辺境貴族に転生した僕は、追放されてしまった悪役令嬢を守り抜く

「はぁっ⁉ 僕が婚約だって⁉」

 フィリプから告げられた言葉は、あまりにも予想外な言葉だった。

 おかしい。
 明らかにおかしいぞ。

 レーロンス公爵家といえば、ゲーム世界でも名門貴族の一角に数えられるほどの名家。
 僕のような男爵家と婚姻を結ぶにはあまりにも不釣り合いだし、なんたって僕は貴族社会においてもモブ中のモブ。
 魔法実験ばかりを繰り返している僕を冷ややかに見ている者も多いだろうし――そんな落ちこぼれ貴族の婚約相手が、まさかのレーロンス公爵家。

 どう考えたっておかしいだろ、これ。
 それにユリィア・ラ・レーロンスといえば……‼

「お気持ちはわかりますよ、アディオ様」
 僕の考えを察したのか、フィリプもやや得心いかなさそうな表情で二の句を継げる。
「ですが、あなたも小耳に挟んだことがあるでしょう。ユリィア令嬢にまつわる、黒い噂を」

 そう。
 僕が一番気にかかっていたのはそこだ。
 僕の記憶が正しければ、ユリィア公爵令嬢は最近まで王太子との婚姻関係を結んでいたはず。いわゆる政略結婚ってやつで、二人が結ばれることは、幼い頃から決められていたことだ。

 しかしどういうわけか、ユリィア公爵令嬢は王太子の毒殺を決行。

 結果的に未遂で終わったから良かったものの、駆け付けたカンナ・リィ・レーロンス――ユリィアの妹にあたる人物である――によって救助されなければ、王太子は帰らぬ人となっていたと聞いている。

 もちろん、これは公爵家の信用問題にかかわる大事件だ。

 ゆえに大々的にはこの事件は公表されていないが――貴族であれば、〝不確かな噂〟という形でこの話を耳にしたことがあるはずだ。
 貴族社会から逃げ回っている僕ですら、父経由で噂を聞いたことがあるからね。
 きっと普通の貴族であれば、みんな当たり前のようにこの事件を知っているだろう。

 もちろん、この噂が真実かどうか、普通であれば確かめる術がないけれど……。
 なにしろ僕はこの乙女ゲームをやり込んできた身。
 ユリィア公爵令嬢が間違いなく王太子を殺害しようとしたことを知っているし、なんなら彼女は、ゲーム世界におけるラスボス的な立ち位置だった。

 彼女の陰謀で大勢の人が死んだ。
 彼女の力で多くの街や村が犠牲になった。
 そんなユリィア公爵令嬢を止めるために、乙女ゲームの主人公が数々のイケメンたちと力を合わせて心身ともに強くなっていく。
 それが乙女ゲームのあらすじだった。

 完全に恋愛だけを楽しむんじゃなくて、こういう手に汗握るバトル要素があるってところが、僕が乙女ゲームにのめり込んだ理由だしね。

 だから――僕は知っている。
 ユリィア・ラ・レーロンスは紛うことなき極悪人。
 そんな女と婚約してしまえば、僕ののんびり魔法実験ライフは完全に閉ざされてしまうことになる。

 うん。
 誰がこんな縁談、引き受けるのかな?

「フィリプ。申し訳ないけど、その話はなかったことに……」
「アディオ様ならそうおっしゃると思いまして、お父様がすでに話を承諾済みでございます。あと一時間もすればここに来られるかと」
「はぁ……⁉」

 おいおい。
 おいおいおいおい。
 当人の許可なしに無理やり縁談を組まさせるとか、本当におかしいんじゃないの?

 相手は公爵令嬢だし、おおかた名門貴族に媚を売っておきたかったんだろうけどね。しかも婚姻を結ぶのが優秀な兄たちではなく、落ちこぼれの僕。

 言ってしまえば、父目線で〝コスパ〟の良い取引というわけだ。

「申し訳ございません、アディオ様……。勝手に進めるべき案件ではないかと思ってはおりましたが、お父様のほうが……」

「わかってるさ。僕が嫌がるのを見越して、裏で話を進めていたんでしょ?」

 となれば、ここは腹を括るしかないか。
 何も考えず逃げ出したいのが正直なところではあるが、相手はゲームのラスボスだ。下手な行動をしてしまえば、どんな結末が待ち受けているかわからない。
 とりあえず当たり障りなくユリィアとの挨拶を済ませて、その後のことは適当に立ち回っていくしかないだろう。

 幸いにして、僕は前世で乙女ゲームを何度となくやり込んできた身。
 男のくせに女性向けコンテンツにハマるとは何事かと思っていたけれど――今は、当時の自分に感謝するとしよう。

 とりあえず相手はゲームのラスボス。
 何を考えているのかが非常にわかりにくく、いつも無表情ですべてを諦めきっているような女だったはずだ。

 そんなユリィアの機嫌を損ねないように、うまいことコミュニケーションを……って、あれ?
 なんか気合いを入れたはいいけれど、僕ってそんなにコミュニケーション能力あったっけ? というかむしろ、前世ではデリカシーのない発言をしまくって女の子に怒られ続けてきたような……。

「あ、あのさ……。フィリプ」
「はい? どうされました?」
「女の子との会話って、何を話せばいいんだろうね? そういえばまったくわからないんだけど」

「な…………」
 よっぽど驚いたのか、口をあんぐり開けたまま静止するフィリプ。
「な、何をおっしゃいますか。なかば強制的にとはいえ、これまで貴族たちのパーティーに何度か参加してこられたではありませんか」

「それはそうだけどさ。僕が積極的に貴族たちと話すと思う? 隅でコソコソと魔法実験をやってただけだよ」

「…………」

「ははは、どうしようかな? まさか開口一番、噂のことを聞き出すわけにはいかないし……。適当に今日の魔法実験の話でも……」

「だ・め・で・す‼ そんな話をしてしまっては、公爵令嬢様にどんな顔をされるか……‼」

 僕の提案を突っぱね、フィリプは汗にまみれた顔をぐいっと近づけてきた。
 なんだろう。
 めちゃくちゃ焦っているようだけど、そんなに変なこと言ったかな?

「まったく……仕方ありませんね。残り時間も少ないですが、みっちりと今後の作戦を話し合いましょう。いいですね?」

「いや、そんなにがっつりやらなくても……」

「い・い・で・す・ね?」

「あ、はい」

 かつてないほどの圧におされ、僕はとりあえず頷いておくしかできなかった。