・レーロンスと申します。この度は突然の来訪、大変失礼致します」
「…………」
くいっ、と。
フィリプが肘でつついてきたので、僕も練習通りの言葉を発する。
「ご丁寧にありがとうございます。ルクサー男爵家の三男――アディオ・フィ・ルクサーです。この度は遠路はるばる、我が家までお越しくださりありがとうございます」
にいっ、と。
フィリプの助言通り、僕はここで笑みを浮かべる。
「…………‼」
どうしたことか、フィリプがぎょっとしたような表情を浮かべているけれど……。
まあ、言われたことはきちんとできているからね。
何も問題ないだろう。
「あなたにお会いできる日を楽しみにしておりました。僕もユリィア様に見合う貴族になれるよう研鑽してまいりますので、今後ともよろしくお願い致します」
「……ええ、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って、ユリィアはぺこりと頭を下げてきたのだが――。
気のせいだろうか。
彼女の体内にて、闇色の光を放つ魔力が蠢いているのが見えた。
僕は一応、魔法実験を何度も続けてきた身だからね。
その人がどれくらいの魔力を有しているのか、どんな属性の魔力を秘めているのか、直感で判断できるようになったわけだけど……。
おかしいな。
彼女の体内に蠢いているそれは、明らかに自然発生したものじゃない。
僕の行っている魔法実験と同じように、本来はないはずの魔力を、無理やり当人に押し込んでいるような……。
そうすることで、何かしらの目的を達しようとしているかのような……。
そんなふうに感じられたのだ。
というか、ちょっと待てよ。
ゲームにおけるユリィア・ラ・レーロンスって、こんな性格だったっけ?
「…………」
「あの。アディオさん、私の顔に何かついてますか?」
そんなふうに考え込んでいたからかもしれない。
ユリィアが不思議そうにそう訊ねてきた。
――まずい。
まさか乙女ゲームの知識を持ち出すわけにもいかないし、ここは適当な話題でごまかしておくか……!
「あ、いえ。ユリィア様の魔力の状態が気にかかってしまいまして……」
「はい……? 魔力の状態……?」
目を丸くするユリィアだったが、こうなってしまっては止められない。
話題をそらすのも不自然だし、僕は思い切って考えていることをそのまま吐露した。
「ええ。もし不可解な状態になっていらっしゃるのであれば、僕でよろしければ〝解除〟することもできますが……」
「…………あ、あの。すみません。意味がわからないのですが」
僕の提案に対し、ただ困惑の表情を浮かべるユリィア。
ああ、そりゃそうだよね。
魔法についてそんなに深堀られていない世界で、こんなこと急に言われても理解できないよね。
駄目だ。
まさにこれこそコミュ障。
完全にやってしまった。
「も、ももも申し訳ございません! ユリィア様!」
汗だくだくの顔になっているフィリプが、とんでもないスピードで僕と彼女の間に割り入ってきた。
「実はアディオ様も、この婚姻を聞いたばかりでございまして……! おそらく緊張されているのだと思います。どうかお気を悪くなさらないでくださいませ」
ああ、なんていい奴なんだフィリプは。
フォローが完璧すぎる。
「い、いえ……。それは構いませんが……」
「ひとまず、ユリィア様のお部屋をこちらのほうで用意しておりますので! 長旅でお疲れでしょうから、まずはそちらでお休みくださいませ‼」
「え、ええ……。わかりましたわ」
フィリプの言葉にこくりと頷くと、彼女は彼に案内されるままに、別室へ足を運んでいくのだった。
ちなみに現在、父は出張中だ。
おかしいって思うよね?
勝手に縁談を組んだ張本人が外出中だなんて、それこそユリィア公爵令嬢にも失礼なんじゃないかって思うけれど……。
さっきフィリプから聞いた話だと、レーロンス公爵家から別件での出張を要請されているらしい。
つまりこの出張は、ユリィア公爵令嬢の父が依頼したものと言い換えられるんだよね。
たしかなことはわからないけれど、僕はこれも、〝見せしめ〟のひとつだと思う。
ユリィア公爵令嬢は王太子を毒殺しようとした張本人。
そんな人が身内にいるなんて対外的にも示しがつかないし、なにかしらのケジメは必要だろう。
だから僕という〝悪名高い格下貴族〟に無理やり縁談を組ませて、さらにはその格下貴族にさえ、来訪時には歓迎させない……。
おお、怖いね本当に。
ユリィア公爵令嬢の自業自得と言えばそうなんだけど、こういう人間の腹黒い一面とか、できれば一生見ないまま死にたいよね。
何も考えず、魔法にのめり込むだけの人生を送る……。
前世では魔法の〝まの字〟もなかったからこそ、この超常現象を解き明かしていく……。
そんな平和な毎日を送っていきたいものだ。
「つまり僕が魔法にのめり込んでいるのも、ある意味ではとても清らかだということだね」
「いきなり何をおっしゃるのですか……」
隣に立つフィリプが、呆れ顔でため息をつく。
ちなみに彼はルクサー家に四十年も仕えているベテラン執事で、スーツを着ている姿はばっちり様になっている。髪はもう完全に白くなっているし、顔にも深い皺がいくつも刻まれてはいるが――それでも気品の高さは随一。
ひょっとすると僕よりもモテるんじゃなかろうか。
こういうスマートな男性って、女の人好きだもんね。
「よろしいでしょうか、アディオ様。まったく見知らぬ土地に来て、ユリィア様は緊張しているものと思われます。その緊張をほぐす意味でも、最初こそ笑顔を大事になさってください」
「わかってるって。もう何回も聞いたよ、そのセリフ」
「大事なのは第一印象です。アディオ様のお気持ちはわかりますが、ここは多少自分を抑えてでも、まずはユリィア様に来ていただいたことを嬉しがる素振りをですね……」
「ああ、だからその話も聞いたって。もういいよ」
「い・い・え! 本当にもう、アディオ様にお任せしたらどんなことが起こるか……。くれぐれもいつものように訳のわからない魔法の話をしないでくださいね?」
う~ん、本当に心配性だなぁフィリプは。
僕がそんなに空気の読めないタイプだと思っているんだろうか。
「まあ、とりあえず任せておいてよ。うまいこと乗り切ってみせるからさ」
「はぁ……。だといいのですが……」
そうこうしているうちに、遠くからやってくる馬車が見えた。
考えるまでもなく、ユリィアが乗ってきているんだと思われる。
名門貴族から遣わされた馬車だ、それなりに豪勢な装飾が施されているんじゃないかと勝手に想像していたんだが――。
しかし刻一刻とこちらに迫ってきているのは、明らかにボロボロな馬車ひとつのみ。
さらには護衛している者もいないようで、たった一台の筐体だけが、貧層な馬に引っ張られてここまで近づいてきている。
「う、嘘でしょ……?」
仮にも公爵令嬢が乗っている馬車だよね?
ちょっと前までは王太子の婚約者だったんだよね?
なのにあまりにも雑すぎる扱い……これがいわゆる〝見せしめ〟ってことなのか。
「お気持ちはわかりますが、顔に出してはいけませんぞアディオ様」
そんなことを考えていると、フィリプが真顔のままそう告げる。
「ユリィア様としても、現在は落ち込んでおられるはず。そこを支えていくのが、アディオ様の目下の目標だと言えるでしょう」
「はいはい……」
そんなこと言ったって、ユリィアは乙女ゲームにおけるラスボスなんだけどな。
僕が支えるかどうかよりも、その前に殺されちゃうかもしれないんだけど。
そして――それから二分後。
僕らの目前で停止した馬車から、ひとりの女性が降り立ってきた。
深い紫色の長髪に、やや切れ長の瞳、ちゃんと食事を取れているのか心配になるほど華奢な身体つき。
口元は固く一文字に結ばれ、僕へ最大限の警戒心を抱いているように感じられた。
しかもぎろっと僕とフィリプを睨みつけてきているし――こりゃあ話しかける前から好感度マイナスだね。
ゲームでも気難しい女として知られていたし、ちょっと気に入らないことがあると暴れ回っていたし……。
ほんと、冗談抜きで僕は今日で死ぬかもわからんね。
もしかしたら、内心僕らを殺す計画でも立てているのかもしれない。
今の彼女には失うモノなんて何もないし、いわゆる〝無敵の人状態〟だからね。
「お初にお目にかかります。レーロンス公爵家の長女――ユリィア・ラ・レーロンスと申します。この度は突然の来訪、大変失礼致します」
「…………」
くいっ、と。
フィリプが肘でつついてきたので、僕も練習通りの言葉を発する。
「ご丁寧にありがとうございます。ルクサー男爵家の三男――アディオ・フィ・ルクサーです。この度は遠路はるばる、我が家までお越しくださりありがとうございます」
にいっ、と。
フィリプの助言通り、僕はここで笑みを浮かべる。
「…………‼」
どうしたことか、フィリプがぎょっとしたような表情を浮かべているけれど……。
まあ、言われたことはきちんとできているからね。
何も問題ないだろう。
「あなたにお会いできる日を楽しみにしておりました。僕もユリィア様に見合う貴族になれるよう研鑽してまいりますので、今後ともよろしくお願い致します」
「……ええ、こちらこそよろしくお願いします」
そう言って、ユリィアはぺこりと頭を下げてきたのだが――。
気のせいだろうか。
彼女の体内にて、闇色の光を放つ魔力が蠢いているのが見えた。
僕は一応、魔法実験を何度も続けてきた身だからね。
その人がどれくらいの魔力を有しているのか、どんな属性の魔力を秘めているのか、直感で判断できるようになったわけだけど……。
おかしいな。
彼女の体内に蠢いているそれは、明らかに自然発生したものじゃない。
僕の行っている魔法実験と同じように、本来はないはずの魔力を、無理やり当人に押し込んでいるような……。
そうすることで、何かしらの目的を達しようとしているかのような……。
そんなふうに感じられたのだ。
というか、ちょっと待てよ。
ゲームにおけるユリィア・ラ・レーロンスって、こんな性格だったっけ?
「…………」
「あの。アディオさん、私の顔に何かついてますか?」
そんなふうに考え込んでいたからかもしれない。
ユリィアが不思議そうにそう訊ねてきた。
――まずい。
まさか乙女ゲームの知識を持ち出すわけにもいかないし、ここは適当な話題でごまかしておくか……!
「あ、いえ。ユリィア様の魔力の状態が気にかかってしまいまして……」
「はい……? 魔力の状態……?」
目を丸くするユリィアだったが、こうなってしまっては止められない。
話題をそらすのも不自然だし、僕は思い切って考えていることをそのまま吐露した。
「ええ。もし不可解な状態になっていらっしゃるのであれば、僕でよろしければ〝解除〟することもできますが……」
「…………あ、あの。すみません。意味がわからないのですが」
僕の提案に対し、ただ困惑の表情を浮かべるユリィア。
ああ、そりゃそうだよね。
魔法についてそんなに深堀られていない世界で、こんなこと急に言われても理解できないよね。
駄目だ。
まさにこれこそコミュ障。
完全にやってしまった。
「も、ももも申し訳ございません! ユリィア様!」
汗だくだくの顔になっているフィリプが、とんでもないスピードで僕と彼女の間に割り入ってきた。
「実はアディオ様も、この婚姻を聞いたばかりでございまして……! おそらく緊張されているのだと思います。どうかお気を悪くなさらないでくださいませ」
ああ、なんていい奴なんだフィリプは。
フォローが完璧すぎる。
「い、いえ……。それは構いませんが……」
「ひとまず、ユリィア様のお部屋をこちらのほうで用意しておりますので! 長旅でお疲れでしょうから、まずはそちらでお休みくださいませ‼」
「え、ええ……。わかりましたわ」
フィリプの言葉にこくりと頷くと、彼女は彼に案内されるままに、別室へ足を運んでいくのだった。

