まさかこんな感情が芽生えるなんて
朝、カーテンの隙間から漏れる光と、腕の中で何かが身動ぐ感覚で目を覚ます。
重い目蓋を開けると、俺の腕の中で水澄が小さな寝息を立てていた。
そうだった。
昨夜、過去の話をしたことから泣き出した水澄を、ここで宥めながら二人とも寝落ちてしまったようだ。
水澄の頬には涙が乾いた痕が白く残っている。
それを指でなぞると、「んっ」と眉を寄せた。
多少眠りは浅くなってきているようではあるが、まだ目覚める様子はない。
薄く開いた唇は少し渇いていて、親指で撫でると想像以上に柔らかかった。
…ヤバい、キスしてぇ…
……?!…なんだよ、キスしてぇって?!
ここに寝てるのは水澄だろ?
至近距離のこの状況に、感覚がバグってしまったのだろうか。
このままでは理性がおかしな方向に向かってしまいそうで、ベッドから抜け出すべく体を起こそうとするも、俺にしがみついたままの水澄は寝ぼけているのか、額をぐりぐりと俺の胸元に押し付けて離れようとしない。
どうしたものか。
俺の動きに反応して身動ぐものの、まだ起きる様子はない。
朝が弱いのか…?
いや…毎朝通学のために早起きしているだけに、早起きには慣れているだろうし……
休日の朝はこんな感じなのだろうか。
そもそも、昨夜は泣き疲れて寝たようなもんだからな……
それにしても、この寝顔は反則だろう。
可愛い…。
思わず抱きしめたくなる。
……?!…だからなんなんだよ、可愛いって?!
今までこんなことがあっただろうか。
頭を抱えたくなる。
こんな感情は知らない。
このまま水澄を腕の中に閉じ込めて、もう一眠りするのも良いけれど、いつまでも水澄を帰さない訳にもいかない。
それに、早く朝メシを片付けてしまわないと。
「水澄、朝だぞ」
揺り起こすと、水澄は慌てて飛び起きた。
「わっ!どうしよう?!遅刻!」
「待て待て、今日は土曜だから」
「あれ、国分さん?!
あれ…僕…、…あれ……」
どうやら状況が整理できないのか、慌てふためいている。
「大丈夫だ。落ち着け。
昨日雨で濡れて、俺ん家に泊まったんだろ」
「…そっか...僕……
あれ、僕、国分さんのベッドで寝てしまって……」
「うん、まぁ……」
色々と思い出してきた様子だ。
まさか俺の方からベッドに引き上げただなんて、言える訳もない。
「わわ…僕ってば!狭かったですよね?!
ご迷惑ばかりを…ホントにすみませんでした!」
「いいって、そんなこともある。
男同士なんだから気にすんなって。
それより朝メシ片付けねーと。
降りて顔洗うぞ」
水澄の手を引いて階段を降りる。
「にぃにー!」
俺たちの足音を聞きつけたいおりが駆け寄ってきた。
「おぅ、いおり、おはよう」
「おはよう、いおり君」
「おはよー!」
いおりは俺たちに挨拶をしたあと、暫しこちらをじっと見ていた。
「ねぇねぇ、にぃにと水澄はラブラブなの?」
いおりの言葉に二人顔を見合せ絶句する。
忘れていたが、俺は水澄の手を引いていたのだ。
握っていた手を慌てて放す。
「えっと…ほら、水澄は目がちょっと見えにくいから…階段で転ばないように…、なっ?」
「あ、うん…そうそう、眼鏡…顔洗うから…お部屋に置いてきちゃったんだ」
「ふーん…」
俺たちのしどろもどろの言い訳に、納得したのかしてないのか、いおりはキッチンの方へ戻っていった。
顔を洗って朝食を終え、母親が乾かしておいた制服に着替えた水澄は、そろそろ本当に帰る流れとなる。
『もっとゆっくりしていけばいいのに』と家族は言ったが、水澄はその言葉に甘えられるタチではないのは俺が承知している。
駅まで水澄を送って行くと言うと、いおりも一緒に行きたいとせがみ出した。
俺の家族に深々と頭を下げて礼を述べた水澄と、すっかり散歩気分のいおりと三人連れ立って駅を目指す。
昨日の雨が嘘のように今朝の空は晴れ渡っているが、さすがに道中には水溜まりが残っている。
それを避けながら歩く俺達と、幼稚園で習った歌を楽し気に歌いながら歩くいおりと。
何気ないようで、特別のように愛おしい。
この一晩で、水澄との距離もずっと近くなっただろうか。
友達…親友?あるいは心友?…それとも……
今まで、親友はおろか友達と言える存在すらそういなかった。
だから尚更、水澄に対する感情がわからなくなる。
友達。…そう、きっとまだ友達。
少なくとも水澄にとって俺との関係性は、きっとまだそうに違いない。
駅までの道のりは、あっという間だった。
「国分さん、最後の最後までホントにありがとうございました。
いおり君も、ありがとね。」
「いいって、気にするな。
なんだかんだ、楽しかったしなぁ」
「うん、いおりも楽しかったぁ!
水澄、また来てね」
「ありがと。また遊ぼうね」
「またいつでも来いよ」
「はい…ありがとうございます。
あの…では、僕、そろそろ行きますね。」
「また月曜にな」
「はい、ではまた。
いおり君も、またね」
「うん!バイバーイ!」
手を振る俺たちに頭を下げると、水澄は駅構内へと向かって行った。
「水澄、行っちゃったね」
「そうだな。俺たちも帰るか。」
いおりの手を引いて、来た道を戻っていく。
「水澄、また来てくれるかなぁ…」
「来ると良いな。」
「うん!いおり、水澄のこと好きー!」
「昨日遊んでくれたもんな。」
「うん!にぃにも水澄のこと、好き?」
「そうだなぁ…」
「やっぱり、にぃにと水澄はラブラブだね!」
「そうだなぁ…
え……?!
ちょっとまて、いおり!
今のはそうじゃなくて…」
まさか四歳児の言葉に動揺してしまうとは。
自覚させられてしまったんだ。
持ち合わせていなかったはずの感情に戸惑う。
きっともうこの感情は、後戻りできない。
…本当に、ヤバい。
