辺境貴族に転生した僕は、追放されてしまった悪役令嬢を守り抜く

「わ、わわわわわわっ!」

 気づいた時にはもう手遅れだった。
 完成しかけている炎属性の振動に、興味本位でなんとなく混ぜ込んだ雷属性の振動。
 二つの魔法属性を混ぜ込んでみたら、いったいどうなるのか……。

 そうした好奇心で手を出してみた実験は――大爆発で終わりそうだ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

 一瞬だけ眩い光が生じたかと思うと、僕の手元ですさまじいエネルギーが発生。
 それは僕が止める間もなく大膨張を遂げ、耳をつんざく大轟音とともに、すさまじい勢いで暴発を遂げた。
 念のため防御魔法を展開していなければ、僕の身体は木っ端微塵になっていたことだろう。

「な、ななななな、何事ですか‼」

 慌てた声とともに扉を開け放ってきたのは、執事のフィリプ・ドーラ。

 ちなみにここは僕の魔法研究部屋。
 小規模な爆発に抑えたので被害はほとんどないが、だとしても、家中に大轟音が鳴り響いてしまったはず。
 執事が飛んでくるのはごく当然といえた。

「ア、アディオ様……! またあなたは、危険な魔法実験をして……‼」
「別にいいじゃないか。これでも爆発の音は抑えられてきてるでしょ?」
「音量の問題じゃありません! 毎回毎回、冷や冷やさせられている私の身にもなってください」

 う~ん、本当に心配性だなぁフィリプは。
 僕がこうやって魔法実験をしているのは今に始まったことではない。

 ――アディオ・フィ・ルクサー。十八歳。
 ここエマール王国における男爵家として生まれた僕は、〝貴族の常識〟からはまったく考えられない日々を送ってきた。

 社交の場には出ない。
 勉強もしない。
 地位や名誉にも興味がない。

 ただひたすらに魔法実験に打ち込むだけの、いわゆる魔法オタクとしての日々を過ごしてきた。

 なぜならば、このアディオ・フィ・ルクサーが、この世界において重要人物ではないことがわかっている(・・・・・・)からだ。

 今でこそこの世界に溶け込めているが、元はといえば僕は日本人。
 小説編集者の仕事だったのだけど、これがもう連日のように激務。作家との打ち合わせから始まって、原稿チェックや細かな雑務に至るまで、それを何本も抱えていたもんだから頭がパンク状態。

 もちろん好きでこの業界で入ったんだから、それはいいんだけど――。
 まあ、僕は昔から物事を徹底的に突き詰めるのが大好きだったからね。小説のクオリティを上げるために徹夜で原稿に向き合っていたら、ぽっくり逝ってしまったようだ。

 要するに、死因は過労。

 これは僕の働き方が悪かっただけだし、会社を恨んでいるとかはない。
 本当を言えば、僕は作家になりたかったわけだしね。それを諦めた僕が小説編集者をやらせてもらったんだから、むしろ前世の会社には感謝している。

 ゆえに過労死をしたこと自体はあまり気にしていないんだが――なにより驚いたのは、転生を果たしたこのエマール王国が、前世で大ヒットしていた乙女ゲーの世界だったということ。

 僕は男だったけれど、似たような業界のヒット作だったからね。
 勉強のためにゲームをやり始めたらドはまりして、同僚編集者とキャラクターについて連日連夜語り合った記憶がある。

 僕が生まれ変わったアディオは、ゲーム本編ではいわゆる〝モブ貴族〟。
 貴族としては階級も高くない男爵家だし、しかもその家の三男だし、極めつけは無能者として知られているからね。

 生まれながらにして勉強もできない。
 剣術や魔法の才能もない。
 生きていく気力さえ持っていない。
 いわゆるダメ人間だからこそ、貴族社会からはまったく期待されていない底辺野郎だ。

 仮に転生先が王子だったりしたら、それこそ様々な波乱に巻き込まれただろうけどね。でもお気楽に生きられるモブ貴族だからこそ、徹底して好きな分野に打ち込むことができる。

 そう。
 それこそが、ファンタジー世界あるあるの魔法だ。

 前世で僕が小説編集者になったのも、フィクションの世界に憧れたから。
 特にキャラクター同士が魔法を撃ち合うシーンって、説明不要の格好良さがあるよね。前世でも〝魔法使いの杖〟みたいなジョーク商品を買って、それを振り回して遊んでいたもんだ。

 特に日本では、子ども時代は無理やり勉強をさせられていたからね。
 あんなものはもう御免だし――今生こそは死ぬまで好きなことをやり続けていたい。
 そんな信念(?)のもと、誰に何を言われようが、魔法の実験を続けているという形である。

「さあ、もうおやめくださいアディオ様。あなたほど魔法実験に勤しんでいる貴族様などおられませんよ。もう少しスマートさを心がけませんと……」

「そんなこと言われたってなぁ。せっかくの(二度目の)人生だし、魔法を極めないと勿体ないじゃない? なにしろ魔法っていうのは奥が深い。どうして魔法たるものがこの世に存在するのか。魔法を魔法たらしめているものは何なのか。この世界の人々は、なぜ詳しい原理を知らないままに魔法という〝結果〟だけを扱えるのか。それを考えるだけでも、深い思考の渦に捉われて――」

「お、おだまりなさい! そんなに捲し立てられても理解ができませぬ!」

「むむ、残念だなぁ」

 からかい気味に笑う僕に対し、フィリプは眼鏡の中央をおさえて大仰にため息をつく。

「はぁ……。アディオ様のその前向きさは、たしかにご立派ではございますが……」
「あはは。そんな大げさなものじゃないってば」
「いいえ、事実素晴らしいと思いますよ。私がアディオ様の立場でしたら――きっと、あなたのようには頑張れなかったでしょうから」

 そう。
 先でも軽く触れたが、このアディオ・フィ・ルクサーはモブ中のモブキャラ。
 ゲームの主人公よろしく特別な才能には一切恵まれていないし、綺麗な容姿をしているわけでもないし、家柄もそこまで良いわけではない。

 言い換えればそれは、魔法の才能もやはりまったく持っていないわけで――。
 同年代の貴族たちに比べれば、僕の扱う魔法は低威力も良いところだと思われる。
 実際にも、このアディオはいわゆる〝その他大勢〟みたいな感じで敵に殺されていく役割だったしな。

 つまりフィリプ目線では、開花するはずのない魔法を鍛え続けているように見えているんだろう。

 だとしても……僕は構わない。

 こう言ってはなんだが、前世では魔法を使うってことさえ不可能だったもんな。
 豪快に炎の球を繰り出し、味方の傷を癒やし、時には街そのものを崩壊させるような爆発を引き起こす――。
 そうした超常現象は、いわゆるフィクションの世界に留まっていた。
 それが目の前で魔法を見られるようになったわけだから、僕としては大満足だ。

 才能の有無はこの際関係ない。
 せっかく魔法のある世界に転生したのだから、昔から憧れていた魔法を極めたい……。ただそれだけのことなのだから。

「しかしフィリプ。実際にも、魔法には多くの不思議が眠っていると思わないかい?」

「はい……?」

「この世界の魔術師は、みな当然のように魔法を扱っている。専用の呪文を唱えて、体内に巡っている魔力量に応じて、威力の高い魔法を放てるらしいけど……。じゃあなんで体内に魔力が眠っているのか、なんで生まれながらにして〝体内の魔力〟が決められているのか、呪文を唱えるだけで魔法を使えるのはなぜなのか……。誰もわかっていないんだ」

「…………」

「つまりみんな、過程がわからないままに結果だけ出して満足しているんだ。ここの隠された原理をつまびらかにすることこそが、僕の生まれた使命というもので――」

「ア、アディオ様! お静まりください……!」

 僕の長いセリフを、しかしフィリプは途中で遮った。
 さぞ迷惑そうに、顔に刻まれた皺をより深く刻んでいる。

「いつも言っているではありませんか。世界広しといえども、そんなに魔法の実験に傾倒している者はおりません。そんなに捲し立てられても、私ごときではついていけないのですよ」

「はは、それは残念。どうだい、フィリプも僕と同じ魔法研究の世界に入ってみては……」

「は・い・り・ま・せ・ん‼」

 懸命なる僕の提案は、しかし当然のように却下された。
 いやぁ、一緒に魔法の実験をしたかったのは本当だけどね。
 この世界では魔法の原理を詳しく追究しようとする人なんていないし、同じ道を目指せる人がいたら楽しいなって思ったのだけれど。

「はぁ……。こんな調子で、果たしてユリィア様との結婚生活は大丈夫なんでしょうか……」

「ん? 婚約?」

 なんだ。
 いきなり何を言っているんだフィリプは。
 しかもユリィアって、どこかで聞いたことあるような……。

「おっと、そうでしたね。魔法実験に気を取られて、肝心なことを話し忘れておりました」

 そこでフィリプは眼鏡を抑え、まっすぐに僕を見つめると。
 少しだけ間を置いて、やや重たい口調でこう言った。

「――ユリィア・ラ・レーロンス公爵令嬢様が、アディオ様との婚約をお望みです」