一匹狼と妖精さん

 
 案の定。

 あの日の翌日以降アイツが屋上に来ることは無かった。
どうということはない。
勝手にやって来て、勝手にビビって勝手に逃げてった。
そして、俺に出くわしたくないから来なくなった。
それだけのことだろう。
俺はいつも通りの昼休みを過ごすだけ。
いつも通りに屋上へ来て、いつも通りコンビニで調達した昼メシを食って、いつも通り街の音を聴きながら過ごす。
余計な雑音も嫌な視線も無い世界は、唯一心休まる一時となっていた。
 ただひとつ変わったのは、今年の一学期の間、担任によって図書委員を引き受けさせられたことだ。
今になって考えても、巧いこと言いくるめられたようで面倒くさい気がしてならない。
担任曰く、「これも経験のひとつ。進学にしろ就職にしろ、少しくらいは調査書の内申点の足しにはなるだろ」って理由だ。
まぁ、この時期になっても進路を決めかねていて、身なりもこんな感じの俺の事も、ちゃんと考えてまともに扱ってくれているのだから、感謝するべきなのかもしれない。
しかも、今時図書室で本を借りて読もうって奴は少なく、ここを訪れるのは受験勉強がてら参考書や赤本を見に来る奴が殆どだ。
それだけに、たいした仕事ではないし苦にもならなかった。

 そこでまさかアイツとの再会を果たすことになろうとは、予想だにしなかった。
いつも通り、返却分の本を棚に戻す作業を終えた時だった。
届かない高さの所にある本を取ろうとしているのに、手を貸してやった相手がまさかアイツだったなんていう偶然。
こちらが口を開くたびにいちいちビクついたりどもったり、かと思えば斜めを行くような発言をするのは、俺に対してだけなのか元々誰に対してでもそうなのか、まるで小動物でも見ているようだ。
そこで少し、試してやりたくなった。

「俺、火曜が当番だから」

 さぁ、アイツはどうするだろうか。
俺の言葉に戸惑いながら返事をして去っていく背中を見送る。
二週間後の火曜、ここに来れば上出来。
しかし俺に会いたくないと思っているなら、俺のいない金曜に返却に来るだろう。
後者の可能性の方が圧倒的に高い事は優に予測できる。
こんなふうに、俺が他人に興味を持ったり関わろうとしたりしていることなんて、自覚するのはもっと先のことになるのだろう。

 予想外。
一週間後の火曜日、アイツが図書室にやって来た。
先週借りてった本を抱えて、俺のいる貸し出しカウンターへ。
相変わらずの辛気臭いツラとオドオドした仕草。
まぁ、無理もないか。
俺は目付きの悪さに加えて図体もデカイから、小柄なアイツと面と向かえば体格差も相まって威圧感は更に増すのだろう。

「あ…あの、先週この本を借りたんですが…」
「あぁ、知ってる」
「その、貸し出しの…延長ってできますか?」
「延長?」
「あ、あの…えっと…返却日までに読みきれそうに…なくて…」

喋り方もぎこちないし、目すらも合わない。
俺が声を発するたびにいちいちビクビクする。
ホント、小動物。

「あー…延長は返却日から二週間な。
それでも読みきれなかったら、一旦返却してまた借りればいいし」
「あ…あ、ありがとうございます。
じゃ、えっと、そうします。」
「なら、とりま延長だな?」
「は…はい、お願いします。」

貸し出し延長の処理をして再び本を手渡す。
ところが本を受け取って尚もその場を動こうとしない。
怪訝に顔を見やると、先ほどまで全くと言っていい程合わなかった目が、意を決したように真っ直ぐにこちらを見据えて口を開いた。

「あ、あの…えっと……」
「?」
「この間は、その…失礼な態度取ってしまって…あの…
すみませんでした」
「この間?」

全く話が見えてこない。

「あ、あの…屋上で…その…なんか…」
「あ?屋上?あー…あの時か…」

わざわざそんな事を謝ろうなんて、珍しい奴だ。

「あんなの、しょっちゅうだしいちいち気にしてねーよ」
「…でも、なんか…どうしても気になってっていうか、僕の自己満足…かもしれないですけど…」

むしろ、そんな事で謝られるなんて、どう反応していいのかわからない。

「とにかくもういいから」
「っ…でも……」
「だからもういいって言ってるだろ!」

思わず語気が強くなる。

「す、すみません…」
「あー…悪い」
「い、いえ…元々は僕が……」

いつの間にか目が伏せられ、また視線は合わなくなった。

「そんなことより、…また来いよ」
「え?」
「あー…ここもだけど、屋上も…」

今度はキョトンと目を見開いたまま固まっている。

「…気が向いたらでいいけど」
「っ…はい…あの、えっと…失礼します」

そそくさと図書室から出ていった。
やっぱり小動物。

アイツ…俺を避けなかったんだな。
結局ビビらせてはしまったけど。
さて、次はどう出るだろうか。
柄にもなく口許が緩んだ。