鴨川に到着した私と彼女は、まずサークルメンバーに小野的女史を紹介した。
紹介、と言っても大仰な儀式があったわけではない。ただ「知り合いです」「今日は手伝ってもらいます」と私が言い、山部が一瞬だけ眉をひそめ、篠崎が「あ、どうも……」と若干声を裏返し、その他の面々が「へえ」「ふうん」「まあいいか」といった反応を各自勝手な温度で発しただけである。
人間関係の成立とは、往々にしてこの程度の雑さで行われる。
日が傾いてきた頃、撮影は“無事終了”した。
この「無事」という言葉には、細心の注意が必要である。
誰も怪我はしていない。機材も壊れていない。警察も呼ばれていない。
その意味においては、確かに無事であった。
だが、撮れた映像が「映画」と呼べる代物かどうかは、別問題である。
そもそも脚本が未完成であった。
完成していないどころか、途中から白紙である。
当然ながら、今朝の出来事を目撃してしまった篠崎は集中力を著しく欠き、セリフを幾度となく間違えた。
間違えたというより、感情が先走って台詞が追いつかなかった、と言うべきかもしれない。
私はそのたびに「いいよ、自然で」と言ったが、それは演出ではなく、ただの現実逃避であった。
空白のままの部分は、各々がアドリブで埋めていった。
この判断が、事態をさらに難航へと導いたことは言うまでもない。
山部はアドリブが入るたびに「それ違うだろ!」「さっきと設定変わってるだろ!」と声を荒らげ、それに対して小野的女史は、川面を眺めながら「編集で何とかなるでしょ」と、極めて軽率なことを言った。
編集とは万能ではない。少なくとも、存在しない構造を後から生み出す錬金術ではない。
そのうち、音声係が痴情のもつれを原因として喧嘩を始めた。
なぜ音声係という役職には、こうも情緒不安定な人材が集まりがちなのか。
これは映像制作界における永遠の謎である。
口論は「昨日返信返してくれなかっただろ」という極めて私的な話題に発展し、誰もマイクのことなど気にしなくなった。
仁王立先輩は、いつも通り撮影現場には表れなかった。
この人が現れないこと自体が、もはや一種の演出であり、
サークルの伝統芸能の域に達しているとすら言える。
かくして、我々の撮影初日は、達成感とも失敗とも言い切れぬ、ただ「今日は終わった」という事実だけを残して幕を閉じたのである。
山部が「今日はもう終わりにしよう。明日こそは頑張ろう」と活気のある台詞を叫んだ瞬間、私は知ってしまった。
『この台詞が、これまで何度、我々の青春を埋葬してきたかを』
「明日こそは」という言葉ほど、若者の時間を無慈悲に溶かす酸性雨は存在しない。
それは希望の仮面を被った延期であり、努力の皮を被った放棄であり、そして何より、責任の所在を未来へと丸投げするための、あまりにも便利な呪文である。
案の定、誰一人として「異議あり」とは言わなかった。
誰もが内心で、「まあ、今日は仕方ない」「初日だし」「機材トラブルもあったし」「川、綺麗だったし」などという言い訳を、千本ノックの勢いで生成していたに違いない。
私自身も例外ではない。むしろ主犯格である。
日が完全に傾き、鴨川の水面がオレンジ色に染まる頃には、撮影機材は“片付けられつつあるような、ないような状態”に突入していた。
これはサークル特有の曖昧なフェーズで、撤収とも解散ともつかず、誰かが声をかけるまで全員が惰性でそこに居続ける時間帯である。
篠崎は川べりの石に腰掛け、台本(とは名ばかりの、A4用紙数枚)をじっと見つめていた。
その背中は、朝の混乱を経た人間特有の、「まだ整理されていない感情」をそのまま物理化したような硬さを帯びている。
「……先輩」
呼ばれて、私はびくりと肩を震わせた。
今日一日で、篠崎の声は私の自律神経を三段階ほど破壊している。
「ごめんなさい。今日、全然うまくできなくて」
「いや、あれは脚本が悪い」
私は即答した。
これは演出論でも謙遜でもなく、純然たる自己防衛である。
「脚本が悪いし、段取りも悪いし、天候も悪いし、何なら地球の自転も悪い」
「……地球、ですか」
篠崎は困ったように笑った。その笑顔を見て、私は胸の奥で何かがきしむ音を聞いた。
このきしみは、恋愛感情というより、「取り返しのつかないことをした人間」が発する内部警報音に近い。
一方、小野的女史はというと、川原にしゃがみ込み、拾った小石を一つずつ水面に投げていた。
そのフォームは無駄がなく、実に美しい。まるで人生の余計な部分だけを選んで水に沈めているかのようである。
「初日にしては上出来じゃないかね」
そう言って、彼女は振り返りもせずに続けた。
「少なくとも、”やらなかった”という罪は免れた」
この人は、どうしてこうも的確に私の急所を抉るのか。
私は返す言葉を探したが、見つかったのは、今日一日で撮影したデータの容量と、完成の見込みの薄さだけだった。
やがて、音声係の二人は互いに一言も交わさぬまま、別々の方向へ帰っていった。
山部は「明日こそはな!」と誰にともなく叫び、私はその背中に、過去二年間の未完作品の亡霊が列をなして憑いているのを幻視した。
仁王立先輩は、結局現れなかった。
この人が撮影現場に来ないのは、もはや様式美である。
存在しないことで存在感を示す、非常に厄介な先輩なのだ。
こうして、我々の記念すべき撮影初日は、達成感とも後悔ともつかぬ、ぬるま湯のような感情を残して幕を閉じた。
帰り道、私は前髪を指でつまみながら考えた。
まだ切れていない。
映画も、人生も、相変わらず中途半端だ。

