その銀色の星は、僕だけが知っている。



 流星が、弱々しい声で問いかける。その声に、日向の心がぎゅっと痛んだ。会いたくなかった訳じゃない。ただ、目の当たりにした圧倒的な彼の輝きに気圧されて、自分の居場所を見失って、怖くなってしまっただけで。

「そんなこと、ないよ」
「じゃあ、なんで帰ろうとしてたんだよ。俺が送ったチケットも、使ってくれなかったし……」

「あ……それは、ごめん。でも、チケットはちゃんと自分で用意してたから。今日のライブ、観てたよ。すごく、カッコよかった」
「……知ってる。見えてたから」
「え? お客さんの中からわかったの?」

 日向は軽く驚いた。流星は嘘をつかないから、本当に日向を見つけてくれたのだろう。あんなに広い会場で、遠くの、たくさんの観客がいる中でも。

「ステージから、観客席は想像以上によく見えるんだ。笑顔を向けて応援してくれる子はめちゃくちゃ楽しませてあげたいし、逆に……不安そうに俯いてる奴とかを見ると、ゼッテーこっちを向かせて笑わせてやりたくなって、余計に力が湧いてくる」

 天性のアイドル気質なのだろう。日向は隣の席にいた女の子を思い出していた。ちゃんと、君の想いは届いてるよと、彼女の代わりに伝えたくなる。

「なあ、日向。あれ何?」
「ああ、ライブ中に降ってきた銀テープだよ。隣の子が欲しそうにしてたから一度あげたんだけど、その後スタッフさんに貰ったからって返してくれたんだ」

 日向は、返してもらった銀テープを袋から取り出して流星に見せた。流星はテープを手に取り、裏側に印字された自分のサインを指でそっと撫でる。

「……お前、隣の子と仲良く話してたもんな」

 唇を尖らせながら、ブツブツ呟いている。本当によく見えてるんだと感心するのと同時に、そんな些細なことで嫉妬してしまう流星が少しおかしくて、愛おしく感じてしまう。

「あの子、流星のファンだったから。ライブですごく楽しそうにしてたからさ、つい……」
「……分かってるよ。頭では分かってるけど、他の奴に優しくしてるところを見ると、感情が追いつかないんだから仕方ねぇだろ」

 流星があまりにも素直に自分の気持ちを語るから、少しだけ日向も気が緩んでしまう。

「……なんかさ、ステージに立っている流星は、手の届かない王子様みたいで凄く綺麗で輝いてた。みんなの視線を集めて、みんなに愛されて、みんなを愛して……。遠い存在になってるんだなって、もう一緒にいられないんだなって怖くなって……」
「お前が、そんなこと言うなよ」
「だって……」

 流星が苦しげな表情で、日向の言葉を遮る。何か言おうとしても、うまく言葉にならない。
 
「日向、両手出せ」

 流星の命令に、戸惑いながらも言われるがまま日向が両手を差し出すと、流星は愛の言葉が印字されたあの銀テープを、日向の両手首に丁寧になぞるように巻きつけはじめた。優しく、だけど絶対にほどけないほどの強さで。
 日向は自分の手首でキラキラと光るそれを、ポカンと眺めるしかなかった。

「流星? 何してんの……?」
「日向が、俺から勝手に逃げていかないように縛ってる」
「ええっ?」

 ふっと表情を和らげたあと、流星は真剣な瞳を日向に向ける。
 
「……あのさ、俺は日向がいたから、辛くてもここまで頑張れたんだよ。今の俺がステージに立てるのは日向のおかげでもあるんだ。お前が昔、一番最初に言ってくれただろ? 『流星なら絶対出来るよ、ずっと隣で応援しててやる』って。……なのに今さら、俺を置いて一人で勝手に満足して、手を離そうとなんてしないでくれよ」

 流星の瞳が切なげに揺れている。それは、何万人をも魅了する華やかなアイドルではなく、日向にしか見せない、独占欲と甘えに満ちた彼本来の光だった。
 日向は大きく目を瞬かせた。大げさだよと軽く笑えなかった。自分の言葉が、存在が、こんな風に彼を支えていたなんて、正直全く自覚がなかった。
 

「頼むから、俺のそばからいなくならないでくれよ」

 流星の切羽詰まった声に、日向は胸を締め付けられる。ああ、そうか。自分が勝手に遠い世界の人だと線を引いて、傷つかないよう諦めて手を離そうとしていただけなんだ。流星はずっと、変わらず自分を求めてくれていたのに。

 ステージの上ではあんなに眩しかった銀の輝きは、今は日向の細い手首に巻きつき、まるで「銀の枷」のように肌を飾っている。
 でも、手首に巻き付けられたその執着と束縛の証は、不快なものではなかった。むしろ、それこそが彼の確かな想いであり、自分という存在を必要としてくれている証明に思えた。
 潤んだ瞳で、日向は恥ずかしさをごまかすように小さく息をつく。

「……そんなに縛らなくても、どこにも行かないよ」
「ほんとに?」
「うん。僕は、ずっと流星のそばにいるから」
「……よかった」
 
 
「愛してるよ、流星」

 日向が照れくさそうに、けれど真っ直ぐにそう告げると、流星は安堵したように目を細めた。銀テープの巻かれた日向の手首をそっと引っ張りながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 重なった唇は少しだけ熱を帯びていて、ステージの余韻を感じさせた。とろけるような、どこか息苦しい時間が過ぎ、ようやく唇が離れても、互いの吐息が触れ合う距離で見つめ合う。
 じわじわと気恥ずかしさが込み上げてきた日向が顔を赤らめると、流星は愛おしそうに目を細め、優しく微笑んだ。

「俺も、愛してるよ」

 甘い声でそう囁いてくれた彼の笑った顔は、日向だけが知る、いつも一緒にいたあの頃の流星と同じ柔らかい、優しい笑顔だった。


【終】