翠蓮は舞台に上がると、足元が一瞬ふらついた。
表情を変えず、玉座に腰を下ろす皇后が正面に見える。
隣で芙蓉妃と蒼瑛が心配そうな顔をしていた。
この毒は、どの程度で効いてくるのだろうか。
今は手足の痺れが主で、身体が的確に動かない状態だ。
舞台に上がったはいいものの、最後まで歌い切れるだろうか。
いや、失敗は許されない。
まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ、翠蓮は大きく息を吸った。
玉座に座った女帝ユエの物語が、夜の御花園に響いていく。
妃たちは、一人、また一人と口を閉じていく。
翠蓮は歌いながら、物語のユエと、皇后を重ねて見ていた。
後宮という場所で、身を守り、君主と国に仕える女性。
ユエと同じく、どんな手を使っても守るべきものがあるのだろう。
(どうしても守りたいもの……そうか――)
意外と、答えは簡単なのかもしれない。
父も、命を投げ出して翠蓮を守ってくれた。
翠蓮の目には――蒼瑛が映る。
毒が身体に廻り始めたのか、喉が焼けるように熱い。
息を吸う度に、空気が胸を刺す。
痛みで意識が飛びそうになるのを、なんとか気力で引き戻した。
不思議と恐怖はない。
(後、少し……だから……)
曲の盛り上がりは、頂点を迎えようとしていた。
空気を震わせ、命を削るような歌声に、誰もが息を飲む。
その時、皇后の目から涙が一粒、頬を伝った。
感情が壊れ、無意識に流れるような涙だった。
最後の音が夜に吸い込まれる。
翠蓮は礼をし、しっかりとした足取りで舞台を降りる。
(終わった……)
意識が朦朧とする中、遠くで自分を呼ぶ声が聞こえる。
「翠蓮――」
(よかった……蒼瑛さまじゃない――)
その声が蒼瑛のものでないと分かると、翠蓮は、ふっと意識を手放した。
