何を迷っているのだろうか。
あんなの、もう『好き』と言ってるのと同じだろうに。
期末テストの勉強をしようと俺の部屋に水澄が来た日、水澄からのまさかの不意打ちをきっかけに確信した。
それまで曖昧に誤魔化してきた感情が溢れ出してしまいそうだった。
テスト前という理由だけで理性を総動員して圧し留まった。
おかげで、今回も点数を落とすことなく終えることができた。
テスト開け、昼休みに屋上に来るのも久しく感じる。
テスト期間中は午前中のみの日程だったので水澄とも会えていなかった。
まして、あの土曜の出来事を考えれば、会うことは憚られていた。
水澄自身も『衝動的だった』とはいえ、今のこの状況を気まずく感じてしまっているのではないだろうか。
むしろ、俺自身もどう切り出して良いものか迷っていた。
今日ここで、この感情にカタをつける。
一か八か、『屋上で待ってる』とメッセージを送る。
返事はすぐに返ってきた。
相変わらずのヘンテコなスタンプ。
屋上に着き、いつもどおり給水塔の影に腰を下ろす。
梅雨明けの近い空は日差しも強くなり始め、湿度も相まってなかなかに暑くて汗が滲む。
そろそろ昼休みを過ごす場所を他に考えないと…なんて考えていた頃、水澄が現れた。
「国分さん」
「お疲れ。だいぶ暑くなってきたな」
「そうですね。
ここも、結構暑いですね…
好きな場所なのに……」
「そうだなぁ…
他に良い場所があればいいんだけどな……」
いつもどおり並んで腰を下ろし、なんてことない雰囲気で今回のテストの出来なんかを話しながら昼メシを終えた。
今回は中間よりも点数が上がった事を喜んでいて、その流れであの時の話を切り出そうと思った。
ところが……
弁当箱を仕舞った水澄は、改まった様子で切り出してきた。
それは、俺の決心を揺るがせるには充分だった。
そして、疑念を更に深めるにも事足りた。
「国分さん、あの……」
「どうした?」
「あの、お願いがありまして……」
「お願い?」
予想外の展開だった。
「あの…僕、部活に行こうと思うんです。」
「え?」
まさか、こんな話題を振ってくるなんて。
「あ…えっと、もう…大丈夫なのか?」
「はい。
国分さんに話したことで、吹っ切れた…というか、なんというか…」
「行けそう…なのか?」
「…でも、今までも何度となくそうやって美術室の前に行っては、その先に進めないままできてしまってて……」
「それは……」
「でも、僕自身…前に進みたい気持ちもあって...
その…もし、国分さんが一緒にいてくれたら…心持ちも違うかな…なんて……」
「俺は全然構わないけど…
無理することないっていうか、水澄がまた描きたいって思ったなら、その時がタイミングなんだろ。
そしたら俺も、また水澄の絵が見たいとは思うけど」
「多分、今がそのタイミングなのかもしれなくて……」
「それなら…今日、行くのか?」
「はい…お願い…できますか?」
「わかった。
じゃあ、ホームルームが終わったら連絡するから」
「ありがとうございます」
俺が了承したことに胸を撫で下ろした様子の水澄の表情には安堵の色が見えた。
予想外の水澄の申し出に、益々話を振るタイミングを失った。
同時に、水澄もあの時のことにはもう触れたくないのかもしれないとさえ思った。
このまま、あの日の事は無かった事にしてしまいたいのだろうか。
そのまま時間をやり過ごすように昼休みを終えてしまった。
本来なら、俺が切り出すべきだったのはわかっていた。
そして、いつだってきっかけをくれるのは水澄の方からだった事を自覚する。
それなのに、時間を作ろうとさえしなかった。
タイミングはあったはずなのに。
なんなら、テスト最終日の午後でもよかったんだ。
あの時、煽るような事をしておきながら寸止めしたのは俺。
仕切り直すと言っておきながら、切り出せなかったのも俺。
結局のところ、怖じ気づいてしまったんだ。
時間と共に冷静になった水澄に拒まれるのが怖くて……
これで良いのだろうか。
いや、きっとこれで良かったんだ。
『友達』という枠を崩すことなく、二人の関係性が保たれているのだから。
これでいい。
俺の本心も欲も、そっと蓋をして閉じ込めてしまえば、一番近くで水澄を見守り続けることができるのだから……
午後の授業が終わりホームルームの後、教室を出るところで担任に呼び止められた。
「国分、…何かあったか?」
「?…いや、何も……?」
何を指して『何か』と聞かれたのかわからなくて、俺は答えに困った。
「そうか。
最近、表情が少し柔らかくなったと思ってな…」
「ふーん…
自分では、わかんないスけど」
「良い傾向だなと思っていたんだが…
ただここ数日、何か悩んでるようにも見えてな。」
「悩み…は、なんというか……」
「ふむ。
国分は自分の本心を疎かにしがちな節があるからな。」
「……」
「進路にしても、また他の事にしても、私で良ければいつでも聞くから話してくれるといい。」
「助かります…」
「まぁそれはそうと、また近々三者面談もあるからそのつもりでな」
俺の僅かな機微に気付くのも、担任が西岡だからこそなんだろう。
何かあったかなんて。
悩みなんて…
話せる訳はないけれど。
